第13話 〜ゴブリン達の日常〜
緑色の小人。ゴブリン達は今日も元気に砦から出勤する。
仲間同士で喧嘩して、道で見つけた珍しい石を取り合う。
そのまま全員で珍しい石を蹴りながら畑へ向かい、一体が蹴った時に畑の横にある川へ落としてしまう。
仕事もそっちのけで石を探し、結局見つからずに落胆。
ゴブリン達は、びしょ濡れのままミリアム婆さんの家へとあがりこむ。
「このバカガキ共!!
あたしん家を洪水にでもするつもりかい!」
すっかり白髪になった頭、オシャレな髪飾りは若い頃にモテた名残。
ミリアム婆さんは、濡れ鼠のようなゴブリン達を怒鳴りつけた。
「うわあっ!!
ババアが怒った!」
「ババア!
川に落とした綺麗な石が見つかんねえんだ!」
「なあババア。
芋はまだ掘れねえのか?
俺は早く掘りてえんだ!」
「コダ!
良いからこの布で全員の体をふかせな!
モトル!
石なんか知らないよ!
タサイ!
あんたが芋好きなのは良い事だ。
だがうまい芋を食べるには、まだ時間がかかるんだよ!」
ミリアムは、それぞれのゴブリンへと答えを返す。
「なあババア。
俺は肉の世話がしてえ。
昨日のスープに肉が入って無かった」
「俺も羊好きだ。
あいつモコモコしてるし、上で寝ると気持ちいい」
「ガゴ。
羊を肉って言うのやめな!
しっかり愛情を持って育てて、食べる時は感謝を忘れちゃいけない。
トリス。
あんたは優しいけど、サボる事と寝る事ばっかり考えてるんじゃないよ!」
さらにたたみ掛けるゴブリン達に、ミリアムは乾いた布を押し付けていく。
ゴブリン達は素直に布で体を拭き、布はミリアムへと返す。
ゴブリンの半数はまだ濡れており、床もびしょびしょのままだった。
「トリスとモトルは後ろ向きな。
あんたらは詰めが甘いんだよ」
そう言って、ミリアムは濡れているゴブリンの背中を順番に拭いていく。
「じゃあ俺達は芋見てくる!」
コダが元気に叫び、家の外へと飛び出していく。
他の者達は後に続き、ミリアムに頭を拭かれていたトリスだけが残った。
「トリス。
床を拭くから手伝っておくれ。
それと洗濯も増えたからね、芋はコダ達だけで大丈夫さ」
「うん。
俺は婆ちゃん手伝うよ」
素直な返事に、ミリアムはにこやかにトリスを撫でる。
「あんたは本当に優しい子だね。
じゃあ・・・」
この言葉を発した直後、ミリアムはよろめいて床に倒れ込む。
糸の切れた人形のように、意識を失った老婆にトリスは驚いて戸惑う。
「婆ちゃん!?
おい、婆ちゃん!」
トリスは、慌ててミリアムを起こそうと体をゆする。
ミリアムからの反応は無く、トリスはどうしたら良いかわからず家を飛び出した。
家の外ではゴブリン達が芋と格闘している。
あいも変わらず騒がしく、喋って叩いてずっこける。
「皆!
助けてくれよ!婆ちゃんが倒れた!」
トリスは、大慌てで仲間達を呼ぶ。
「ババア倒れた?
なんで?」
「ハラへったのか?
芋食べさせるか?」
コダが反応し、タサイが喋る。
ガゴとモトルは、一目散に家の中へと入る。
状況は変わってない。意識の無いミリアムが床に倒れ、床には濡れた布が散乱している。
「ババア寝てるぞ。
どうなってんだ?」
「婆ちゃん急に倒れた!
なあ、どうしたら良い?」
あまり状況を理解していなさそうなガゴ、コダに詰め寄るトリス。
「ボスと魔王様ならわかる。
俺が行ってくる」
「ババアどうすんだ?
人間は治療士が治すって魔王様言ってなかったか?」
とにかく助けを呼ぶために駆け出すコダ。
モトルの発言がコダの行く先を決める。
「じゃあ治療士だ。
なあそれどいつだ?」
「知らないよ!
魔王様呼んでこようよ」
「ババアは肉食わないから。
肉食わせたら起きるんじゃないか?」
それぞれにしゃべる。何も解決しないまま、コダはガーランドを探して駆け出した。
残されたのはミリアムを取り囲むゴブリン達。
トリスはオロオロし、他は騒がしく言いあいをしていた。
コダが走る。走る。走る。
村中を駆け回り、大騒ぎして注目を集めていた。
ババア!ババアが大変だ!魔王様が居ない!ババアが死ぬ!
そうやって駆け回るゴブリンに、1人の村人がようやく声をかけた。
「おいゴブリン!
ババアってのはミリアムのことか?
ミリアムに何かあったのか?」
白髪の男性。少し綺麗な身なりをした老人は、ゴブリンの進路を塞いで止める。
「ジジイはババアを助けられるか?」
「やっぱりミリアムなんだな?
死ぬって何があった?」
老人は、コダの肩を揺すって問いただす。
「わかんねえよ!
トリスが倒れたって言ってた!
ババアが床で寝てて、起きねえし死ぬかもしんねえって」
「わかった。
準備をしてすぐ行く。
お前たちは薬草を知っているか?
適当に摘んでミリアムの家に持って来い」
「薬草は知ってる!
じゃあババアに効きそうな奴探してくる!」
コダは元気よく駆け出し、仲間のもとへと急ぐ。
老人は、そんな姿を後ろで見ながらため息をついた。
「何があったかわからん。全く要領を得んわい。
とにかく治療に邪魔なゴブリンは、しばらく薬草探しで忙しいじゃろ。
あの頑丈さが取り柄のミリアムが倒れるとは、あいつも年だな。
・・・。
さて、さっさと準備してババアを見に行くか」
老人は、肩を回して小走りにその場を去る。
熟練の治療士。長年村を見てきた老人には、ミリアムが倒れた原因を既に想像出来ていた。
ゴブリン達は薬草探しに出払い、静かに涙を溜めるトリスだけが残った家。
治療士の老人が、道具鞄を手にミリアムを尋ねる。
うろたえるトリスに指示を出し、ミリアムをベッドへと運ぶ。
一通りの診察を終え、老人はため息をついた。
「過労だな。
ミリアムよ、調合士も引退して2年も隠居しとったんじゃ。
お前も年を取った。昔みたいに働けんのじゃよ」
「うるさいんだよトム。
このあたしが好きでやってるんだ。
過労なんかあるもんか」
ベッドに横たわるミリアムは、意識を取り戻して悪態をつく。
「ワシの診察は絶対じゃよ。
相変わらず頑丈で病気もしてない。
とんでもない頑丈ババアでも、限界まで働いたら倒れる事もある」
「婆ちゃん!
なあ爺ちゃん。婆ちゃん起きたし、爺ちゃんは治したのか?」
「ああ、そんなようなもんだ。
このババアは頑丈だから、しばらく寝かしてやれば大丈夫だ」
トリスがその言葉に喜んで、ミリアムに駆け寄る。
「トリス。すまなかったね」
そう言って、寝たままのミリアムはトリスを撫でる。
「まったく・・・。
子供5人。孫8人育てて、まだ育て足りんのか?」
「あたしの生きがいみたいなもんさ。
急にうるさい孫が出来たら、隠居なんてしてらんないよ」
「お前さんが育成士じゃ無いのは、不思議でしょうがないわい」
「用事が済んだらさっさと帰りな、ジジイ」
「そうだな。
トリスだったか?
このババアは絶対無理するから、お前は手伝ってやれよ。
わかるか?」
「うん。俺婆ちゃん手伝う。
手伝ったら、婆ちゃん元気なままなんだよな?」
「ああそうだ。
もしまた倒れたらワシを探して呼べ。
また治すから」
そう言って、治療士トムは治療道具を片付ける。
ミリアムの家が静かになった分、カトラ村は騒がしくなっていた。
いつも以上に大騒ぎのゴブリン達。
薬草が必要だ!ババアが死ぬ!肉を食わせよう!ババアを治せ!
要領を得ない言葉、村人達は困惑してゴブリン達を避ける。
それでも構わずゴブリン達は話しかけ、ようやく目的の薬草が手に入った。
集めたのは薬草だけではない。
コダは薬草を集め、タサイとガゴは肉や食料を、モトルは雑草を収集していた。
とにかく彼らは満足し、ミリアムのところへ急いで戻る。
そのままの勢いで扉を開け放ち、大騒ぎはミリアムの家へと移り変わる。
治療士トムに薬草、食料、雑草も渡して懇願する。
ベッドで寝たまま怒鳴るミリアムを見て、ゴブリン達は騒ぐ。
口々に好きな事を喋り、収拾もつかないどんちゃん騒ぎ。
最後は、ゴブリン達のジジイコールでこの大騒ぎは終演となった。
カトラ村はお昼すぎ。
村人の仕事も一段落し、ゴブリン達も畑仕事や牧場仕事の合間を楽しんでいた。
大騒ぎだった午前中が嘘のように、ミリアムの家は静かな時間が流れている。
「ミリアムよ、この薬は一日二回じゃ。
体力を戻すための滋養強壮剤じゃが、お前の娘の薬は効果が高い」
「あたしが仕込んだんだ。
効かなかったら殴りに行くよ」
「あのゴブリン共は、村中走り回って大騒ぎだったぞ。
ババアが死ぬだの、ババアがやばいだの」
「後で、迷惑かけた連中にはあたしから謝っておくさ」
「皆、お前さんを助ける為に必死じゃった。
ワシもゴブリンの事は知らんが、悪いモンスターでは無いんじゃろうな」
「あいつらはただのバカだよ。
物覚えも悪いし、喧嘩は多いし、好き勝手しゃべる。
だけど人間の子供みたいなもんだ。
根気よく覚えさせて、良い事と悪い事も教え込む。
あいつらを見て、悪いモンスターだと思う奴は見る目が無いんだよ」
「皆困惑しとるんじゃよ。
育成士が家畜として進化させたモンスターじゃなく。
野生の、それも人語を話すモンスターへの接し方がわからん」
「ゴブリン、スライム、ワーウルフにオーク。
・・・あのガーランドが連れてきたんだ。
お前さんもわかっているだろう?
あの子は特別さ、あたしらみたいに神の爪垢程度の恩恵じゃない。
あんなに神に愛された育成士は、見たことが無い」
「昔から不思議な子じゃったな。
あれの親父も希少な適正を持っておるが」
「村の連中も、ワーウルフもオークだって同じさ。
今はどっちも接し方に戸惑ってるだけだよ。
もしかしたら、バカみたいに騒がしい奴らが解決するかもね」
「そうかもしれんのう・・・」
カトラ村の昼は過ぎる。
明日もゴブリン達は元気よく出勤し、きっと大騒ぎするのだろう。
力仕事をするオークは人間の倍ほど大きく、ワーウルフは人間への変身能力が不気味がられる。
人間とモンスターの交流、その道はまだまだ長い道のりだった。