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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第8章【第1部最終章】:魔王討伐

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8章3節:焦土作戦

 ルミナス帝国侵攻作戦が始まってから一週間が経過した。

 これまでにやったことと言えば移動と野宿、ときどき進路上に立ち塞がる魔物の退治。その繰り返しだ。

 軍を二つに分ける地点までに通過する幾つかの農村で魔族とのゲリラ戦が発生するだろうと予想していたが、実際には全く抵抗を受けなかった。

 当然、「《魔王軍》が怖気づいた」などという都合の良い展開になった訳ではない。

 奴らは村を完全に焼き払い、防衛ラインを自ら引き下げたのだ。いわゆる焦土作戦というやつである。

 考えてみれば「休む場所と食料を確保するチャンスを奪う」というのは、どうしようもなく正しい判断だった。

 まず連合軍の規模は凄まじく、そのぶん一人ひとりに支給される食糧は最低限のものとなっている。

 加えてレインヴァールやトロイメライ、二人の王族といった象徴的な存在が居るとはいえ、出身地も所属も身分も異なる者が一つの軍隊として集まっているから結束力は決して高くない。

 そのような状態で長旅をするとなると、ただ歩いているだけで誰もが体力的にも精神的にも消耗していく。

 ルミナス帝国周辺はラトリア側よりも寒冷なのも相まって、村を占領することで心身を癒せないのは大きな痛手となるのだ。

 特に最前線を歩いている冒険者や傭兵、民兵は魔物に対応しなければならないから、余計にこの戦略が響いてくる。

 魔族という明確な敵と戦うのであればまだしも、辺りをうろついている魔物との交戦はただただ疲労ばかりが上乗せされる出来事でしかない。


 冷たい風が吹く中、私たちはひたすらに草原を歩み続けた。

 周囲にはもはや戦意を失いかけている冒険者パーティもいくつか見られ、不満をこぼしている。

 

「くそぉ……あと何日歩けばいいんだ。王都に帰りたくなってきたよ」

「あんたが参戦するって言ったんじゃん! 報酬に釣られてさあ!」

「こんなにキツいと思わなかったんだよ! 一気に帝国に攻め込んで、序列入りとかの強い奴らが魔族どもをサクっとぶっ殺して終わりじゃなかったのかよぉ……」

「もう最悪。『これはウチらみたいな低ランク冒険者が参加していい戦いじゃない』ってちゃんと忠告したのに」

「でも俺たちより弱い冒険者どころか農民やスラムの乞食まで来てるんだぞ!? 『何とかなりそう』って思うだろ!」


 リーズやライルと同じくらいの年齢の男女が言い争いを始める。

 彼らの苛立ちが伝播するかのように、他のパーティまで揉めだしてしまった。


「なんつーか、予想通りって感じだぜ」


 ライルが呆れ顔を浮かべる。私もまた同じような表情をした。


「仕方ないよ。初級冒険者って基本的に、拠点にしている都市やその周辺で完結する依頼を受けるからね。遠征に慣れてないのが大半なんじゃない?」

「だろうな。この様子じゃ実際に《魔王軍》とやり合えるのは良くて半数か……」


 一体どうしたものか。《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》のメンバーやトロイメライ、或いは王族。誰か一人でもこの部隊に居たら話は早かったのだが。


 現在の連合軍は大きく分けて三つの部隊で構成されている。

 冒険者や傭兵、民兵を主体とした前方。王侯貴族や彼らお抱えの兵士、術士、聖団系勢力で構成された中央。食事や予備の武具などの物資を運搬している部隊で構成された後方。

 ローレンスやレティシエル、トロイメライは言うまでもなく中央部隊に居るし、第一位も他の冒険者から離れて彼らに付き従っている。

 よって、人々を導けるような――良い意味で名の知れた――人物が私たちの居る前方部隊には存在しないのだ。

 こうなったら今すぐにでも私が外套を脱ぎ去り、人々の前に出て本名を明かすか。そうすれば王族として前衛部隊をまとめられるかも知れない。

 

――いや、まだその時ではない。これは一度きりの切り札なのだ、使う場面は慎重に選ばねば。

 今は静観しよう。そう決めて進路の先を見ると、既に良くない状況に更に追い打ちを掛けるような事態が生じた。


 地平線の彼方に黒い点が現れたのだ。

 黒点は段々と大きく広がっていって、やがて線となった。

 しばらくすると、その蠢く線が何で構成されているかが観測出来るようになった。


 魔物だ。多種多様な魔物が群れをなして一心不乱にこちらに近づいてきているのだ。

 こんなことは自然には起こらない。北部平原の時のように《魔王軍》が差し向けてきたのは明らかだった。

 

「な、何よあれ……!?」


 リーズとライルが動揺している。私も《魔王軍》が魔物を戦力としてコントロール出来ることを知っているとはいえ、その圧倒的な物量に息を呑まざるを得なかった。

 そんな時、最前線から後ろに向かって一匹のドラゴンが飛んだ。

 あれは《竜の目》だ。中央の部隊に状況を伝え、判断を仰ぎに行ったのだろう。

 それから少しして、馬に乗った正規軍人数名が指示を伝えに来た。


「現在の進軍速度ではあの大群を回避して進むのは困難だ。いったん移動を止め、前方部隊が中心となって迎撃しろ」


 ローレンスの奴め、相変わらず冒険者使いが荒いな。

 兄のクソっぷりにぼやきたくなるけれど、とはいえ交戦を避けられないのは事実だろうから、やるしかあるまい。

 私は仲間たちの顔を順番に見た。


「前、出るよ。さっさと終わらせよう。但しリーズちゃんは回避目的以外で《術式》を使わないこと。他の二人も決して無理はしないで」

「しかし手を抜いている場合でもないのでは?」

「手抜きじゃなくて体力の温存ね。確かに数だけはヤバいけど、こんなの所詮は前哨戦なんだからさ」

「むう……分かりました、リア様」


 これから私たちが討伐しなければならない強敵は魔王だけではない。

 《魔王軍》の幹部――確認出来ているだけでも《闇晶の魔人》グリムグレイ、たった数人の仲間を引き連れて領地一つを壊滅させた天災のような男である《黄金の魔人》バルディッシュ、以前に戦ったリゼッタ――ともぶつかり合う筈だ。

 それぞれが一騎当千の強さを持つ化け物どもを複数相手にしなければならないのに、こんなところで体力を消耗している余裕はない。

 特にリーズは優れた剣士ではあるものの、呪血病とは関係なく、もともと継戦能力が高くない。

 彼女に力をセーブさせるのは決して押し付けがましい気遣いなどではなく、戦略的判断なのである。


 無理やり納得した様子のリーズ、そしてウォルフガングとライルも加え、私たちは最前線に躍り出た。

 気づけば魔物の群れはかなり近くまで来ていた。

 スライム型のもの、犬型のもの、猿型のもの、鳥、蛇、蜘蛛、妖精。どれも一つ一つは「雑魚」と言い切っていいものだ。

 僅かばかりの戦闘技術と経験があれば難なく倒せるだろう。

 しかしそれが云百、云千体となると話は変わってくる。下級冒険者は大抵、多数の敵を相手取れる技など持たないから囲まれて滅多打ちにされて終わりだ。

 

 更に軍勢が接近してくる。よく観察してみると、魔物たちは完全に殺意に支配されて動いているというよりは、どこか怯えのようなものも感じさせた。

 自分たちよりも圧倒的に強大な何かから逃げようとしていて、そこにたまたま連合軍という「ウザったい障害物」があった為、それを踏み潰そうとしているだけのような。

 すなわち、この魔物によって出来た壁を越えた先に強敵が控えているのではないか。

 そんな予感がしつつも、私は聖魔剣を呼び出した。

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