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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第7章:やがて英雄となる者たち

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7章4節:勇者の葛藤②

 翌日、昼。レティシエルのお陰で一日休みを貰えた僕らは、訳あって王都郊外の草原に来ていた。

 僕とレイシャはとある少年と共に木の傍に座り込み、彼に薬草の見分け方を教えている。

 ふと後ろを向けば呆れ顔のアダムと、温かい目でこちらを見下ろしているアイナが。


「全く……王女殿下の誘いを断って見知らぬ子供の世話を焼くとはな」

「ふふっ。レインらしいじゃない」

「『大局が見えていない愚者』ということか」

「『目の前の困ってる人を放っておけない』ってことよ」

「……ふん」



 今朝、王城の客室で起床した僕たちに対し、レティシエルはこんな提案をした。


「午後は庭園でお茶でも致しませんか? 良い休憩になると思うのですが」


 食事というものが現代日本ほど発達していないこの世界に居ると、時々どうしても美味しいものに恋い焦がれることがある。

 そういう意味で、王城で提供される高品質なお茶やお菓子は魅力的だった。しかし、それを一緒に楽しむのが王女様となると話は別。

 レティシエルのことが嫌いではなくとも、未だに上流階級の雰囲気に馴染めない僕としてはどうしても気疲れしてしまう。

 だから一日くらいは何も考えずに過ごしたいと思って誘いを断り、あてもなく王都を散策し始めたのだ。

 アダムは「殿下との絆を深める機会を無駄にするな」なんて風に怒っていたけれど。


 ともかく街に出た僕らだったが、スラム付近の街区に入ったところで獣人の少年が複数の暴漢に殴られているところに出くわした。

 少年の方は乞食をしていたようで、身なりからして明らかにスラムの住人だった。

 ただでさえ「勝手に王都に住み着いたならず者」と嫌悪されているスラムの貧民なのに加え、差別を受けやすい獣人とあっては誰も助けようとしない。

 道行く人々が目をそらす中、僕は暴漢らの前に立ち塞がった。

 彼らは僕の顔を見るや否や露骨に態度を軟化させた。


「おや、《勇者》様ではありませんか! 一体どうしたんです?」

「僕のことはどうでもいい。それよりこの子を殴るのを止めろ!」

「いや、この薄汚い獣が食い物を求めてきやがったのが悪いんです。王都の人間として駆除しようとするのは当然で……」

「貧しくても種族が違っても、この子は同じ人間だ! どうしてそんなことが言えるんだよ!」

「お、同じ人間って、ご冗談を……」


 お互いに顔を見合わせ、困惑する暴漢たち。やがて彼らは苦笑いを浮かべながら、逃げるようにその場を去っていくのであった。

 僕は少年の前に屈み、声を掛けた。


「君、大丈夫?」

「うん……それより、お腹空いた……」

「あ、そっか。ええっと、どうしよ……」

 

 周囲を見ると、食料を売っている露店が幾つかあった。さっそく何か買ってやろうと思ったところで、アダムに肩を掴まれる。


「余計なことはするな」

「これを放っておく勇者なんてあり得ないだろ」

「この場で僅かばかりの食い物をやって何になる? 一日か二日、死ぬのが遅くなるだけだ」

「勿論、食べ物だけあげて終わるつもりはないよ。孤児院に引き取ってもらって……あっ、どこも人手不足でそうはいかないか……」

「《魔王軍》との戦争にでも参加させたらどうだ? 最低限の食事と生活環境は国から提供される。何も持たない者が食い扶持を稼ぐにはちょうどいい」


 淡々と述べるアダムに対し、僕は声を荒らげる。


「駄目だ! 戦う術なんか知らない……それも、まだ幼い子に命を懸けさせるなんて」

「ではどうする?」

「う~ん……」


 少しだけ考え、思いついた僕は、子供の手を引いて道を突き進んでいった。

 三人の仲間が慌てて追ってくる。早足で横に並んだのはアイナだ。


「ちょっと! どこに連れて行くのよ!」

「どこって、ギルドだよ。冒険者なら地位や種族に関係なくやれるからさ」

「そうだけれど、でも達成出来そうな依頼なんて……スライムや野犬の退治だって経験が無いと命を落としかねないわ」

「薬草の採取ならやれる筈だ」

「それだって、薬草を見分ける方法や最適な採取場所を知らないと難しいわよ?」

「大丈夫。僕も知識が全く無い訳じゃないし、何よりウチにはそういうのに詳しい子が居るだろ……ね?」


 後ろを振り向くと、レイシャが両手の親指を立てた。相変わらず無表情なのにジェスチャーは陽気である。


「確かにレイシャはその辺り、得意よね……って、まさかあなた達、この子に教え込むつもり!?」

「なに、数時間あれば一番簡単な部類の採取はこなせるようになるよ」

「はぁ……分かったわ。本当にお人好しなんだから」

「アイナとアダムは別行動してても良いけど、どうする?」

「一緒に行くわよ。もしかしたら採取の邪魔になる魔物が居るかもしれないし」

「……やむを得ん、俺も同行しよう。放っておいたらまた新たな面倒事を抱えることになりかねんのでな」



――と、そんなこんなで、道すがら少年に食料を買ってやった上でギルドでの冒険者登録と依頼受注も済ませ、草原まで来たという訳である。

 それからは主にレイシャと僕が採取のコツを教えてやり、必要な量の薬草を集め終わった頃にはもう日が暮れ始めていた。

 ギルドに戻って報告し、報酬を少年に受け取らせた後は、彼と出会った街区に戻ってきた。


「……兄ちゃん、ありがと」


 少年がぺこりと頭を下げる。

 かつてレイジ兄ちゃんを慕っていた自分が「兄ちゃん」なんて呼ばれる立場になるのは少し気恥ずかしかった。

 勿論、悪い気はしないけれど。


「気にしないで。それより、さっきの依頼は殆ど稼げないから、出来ればもっと良い依頼をこなせるようにね。大丈夫、君なら今後もやっていける」

「分かった……頑張るよ」

「それじゃあね」

「ま、待って! 兄ちゃん、あの《勇者》様なんだよね!?」

「ああ。そんな風に呼ばれてる」

「俺、《勇者》なんて嘘っぱちだと思ってた。居ないと思ってた。でも、ホントに居たんだ……!」


 そう語る少年の目は、今日一番の輝きを宿していた。そのことが嬉しくて仕方がない。

 これが本当の、僕が目指している「勇者」の在り方なんだ。


「どうしようもなくなったら、また頼ってくれ。勇者はいつでも君の傍に居るから」


 照れながらも気取った台詞を言って、僕らはその場を離れた。

 しばらく歩いたところで、アダムが小さくため息をつく。


「何の利益も得られない人助けなどに時間を浪費したな。あの少年がいつか自分を助けてくれるとでも?」

「利益を求めて人助けなんてしないよ。このさき再会することがなくとも、どこかで無事に生きていてくれるのならそれで良いさ」

「……決戦も近いから改めて言っておく。勇者の役割は秩序を守ることであって有象無象にかまけることではない。些事に囚われるなレインヴァール」

「そんなこと言いつつ付き合ってくれるんだから、君も何だかんだ優しいよ」

「勘違いするな。先にも言ったが、お前を放置したらより面倒な展開になると判断してのことだ」

「あ~、分かった分かった。そういうことにしとくよ」


***


 スラムに隣接している街区を出ようとした僕たちを待っていたのは、街路に漂う妙に重苦しい空気だった。

 道の真ん中を闊歩する一人の青年に怯えるように、たくさんの人々が距離を取って縮こまっている。


 伸ばした赤髪に黄金の瞳。間違いない――《紅の魔人》、アレスだ。

 パーティ単位で決まる序列こそ僕らより下である第二位だが、個人の戦闘能力に関しては世界最強と目されている。

 特定の信条は持たず、報酬も関係なく、ただ過酷な戦いを求めて冒険者をやっているとされる危険人物である。

 そんな彼に対し、アダム、レイシャ、アイナが警戒心を露わにした。

 アレスは僕らを見ると、こちらの警戒も気にせずニコニコと好青年じみた笑みを浮かべながら近づいてくる。


「あ、見つけた! 『この辺に《勇者》殿が居た』って噂を聞いたから探してたんだよ」

「何か用事が?」


 僕が問うも、アレスは無視してマイペースに喋り続ける。


「いや~、みんなキミ達の活躍に期待してる感じだねえ。序列一位って凄いや。あ、ちなみにボクも《魔王軍》との決戦に参加するつもりだからよろしく」

「……いいから用件を言ってくれ」

「せっかちだなぁ……まあ良いけど。実は、最強の冒険者パーティであるキミ達に二つほどお願いしたいことがあってね」

「内容による」


 それから、アレスは少しだけ沈黙して考えるそぶりを見せた後、真剣な表情で告げる。


「《黄金の魔人》バルディッシュは知ってるよね?」

「あ、ああ」


 バルディッシュは《魔王軍》の幹部の一人と考えられている、隻眼の魔族だ。

 非常に凶暴かつ実力のある武人らしく、彼と数人の仲間だけで領地一つを滅ぼしたなどという話もある。


「もしキミ達があいつと出会ったら、手を出さないで欲しいんだ」

「……え?」

「あ、勘違いしないでくれよ。別に『見逃せ』っていうんじゃない。ボクにあいつとの勝負を任せて欲しいんだよ」

「なぜ?」

「もちろん『強い奴と戦いたい』ってのが一番だけど、あいつ、実は同郷の幼馴染なんだよね」

「そうだったのか……」


 アレスも半魔だからそこまでの驚きはないけれど、序列二位と《魔王軍》の幹部が幼馴染というのは、なかなかに数奇な運命である。


「それで、昔あいつと殺し合いをしたことがあってね。その時に殺し損ねたから今度こそ決着を付けたいんだ」

「幼馴染なのに?」

「だからだよ。『殺し合ったのにどっちも生きてる』なんて、幼い頃から命を懸けて戦うのが当たり前な社会に属してたボクら的には消化不良もいいところだ」

「よく分かんない感性だな……死なずに済むならそれが一番だろうに」

「分かんなくていいよ。それより、受け入れてくれるかい?」


 一つ目のお願いに対し、僕はすぐに首を横に振った。


「悪いけど、敵と遭遇しておいて見逃すなんてことは出来ない。被害を増やしたくないからね」

「キミが戦えば犠牲を最小限に出来ると? 言うねえ、気に入ったよ。じゃあ次のお願いなんだけど、ボクと決闘してよ勇者くん。キミとはずっと戦ってみたかったんだ」

「……え!?」

「で、決闘に勝ったらさっきのお願いを聞いて欲しいんだ。キミが勝ったら……うーん、お金とか欲しい?」


 唐突な申し出に困惑する。アダムは「下らん」と吐き捨て、もう二人は「戦うことを好まないレインが引き受ける筈がない」と言っている。

 実際、普段ならば決闘など適当に断るところだった。そう、普段ならば。

 でも、僕は少し考えた後、首肯した。


「……分かった、付き合うよ。ボクが勝ったら、《魔王軍》との戦いの中で可能な限り犠牲が出ないよう配慮してくれ。味方にも、敵にもね」


 その答えにアレスは分かりやすく歓喜した。序列一位と二位、《勇者》と《紅の魔人》の決闘ということで、周囲の人々もどよめいている。


「はは、ボクに『殺すな』と言うか……! 良いよ、キミと戦えるんだからそれくらい賭けようじゃないか!」


 後ろから慌てた様子のアイナが小突いてくる。


「レイン、なんで引き受けたのっ!?」

「《魔王軍》との決戦は激しいものになるだろうから、それに備えておきたいんだ。僕の能力のことは知ってるだろ?」

「当然よ。でも危険過ぎるわ!」

「無理をするつもりはないよ。危なくなったら素直に退く」


 僕の《権限》――《不屈の誓い》は、「一度見た攻撃が当たらなくなる力」である。

 故に攻撃を経験しておけばしておくほど、後の戦いで有利に立てる。特にアレスは半魔だから、敵側にも同じ技を使う者が居る可能性がある。

 《紅の魔人》との決闘を受け入れるというのは少しイキり過ぎかも知れないけれど、この機会を逃す手はないだろう。


「……という訳だから、よろしくお願いするよ、アレス」

「こちらこそ」

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