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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第7章:やがて英雄となる者たち

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7章6節:女公の感情①

 感情は人が生きる理由になる一方で、人を惑わし破滅させるものである。

 だから私――ルア――は、どんな時でも努めて感情を抑え込むようにしてきた。

 不安、恐怖、怒り、願望。そういったものは確かにこの心の奥底に存在しているけれど、理性の力で目をそらし、ただひすたらに「現時点で出来る精一杯」をやろうと試みてきた。

 そう、次代のレヴィアス公爵である私が獣人の血を引いていることが明るみに出てしまっても。

 人々が舐め切った視線を向けてくるのに耐えながら、レヴィアスを離れている父の代理をすることになっても。

 しかし、そんな私であっても直視し難いことはあるのだ。


 リーズさん達と再会した数日後、お父様の部下が、王城勤めと思われる服装の男たちと共に屋敷に入ってきた。

 そして、彼らの口から「停戦交渉に向かったお父様が墓標荒野で命を落とした」という最悪の事実が語られた。

 ルミナス領に向かう途中だか帰る途中だかで、恐らく魔法によって他の穏健派貴族や従者もろとも爆殺されたのだと。

 攻撃を受けた時にその場に居た者は全員死んでいるようだから実際のところは分からない筈だが、彼らは口を揃えて「間違いなく《魔王軍》の仕業だ」と語っていた。

 これにより、墓標荒野で睨み合っていた両軍は開戦することになったそうだ。


 感情と理性の奔流で頭が変になりそうだ。

 無論、こうなる可能性を考えていなかった訳ではない。

 お父様が赴いたのは戦場なのだ、死ぬこともある。それが敵地のど真ん中であれば尚更だ。交渉が決裂すればその場で敵に殺されてもおかしくない。

 いや、まず「敵に殺された」というのも疑わしい。

 娘の私には分かる。穏健派であるお父様は政治的に少々、不利な立場にあった。ラトリアの貴族社会を支配する強硬派によって開戦のダシにされた可能性も否定出来ない。


――ああ、えっと、そうではなくて。

 真相を究明するのは今やるべきことではない。私はこれから「代理」ではなく正式なレヴィアス公爵となる。

 その為の手続きと人々に対する公表、諸々の連絡。とにかくやることが多すぎる。

 いつかはお父様の後を継ぐことになると覚悟していたし、それに備えるべく勉学に励んできたのは確かだけれど、こんな形で、こんなにも早くその時が来るなど想定外だ。

 今はただ一人の人間として、娘としてお父様の死を悲しんでいたいのに、平凡な一市民でない私にそのような時間は与えられない。

 そう考えると、ずっと溜め込んでいたストレスがとうとう限界に達して、私は意識を失った。


***


 目が覚めると、私は自室に居た。窓の外は暗闇。どうやら半日ほど眠っていたらしい。

 まずい、休み過ぎだ。

 慌てて上体を起こすと、近くから聞き慣れた声がした。


「大人しくしてなさいな、ルア。全く……これから公爵になるというのに自己管理も出来ないなんて情けないですわね」


 この「人の気など知るか」と言わんばかりの挑発的な物言い。

 間違いない。王立アカデミーにおける私のルームメイトにして次期カーマイン公爵、フレイナだ。

 横を見ると、くるくると巻かれた髪を弄って所在なげにしている彼女が居た。

 いつもと変わらぬ不機嫌そうなその顔を見た瞬間、緊張が一気に和らいだ。

 代わりに「彼女を抱きしめたい」という衝動が溢れてくるが、勿論そんなことはしない。


「フレイナ、どうしてここに居るんですか?」

「どう過ごしているのか気になって見に来たら、あなたが倒れていたものだから……」


 視線をそらすフレイナ。その仕草がとても可愛らしかった。


「……もしかして、心配して下さったんですか?」

「ち、違いますわ! 『休学中のライバルが情けない姿を晒していたら叱咤してやろう』と思っただけですわ!」

「そうですか……何にせよ、ありがとうございます」

「別に感謝されるようなことなどしていませんわ。あなたの世話をしたり、仕事を代わりに引き受けたりしているのは御母上や他の方々ですし」

「……あ、そうだ……すぐに仕事に戻らないと……!」


 ベッドから出ようとするも、フレイナが駆け寄ってきて私の両肩を軽く押す。

 少しドキッとして無抵抗でベッドに倒れ込んだが、特に何かある訳でもなかった。

 それはそうか。私、こんな時に何を期待しているんだろう。 


「御母上が『今日と明日いっぱいは休暇にしていい』と仰っていましたわ」

「で、でも……」

「御父上のこと、わたくしも聞きましたの。本当に残念ですし、《魔王軍》は許し難いことをしたと思いますわ。焦って無理をしたくなる気持ちも分かりますけれど、今は少しでも落ち着きなさいな」


 呆れつつもどこか優しげに言うフレイナ。なんだ、ちゃんと私の思いを察してくれていたのか。

 ベッドの上で深呼吸をする。僅かではあるが落ち着きが戻ってきた。

 はっきり言って、ここ数日の私は過労そのものだった。この状態で頑張り続けたところで、後々しわ寄せが来るのは明白。

 ここはフレイナやお母様の言葉に甘え、休むことにしよう。それが理性的判断というものだ。


「……分かりました。私が外で油を売っていたら民に死ぬほど叩かれるでしょうから、屋敷からは出られませんけれど」

「あら、引きこもるのには慣れているのではなくて?」

「ホント、あなたって一言余計ですよね」

「事実を言ったまでですわ」


 いつものような嫌味の言い合いが心地良くてくすりと笑うと、フレイナもそれに釣られてくれた。

 私はあまり性格が良い方ではなくて、ついつい人の粗探しをしてしまう。でも、そうして抱いた本心を遠慮なくぶつけられるのは彼女くらいだ。


「今日は泊まっていきますわ。もう御母上に話は通してありますから、その点は心配なさらないで」

「アカデミーの方は大丈夫なんですか? 私は正式に休学手続きをしていますが……」

「少しくらいの欠席ならば問題ありませんわよ。もっとも、わたくしも近いうちにあなたのように休学することになるでしょうけれど……」

「え?」

「あんなことになってしまいましたし、もし《魔王軍》との全面戦争が起こるのであればすぐに参加出来るようにしておくべきでしょう?」

「ああ、なるほど……」


 王家は明らかに《魔王軍》を潰したがっている。墓標荒野の戦いで勝利したら――否、負けても結局は《魔王軍》に対する総力戦を挑む流れになるだろう。

 お父様たちが殺された時点で、もう後戻りは出来なくなったのだ。

 そして戦が始まれば、ラトリアの貴族には王家からの参戦命令が下される。多額の支援金を出せば一応、直接的な参戦は免除されるが、特に名門だと貴族としての名誉が懸かっているから基本的には戦場に行くのである。

 フレイナは次期公爵ということで、今のうちに手柄を立てておく為に参戦したがっているのだろう。或いは単に、彼女を含むカーマイン領の人々が全体的に魔族を強く憎悪しているからかも知れない。


「ルア。もしその時が来たら、あなたも当然、戦いますわよね?」

「私は……」


 まだ考えが纏まっていなかったから、言葉が続かない。

 だって、何もかも急過ぎるのだ。世界はいつだって私を置き去りにするけれど、今回の件はその中でも最悪の状況だ。

 全面戦争に突入することになったら、私はどう立ち回るべきだろうか。

 魔族との共存を望んでいたお父様が生きていたらきっと、最後まで戦争を止めようとするだろう。

 実際のところ、曲がりなりにも魔族や半魔との共存が成立している「現在のレヴィアス」を維持するのであれば、戦争には参加すべきではない。

 でも、もうお父様は死んでしまった。これからのレヴィアスの在り方を決めるのは私だ。

 

――駄目だ。分からない。私はどうすればいい? 何が最適解なのだろう? まず「最適解」なんて存在するのか?

 黙り込んで頭を抱えていると、ずっと立ちっぱなしだったフレイナがベッドに座った。

 嗅ぎ慣れた、安心感のある匂いがする。


「ごめんなさい。考えておくべきなのは間違いないけれど、いま聞くことではありませんわよね」

「……何か変なものでも食べたんですか? あなたにしては優しすぎます」

「ライバルに潰れられては張り合いがないというだけですわ! もう、一言余計なのはどっちですの!」

「性分なので……」

「性格悪いですわね」

「自分でもそう思います」


 私は恐らく、正式に公爵になる為にアカデミーの早期卒業を行うことになるだろう。

 そうしたらもう、こうやって過ごすことは出来なくなる。

 未来に思いを馳せていると、ふと寂しさが押し寄せてきた。

 そんな感情に負けてついフレイナに手を伸ばしそうになったが、辛うじて自制することが出来た。


「さて、わたくしはそろそろ戻りますわ」

「え、どこに?」

「『どこに』って、御母上から借りた部屋に決まってますわ。寮と違ってここにはベッドが一つしかありませんもの」

「あ、そうですよね……はい」

「では、また明日。ルームメイトとして一日くらいは付き合って差し上げますわよ」


 フレイナが立ち上がり、部屋から出ていった。

 彼女の残り香を嗅いでいると切ない気持ちになる。

 それを振り払うかのように毛布を頭まで被り、目を閉じた。



 実のところ、私は誰にも告げられない思いを抱えている。

 フレイナにも、家族にも、リアさん達にも。

 私は彼女に――フレイナに、恋をしてしまったのだ。

 

 最初は大嫌いだった。

 入学式で出会って早々、「かの名門の一人娘がこんな根暗だなんて」と喧嘩を売られた。

 ルームメイトとして共に生活していく中で獣人であることがバレてからは、更に見下されるようになった――とはいえ、彼女は私が獣人であることを決して言い触らさなかったが。

 本当に憎かった。「《術式》で怪我でもさせてやろうか」と何度も思った。

 ただ、複数で寄ってたかって私に嫌がらせをする他の連中とフレイナが異なるということはすぐ分かった。

 彼女は嫌らがせに加担しないどころか、そういった連中と距離を置いて、結果的に孤立することになったのだ。

 初めは「意味が分からない女」だと思ったものだ。せめていじめに加わってくれれば「下らない有象無象の一人」として認識することも出来たのに、そうではなかったせいで私は彼女が気になってしまった。


 フレイナの態度が変わっていったのは、私が最初の定期試験で学年トップの成績を叩き出してからだった。

 それ以降の彼女は「私が根暗な獣人であること」というよりも「実力がある癖に自信がないこと」に苛立っていたらしい。

 そんな気持ちに気づいて、私は自らの性格を変えることは出来ないまでも、少なくとも彼女の嫌味に嫌味で返すことが出来るようになっていった。

「友達」と言うには何とも歪な関係性だ。でも、ずっと引きこもりだった私にはそれがとても心地良かった。

 友情? 敵意? 嫉妬? フレイナの本当の思いは分からない。ただ事実として、彼女はいつでも私を見てくれている。私の存在を意識してくれている。

 たった一人で対等に、私と向き合い続けている。

 そうして気がつけば、私が抱いた嫌悪感は好意へと変わっていたのである。


 でも。こんな想いは当然、許される筈がない。

 女である私が同じく女であるフレイナに恋をするなど、誰一人として認めないだろう。

 いや、仮に私が一般人だったならまだ可能性はあったかも知れない。

 しかし私は公爵家の娘。このような愚かな本心は押し殺してしまって、興味もない男性と結婚して子孫を残すのも仕事のうちなのである。

 そして言うまでもなく、フレイナ自身にとっても不都合な話である筈だ。

 立場上、彼女は私を絶対に受け入れない。

 恐らく気持ちの上でもそうだ。まず彼女は私のことなんて嫌いかも知れないし、仮に好意的だったとしても、同性にそういった意識を向けることは出来ないだろう。


 自分の本心と向き合う度に苦しくなる。

 人生って嫌なことばかりだ。もう何度も思ったけれど、こんな恋なんてしなければ良かったのに。

 でも。それでもやっぱり、これは捨てたくなかった。

 レヴィアスという地への愛と同じくらい、この気持ちは私にとって数少ない「大きな感情」――生きる理由なのだから。

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