第9話 〜ワーウルフ村の奪還〜
赤く染まった金のトサカ。
自慢げに空へ向かって伸びていたそれは、地面で潰れてしまった。
金トサカのオルシス、巨体が崩れて大きな振動と共に終わりの音を出す。
「兄貴!」
ボロボロのハイオークが叫ぶ。
オルシスとアリシアの戦いは終わった。
そして既に周りの戦いも中断されたままだった。オルシスの咆哮の後、二人の激しい戦いを全員が見守っていたのだ。
誰も割り込めない強者の戦い、この場の誰しもに息を飲んで見守られていた戦い。
二人の戦いに決着が付いた時、人間達は歓喜し、オーク達は武器を取り落とした。
「アリシア!」
勝利の余韻を少し、アリシアの緊張は切れて崩れ落ちる。
ガーランドは、駆け寄ってアリシアの体を支えて抱きとめた。
「ガーランド・・・。
どうでしたか?わたくしの言葉に間違いございませんでしたでしょう?」
「ああ!」
「ガーランド!!
まだだ!!」
ラルの叫びが、ガーランドとアリシアの世界を終わらせる。
二人の上には巨大な影が落ちていた。
金トサカのオルシス、自身の右手で金トサカを掴み、切断された頭を二人へ向ける。
「首っ!!
馬鹿な!」
「ああ、ご安心頂いてよろしいですわ。
このオークは既に死んでおります」
オルシスの首からは、オルシスでは無い女性のような声が発せられる。
警戒とアリシアを守るように動いたガーランドは、呆気にとられて冷や汗をかく。
「まずは、覚醒おめでとうございます。
そしてはじめまして、魔王ガーランド様。
妾はプロメラリアと申します。4魔貴族の1人、永遠なる鼓動のプロメラリア。
このオークには、妾のちからを分け与えておりました」
「4魔貴族、プロメラリア」
「支配神サテラ。魔王の側近、4魔貴族!」
ガーランドとアリシアは、肩を寄せ合いオークを睨みつけた。
「さようにございます、創造主サテラ様が生み出した原初の4人にございます。
・・・先程の戦いは拝見させて頂きました。
オルシスを倒した、魔王ガーランド様の恋人の強さは称賛に値します」
「恋人・・・」
ガーランドとアリシアは、顔を見合わせて一気に体温を上げる。
「近いうちに、妾も謁見に伺いますわ。
このような醜い体ではなく、正装にて」
まるで貴人のように、ドレスの裾をつまむような仕草を見せて一礼するオルシスの体。
それを操るプロメラリアの上品さが、不気味さを際立てていた。
「それでは、本日はご挨拶のみとさせて頂きます。
お会いする日を楽しみにしておりますわ」
その言葉を最後に、オルシスの体は再度制御を失って地面に倒れる。
大きな地鳴りで土埃が舞い、全員がもう二度と動かないはずのオルシスを見つめていた。
再生は始まっていない、首はオルシスの手から転がり落ち、静寂が辺りを満たしていく。
「終わった?・・・んだよな?」
カルニアが、まだ警戒を解く事が出来ずに仲間へと確認した。
「これで戦いは終わりだ!
オルシスはこの俺、魔王ガーランドの配下であるアリシアが倒した!
異論のあるものは今すぐ申し出よ!」
アリシアを両手で抱いたまま、ガーランドは立ち上がり叫ぶ。
これが自分に出来る最後の役割、ガーランドはそう理解している。
魔王を演じてオークを従わせる、20体を超えるオークをこの人数で制圧するにはこれしか無い。
最初からそういう作戦だった、グレートオークのオルシス、4魔貴族プロメラリア。
不測の事態がありつつも、オークの首領が倒れて魔王ガーランドが勝利した事が結果だ。
魔王ガーランドの高らかな勝利宣言、当然異議を唱えるものなどなく、オーク達の戦意は消え失せていく。
「魔王様・・・」
「魔王様?」
オーク達に動揺が広がっていく。
指導者を失い混乱している者、魔王を既に信じている者。真偽に迷いながら周りを伺う者。
「異論が無ければ従え!!
我が名は魔王ガーランド!!
モンスターを統べる王である!」
この言葉は、まるでガーランドから発せられた波動のように浸透し、場の全てを支配した。
「魔王様!」
「我らが王」
オークはそれぞれに頭を下げ、新たなる指導者への忠義を示す。
ガーランドの言葉には説得力がある。だが当たり前の話だ。
これは、その正しさのために作られた演劇なのだから。だからこそガーランドの言葉は強く、そして正しい。
全てがガーランドの手のひらの上、これで村の奪還作戦は成功である。
森の奥深くに隠れるようにあったワーウルフの村、日は落ちかけて既に村は薄暗い。
地面に残された破壊跡や崩れた家屋、そして殺された村人。
甚大な被害を残し、『勇者』アリシアと『魔王』ガーランドの戦いは終わった。
永遠なる鼓動のプロメラリア。原初のモンスター、4魔貴族が1人。
豪華なる食卓で、彼女は1人晩餐を楽しんでいた。
青白い体、透き通った白い指。透明とも表現するべき指でグラスを支え、彼女はワインを飲みほす。
傍らに佇んでいたメイドがグラスを受け取り、主が望むままにグラスに注ぐ。
メイドは機械的で意思が感じられず、体には継ぎ足したような縫い跡が目立っていた。
プロメラリアの美しい白い髪を、メイドが掻き揚げて髪留めで纏める。
酒で火照ったプロメラリアは、パタパタと手で扇いで目を潤ませる。
「ご覚醒おめでとうございます。魔王ガーランド様。
もしくは偽物の道化、ガーランド」
注ぎ足されグラスを傾け、誰も座らぬ席に置いたグラスと鳴り合わせる。
プロメラリアは、本当に楽しそうだが不敵な笑みを浮かべていた。
「はたして貴方はどちらなのかしら?
新に覚醒し、『魔王』様の称号を持つものなの?
それとも欲に駆られた、ただの道化?」
プロメラリアは、今日起こった出来事を考え直していた。
おかしな点はいくつもある。
自分の力を分け与えたオルシスを倒したのは、従者のアリシア。
魔王ガーランドは、一番弱いオークを蹴散らしてからは何もしていない。
そして妾の知る限り、グランダル王国には『勇者』アリシアが居る。
魔王様には、偶然同じ名前の従者が居るのかしら?
グランダル王国の王女アリシアと、欲に駆られたどこかの王子。
恋人同士の二人は、『勇者』の強さを悪用してモンスターを手懐けようと画策した。
それもまた面白い筋書きではある。
唐突に現れた魔王様。今日まで情報も無く、魔王の意味すら知っているように見えない。
よく意味も知らぬ癖に、魔王としての口上だけはまるで本物のよう。
そしてガーランドは、魔王としてはあまりにも弱い。その事が、どうしても疑う根拠として大きい。
モンスターの王であるには、それなりの強さが求められる。
「妾が確かめてくれようぞ。
これほどに、出かける日を心待ちにする時が来ようとは!
最高の謁見を行うために、極上のゾンビと美しいドレスを用意しようぞ!」
笑いながらグラスを飲み干し、プロメラリアは出された料理を堪能する。
静かで薄暗い彼女の居城。
徘徊する躯、腐りかけた体のゾンビ。肉すら残っていないスケルトン。継ぎ接ぎの異形。
城の警備、周辺の沼地、廃村、どこを見渡しても生ある者が見当たらなかった。
ここは不死者と呼ばれるモンスターのみが集まる、彼女の領地。
永遠なる鼓動のプロメラリア、不死者の軍団を統括するプリンセスである。
静寂の訪れたワーウルフの村。
村の集会場、その中心で腰掛けるガーランド。
周辺には従者のように付き従うアリシアと、ラルの姿もあった。
他の冒険者は村の状況確認。簡単に言えば被害状況の確認と、後始末に奔走している。
殺されたワーウルフの遺体を埋葬し、生存者の捜索や確認。
倒壊した家屋の撤去準備、ガーランドとアリシアの指示の元に粛々と行われていた。
「プロメラリア様は、森を抜けた先、南東の沼地に住む不死者の統括者です」
大きな体のハイオークは、体を縮こませて顔色を伺う。
「南東の沼地か・・・。
全く情報も無いし、森はどれくらい行けば抜けるんだ?」
ガーランドが、頬杖をついてハイオークへと尋ねる。
「この大森林は山の麓まで繋がっています。
ここから東に2日くらい行くと、山脈に当たりますので、
山脈沿いに南へ下りますと、プロメラリア様の居城がございます」
ハイオークは、木々に隠れて見えない山脈を指差して説明する。
「歩いて2〜3日、流石に遠すぎる。
まあどちらにせよこちらから出向くのは無しだな。
彼女が来る前に、出来る限りの準備をすることにしよう」
ガーランドが、立ち上がってハイオークの前に立つ。
少し怯えたようなハイオークは、ガーランドの影が自分にかかった事を見て冷や汗をかく。
「その・・・魔王様。
我々はどうなるのでしょうか?」
「・・・君たちのやった事は大きな罪だ。
我が領地で盗賊行為を行い、村人を虐殺した。
死罪を言い渡し、この場で処刑する事も出来る」
ハイオークは怯え、つばを飲んで次の言葉を待った。
「だが一番大きな罪を犯したオルシスは死んだ。
強者の言う事に従った君たちの罪が消えるわけではないが、
罪を償う機会は与えられるべきだと思う。
・・・。
死罪とするかは、これからの君たちを見て決める。
我が配下となれ。そして俺の役に立って見せろ」
ガーランドが裁定を下す、その言葉はハイオークの心へと深く突き刺さっていた。
ハイオークの目から涙が落ちる、恩情の裁定に安堵し、そして感謝した。
「ありがとうございます。
我らオーク一同、魔王ガーランド様のお役に立つように邁進いたします」
「ああ、期待している。
お前たちも俺の配下として面倒を見てやろう」
「はい!
お世話になります、魔王様!」
ハイオークとオーク、合計23体が配下へと加わった。