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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第7章:やがて英雄となる者たち

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7章3節:勇者の葛藤①

「……レインヴァール殿」


 太陽が眩しく輝く中、誰かが僕を呼んだ。雨宮勇基(あめみや・ゆうき)ではない、この世界で得たもう一つの名で。


「さあ、レインヴァール殿。次の集会場に参りましょう」


 再び呼ばれる。今度は少しだけ苛立ちを含んだ声色。

 丁寧でありながらも威圧感を覚えさせるその言葉によって、上の空だった僕の意識は現実に引き戻された。


「ああ……ごめん、ライングリフ。ちょっとボーッとしてた」

「お疲れのところ申し訳ございません。あと五回で本日分の演説が終わりますので、どうか辛抱頂ければと」

「分かってる。さあ行こう」


 僕はラトリアの人々の注目の的になっていることに居心地の悪さを感じつつ、ライングリフ第一王子や三人の仲間――アイナ、レイシャ、アダム――と共に馬車で大通りを進んでいった。


 ここのところずっと、僕ら《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》は王家の方々に付き合っている。

 彼らは王都や周辺領地、時には外国で、魔王討伐戦への参加を呼びかける演説を行っているのだ。

 そこに序列第一位の面々が立ち会えば、民衆はより強く勝利を確信出来るから都合が良いという訳だ。

 これを提案したのは王家側だけれど、こちらも表向きには快諾した。僕らは以前から何かと彼らの世話になっているし、特にアダムは王家との結びつきを強めることを望んでいるから。


 ただ、僕個人はあまり乗り気ではなかった。

 だから演説中もいまいち身が入らなくて、「セナは今どうしているだろうか」なんて考えで頭がいっぱいだった。

 だって、これは僕が思うような「勇者」の在り方ではないのだ。

 いや、ちゃんと分かってはいる――この世界は僕の為に存在するものではないんだって。

 僕はいわゆる異世界転生を果たし、女神から凄まじい異能力を賜ったけれど、それでも決して「チート主人公」にはなれない。

 この世界だって、誰もが必死に自分の人生を生きている現実そのもの。どれだけ強い力を持っていても、どれだけ「勇者」として名声を得ても、何一つ思い通りにならない。

 理解している。それでもなお、今の自分に納得が行っていないのだ。


 僕の思う勇者とは、まさしくレイジ兄ちゃんのような、目の前の苦しんでいる人を助けられる強くてカッコいい存在だ。

 実際、今までずっとそうなろうと努力してきた。敵も味方も種族も貧富も関係なく、弱者をより多く救えるよう頑張ってきたつもりだ。

 なのに気が付いたら僕は、《魔王軍》に抗うラトリア勢力の代表的存在となっていた。

 違う。こんなのは違う。国同士の戦争だとか、階級や種族間の不和だとかに関わるのは僕のやることじゃない。

 みんな自分にとって都合の良い「勇者」を僕の中に見出しているだけで、僕なんて見ていない。勇者になればなるほど、人々の心は僕から離れていったのだ。

 民衆も、王家の方々も、アダムもきっと、この気持ちを理解してはいないだろう。

 アイナやレイシャは気を遣ってくれているけれど、それでも仮に「勇者の立場を捨てる」なんて言おうものならば距離を置かれてしまうかも知れない。

「ユウキ」という平凡で無力な子供だった頃を知っているセナだったら、僕を僕として見てくれるのかな。

 

***


 演説や王家の方々との食事会を終えた後、僕は仲間の女の子二人と共に、王宮のバルコニーから街を見下ろしていた。

 日は落ちているが、まだまだ行き交う人の数は多い。

 王都が占領されたその時、この下には一体どれだけ悲惨な光景が広がっていたのだろうか。

 ラトリア、特に王都住まいであった者たちの絶望を思えば、そこから解放した僕らを人々が過剰に持ち上げ、魔族の撃滅を求めるのも無理はないのかも知れないな。

 一方で《魔王軍》の側にも何か、こうして戦争をせざるを得なかった事情がある筈なのだ。

 人だって、エルフだって、獣人だって、魔族だって、好き好んで戦ってなんかいないと思っているから。

 たぶん僕には「出来るだけ殺さないように戦う」ことくらいしか出来ないのだろうけれど、どうか平和的に解決出来る道が見つかって欲しいな。


 あれこれと考え事をしていると、隣でぼーっと空を眺めていた露出度の高いエルフの少女――レイシャが僕の方を見て両手を伸ばしてきた。


「レイン、ストレス溜まってる? レイシャで発散してもいーよ?」

「は、はぁ!?」


 無表情でしれっと言われ、驚く僕。

 この子はかつて「女性としての魅力を売る仕事」をしていた為か、出会った時から一貫して開放的な性格なのだが、未だに気恥ずかしくて慣れない。

 服装も目に毒だ。本当はもっと大人しい格好をして欲しい。

 彼女は《権限》所有者であり、その代償が「肌を見せること」だというからやむを得ないのだけれど。


 もう一方を見れば、明るい緑色の髪を伸ばしたお嬢様――アイナが顔を真っ赤にしていた。


「ちょっとあなた! そういうのは止めなさいっていつも言ってるでしょ!? もっと自分の身体を大事にしなさい!」

「レインが助けてくれたから今は大事にしてるよ? 他の人じゃなくてレインだから良いの~」


 腕に抱きついてくるレイシャ。大きな胸がムニムニと当たって心地良い――じゃなくて、駄目だこんなの!

 無理やり彼女を振りほどく。残念そうな顔をしているので申し訳ない気持ちになった。


「ごめん。でもやっぱり、こういうことは結婚してからじゃないと……」

「じゃあレイシャと結婚しよ?」


 可愛いエルフ娘との結婚。悪くないどころか最高の申し出だ。とはいえ、それを軽率に受け入れるような男であってはならないのだ、僕は。


「まだ『誰と結婚するか』みたいなことって考えられないよ」


 アイナが喜びと悲しみの入り混じった複雑な表情を見せた。


「その……この世界には苦しんでいる人がたくさん居るから?」

「ああ。皆を救うまで、僕は幸せになってはいけないんだ」

「あなたらしい考えね。でも、そんなことないと私は思うわ」

「そうかな。どうも自分だけが幸せになるのってズルい気がしちゃって」

「『自分にとっての幸せを享受しつつ他人も救う』。それで良いじゃない。あなただって一人の人間なんだから、別に人生の全てを他人の為に使う必要はないわ」

「アイナの言う通りだよ~。レイシャと幸せになろ~?」


 アイナもレイシャも優しく微笑んでくれた。孤独が癒やされていくようだった。

 そうだ。振り返ってみれば、アイナと出会った頃の僕だってまだ何の力も持っていなかったんだ。

 レイシャの時は能力を使って彼女から搾取する連中を懲らしめたが、出会ったきっかけがどうあれ、共に過ごす中で「自分を救った存在への依存」が「対等な友情」に変化してもおかしくないだろう。

 こんなにも思ってくれる子たちに対し、僕は「皆が求める勇者であることをやめたら距離を置かれるかも」なんて疑ってしまったのか。


 すぐには二人の言うように出来ないにせよ、何だか嬉しくて、僕は照れ隠しの為に余計なことを喋った。


「今日のアイナはやけに優しいな。一体どうしたんだ?」

「『いつもは優しくない』って言いたいの!?」

「あ、いや! 実際メチャメチャ世話にはなってるんだけど、アイナって基本、物言いがキツいというか……」

「もう、何よ……演説中、ずっと上の空だったから結構心配したのに……」


 そっぽを向いてぶつぶつ言うアイナ。


 そんなやり取りをしていると、部屋の方から金髪の女の子が出てきた。清楚で可憐、幼気ながらもどこか妖艶さを感じさせるその人物は、第ニ王女レティシエルだ。


「ふふっ、随分と慕われているのですね。流石は勇者様」

「レティか。聞いてたのか?」

「ええ、まあ。結婚と言えば、私との婚約の件についてお考えに変化はありませんか?」


 ああ、以前に「僕とレティシエルを婚約させたい」なんて話が王家から舞い込んできたんだった。

 アダムはかなり乗り気だったし、僕としてもこの方は凄く魅力的な女性だと思う。でも結局のところ、今はまだそういうことを考えられないというのに変わりはない。


「うん。悪いけれど……」

「私には結婚相手としての魅力がないと?」

「そ、そういう訳じゃなくて……!」

「冗談ですよ。勇者様の心中、お察しします。いつかこの乱世に平穏がもたらされた時、また考えて頂ければなと」

「そうするつもり」

「私はあなたの妻になれる時をいつまでも待っていますから……と、お疲れのようでしたので明日は休暇にするようにと、人使いの荒い兄に言っておきましたわ」

「あはは……ありがとう。レティにも気を遣わせちゃったみたいだね」

「お構いなく。それでは、伝えたいことも伝えたので行きますね。お休みなさい」


 レティシエルがその場を去っていく。


 僕は本当に色んな人に支えられているんだなと改めて実感した夜であった。

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