8章4節:魔物の壁
最小限の労力で大量の敵を始末する。そんな時に役に立つのがこの二本だ。
私は空中に《神炎剣アグニ》を浮遊させると共に《変幻剣ベルグフォルク》を両手で構えた。更に《強健》を詠唱。
そしてベルグフォルクを巨大化、付近の魔物を薙ぎ払った。
この剣の過去の持ち主であるエメラインを真似た使い方だ。もっとも、私は人間族なので《術式》によって膂力を引き上げねばあのような芸当は出来ないが。
とにかく今の一撃で百体は殺した。しかし私の作った空隙をすぐに別の魔物が埋め尽くした。
そこにアグニを撃ち込んで爆発させても、まだまだ見かけ上の物量は減らない。
「ウォルフガング団長、行きましょうっ!」
リーズが呼びかけ、ウォルフガングが頷く。
リーズは《迅雷剣バアル》の能力を用いてバリアのように電撃を展開し、魔物を弾き飛ばしながら軍勢の中へと消えていった。
ウォルフガングに関しては両手にロングソードを握り、凄まじい速度の剣撃で魔物を斬り伏せている。
「私も前に出る! ライルはそこでリーズちゃんたちの援護をお願い!」
「ああ、気をつけろよリア!」
二人を追うように駆け出しつつ周囲の様子を見る。
《竜の目》は数体のドラゴンを操り、ブレスによる爆撃を行うことで敵を抑えている。
序列九位、十位もあまり特徴のないパーティなりに頑張っているようだ。
しかし、それ以外が殆ど戦力になっていない。
一人、また一人と魔物に取り囲まれて真っ赤な肉塊に変わっていく。そもそも敵に立ち向かえず右往左往しているだけの奴らも居る。
「くそっ……幾らなんでも戦力不足だよ!」
私は魔物を切り刻みながらも独り言ちた。
前衛部隊に頼り切るにしても限度というものがある。
私たちや《竜の目》のメンバーがこの程度で負傷するようなことはないにしたって、こうも丸投げだと体力を消耗し過ぎて後の戦いでまともに動けなくなるリスクがあるし、他の連中の犠牲も増えてしまう。
王侯貴族と正規軍――いや、せめて連中と繋がりのある序列入りパーティだけでも加勢してくれれば。
そういえば、同じく前衛に配属されていた序列第二位《クライハート》のアレスはどうした?
あいつが居ればもっと楽に戦える筈なのに、姿が見当たらない。
一旦、後退して辺りを探してみると、奴は役立たずの民兵たちから少し離れ、堂々と草の上にあぐらをかいて眠そうにしているではないか。
私はアレスを戦いに参加させるべく、彼のもとまで走った。
アレスはこっちの気も知らないであくびをしながら見上げてくる。
「どうしたんだい?」
「『どうしたんだい』じゃないでしょーが! きみも戦ってよ! こっちは大変なんだよ!?」
「雑魚狩りは趣味じゃないからなあ。特に今回は、個人的に大事な戦いが控えてるからねえ」
「大事な戦い?」
「《黄金の魔人》バルディッシュ。あいつとは万全の状態でやり合いたいんだよ。分かってくれると嬉しいな」
どこまでマイペースなんだ、この男は。
《黄金の魔人》とどのような因縁があるのかは知らないが、ここで負けたら意味がないだろう。或いはこいつにとっては連合軍や戦争そのものの行く末なんてどうでもいいのか?
「私たちだってここで力を使い果たす訳にはいかないんだよ。きみならあんな雑魚共は本気を出さなくても蹴散らせる筈……お願いだから手伝って」
じっとアレスの黄金の瞳を見つめる。
彼は少しだけ沈黙した後、いたずらっぽく笑った。
もともと容姿だけは良いのもあって、つい色気を感じてしまった。私でなければ一目惚れしていたかも知れない。
「ん~、どうしてもって言うなら、もし生きて帰れたらボクと遊んでくれない? 時間がある時でいいからさ」
「あ、遊ぶって……」
「もちろん決闘だよ。キミは凄く好みだからね。やっぱり戦ってみたくて仕方がないんだ」
墓標荒野でも同じことを言っていた気がする。
こんな男に貸しを作るのは癪だけれど、今は四の五の言っていられないか。
「も~、分かったよ! 付き合ってあげるから!」
「約束だからね、リア。んじゃ準備運動してくるかッ!」
アレスは立ち上がるや否や、猛烈な勢いで地面を蹴って姿を消した。
とりあえずこれで戦況は幾らかマシになるだろう。
だが、個々の力を温存しつつあの軍勢を突破することを考えればまだ足りない。
ここは中央部隊まで交渉に行くべきか――と考えたところで、私の目の前に「あの四人」が瞬時に現れた。
「《夜明けをもたらす光》!?」
「驚かせてごめん、リア。助太刀させてもらうよ」
「まさか中央部隊から勝手に離脱してきたの?」
「だって放っておけないだろ」
ユウキの言葉を聞いて自然と笑みがこぼれた。
本当にこいつはブレないな。
「幾ら《勇者》サマと言っても後で怒られちゃうよ?」
「でも、皆付いてきてくれたよ」
彼はそう言って中央部隊の方に視線をやった。
私も同じようにすると、ユウキ達を追うように向こう側から何人もの実力者がやって来ていた。
アルフォンスを中心とする聖団の戦士たち。
今となっては冒険者として十分に信頼出来るフェルディナンドとエミル。
女王レンに操られし死体の軍団、《黄泉衆》。
それにルアとフレイナや彼女らの部下も。恐らく実戦経験がないであろうお嬢様二人とはいえ、優れた戦闘技術を持っていることはアカデミーでの経験からよく分かっている。特にルアは私のものよりも遥かに強力かも知れない《権限》を持っているのだ。
そして最後尾に居たのはレティシエルと数人の騎士、《シュトラーフェ・ケルン》の面々。《シュトラーフェ・ケルン》のメンバーとして引き入れたのかオーラフまで居る。
あいつらの顔はあまり見たくなくて、私は目をそらした。
何の役に立つのか分からないクソ姉はともかく、これだけの戦力があれば下級の魔物の大群如きに遅れを取ることはないだろう。
ユウキが笑顔を見せた。それは慢心から出たものではなく、他者を奮い立たせる為のものであるように思えた。
なるほど、人々に勇気を与える存在――勇者ってか。憎たらしいな。こいつも、こいつに勇気をもらった私も。
「……もう行くからね! ここで体力を使い過ぎないよう気をつけて戦いなよ!」
それだけ言い、私は素早くその場を離れて戦線に復帰した。
アレスおよび中央部隊の増援のお陰で、最低でも一万体は居たであろう魔物は見る見るうちに数を減らしていった。
相変わらず尋常でない破壊力を発揮しているユウキとアダム、アイナ。レイシャは彼らのような広範囲攻撃こそしていないものの、さっきも使っていた空間を瞬時に移動する謎の技――魔法の類か特異武装の能力か、もしかすると《権限》――によって魔物に接敵し、一体一体着実に葬っている。
聖団勢は巧みな連携で、《黄泉衆》は死者であるが故の命を顧みない突撃によって大群を制圧している。
見守っているだけのレティシエルや《シュトラーフェ・ケルン》のアルマリカはさておき、トリスタンとベルタ、そしてオーラフも活躍している。
トリスタンがベルタに溶解液のようなものを渡し、彼女はそれを群れの真っ只中で炸裂させている。数秒で魔物の肉体をドロドロに溶かすほど強力な液体を浴びてもベルタが平気なのは、あの白銀の鎧の能力だろうか。
オーラフは特異武装こそ――以前にぶっ壊してやったので――失っているものの、それでも《術式》を巧みに操って敵を殲滅している。
フェルディナンドたちも必死に戦っていた。彼は剣の能力によって敵を引き付けてエミルを守っている。そして彼の近くに形成された魔物の行列にエミルが《術式》を撃ち込む、といった具合だ。
かつては情けないお坊ちゃんだった男の勇ましい戦いぶりに感心していると、突如として周辺の魔物共が爆ぜた。
まるで時間そのものが切り取られたかのような唐突さに驚いて後方をちらっと見てみれば、そこにはルアたちが居た。
彼女の部下は何かを放った後みたいに手を前にかざしており、一方でフレイナとその部下は白煙を出している鉄砲を構えていた。
間違いない、ルアが《権限》を用いて詠唱や発砲準備を行う時間を用意したのだ。
彼らの強さに圧倒されつつ、私もリーズやウォルフガング、後方で《術式》による援護射撃をしてくれているライルと共に魔物を狩り続けた。
そうだ。確かにあいつらは強いが、私の仲間だって負けてはいない。
「あともう一踏ん張り! みんな、このまま頑張ろう!」
「はい、リア様!」
「ああ!」
傍に居る二人が力強く応えた。
それから10分もしないうちに魔物の軍勢は崩壊し、残った奴らは散り散りになって逃げていった。
短時間で決着がついたとはいえ、最前線に居た者達、特に終始戦いっぱなしだったリーズやウォルフガングは少し疲れてしまっている。
中央の連中も流石にその点は配慮したのか、小休止を取ることとなった。




