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☆第2話 羨望
本に書かれている文字から目を離して、そっと瞳を閉じる。
すると小さくて丸い赤い実が、手の平の上でころんと転がっていく様子が、目の前にパッと浮かんだ。
『貴女』の右手にのせられた赤い実。霜焼けでかじかむ『貴女』のその手に、『僕』からのせられた赤い実は、きっと。『貴女』の目にとても色鮮やかに映ったに違いない。
二人は厳しい寒さが続く白銀の雪の世界の中でも、きっと暖かく優しく穏やかな心のままでお互いに支えあい、生きているのだろう。
――良いなぁ。こういうの、羨ましい。
本の中で繰り広げられる物語の展開に、羨望の念を浮かべながら、立花小夜子は図書館の詩集のコーナーで、偶然見つけた本をパタンと両の手で閉じた。
そして透明の保護ビニールに包まれてつるつるとした、薄くて白い本の表紙を、ゆっくりと眺める。
本の正面には白地に黒の立派な墨の字で、『天野柚木也詩集・彩りの世界』と書かれていた。
――天野柚木也さん、かぁ。
初めて目にした詩人の名前を自分の頭に刻み付ける為、小夜子は何度も『天野柚木也』という名前を頭の中で復唱しながら、図書館を後にした。