第2話 〜ゴブリンへの対応〜
森の少し開けた場所で、ガーランドがゴブリンへと声をかけていた。
「大丈夫か?ゴブリン君。
もうウルフは居ないぞ」
金髪碧眼の好青年、武器をしまい、手を差し伸べた。
それでも、すっかり怯えきっていたゴブリンは、差し伸べられた手を振り払う。
ラルがそれをみて剣をゴブリンに向け、ゴブリンは腰を抜かして剣先を見つめる。
「ガーランド君、こいつは人間に害をなすモンスターだぞ!」
「待ってください、こいつは怯えてるだけだ!
それに犬や猫、牛や竜だってモンスターでしょう?
人間に従順だったり、飼育や家畜化してる害の無いモンスターだって居ます。
ゴブリンは少しなら言葉もわかる、だから僕に任せてください」
そう言って、ガーランドがゴブリンに突きつけられた剣を下げさせる。
「ゴブリン君、なんで村に来た?
君たちはもっと森の奥で暮らしていたはずだ」
ガーランドは怯えたゴブリンの肩を取り、話をするように促す。
「すみかおそわれた。
だからすみかからにげた、でもたべるものない。
ぼすがかんがえて、よるにとりにいくことにした。
にんげんのむらにいくとちゅうで、うるふにおそわれた」
ゴブリンの言葉は拙い、彼らはあまり高い知能を持っていないのだ。
「フォレストウルフに住処が襲われたのか?」
カルニアが、少し尋問気味に声をかけた。
「ちがう、うるふじゃなくてぬるぬるのやつ。
きでなぐったら、べちゃってなった」
「ぬるぬるのやつ・・・。
何でしょうね」
ストナが首をかしげる。
「ぼすがしってる。
おまえたちつよい。
ぼすもきっとはなしきく」
「ボスって君たちの上位種か?」
ガーランドが、少し元気を取り戻したゴブリンを見て微笑む。
「めいじさま。
いまのすみかみつけた。
やねがあって、らく。
やさいのとりかたもかんがえた」
「屋根があるって事は、
新しい住処は砦で間違いなさそうだな」
重装のダンが、黒い髭を触りながらうなる。
ひとまずは最初の想定通り、砦にゴブリン達が住んで居るであろうことはわかった。
冒険者の一行は、既に事切れたゴブリンとウルフの遺体を埋葬し、生き残ったゴブリンに先導されて森の中を進む。
ゴブリンは、街道跡の存在には一切気がついておらず、木々につけた目印を頼りにしている。
途中で拾った木の棒を振り回し、ゴブリンは上機嫌だ。
「なあガーランド君、あのゴブリンを本当に信用して大丈夫なのか」
カルニアが金髪をバンダナでまとめ直し、前を歩くゴブリンにさとられないように小声で話す。
「僕も育成士ですし、信用できそうなモンスターはわかります。
それに親父も言ってました。
竜だって人間を襲う奴も居て、背中に乗せて飛んでくれる奴だって居る。
モンスターだから悪いんじゃない、人間にだって良い奴や悪いやつが居るだろう。
だから育成士は、良いモンスターになるように育てるのが仕事だって」
ガーランドの表情は大きな自信を感じさせる、父に対する尊敬が溢れているようだった。
「まあ確かに、騎竜には世話になったこともある。
それにカトラ村の騎竜は、温厚で従順だって評判だしな」
ラルが思い返してうなずく。
「ええ、親父は竜種の育成士です。
人懐っこい竜を育てるのが得意なんです」
「もしかして王都の騎竜も、ほとんどカトラ村の出身なんですか」
「そうですよ、王都を周遊出来る騎竜屋って知ってますか」
ストナが感じた素朴な疑問に、ガーランドが答えた。
「あの竜もカトラ村出身か、ストナが騎竜屋の竜に気に入られててな、
いやあ、いいもん見せてもらえるんだ」
ダンが笑いながらストナに話をふる。
「ガーランド君!
もしかして貴方が竜に変な事を教えてるんですか!」
ストナは突然怒り出し、顔もみるみると赤くなる。
「はははっ。
こいつな、騎竜屋の竜に懐かれて、行く度そいつにスカートめくられるんだ。
それが嫌でスカートやめたんだぜ」
「変だと思ったんです、スカートめくりする竜なんて!
貴方の仕業だったんですね!」
「ええっ!
違いますよ!!
それは多分、ストナさんの反応を面白がってるですよ」
ガーランドが焦って弁明し、ストナが詰めよってはまわりが笑う。
ゴブリンはよくわからずつられて笑い、ようやく崩れかけた砦が見えて来たのだった。
少しの緊張が冒険者の一行に走る。
ラルがつばを飲み込み、ダンの盾が地面を鳴らす。
砦の中、ぱっと見だけでも12体。ゴブリン達がそれぞれに武器を持ってこちらを眺めている。
冒険者を先導するゴブリンだけが、鼻歌混じりに仲間たちに声をかけていく。
崩れた壁の一角、むしろ崩れたおかげで登れるようになったその高台で、1体のゴブリンが杖をついて待ち構えていた。
「ぼす!
にんげんがおれをたすけた!
にんげんがぼすとはなしたい、いってる」
手に持った木の棒を振り回し、ゴブリンが高台のゴブリンメイジを呼ぶ。
「人間。
仕返しに来たのか?」
威厳を持って、高台からゴブリンメイジが杖をふる。
「お前がボスのゴブリンメイジだな。
君たちはもっと森の奥で暮らしていただろう?
そこのゴブリンから、住処が襲われたと聞いた。
何があったのか話してくれないか」
ガーランドが、優しげな顔でメイジを見上げる。
「お前たちに関係あるのか。
私達はこの砦が気に入った。
だからここに住む」
「別にここを新しい住処にするのは良いよ。
ただ、村の畑や家畜を荒らすのは良くないんだ。
このまま被害が広がれば、君たちを討伐対象として依頼を出さなきゃならなくなる」
「私達には食べ物が無い。
ほとんど前の住処に置いて来てしまった。
私達に餓死しろと言うのか」
「そうか・・・。
じゃあやっぱり襲われた住処の事を解決しないと。
何があったのか話してくれないか」
ゴブリンメイジは、階段状になった壁を下り、ガーランド達の前へと進み出た。
ゴブリンはせいぜい幼子程度の身長で、ゴブリンメイジも同じだ。
ガーランドの腰にも届かない背丈と、体より大きい杖を持っていた。
「・・・スライムだ。
前触れもなく突然襲ってきた。
あいつらは手下共ではどうすることも出来ない。
魔法の使える私だけで戦える数では無かった。
だから慌てて住処を捨てて逃げ、この場所を見つけた」
「スライムか・・・。
確かにスライムは、打撃や剣で倒せない。
俺たちも魔法を使えるのはストナだけだしなあ」
ラルが、困った様子でメイジの話を補足する。
「なあゴブリンメイジ。
もし置いてきたものを取り戻せたら、
村を荒らさないと約束できるか?」
「それは困る。
野菜が食えない。
森で取れるものよりうまい」
ゴブリンメイジが、ガーランドを見上げて声を荒げる。
「わがまま言ってんじゃねえぞ!」
都合の良い発言を聞いたカルニアが、メイジを叱りつける。
「まあまあ、カルニアさん。
メイジ君、村の野菜は僕達の食料なんだ。
盗むってのは悪い事で、それをされると僕達が困る。
もしメイジ君に農業を覚える気があるなら、教えてあげる事は出来るよ」
ガーランドが、まるで子供に諭すようにメイジと目線を合わせて話す。
「本当か!
作れるようになったら、
すぐ食べられるのか!?」
メイジの表情が明るくなり、目を輝かせている。
「育つのには時間がかかるからなあ・・・。
そうだ!農業を覚える為に、村の仕事を手伝わないか?
報酬として野菜もあげられると思うよ」
「・・・わかった。
手伝うと約束する」
「よしっ!
じゃあ皆を村に紹介するよ」
そう言って、ガーランドはメイジの頭を撫でる。
「でもその前に、ラルさん。
スライムの危険性を確認したいのですが、
報酬は上乗せしますので、お願いできますか」
「そうだな・・・。
スライムはゴブリンと違って話も通じない。
日が落ちる前に確認してしまおう」
太陽は真上に輝き、崩れかけた砦の中で一旦の休憩を取る。
ゴブリン達に囲まれ、昼食を取る冒険者達。
最初は怯えて取り囲んでいただけのゴブリンは、ボスのメイジが打ち解けた事で警戒を解き始める。
冒険者の道具に興味を持ち、首をかしげたり、眺めたりしているゴブリン達と、冒険者たちは予想外な平和な時間を過ごしていた。