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短編小説(ゆんちゃんのお話)

となりのおじさんは──何屋さん?

作者: 歌池 聡

公式企画「春の推理2023」参加作品、指定テーマは『隣人』です。




 ある晴れた日。ゆんちゃんはママとお買い物に来ていました。

 おうちに帰るのには大きな公園を横切るのが近道です。いつものように手をつないで公園の中を歩いていると、向こうの方に何だかたくさんの人が集まっているのが見えてきました。


「ねえ、ママ。あれ何かやってるのかな?」

「ええと──ああ、近くを通ると邪魔になりそうだから向こうを廻って行こうか」


 ママにはあの人だかりが何なのかわかったようです。ちょっとつないだ手を引っ張る力が強くなったところをみると、たぶん聞いても答えてくれないんでしょうね。

 すると人だかりの近くにいたおまわりさんが、ゆんちゃんたちに気づいたのか軽く頭を下げて、こっちに近づいてきました。


「やあ、こんにちは」

「あら、今日はここでお仕事だったんですか?」


 え? ママ、このおまわりさんと知り合いなの? そういえば、その顔にはなんだか見覚えがあります。ええと、どこで会ったんだったかな──?


 ゆんちゃんが一生懸命思い出そうとしているあいだ、ママとそのおまわりさんは天気のことなんかを話しています。


「あ、そろそろ行かないと。では奥さん、また」

「お仕事がんばってくださいね」


 そんなあいさつをした後で、おまわりさんがゆんちゃんに笑顔を向けてきました。


「ゆんちゃん、いつも杏奈と仲良くしてくれてありがとうね」


 ──あっ! おとなりのあんなちゃんのパパだ!






 あんなちゃんはかずや兄ちゃんと同い年です。前はゆんちゃんの家にもよく遊びに来てたんですけど、最近はかずや兄ちゃんが何だか冷たくあたるので、あまり来てくれません。でも、ゆんちゃんとはよくお話もする仲良しさんなのです。


 でも、あんなちゃんパパがおまわりさんだったなんて、今まで知りませんでした。

 それに──思い出してみると、朝スーツ姿で出て行くのを見たことがあります。

 この前あいさつしたときは工事する人の作業着みたいなのを着てたし、普段着で『行ってきます』してるのも見た覚えがあります。


 おじさんって、何のお仕事してるんだろう──?

 何となく不思議に思ってたんですけど、おまわりさんだったなんて。

 でも、だったらあの作業着は何だったんだろう。会うたびに仕事が変わるなんて、そんなことってある?

 ──そんなことを考えていたら、ゆんちゃんはとんでもない可能性に気づいてしまったのです。


 身分をいつわる必要があるということは──あんなちゃんパパは、もしかしたら『スパイ』なのかも。






 こんなこと、あんなちゃんにはぜったい聞けません。スパイが家族にも正体をひみつにしているってことぐらい、ゆんちゃんもアニメで学んでます。

 ママやパパに聞くのもダメです。スパイが自分の正体を見やぶられたと知ったら、何をするかわかりません。


 ど、どうしよう。スパイの正体を見やぶったとしても、それからどうすればいいの? 本物のおまわりさんに言っても、にぎりつぶされたりしない?

 それとも、何も気づいてないふりを続けた方がいいのかな?


 ゆんちゃんはごく普通の女の子です。人の心を読む能力もありませんし、大人の頭脳を持った少年探偵でも、変身できる魔法少女でもありません。それなのに、まさかこんな重大な秘密を手にしてしまうなんて──!?






 ゆんちゃんはひそかに決心しました。


 みんなの平和を守るためにも、このひみつはぜったいに守ってみせる。あんなちゃんパパの正体になんて気づいてないんだから。

 ──そうだ、スパイと言ったって悪のスパイとはかぎらないよね? アニメだと正義のスパイだったし。うん、きっとそうなんだわ。


 そんなことを考えながら晩ご飯を食べていると、横からかずや兄ちゃんがからかうように声をかけてきました。


「ゆん、今日はずいぶんおとなしいな。何かまた変なことでも考えてるのか?」

「そういえばそうだな。何か悩みごとがあるならパパが聞いてあげるぞ?」


 ──ふ、何も知らないいっぱん人はこれだから。


「そうなのよ。ゆんちゃんったら、お買い物から帰ってからずっとこんな調子で──。

 あ、そういえば今日、おとなりのご主人と会ったわよ。今日は警察官だったのよ」


 ──えっ⁉ ママ、何それ! 『今日()』って──いつもはそうじゃないってこと!?


 でも、ゆんちゃんをもっと驚かせたのはパパの一言でした。


「へえ、ついこないだ、詐欺(さぎ)で捕まってたのになぁ」


 えええええっ、それってすごく悪い人じゃない!? そんな人がおまわりさんになんてなれるわけがないよね?

 ──っていうより、何でみんな平気なの!? サギ師とかおまわりさんとか、ころころ仕事が変わるのって、どう考えてもふつうじゃないよね!?


「私がこの前見た時は、お医者さんだったわよ」

「あ、僕、Jリーグの監督やってたの知ってる」


 もう、まったくわけがわかりません。

 混乱したゆんちゃんがふとテレビの方に目を向けると、何とそこには、クイズ番組の解答者席にすわったあんなちゃんパパの姿が──!


「えええっ、何でスパイがどうどうとテレビに出てるの⁉」






 ゆんちゃんの必死の説明に、しばらく笑い転げていたママたちがようやく教えてくれました。


 あんなちゃんパパのお仕事は──役者さん。

 主役ではないけど、色々な役をする名脇役だとかで、いっぱいドラマに出ているんだそうです。


 今日、公園で見た人だかりは、その撮影現場だったようです。近くで撮影がある時は、役の衣装で家から行くこともあるようで、それで見るたびに服が違ってたんですね。


 おじさんがスパイじゃなくて、本当によかった。

 ゆんちゃんはほっと胸をなでおろしました。


 でも、ゆんちゃん。アニメはほどほどにね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゆんちゃんの広がる想像にほっこりさせて頂きました(´ω`*) 確かに子どもの頃、友だちのお父さんが何屋さんかわからないことあったかも……それも毎回姿が違ったらびっくりしてしまいますね笑。 人…
[良い点] たしかに役者はスパイみたいにたくさん変装しますね笑 今の子どもはなんでもかんでもスパイだと思ってしまうんですかね笑
[一言] 冗談で、「宇宙から来たんだよ」って言ったら信じてしまいそうですね。 んで、本当に宇宙人だったというお話を思いつきました笑
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