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スクワットは恐ろしい

「ジェットセットハットは雨の日も風の日もそして雪の日もピザを必要とする……え?なんだって?今日は台風のせいで配達できないのでお休みだと……おお、どうしたトッピー……なに?隕石が落ちても地震が起きても配達する、そんなピザ屋が存在するのか?……ジェットセットハットも驚愕、シケタピザ」


俺は録音しておいた自分の声真似をチェックする。声のトーンも話し方もほぼ完ぺきだ。ジェットセットハットが話しているようにしか聞こえない。


俺はブルーが去ってからの二週間、必死にジェットセットハットに成り代わろうとトレーニングを重ねていた。ジェットセットハットは巨漢だがそれでもヒーローだ。ただのデブの俺では力不足すぎる。

俺は十数年ぶりに毎日走り込み、筋トレに励み、体作りに専念した。スクワットは怖かったのでやってない。もちろんたかが二週間で効果がでるはずもないが、何もしないよりはましだろう。俺は黙々とトレーニングを続けていた。


「(私はジェットセットハット……私はジェットセットハット……)」


声を真似、サインを模倣し、動き方や歩き方、手の振り方、姿勢までもトレースする。ジェットセットハットを演じた自分の声を録音して聞き比べ、頭の中で効果音を出しながらサイボーグっぽく振舞ってみせる。


脳が興奮し、ずっと活性化しているような感覚だった。これほど努力したことが今までの人生であっただろうか。


「私はジェットセットハット……」


挫折しそうになる度に洗面所でブルーに焼かれた左目の状態を確認する。

瞼が赤黒く膨らみ常につったような違和感と鈍い痛みが残るようになっていた、目の奥の痛みや痒みはなかったが眼球は黄色っぽく変色し、視力は失われていた。


「……」


……いや、失われたんじゃない。


左目と引き換えに、俺は本物のヒーローへの切符を手に入れたのだ。そう思おう。そう思わないとやってられない。むしろこの運命に感謝だ。

ジェットセットハットのような本物のヒーローをあっさり殺せるような怪人と出会って生きていられたことが既に奇跡なのだから。


「うっし、やるか……!」


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


意を決した俺はジェットセットハットの所属事務所のジェントリィ・アプローチへと訪れていた。ジェットセットハットとしてやっていく以上、避けては通れない。やるだけのことはやった。あとは出たとこ勝負だ。


「(私はジェットセットハット……私はジェットセットハット……)」


ボコボコに変形したヘルメットと穴だらけのバトルスーツはそれこそ日常風景には全く馴染んでおらず、通行人にはジロジロと好奇の視線を向けられる。

その視線があまりにもいたたまれず、自然と足早となる。まるでこれから処刑台にでも向かうような気分だった。


「うわっ、こ……ここか……す、すげぇな……」


俺はジェントリィ・アプローチ社の巨大なビルを見上げる。

いかにも権力を誇示するようなお高い雰囲気の高層オフィスビルで、ヒーロー事務所のイメージには全くそぐわない。

もっともジェントリィ・アプローチ自体はセキュリティ企業であり、ヒーロー関連事業はその中の一部門に過ぎないのだが。


「え……あんた……えぇ!?ジェッ……」


機械仕掛けの警備ドローンを引き連れた警備員が正面玄関から現れた俺の姿を見て絶句する。無理もない、失踪中だったサイボーグ戦士が突然目の前に現れたのだから。


「……そう、私はジェットセットハットだ。石は父、土は母、溶鉱炉は我が故郷ふるさと……くろがねの申し子、ジェットセットハット」


「えっ!?ああ、ちょっ、ちょ、ま、待っててくれよ。今、上に連絡してくるから!」


慌てて無線で連絡を取り始める警備員。あの反応を見るに、バレてるかどうか微妙なところだが、何も出来ない今は祈るしかない。

そんなことを思っていると、厳めしい表情をした初老の男が駆け足で近づいて来たので思わずたじろぐ。


心臓がバクバクと脈打ち、悪い想像が頭の中を駆け巡る。おそらく数分もしないうちに俺の正体はバレてしまうだろう。

そうなれば今度は社内中が大騒ぎになって、ヘタをすればその場で銃殺……いや、バラバラにされてホルマリン漬けかもしれない。

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