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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第7章:やがて英雄となる者たち

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7章11節【7章完結】:復讐者の決意②

 翌日の午前、私たちは王都の一角にある酒場の個室――普段は密談に使われることが多い――を借り切っていた。

 テーブルに並んでいるのは、普段食べているものよりも質の良いパンとシチュー、肉や魚の干物を使った料理など。

 現代じみた文化がある東方諸国ならともかく、他の地域にある料理はどれも転生前に食べていたものと比べて劣っていると言わざるを得ない。

 無論、誕生日の定番であるショートケーキなんかがある筈もない。

 それでも私は今、きっと「御剣星名」だった頃より幸せだと思う。


「お誕生日おめでとうございます、リア様っ!」

「おめでとう、リア。きっとネルの奴も地上から祝ってくれてる筈だぜ」

「エルミア陛下もな」


 リーズ、ライル、ウォルフガングが優しい言葉を掛けてくれる。

 毎年毎年、私に気を遣ってくれる。

 やっぱり照れくさくて逃げたくなるけれど、「凄く嬉しい」という本心は否定出来なかった。


「えと、うん……ありがと、みんな」


 三人から目をそらし、小さく言う。

 そんな私に追い打ちを掛けるように、リーズはこれまでの誕生日と同じようにその言葉を投げかけてくる。


「リア様、生まれて下さってありがとうございます」


 そして、私の方も決まって泣きそうな気持ちになり、それを隠すように料理を口にかき込むのである。

 まさかこんなことになるなんて、転生を望んだ時の私は全く想像していなかった。

「幸せなんて信じてない。だからどうでもいい」――そう言った筈なのに。クソったれな世の中に殺された恨みを異世界にぶつける為に転生した筈なのに。

 なんだか悔しいなあ。前世の私は一体、何の為に苦しんだんだろう。


 嬉しさとそれを素直に受け止められない捻くれた思考を抱えつつも、皆とこれまでの思い出話に花を咲かせていった。

 そろそろ食事が無くなって誕生日会も終わるかというところで、私はリーズを個室の外まで呼び出した。


「リーズちゃん! 何か忘れてない?」

「何のことです?」

「ライルとのデート! 今からでも誘って、明日辺りに遊んできなよ!」

「でもデートって言っても具体的にどうすればいいか……」

「適当に二人っきりで王都をブラブラしてれば充分だよ!」

「そ、それで良いんですか……?」

「どうせ不慣れなことなんか出来ないでしょ? 二人とも初心だから」

「むぅ……とはいえ、それでも充分恥ずかしいんですけど」

「昨日、約束したでしょ! どうしても無理なら諦めるけどさぁ」

「無理とかじゃないですけど……いえ、すみません。約束は約束ですよね。覚悟を決めます」

「よし! 頑張れリーズちゃん!」


 それだけ話し終えると、私たちは再び個室に戻った。

 リーズはなかなか話を切り出せずにモジモジしていたが、やがて口を開くのであった。


「ね、ねえライル!」

「ん、どうしたんだ?」

「えっと……明日、王都を散歩しない? その……二人で」


「散歩」って。もっと言い方ってものがあるだろ。

 心の中で突っ込んだが、ライルにはちゃんとニュアンスが伝わったようで、彼は少し照れつつも首を縦に振った。


「あ、ああ……! 一緒に行こう!」


 やれやれ。とりあえず約束は出来た訳だけれど、こんなんで大丈夫なのだろうか。

 二人して顔を赤くしているのを見ながら不安を感じていると、テーブルを挟んで正面に座っているウォルフガングがフッと笑い、私に向けて小さく呟いた。


「背中を押してやったのか?」

「このままにしておく訳にもいかないでしょ」

「感謝する。ずっと昔から気になってはいたが、恋愛らしい恋愛をしないまま老いた俺のような人間が介入する話でもないのでな」

「なはは……でも奥さんとは上手く行ってたんでしょ?」

「ああ。あいつは、戦いしか知らん俺なんぞの傍にずっと居てくれた最高の女だった」

「あ~、惚気をどうも。聞いてちょっとだけ後悔したよ……」

「なに、お前自身が望むのであれば、いつかお前のことをよく理解した上で支えてくれる伴侶だって現れるさ」


「私が望むならば」、か。

 私は《権限》――《乙女の誓い》を喪失しない為に純潔を守り通さねばならないし、死ぬまで戦いに生きる覚悟があるからそれで構わないと考えている。

 でも、いつかこんな自分にも「剣を捨ててこの身と心を捧げても良い」と思えるような相手が出来るのだろうか。

 まあ、今は私自身のことなんてどうでもいい。

 恐らくそれほど時間が残されていないであろうリーズに少しでも幸せを知ってもらう。大事なのはそれだけだ。

 彼女の身に起きたことについては正直まだ整理はついていない。何かの間違いであって欲しい。

 でも、怯えて立ち止まっていたら現実に置き去りにされるだけなんだ。

 だから難しくても受け入れるしかない。


 ***


 そして、次の日がやってきた。

 普段の戦闘用ドレスではなくゆったりとした町娘風の服に身を包んだリーズが、ライルと共に通りを歩いている。

 素朴ながらも素材が良いせいでかなりの美少女オーラを放っている。あれほどの子とデート出来るなんてライルは幸せ者だ。

 あの服は昨日、私が買ってやったものである。「もう着る機会なんてそう無いだろうから」と彼女は遠慮していたけれど、こんな大事な時まで金を使うことを惜しむほど私はケチではない。

 なお、ライルの方はいつもの服装だ。変に気構え過ぎて緊張することを恐れたらしい。

 昔から好きな女の子の前だとヘタレる奴とはいえ、デートの日までそれなのはどうかと思う。

 ちなみに私は心配で仕方がなかったので、二人にバレないように後をつけて見守っている。


 しばらく街を散策した後、演劇を観て、上等な料理店でご飯を食べて、露店巡りをする二人。

 基本的にはライルが頑張って先導しているが、彼がどうしようか悩んでしまったらリーズが口を出す――といった感じになっている。

 事前にリーズにお勧めの行き先を叩き込んでおいたのが功を奏した。

 午前中は二人ともガチガチになっていたけれど、今や楽しそうに談笑している。良い雰囲気過ぎて眩しいくらいだ。

 まあ、まだ手も繋げていないのだが。


「焦れったいなぁ。頑張れよライル……」


 私は小声でそう呟いた。

 後はもうどっちかが勇気を出すしかない。

 いつになったらあと一歩を踏み出すのか――そう考え続け、気がつけば夜になってしまった。

 今日のうちにキスくらいまで行けると思っていたのに。アニメの見過ぎかな?


「これで良いの? このまま終わっちゃったら結局、明日には元の関係に戻りそう……」


 なんてことをぼそぼそと言っていると、ライルが意を決したかのようにリーズの手を掴んで人の居ないところに連れて行った。

 困惑するリーズと私。

 えっと、ライルのことだから大丈夫だとは思うけれど、過程をすっ飛ばしていきなりえっちな展開になったらどうしよう!?

 私の中の乙女が騒ぎ始める。多分ラノベや少女漫画の読み過ぎだ。

 一体どうなってしまうのかとドキドキしながら見守っていると、ライルは真剣な表情でリーズと向き合った。


「改めて言う。どうか……俺の恋人になって欲しい。『恋人』がどういうものかよく分からなくても、それでも良いからさ」


 可愛らしく顔を赤くするリーズ。私の方まで照れてくる。

 彼女はどうしていいか分からず足元を眺めていたが、やがてライルと見つめ合った。

 このまま晴れてカップルに――と思っていたのに、展開は私の立てた予定と違う方向に転がっていく。


「私で良いの? 本当に良いの? だって私は……」

「……呪血病なんだろ?」

「あなた、気づいてたの!?」


 私もリーズと同じ反応をしてしまった。

 あいつの方が私よりも余程に現実を見ていたという訳か。

 いや、それはそれとして、何で今その話に繋げちゃったんだ二人とも! 今だけは全部忘れて「恋人になる」って言えばそれで完璧なのに!

 

「何となくな。ただでさえお前は分かりやすいし、付き合いだって長いんだから。確信を持てたのは巡礼路で盗賊共と戦った時だけどよ」

「でも全く触れなかったじゃない!」

「答えを確かめちまったら正気で居られなくなるかも知れないからな」

「……そう。まあ私も信じたくなくて自分から言い出さなかったから、あなたのこと悪くは言えないわね」

「やっぱ怖い……よな」

「ええ。でも、もう逃げられない段階まで来てるの」


 そう言って、リーズは手袋を外してみせた。

 止めてくれ、そういうのは後でやれば良いだろ。少なくともこのデートだけはハッピーエンドで終わらせてくれよ。


「だから、私の恋人になるなんてやめたほうが……」


 不安が最高潮に達し、私はつい、その場に出しゃばろうとしてしまった。

 だけど、そうしなかった。

 ライルが躊躇なく、しかし優しくリーズの両手を握ったから。


「良いよ。呪血病でも良い。いや……だからこそ、お前を幸せにしたい」

「私、きっと皆を置いていくことになるのよ!? その辛さはネルの件でよく分かってるでしょ!?」

「『向き合わなかったことを後悔するよりはずっと良い』ってのもよく分かってる。それに、信じていればいつか地上で再会出来るしな」


 リーズがボロボロと泣き出した。

 ネルを救う為の旅から帰ってきた時を思い出すけれど、今の彼女の心は悲しさ以上に嬉しさで満ちていることだろう。

 それを表すかのように、リーズは泣いたまま笑顔を見せた。


「……分かったわ。私、あなたの恋人になってみる」


 その言葉を聞いたライルもまた、涙を流して大好きな少女をぎゅっと抱きしめるのであった。

 ああ、ここまで随分と掛かったなあ。

 騎士団時代から二人を見ていた私も、自分のことのように幸せな気持ちになっている。 

 もう大丈夫だ。宿に戻るとしよう。


***


 あの後、二人はそう経たないうちに帰ってきた。

 そしてリーズは改めて自らの身体のことについて言うのであった。

 ウォルフガングも既に察していたようで、少しだけ辛そうな顔を見せたものの、特に慌てふためくようなことにはならなかった。

 そうした上で、リーズは宣言する。


「私は最期までリア様たちと共に戦います。独りではなく皆の傍で終われるのであれば、そんなに嬉しいことはありませんから」



――深夜。

 何となく眠れないでいた私はふとあることを思いついて、近くの共同墓地に向かった。

 ここには私や《ヴェンデッタ》の仲間たち、そしてエルミアお母様の墓がある。

 本来、王族や近衛騎士は専用の墓地に埋葬されることになっているのだが、私やお母様は元々見下されていたし、他の三人も王の命令に背いた裏切り者ということでこの扱いである。

 なお私たちの方は言うまでもなく、お母様に関しても恐らく王都が占領されている間に遺体が紛失しているだろうから、この下に埋められてはいない筈だ。

 それでもお母様が生きた証というのはここにしか残っていないから、私はその墓の前で、これまであったたくさんのことを報告するのだ。

 もちろん今日のことも。お母様もあの二人のことを気にしていたので、きっと喜んでいるだろう。

 ちなみにこの世界でこういった「墓参り」的な行為をする人間は珍しいようだ。こっちの人々にとって故人は墓の下ではなく、地上世界に居るものだからである。


「お母様、行って参ります。必ずやあなたの絶望を晴らしてみせます」


 最後にそう言って、私は決意を固めるのであった。

 それから「そろそろ戻ろうか」と思い振り向くと、そこには花を持ったウォルフガングが居た。

 そういえばデートの見守りから帰ってきたら宿の部屋に花が置いてあったな。


「ウォルフガングだったんだ。『誰が何のために花なんか買ったんだろう』って思ってたよ」

「暇を見て時々来ていた。最近は忙しくてそうもいかなかったが……」

「そうなの? 私も誘ってくれたら良かったのに」

「ここに来るとどうしても感傷的になるのでな。情けないところを見られたくはない」


 そんなことを言って、彼はお母様の墓に花を供えた。


「リーズやライルはともかく、私にまで遠慮しないでよ」

「優しいな、リアは。あの方も……エルミア様もそうだった」

「お母様はもう居ないから、代わりに私が皆を支えてあげるの」

「はは……そうか。流石はあの方の娘だ」


 ウォルフガングは少しだけ黙って墓を見つめた後、再び口を開いた。


「自分よりも遥かに若い者が死んでいく。長生きなどするものじゃないな……エルミア様をお救い出来なかったあの日、俺は既に死んだようなものとはいえ」

「え~、私たちとの冒険者生活は無駄だったってこと?」


 深刻な雰囲気になり過ぎないよう茶化した感じの調子で言うと、ウォルフガングは僅かに笑った。


「無駄とまで言うつもりはないが、『あるべき姿でない』と思っているのは確かだな」

「あるべき姿?」

「お前はやはり、本来は王宮に居るべき人物なんだ。そして、そんなお前を俺は『騎士として』守り続けたかった」

「そっか……この戦いに勝てたら、功績を評価されて近衛騎士に戻れるかも知れないよ? もしそうなったらどうする?」

「戻りたくないと言えば嘘になる。あんなことがあっても、俺は王家に忠誠を誓った身なのでな」


 答えを聞いて、私はつい笑顔を消して黙り込んでしまった。

 分かっていたことだし、だからこそグレアムを殺したことを素直に打ち明けなかったのだけれど、この人は未だに王室に執着を持っている。

 私がその王室というシステムの乗っ取り、或いは破壊を目論んでいると知ったら、きっと一緒には居られなくなるだろう。

 何を言っていいか分からないでいると、ウォルフガングはどこか切実さを感じさせるくらいには強い調子で訴えた。


「むしろお前……いや、アステリア様はどうなのですか? 私はずっと考えておりました……一般人として平穏に生きるつもりがないのであれば、せめて王女として王宮で安全に暮らして頂きたいと。以前ならともかく、今はそれも不可能ではありません」

「うん」

「救世の英雄になった上で存命であることを宣言すれば、王室に復帰出来る可能性は充分にあるのです」

「……うん」

「名実共に英雄となった後のあなたを、他の方々は蔑ろに出来ない筈です」

「そうかもね。でも今はまだどうすべきか悩んでる、かな……」


 嘘をついた。本当はまさにウォルフガングの言ったようなことを考えている。

 勿論、王家の連中と共に王女として真っ当にやっていくつもりであるのならば素直にそう告げていただろう。でも実際には違うのだ。


「……そうですか」

「私の方から『先の話』を振っておいてアレだけど、いま気にすることじゃないと思ってる。そもそも《魔王軍》を滅ぼせるか……つまり、魔王を倒せるかどうかが大事だからね」

「それもそうだな。必ず勝つとしよう。この世界を救う為、そして奴らに報いを受けさせる為に」

「うん、頑張ろう」


 恐らく、これが四人で行える最後の戦い(ヴェンデッタ)になるのだろう。

 そういう意味でも、この戦いは絶対に私たちの勝利で終わらせてやる。

 物語みたいに分かりやすく綺麗な結末なんてないこの現実であっても、少なくとも魔王との決戦くらいはハッピーエンドで終わらせてやるんだ。

これにて第七章は完結です。次章――第一部最終章「魔王討伐」編をお楽しみに。

(次章は特に重要なエピソードですので連載再開まで少々お時間を頂きます。)


楽しんで頂けましたら是非、評価やご感想の投稿など頂ければと思います!

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