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天狗囃子

作者: 海の道

4月も下旬のことである。

その日、僕は気まぐれを起こして人気のない山道を歩いていた。

上り坂下り坂を超え、険峻な山道を超え緑の葉擦れに耳を傾けていたときのことである。

ふと、誰かがついてくるような気配がした。振り返れば、遠くに人影が見える。

人影は、いきなり腕を振りかぶったかと思うと小枝を投げてきた。

憎らしくも誇らしげな声で笑いながら投げてくるのだから溜まったものではない。

最初は僕も変な人がいると思ったが、そのうち自分が狙われていると思ってにわかに腹が立ってきた。

そこで人影が投げてくるものを投げ返したのだ。

すると人影は怒ったようだった。

そんなことをくり返すうち、距離が詰まってくる。

それは顔を歪めた老人であった。その老人が、次第にヒートアップして石まで投げ始めたのだ。

これはいけないと思った僕は、ずんずんと肩を怒らせて近づいていった。

すると老人は手に持った石を地面に投げつけて思い切り舌打ちした。

ふと、僕は冷静になって、老人にここまで憎まれる謂れはあっただろうかと思った。手を出したのは老人が先のはずである。

思い切って訳を聞いてみた。

「もし、あなたとは初対面ですが、なぜそんなことをするんです」

「なにを、しらばっくれるな。お前がこの前投げてきたんだろう」

僕がこの道を歩いたのは今日が初めてのはずである。しかし、そのことを直接告げても火に油を注ぐだけだ。

「そもそも、どうして僕をその相手だと思ったんです」

「そりゃあ!……どうしてだ?」

聞けば、老人も普段この道を使うことはないのだと言う。

この前にたまたま歩く気になったとき、いきなり誰かに石を投げつけられたそうだ。

今日僕にものを投げてきたのは、なんだかその相手が無償に僕だと思えてならなかったらしい。

「それは申し訳ない。思えば、すぐにやり返した僕も悪かった。ですが、実はこの道を歩くのは今日始めてなのです」

「そんなことは……ううん、いや分かった。思えば、人違いだとなぜ少しも思わなかったのか。こちらこそ申し訳ない」

老人と和解した僕だが、では最初にものを投げたのは何者だという話になる。

そこで僕はふととある伝承を思い出した。

天狗囃子という話である。

誰もいない山道、歩いているとふとどこかからたくさん石が投げられる。その主はたぬきとも天狗とも言われる。

「何かに化かされたんでしょうか」

冗談めかしてそんなことを言うと、薄ら寒い様子で老人が言った。

「分からん。普段はこんな道通らん。でも人影がこっちに向かうのを見た瞬間、なんだかよくわからないぐらい腹が立ったんだ」

魔が差したとでも言うのだろうか。それとも、なにかに誘われたのだろうか。

真偽は不明だし、追求しようとしても水掛け論であろう。

それ以上に、なんだか僕まで気味が悪くなってきた。

「早く帰りましょう」

そう言って、首を傾げる老人と共に、慣れない山道を駆けるのであった。

木々のざわめきだけが、いつまでも耳に残っていた。

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