第10話 〜二人の仲は〜
人間領域の辺境。グランダル王国のカトラ村。
ラベンダー畑を望む一角、生え広がるラベンダーを主食にするスライムがうごめく。
この場所で、二人の男女が剣を交えていた。
金髪碧眼の好青年、鍛え込まれた体をしたガーランド。そして赤い髪の可憐な少女、勇者の使命を瞳に宿すアリシア。
激しい戦いの音、乾いた音がまるでリズムを取るように響き渡る。
常に優勢と見えるのはガーランドだった、ガーランドの力強く研ぎ澄まされた斬撃。
訓練用の木剣とはいえ、受けねば切れるとさえ思える斬撃、アリシアは持ち前のスピードで躱し、反撃する。
この戦いは訓練だ、オルシスと戦った時と比べてアリシアのスピードが遅い。
アリシアがあえてスキルを使用せず、常駐化しているスキルすら止めている為だった。
スキルの使用を行っていないのはガーランドも同じ、二人は自身の力のみでこの戦いを行っている。
力強く圧倒するガーランドと、鋭く速いアリシア。
徐々に力で押されていくアリシアは、撹乱を試みて動き回る。
ガーランドの足元を払い崩し、ガーランドの体勢が崩れた所を飛び上がる。
上空を見上げたガーランド、だが目端に捉えた影は、アリシアが放り投げた木剣だった。
アリシアはニヤリと笑い、ガーランドの腹に向けて握りしめた拳を繰り出す。
上空を見上げていたはずのガーランド、だがその目は確実にアリシアの姿を捉えていた。
ガーランドの動きがフェイントだと気がついたのは、アリシアの拳が空を切った後。
拳を難なく躱したガーランドは、手にした木剣をアリシアの頭に乗せる。
驚愕したアリシアは、自身が放り投げた木剣の行く末から意識が離れていた。
空へと舞い上がった木剣は、重力に従い落下。その木剣は、打ち込まなかった木剣の変わりにアリシアの頭を打ち抜いたのだった。
「いったーい!!」
アリシアは頭を抑えて涙ぐむ。
ガーランドはため息を殺しながら、木剣を拾い上げた。
「アリシア様。
オルシスに使ったばかりの戦術は、わかりやす過ぎます」
ガーランドがアリシアをたしなめる。
「だってこれで勝ったのですよ!
これならガーランドにだって勝てると思ったんですもの・・・」
アリシアは意気消沈し、涙目でガーランドへと詰め寄る。
「それとこの戦術は、アリシア様の姿を追えない事が鍵です。
スキルを使っていないアリシア様なら、僕の目でも追えます。
物を投げるのが見えてしまえば、後は騙されたフリをするだけでした」
ガーランドはしっかりと経緯を説明していく。勝ち誇って自慢する様子ではない。
アリシアのためになるよう、次に生かしてもらいたい想い。
まるで教官と生徒のような、二人の訓練風景。
「ずるいですわ。
ガーランドも騙されたと思い、ようやく勝てたと確信しましたのに」
「でもオルシスとの戦いは素晴らしかったです。
アリシア様の考えている事に間違いは無い。
あの時の言葉は本当です」
「そうよね!
わたくしも、絶対に勝てると確信しましたもの」
アリシアの表情が明るくなる。
ころころ変わる少女に翻弄され、ガーランドは一息ついた。
「あっ!そういえば!
アリシア『様』に・・・その、戻ってしまったんですね」
またアリシアの表情が変わる。
「えっ!いやその・・・。
王女様を呼び捨てにするのは、流石にまずいと・・・。
ただ、あの時は僕が魔王で、演技の為には様はつけない方が良くて・・・」
「昔に戻ったみたいで。
嬉しかったのに・・・」
ここは二人の世界。ラベンダー畑が風で揺れて、スライムが日光浴の為に漂っている。
「あー入りづれえ!!」
二人の世界の遥か遠く、家屋の影からカルニアが声を出した。
長身黒髪、頼れるリーダーのラル。飄々とした金髪細身のカルニア。とにかく体が大きい、パーティの盾役ダン。いつもニコニコな紅一点、魔法使いのストナ。
ガーランドに用事のあった冒険者の集団は、不可侵の世界を遠巻きに眺めていた。
「二人きりになると、すーぐイチャイチャだ」
「えー、あたしは羨ましいなあ。
お互いに信頼してて、こう相思相愛って感じ?」
憤るカルニアと、憧れを口にするストナ。
「二人は幼い頃からの仲だそうだ。
ああいう二人が夫婦になると、きっと幸せだろうな」
ラルが、ストナに同調するような感想を言う。
「だが・・・、二人は結婚出来ないんじゃないか?
俺から見ても相思相愛だが、王女と平民だぞ。
王女の結婚相手は、貴族や他王家とか、政治的な話もあるだろう」
ダンは、厳しいながらも現実的な事を口にする。
「そう、だけどさ。
じゃあやっぱりガーランド君が魔王で、お姫様をさらえば良いんだよ!
魔王って王様なんでしょ?
他国の王様となら婚約して良いよね!」
「いやそれじゃ駄目だろ・・・。
アリシア王女様は『勇者』なんだから、『魔王』じゃ戦う相手だ」
思いついた解決法を披露したストナに、カルニアは冷たい指摘を入れた。
「駄目かあ・・・」
「ほらもう行くぞ」
見つめ合い、互いに照れくさそうな男女。
ラルは少し緊張しながら、二人の世界へと足を踏み入れた。
「ガーランド、アリシア様。
訓練中に申し訳ない、ワーウルフが村へ帰る準備が出来たそうだ」
「ありがとうございます。
カイオ達も村に戻るのですか?」
「あいつらは引き続き冒険者をやるらしいぞ。
元々村の日常が退屈で飛び出したわけだしな。
一応カトラ村の冒険者事務所には、自分達がワーウルフであることを報告するってさ」
「そうですか。
彼らも僕、『魔王』様の為に働きたいと言ってましたからね」
「まあそういう事だぜ、魔王様。
しっかり面倒みてやんなきゃな!」
「成り行きですが、彼らの為にも頑張るつもりです」
「ああ、ワーウルフ達も魔王様と勇者様に礼を言いたいってさ」
そう言ってラルが歩きはじめ、ガーランド達が続く。
カトラ村の中を通り、設営されていた軍用テントを片付ける風景を通り過ぎる。
「そういえば、俺達も基礎訓練の成果が出てきたぜ。
スキルを一切使わず、自分の基礎能力を鍛えるとこんなに変わるんだな」
「はい、スキルは基礎能力を上げるものですから。
例えば腕力を数値化したとして、腕力10で1.5倍強化すると15です。
スキルを使っていない腕力15の人とは互角ですし、
腕力15の人が1.2倍強化出来るなら、
スキルの力が低くても勝てるんです」
「なるほどなあ。
常駐化出来るスキルも使わないなんて、そんな発想した事なかったぜ」
ラルが、うなりながらガーランドと肩を組む。
「普通そうです。
理由はよくわからないのですが。
スキルを発動したまま訓練すると、基礎能力が上がりにくいんですよ」
「これを9歳で発見したってのがなあ・・・。
ガーランドは天才なのかもな!」
「いえ偶然ですよ。
ははははは・・・」
ガーランドには、この発見を誇らしく思う気持ちが無い。
発見した理由も、経緯も、恥ずかしくて誰にも公表できるはずが無いと思っていた。
9歳の頃、アリシア様が本格的に訓練を始めてから半年がたった頃。
「いってえ!!」
金髪碧眼の、ガーランド少年が頭を押さえてうずくまる。
「大丈夫ですか?ガーランド」
赤い髪の少女、アリシア王女が心配そうにガーランドを見ている。
「うるさい!
勝ったやつの手なんて取らねえ!」
そう言って少年ガーランドは、差し出されたアリシアの手を叩いた。
ガーランドはこの時イライラしていた。
アリシアと一緒に訓練を始めてから半年、次々とスキルを習得していくアリシア。
ガーランドはスキルの習得も遅く、効果時間も伸びていく事が無かった。
どんどん差が付く事、アリシアに置いていかれる事にイライラして、アリシアにも嫉妬を向ける。
「だいたいずるいんだよ!
スキルはアリシアの力じゃないだろ!
スキル無しで勝負しろ!」
ただの言い訳だった。
スキルがアリシアの力じゃないって事も、スキル無しなら勝てるって事も根拠があったわけじゃない。
僕が、なんとかしてアリシアに勝つ為に出した苦肉の策。
そうして行われたスキルを使わない模擬戦。想像していたよりもあっさりと僕は勝った。
何度戦っても負けることはなく、調子に乗った僕は毎日のようにアリシアと模擬戦をした。
スキルを使って、本気でやれば勝ち目の無い僕が、優越感に浸るために。
この訓練を日課にして1か月、スキルを使った実戦的な模擬戦で、アリシアが王国騎士を打ち負かす。
スキルを使わない訓練を始めてからというもの、アリシアは以前にも増して急成長していたのだった。
こうして、スキルを使用しない基礎訓練の効果は実証され、グランダル王国の極秘訓練となる。
「おいどうした魔王様?」
心ここにあらずといったガーランドに、ラルが声をかける。
いつのまにか村の端、砦へ向かう街道近くまで歩み勧めていた。
ワーウルフの集団が、ガーランドとアリシアを見て感謝の声を漏らす。
ワーウルフの進化種である、一体のライカンスロープがガーランドの前へと歩み出る。
彼は、魔王ガーランドの御前にひざまずき、後ろにひかえた者たちもそれに習った。