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アヒルガーガーを殺した男

「うぅっ……ぐぅぅ……うっ……」


いつの間にか俺は泣いていた。それが何故なのか自分でも分からない。

今までずっと自分のことだけを考え、助かりたいと思っていたのに、どうしても他人を犠牲にすることができなかった。


なぜか涙が止まらなかった……自分が情けなくなったのか?

それとも、全てを諦めてしまったのだろうか?


それとも誰かを守りたいという気持ちを失っていなかったということに、今更ながら気付いたからだろうか?


「うぅ……うっ……」

「なんで泣くんだよ?」


ブルーは困惑したように俺に問いかける。自分でもよくわからない。ただ無性に悲しかったのだ。

それは20半ばの俺が長い反抗期を終え、母親の死に目に会わなかったと気づいた時の後悔によく似ていた。大切にしていたはずのことを台無しにしてしまったと気づいたかのような絶望感だった。


ブルーは顎に手を当てながら、しばらく何かを考えていたようだったが、やがて俺の方を見て口を開く。


「ははは、これは面白い。偽怪人のお前が自分の命よりも他人の命の方を守ろうとするとはな」


俺は泣きながら必死に首を横に振る。違う、そうじゃないんだと言いたいが言葉が出てこない。

涙で視界がぼやける中、ブルーの青い顔が微かに笑っているように見えた気がした。


「左」


「……?!」


ブルーの呟きと同時に、視界の左半分が強烈な青い光で覆われた。思わず手で目を覆い隠す。


「ぐぁおあぉぉああッ!?!?」


焼けつくような痛みが走り、左目を押さえて無我夢中で転げ回る。何が何だかわからない。

何が起こった?何をされた?何も見えない!

半狂乱になりながら、俺は堪らず激痛から逃れるように床をのたうち回る。


「心配しなくていい、今でせいぜい70~80℃くらいしかない」

「ぁあゃああっ!熱いぃっ!ぁあがぁああっ!!痛い!!痛い!!」

「その気になれば3000℃まで上げられる。もっとも熱いと感じる前に灰になるだろうがな」


俺の目の奥が燃えている。それに伴って左目から何かが涙のように流れ、頬を伝い、胸元を濡らしている。その薄気味悪い感触がさらにパニックを悪化させた。


「早く教えないともっと温度が上がるぞ。今度は右目になるかもしれない。それとも両方同時にやられたいか?さぁどうする。教えるか教えないか、どっちなんだ?」

「い、言えない!言えなっ、いんだっ!あがぁっ!もう殺して!!ください!!!それでっ、いいです!ぐぁあ!おっ、お願いしますっ!」

「ほう?」


ブルーは納得したように小さく呟くと、俺の耳を掴んで無理やり引っ張り上げる。耳が裂けそうになるが、それがどうでもいいと感じるほど目の痛みは酷かった。


「あっ、がぁっ……あはぁ、はぁ、はぁ……」

「他人のために自分を犠牲にする……偽怪人でもなければ、偽ヒーローらしくもない。おかしな奴がいたもんだ」


その言葉の意味を理解するよりも早く、俺は部屋の床に叩きつけられる。

どうやら耳を掴んでいた手を離したようだ。

いつの間にか熱さと痛みは治まっていたが、左目の視界は赤く濁ったままだ。一生このままかも知れないと思うと背筋に冷たいものが走る。


「なあ、他の偽ヒーローたちはあっさり教えてくれたぞ。やれあいつが偽物だー、やれどこそこの管理事務所は反社会的集団と繋がってるーとかな。ははは、どこそこの企業は詐欺の他にドラッグの製造や人身売買にも手を出しているんだとさ。聞いてもいないのに、ご苦労なことだ……ふっふふ……」

「はぁっ……はぁっ……」


俺は体を丸めたまま呻くことしか出来ない。赤っぽい涙が流れ出し、顔の下に汚らしい水たまりを作っていた。


「お前の素性を教えてくれたのも……なんだっけ、アルヒナントカ……?」

「……」


「…………」

「アヒル……ガーガー……」

「そうだそうだ。はっは……アヒルガーガーだ……ふふっ、ふふははっ!!」

「……」

「ってなんだそりゃ……アヒルガーガー!アヒルガーガーだとさ!はあっ、バーカバカしい!」


アヒルガーガーの名前がツボにハマったのか、ブルーはその名前をしつこく連呼すると、くつくつと笑い声をあげる。


「はっは……おいおい、笑えるじゃないか。アヒルガーガー!あいつくらいは見逃してやってもよかったな」

「ぐっ……ううっ……」


情けないことに俺はバカみたいに泣きながら嗚咽を漏らすだけだった。しばらくブルーの笑い声が聞こえたあと、落ち着き取り戻した声が部屋の中に響く。


「ギガボンバー、お前は……本当はヒーローになりたかったんだな」

「……はぁ、はぁ……いや、俺は…………」


「隠すなよ。今、この社会にはそれを名乗る資格のないヒーローがいる。例えばそう、アヒルガーガー!ははは!……そいつらに比べればお前は立派なもんだ」


「……はぁ……はぁ、はぁ……」


「力があっても精神が未熟なもの、力もなければ心までも歪んだもの。力はなくても根性のあるお前のような奴の方がよっぽど信用できる」


今まで出会った偽ヒーローどもは揃いも揃って、どこかしら欠点……いや長所もあったが欠点の方が目立っているような連中だった。

例えば、ケンドー仮面はアル中で度々DVトラブルを起こしていたし、ストレッチパンダは騒音関係で複数の訴訟を抱えていた。


殺されたとしても、喜ぶ奴の方が多くたって不思議ではない。

でも、だからと言って残酷な方法で処分されなきゃいけないほどの悪党なのだろうか。


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