7章10節:復讐者の決意①
エストハイン王国からラトリアの王都に戻ってきた私――アステリアと《ヴェンデッタ》の仲間たちは、それぞれ決意を表明した上で徴募に応じた。
とはいえ、決戦に向けて連合軍が編成されるまでまだ時間はある。
私たちは英気を養うため、いつものように「皆で依頼を受ける」といったようなことはせず、それぞれ思い思いに日々を過ごした。
《魔王軍》への復讐の時に備え、鬼気迫る勢いで鍛錬を繰り返すウォルフガング。
気丈に振る舞いながらも、時々ネルのことを思い出しているのか辛そうにしているリーズ。
そんなあの子に対して「どう接していいか分からない」といった感じで、気まずそうな様子のライル。
自分の年齢を忘れているかのように無理を続けるウォルフガングに対しては、私が何を言っても聞かないだろうから見守るしかあるまい。
でも、後の二人はこれで良いのだろうか。一応は告白し、それを断らなかった仲であるというのに余所余所しすぎる。
この状態のまま決戦に行って、有耶無耶になってしまったら流石にライルが可哀想だ。
「ここはリーダーとして世話を焼いてやらなきゃ」――そう決めた日の夜。
私は、その真実を知ることとなった。
リーズが宿から出ていく。苦しげに息を切らしているのが気になったので、私は飛び起きて彼女を追いかけた。
リーズはどこに向かうでもなく、宿の壁の傍にうずくまって左腕を撫でている。
そう、ここのところ戦闘中には殆ど使っていなかった左腕を。
「ねえ……!」
「リア様!? どうかなさいましたか?」
「『どうかなさいましたか』は私の台詞だよ……腕、痛いの?」
「え、ええ。昼に剣の鍛錬をしていたので、ちょっと疲れてしまったみたいで」
「嘘。リーズちゃんがそんなヤワな筈ないもん。ちょっと見せて」
私はリーズの隣に座り、彼女の左腕を隠しているロンググローブを少々強引に奪い取る。
そして手を見ると、指先がどす黒く変色していた。
負傷や通常の病による壊死なら、すぐに報告して治療を受けた筈だ。
そうしなかったということはつまり。
最悪の発想が浮かんできて、鼓動が乱れてくる。
「リア様、酷いです。見られたくなかったのに」
「……呪血病、発症したの?」
「……恐らくは」
血の気が引いてくる。ずっと目をそらしていた残酷な現実が、とうとう牙を剥いてきた。
両親ともに呪血病で失くしているリーズが発症しやすいのは分かっていた筈なのに。
私は深く考えないようにしていた。「この子に限って」などという都合が良いことを思っていた。
世界はいつだって、クソったれなことばかり平等に降り掛かってくるのだ。
「いつから?」
「多分、スラムの奴隷狩りの一件辺りからでしょうか」
「なんでもっと早く言ってくれなかったの!? ライルやウォルフガングは知ってるの!?」
つい頭に血が上って、私はリーズの両肩を掴んだ。
じっと目を見つめると、彼女は視線を下にそらした。
「いえ、いま初めて人に言いました。自分が発症してるって認めることになるから、本当は言いたくなかったですけれど。それに心配を掛けて距離を置かれるのも嫌でした」
「酷いよ……」
どうしていいか分からなくなって、リーズを責める言葉が出てきた。こんな自分が嫌になる。
異世界で様々な経験をしてもなお、私の本質は人と関わるのが不得手な根暗でしかなかった。
深呼吸をして、何とか落ち着きを取り戻そうとする。
思考の内に湧き出てくる攻撃的な言葉を一つ一つ潰していき、残った良心を表に出す。
「……決戦、行くつもりなの? 最期の記憶が戦争になるかも知れないんだよ?」
自分で言っていて苦しくなる。泣きそうになる。
でも、呪血病とはそういうものだ。諦めて絶対的な死と向き合うしかないのだ。
だったらせめて最期は平穏に過ごして欲しいと私は思うのだけれど、問いかけに対しリーズは躊躇なく首を縦に振ってしまった。
「街で休んでたって、私もライルもウォルフガングも怒らないよ?」
「それでも共に戦いたいのです。あなたはかつて、他の騎士たちに中傷された私を庇って下さいましたよね。その時からあなたに一生ついていくと決めたのです」
「そんな昔のこと、いつまで引きずってるんだよ……」
「私が頑固なのはよく知っているでしょう?」
痛みに耐えながら微笑むリーズ。私はついに堪えられなくなって、思い切り泣き出した。
ねえ、ユウキ。もしかして私が死んだ時のきみもこんな気持ちだったのかな。
自分は無力感に苛まれているのに助けたい相手は笑っていて、それで泣きたくなったのかな。
もしそうだったら、すごく嫌だな。
「リア様。泣かせてしまってごめんなさい」
リーズが私を抱きしめ、頭を撫でてくれる。柔らかくて落ち着く匂いがする。
この世界で得た最初にして一番の親友が、どこかお姉ちゃんみたいな存在だと感じられた。
「なんでこっちが慰められてるのさ……違うじゃん……」
「私の方が年上ですし、遠慮しないで下さい」
「私が十七、リーズちゃんが十八なんだから大差ないでしょ」
「あはは、確かに……と、そういえば!」
リーズの胸から離れた私は首を傾げた。
「明日、リア様の誕生日ではありませんかっ!」
「あ、そんなことか……忙しくて忘れてた」
「大事なことですよ! 今年も皆でお祝いしましょう!」
「だからそういうのはいいって……」
《ヴェンデッタ》の皆は毎年、私の誕生日会を開いてくれている。
戦いに生きる私たちがそのような馴れ合いをするのも何だか妙だし、気恥ずかしいので毎年断っているのだが、いつもリーズとライルの勢いに押されてしまうのだ。
「どうか祝わせて下さい! あなたはいつも頑張っていますし、この世に生を享けた日くらいは楽しく過ごして良いと思うのです!」
「はぁ……」
ため息が出る。私、これからどんな気持ちで誕生日を迎えればいいんだ。
でもまあ、親友が「どうしても」って言うなら条件付きで祝わせてあげてもいいか。
「『駄目』って言ってもお祝いしますからね!?」
「いや、いいよ。でも誕生日会が終わったらライルとデートして」
「……え、ええっ!? どうしてそこでライルが!?」
顔を真っ赤にしているリーズ。可愛い。
「結局なんか消化不良っぽい感じになってるんでしょ? 戦いに行ったらもうイチャイチャしてられる余裕ないよ?」
「い、イチャイチャ……」
「だから今のうちにちゃんと恋人になっておきな~。色々アドバイスしてあげるから」
「は、はあ。でもリア様ってそういう経験ありましたっけ?」
「ギクッ……いや無いけど! とにかくデートしろ!」
「むぅ……ライルが良いなら」
「あいつが断る訳ないじゃん。で、終わって宿に戻ってきたらあいつとウォルフガングにも呪血病のこと言いなよ」
「それは、その……流石に言い辛いです」
「確かに幸せに水を差すことにはなるけれど、でも他にタイミングないじゃん」
「お、仰る通りですが……」
「よし決まりっ! さ、戻ろっか」
私はゆっくりと立ち上がって、リーズに手を差し出した。
四人で迎えられるのは最後になるかも知れない私の誕生日だ。難しいけれど、精一杯楽しむとしよう。




