第1話 〜辺境村のガーランド〜
神々の時代、数多の神々による戦争。
神に生み出された人々は、それぞれの先兵として恩恵を与えられた。
終わらぬかに思えた戦いは、悲しみ憂いた創造神ウラガンがこの世界を去った事で一変する。
世界から全ての神が消え、神々に恩恵を与えられた人間種と、神が作り出した、恩恵を持たないモンスターだけが世界に取り残された。
この世界には、いまだ神々の恩恵が残っている。
様々な神々の思惑により生み出された恩恵、神々の戦争は当事者が不在となった今でも続いている。
『勇者』と『魔王』。戦争の中心にあった対立した二神、創世神ゼーレスと支配神サテラの恩恵。
全てを支配し、手中に収めんとする『魔王』。支配を拒み、自由な意思を求める『勇者』。
『魔王』が誕生した時、『勇者』が現れる。世界はそうやって廻り続けているのだ。
束の間なのかもしれないけれど、平和な時代にのどかな村。
グランダル王国、カトラ村。グランダル王都の裏、広大な森と未開の地が広がる手前に存在している牧畜村。
村には『育成士』の恩恵を持った人々が多く暮らしている。
僕、ガーランドもその一人だ。父も母も、祖父母も『育成士』だし、その前も『育成士』。
世界でも珍しくもない、『育成士』は適正があるモンスターと心を通わせ、育成や繁殖を行う事ができる生産系の恩恵だ。
母マリーは羊種の適正があって、衣料や食肉とかを主業としている。
父のトリスタンは竜種の適正持ちという、『育成士』の中では稀で貴重な恩恵を持っている。
騎竜や荷車を引く小型の竜、大型の飛行種は世界中の空で人を運んでいる。
僕も『育成士』、だけどまだ適正がわかっていない。
羊も竜も、犬猫もなんとなく仲良くはなれるんだけど、心を通わせるような密接なものでは無いんだと思う。
父は竜と言葉を交わしているし、母の呼びかけに羊は必ず従っている。
16歳の成人になっても『育成士』の適正がわからないのは、案外よくあることらしい。
適正のモンスターが近くに居ない、そうなると適正なんて知る方法はない。
だから僕もそんなに気にしてはいなかった、今の懸念事項はそんな事よりも・・・。
「おーい!ガーランド!
今朝もやられてた!」
小太りの青年、ドスドスと大きな足音で体を揺らし、息を切らせて走る。
城下でも通用しそうな身綺麗な服装と、つやつやの肌が日差しを浴びていた。
「トット!
お前のところもかよ!」
ガーランドが、顔に手を当てて天を仰ぐ。
両親譲りの金髪、毎日の牧場仕事で培ったたくましい体躯。
「ああ、見張りを立てたところは避けられてる。
ゴブリンの癖に頭なんか使いやがって」
オレンジがかった赤毛、綺麗に整えられた前髪。
太っちょのトットが息切れし、ガーランドの前で呼吸を整える。
「あいつら、やっぱり計画を立てられるリーダーがいるんだな。
上位種のゴブリンチーフとか、メイジは俺たちじゃ対処出来ない。
憲兵隊が派遣してくれる冒険者達を待とう」
数日前から、村の畑や家畜が襲われる被害が出ている。
ボロボロの、どこかで拾った装備で武装した、緑色の小人のような生き物たち。
ゴブリンが村の近くに住み着いたらしく、夜中にこっそり現れては盗みを働く。
はじめは村人達で対処していたが、ゴブリン達が徐々に知恵を見せ始め、今では警備すらかいくぐる。
ゴブリンを統率する上位者が居る、彼らの知恵では正面突破がせいぜいなのだ。
村長から憲兵隊へ連絡を取り、冒険者達が対応に来る手はずになっている。
冒険者達。
厄介なモンスター討伐から、手紙の配達まで、いわゆるなんでも屋。
『戦士』の恩恵による適正、『剣士』『拳士』、『魔法使い』の恩恵などなど、戦いに向く恩恵を持った人たちが多い冒険者。
冒険者ギルドが依頼を統括し、依頼を受けた冒険者の集団に報酬を払う。
未開の森とその先は、旧魔王の支配領域。
支配神サテラの生み出したモンスター、そして旧魔王が従えていたモンスター達が住む領域。
100年以上前に滅ぼされた旧魔王との最前線、グランダル王国のカトラ村。
ここが人間と、モンスターの領域境界線。
このカトラ村に、4人の冒険者がやってきた。
リーダーのラル。スカウトを担当しているカルニア。仲間を守る事に長けたダン。魔法使いのストナ。
「冒険者の方々ですね、お待ちしてました」
金髪のガーランド、軽装の冒険者風な装備で、剣を腰に携える。
「君は村の人かい、俺はラル。
グランダルの冒険者ギルドから派遣された」
黒髪で背の高い好青年。
ラルの鎧が擦れて金属音が鳴る。まわりの仲間たちもラルに合わせて挨拶を始めた。
「スカウトのカルニアだ」
軽装で、短剣と小道具を多く持つ金髪の青年。
「ダンという」
大柄な体躯と、重厚な鎧や盾、剣も大ぶりと全てが大きい男性。
「ストナです、よろしくおねがいします」
金髪の物静かな女性、魔法使いらしく杖で地面を突く。
「僕はガーランドです、今回の調査で案内を担当します」
「それは助かる、ゴブリンの住処がわかっているのか」
ラルがリーダーとして、仲間の前に立って話す。
「森の中に放棄された砦があるんです。
そこが住処になっていると思いますので、
本日はその調査と、可能であれば対処までお願いします」
「討伐、・・・ではないのか。
ゴブリンの上位種、もしくは統率しているモンスターが居ると聞いているが」
「つい最近まで、ゴブリンが村に現れた事はありません。
今でも森で遭遇すると、人間を見たとたん怯えて逃げていくんですよ。
森の奥で暮らしていて、村に近づいて来た事なんてありません。
そんな奴らが、村の畑を荒らしに来ているのはおかしい」
「何かそうなった原因がある、ということか・・・」
「ええ、原因さえ取り除いてしまえば、
ゴブリン達は村の畑を荒らす事もないと思うんですよね」
「わかった、
まだ昼前だ、早速砦に向かいたいのだが」
「わかりました、それではご案内します」
村の裏手側、放棄された砦へと続く旧街道。
街道とはいうものの、砦への物資搬入のために作られた粗末な道。
村を出てすぐに街道は森へと変わり、かつて道だった事すら気づくのも難しい。
成長しきった草木が、街道も含め、砦が放棄されて長い事を示唆している。
「そのまま真っ直ぐです、カルニアさん」
剣を片手に、邪魔な草木を切り払うガーランドが指差す。
「今のところ、ゴブリンの新しい痕跡らしきものは無いな」
地面や周辺の木々、カルニアが慎重に調べながらガーランドの前を行く。
村はもう木々に隠れて見えなくなり、薄暗い中を5人の男女が進む。
街道の跡らしき石畳の破片、それを頼りに砦を目指して進むものの、ゴブリンの痕跡は見当たらなかった。
中衛にすえられたストナがキョロキョロし、最後尾でダンが後ろを警戒している。
唐突に、人のような悲鳴が森に響く。
ただ、それは言葉にはなっておらず、叫びである事だけがわかる。
ストナが驚いて杖を構え、カルニアが声の方角へと振り向く。
「っ!悲鳴!?
・・・だよな、こんなところに人が居るのか?」
「今日は誰も村から出ないようにと、村長から指示が出ています」
ガーランドの言葉の後、今度の悲鳴は更に言葉とは思えないものが響いた。
「こっちだ!」
カルニアが走り、先導する。
5人は街道らしきところから離れ、何者かの悲鳴と獣の慟哭へと近づいていく。
少し森が開いた場所、緑色の小人が地面に倒れ伏している。
ゴブリンが大型の狼、フォレストウルフに襲われていたのだった。
3体のゴブリンに対して、フォレストウルフが6匹。
ゴブリンはすでに2体がやられ、最後の1体は怯えながら座り込んでいる。
ウルフ達は、値踏みするようにそのゴブリンを取り囲んでいた。
「フォレストウルフ!」
カルニアが声を上げたことで、ウルフ達の注目が集まる。
群れのリーダーと思わしき1体が、狩りの邪魔をされた事を不機嫌に思っているようだった。
「皆!構えろっ!」
ラルが剣を構え、4人は手慣れた様子で陣形を作る。
ガーランドは陣形の中に組み込まれていないが、ストナを守るように剣を構えていた。
飛びかかるウルフを剣で突き、風の魔法で吹き飛ばす。
2匹のウルフが致命傷を負い、3匹のウルフが地面を転がる。
状況が悪いと見たウルフのリーダーが、生き残った3匹を呼び戻した。
警戒を解かない冒険者達、ウルフ達は後ずさりして森の奥へと逃げ帰っていった。
「追うなよガーランド」
カルニアが声を上げて、しばらく辺りを警戒する。
怯えたゴブリンが発した音だけが、全員の耳に聞こえていた。
フォレストウルフの気配が完全に消え、冒険者達は大きく息を吐く。
ガーランドは、怯えたゴブリンへと歩みよっていった。