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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第6章:東方諸国動乱

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6章12節:魔王ダスク

「全く……『お前がここで無理をする必要はない』と伝えておいたのに……」


 突如として私たちの目の前に現れた男――魔王ダスクは、「魔王」という呼称に似合わぬ悲しげな目をリゼッタに向けた。

 それに続き、空間の歪みを通ってもう一人がこの場にやって来る。

 全身を漆黒の鎧で覆い隠しているそいつは、《魔王軍》の幹部として広く知られている騎士「グリムグレイ」。《闇晶の魔人》なんていう風にも呼ばれている。十年前のラトリア北方戦争で大暴れし、ラトリア勢力に深い恐怖を与えたとされる男だ。

 彼に対し、ダスクが指示を出す。


「アルケーのところに連れて行ってやってくれ。あいつなら治せるだろう」

「御意」


 短く返事し、グリムグレイはリゼッタを抱きかかえて歪みの向こう側に去ろうとする。

 一方、私はダスクの口から出てきた名前に気を取られていた。

 《術式》の開発者、アルケー。彼女はまだ生きていて、魔王と一緒に居るのか?

 いや、一旦その疑問は思考の片隅に置いておこう。今はもっと考えるべきことがある。

 私は聖魔剣を飛ばしてグリムグレイを攻撃したが、瞬時に二本の剣――すぐに《権限》による奪取を試したものの、出来なかったので聖魔剣で確定である――を抜いたダスクによって防がれる。

 そうこうしているうちに空間の歪みは消えていった。

 結局、リゼッタは取り逃がしてしまった。

 だがここにはまだ、彼女よりも更に重要な存在が残っている。


 リーズやフェルディナンド、洗脳から覚めたばかりの者たちや野次馬どもが困惑する中、私はダスクに斬りかかった。

 互いの聖魔剣が衝突し、音を立てる。

 刃が通らない。あちらは黙って斬られる気こそ無いものの、反撃する意志もないようだった。

 顔にもまるで戦意が感じられず、むしろ私を哀れんでいるようにすら見えた。

 そんな中で、彼はこう言ったのだ。


「……これは直感が当たっているかも知れんな。ここで会えたのは偶然か、それとも女神の導きってやつかな」

「何を言ってんの!?」

「ここでやり合う気はない。代わりに少し、お前と二人だけで話がしたいんだ」


 そういった申し出をして、ダスクは距離を取りつつ剣を納めた。

 意味不明だ。世界の敵が私に一体、何の用だ?

 無視して追撃しようと、一瞬だけ考えた。

 しかし不思議なことに、こうして魔王の顔をこの目で見ていると、「懐かしさ」とでも表現すべき感情が湧き上がってくるのだ。

 まるで、この世界でユウキと再会した時のように。


 魔王ダスク。《ドーンライト商会》の創設者レイジ。時崎黎司。


 そんな、まさか。

 一つの可能性に気付いてしまった私は、同じく剣を納め、頷いた。

 戦意を喪った訳ではない。予想が的中していたとしても、こいつの存在を許すつもりはない。

 けれど、それはそれとして確認はしておかねばならない。


 後ろを見ると、幾らか落ち着きを取り戻したフェルディナンドとリーズが戦闘態勢を取っている。


「リア、危険だ! その男は恐らく、かの魔王。きっと罠に決まっている!」

「ええ、そうです! ここで倒し、世界を救いましょう!」

「……ごめん、二人とも。ちょっと時間をちょうだい。警戒を解くつもりも、こいつを見逃すつもりもないから安心して」


 そう告げて、私はダスクと共に近くの建物の陰に移動した。



「単刀直入に聞く。冒険者パーティ《ヴェンデッタ》のリーダー、リア……お前はもしかして、御剣星名なのか?」


 開口一番、ダスクは本題に触れてきた。

 その質問が出来るというのはつまり「そういうこと」なのだろう。

 ああ、本当に最悪だ。普通、異世界に転生したら前世のしがらみから解き放たれるものではないのか。 

 なんで私は二度目の人生でも勇者気取りのバカや「弱者の味方」ぶった不良の顔を見なきゃならないんだ!

 しかもその一方は、今の世界における最悪の仇になっていると来た。

 無茶苦茶だ。これは自殺をした私に対する罰だとでもいうのか?

 あの性悪女神め、もしどこかで再会出来たらその時は文句を言ってやる。


 様々な思い出と感情が入り乱れているけれど、ひとまずは全てを飲み込んで平静を装い、私は首肯した。


「うん。で、きみはレイジなんでしょ? 何で前世の名前を名乗ってたのか知らないけどさ」

「この世界で平和に生きていた頃の自分と決別する為だ」

「ふぅん……何にしてもびっくりだよ。『そんなこと流石に有り得ない』って思ってた」

「俺だって同じだ。だが、お前や『勇者』のことを噂で聞いていくうちに、『もしかしたらセナやユウキも居るんじゃないか』とな」

「勇者って、まさかレインヴァールとも会ったの!?」

「いいや。あいつは人気者だから、なかなか接触する機会が無くてな。でも話してみたくはある」


 そう語る魔王は、容姿こそすっかり変わっているものの、かつての「ユウキに優しい兄貴分」そのままの顔をしていた。

 それを見て、私の複雑化していた感情が一つに――憤怒に収束していく。


「……ふざけんな。仮にユウキまで転生していたとして、もう昔みたいに戻れる訳ないでしょ」

「分かってる。予想が正しければ、あいつはこの世界で真に勇者になった。そして俺は守りたいものを守る為に魔王になった。お前はきっと『間違った正義』も『悪』も等しく斬る改革者とでも呼ぶべき存在になった。皆、昔とは違う」

「なら黙って死ね! あいつに余計な罪悪感を与えんな!」


 と怒りに任せて吐き切ったところで、自らが失言をしたことに気付いた。

 レインヴァールの正体がユウキだと教えてしまったのだ。

 こいつはその情報を悪用するような男じゃないとは思っているけれど、人間、窮地に陥れば幾らでも最悪な発想が出てくるものだ。


「そうか。やっぱり勇者の正体はユウキなんだな」

「……何でもない」

「心配するな、それが分かったなら十分だから。このことを言いふらしたりはしないし、俺の正体をあいつや他の人間に明かすつもりもないよ」


 その言葉に少し安堵している自分が嫌になった。

 私は自己嫌悪を誤魔化すかように、強い口調でレイジを問い詰める。


「……ねえ、きみはそれで良いと思ってるの!? 私は昔っからきみなんて嫌いだったけど、ユウキのやつは憧れてたんだよ!?」

「知ってるよ。でも俺には最初から『勇者』なんて向いていなかったのさ。同情を買いたくはないからこれまでの出来事をあれこれ語るつもりもないが、こうすることでしか弱者を救えなかったんだ」

「暴力をちらつかせて村や街を支配したり、攻め滅ぼすことが『弱者を救う』!? 冗談じゃない」

「この世界は、人の心は狭すぎるんだ。いつだって大半の強者は弱者を見下し、虐げ、追放する。だから武力によって人と魔を強引に共存させる。無論、最初は反発もあるだろうが、将来的にはそれが当たり前になるだろう。たとえばレヴィアス公領で共存が成立しているようにな」

「その過程で現在を生きてる人が犠牲になっても良いと!?」

「もちろん、罪悪感が無い訳じゃないさ」

「だったらまずは私に謝れ! 私は街にやってきた魔族どものせいで……お前のせいでお母様を喪ったんだ! 目の前でお母様を汚されたんだ!」


 頭が怒りでいっぱいになって、私は「世界の敵」に対して何ら躊躇なくまくし立てた。

 私は正道(ゆうしゃ)でも邪道(まおう)でもない、怒りを力に変えて自らの為に戦うだけの外道(ヴェンデッタ)である。ゆえに何が正しくて何が悪いかなんて本当はどうでもよくて、結局のところ言いたいのは一番最後。

 私のごく個人的な絶望をぶつけてやりたかったのだ。

 そして、そんな怨嗟の声を聞いたレイジ――ダスクは深く頭を下げるのであった。


「済まなかった。無意味な暴力や非戦闘員への攻撃、略奪などは禁じているし、規律を乱した者を処罰してはいるが、魔族全体の統率が取れていると言い難いのは事実だ。全て俺の責任だよ」

「許してなんかやらない。少なくとも、その首を切り落としてたくさんの人の前に晒してやるまでは」

「そうか……とはいえ、こっちも大人しく死ぬ訳にはいかないんだ。だから、近いうちに始まるであろう決戦に参加し、全力で討ちに来い」

「いや、黙って帰す訳ないじゃんか。今ここで殺してやる、魔王ダスク!」


 私は再び聖魔剣を構えた。

 最低限、確認したかったことはもう十分に確認出来た。これ以上の、《魔王軍》に不利益を及ぼしそうなことは聞いても無駄だろう。

 ならば後はこの男を斬るだけだ。

 勿論、彼にも何かしらの事情があるっていうのはよく分かっている。きっと仕方がなかったのだと思う。

 でも、関係ない。私はただ私の為だけに復讐を行うのだ。

 

「『ここでやり合う気はない』って言ったんだが……まあいい、謝罪も兼ねて少しだけ付き合おう。来い、リア!」


 互いに啖呵を切ると、私はすぐさま《強健(フォース)》と《加速(アクセル)》を唱えて接近、ダスクを苛烈に攻め立てた。

 彼は白の聖剣と黒の魔剣、二つを巧みに操ってそれを捌きつつ、リゼッタ以上の驚異的な身体能力で建物の屋根を飛び移っていく。

 《術式》によって膂力および移動速度を強化した状態であってもなお、少しでも気を抜けば置いていかれてしまうだろう。

 一体どうなっているんだ。以前に戦ったエメラインやリゼッタは魔族だから辛うじて納得出来るけれど、こいつは恐らく人間なのにも関わらずこれほどの動きが出来るというのか?

 それとも、外見的には分からないがダスクは魔族なのか?

 まあいい。元より私が体力的に劣っていることも、個人としての戦闘能力がそこまで圧倒的なものではないということも自覚している。

「他者を巻き込む」――それこそが私の、王女アステリアの強さだ。

 

 私はダスクを崩壊したパーティ会場跡地に誘導する目的で、聖魔剣を誘導ミサイルか何かみたいに放っていった。

 エストハインの夜空を駆け巡りながら、彼はさっきまでとは打って変わって妙に芝居がかった口調で話す。

 

「ほう。我でも二本が限界だというのに、それ程の数の聖魔剣を同時に操るか」

「凄いでしょ? あ、そういえばお仲間の剣を寝取ってやったんだった。お前のそれも命と一緒に奪ってやる」


 魔王という強者に対する恐怖を打ち消すように挑発し、《変幻剣ベルグフォルク》を発射する。

 それを見たダスクはリゼッタのように激昂するでもなく、ただひたすらに悲痛そうであった。


「エメラインか……彼女は貴様に討たれたのだな」

「ああそうだよ! ねえ悔しいっ!?」

「いいや、これほどの剣士との戦いの中で死ねるのなら彼女も本望だろう。エメラインとはそういう女だったからな」


 その返事を聞いて、頭に血が上った。

 まずい。明らかにダスクではなく私の方が動揺している。

 だってこれじゃあ、まるでこっちが悪役みたいじゃないか。

 私は「正義の味方」などではないというだけで、貴様ら悪党とも違う筈だ!

 

 あまり積極的には攻撃してこないダスクを怒りと力に任せて追い詰め、やがてリーズやフェルディナンドと合流した。

 

「手伝って! 魔王を倒すよ!」

「はいっ!」「あ、ああ……!」


 答えると同時にダスクに斬り掛かるリーズ。

 一方でフェルディナンドは精一杯の勇気を振り絞って剣を握っているものの、恐怖心ゆえか全身が強直してしまっている。まあ、こいつの場合はただそこに立っているだけで意味があるのだが。

 実際、ダスクをよく観察してみるとフェルディナンドを警戒しているようである。魔王に対しても彼の剣の力はしっかり働いているようだ。

 とはいえ、それでも十分な隙を生み出すことは出来ない。

 リーズの神速の連撃、そして私の多彩な攻めに、二本の剣と反応速度だけで対処してみせている。

 ダスクは《術式》や《魔法》どころか聖魔剣に宿る異能、そして転生者なら持っているであろう《権限》すら使っていないように思えるのだ。

 いや、もしかすると見た目には分からないというだけで、この強さには何か秘密があるのか?

 私とて世界最高の剣士の指導を受けている身。幾ら体格的に不利とは言っても正面からの切り合いでここまで圧倒されるなんて信じ難い。

 何か攻略法があってくれ。そう強く願いながら何度か打ち合い、あれこれと考えてはみるものの、全く見えてこない。

 そんな中、ふとダスクが口を開いた。

 

「たった二人の力でここまでやるとは。流石だ、《ヴェンデッタ》」


 彼自身が独りで戦っているというのに妙な言い草である。

「自分は人一人分の力を凌駕している」とでも言いたいのか。

 あるいは言葉通り、この男には複数人の力が宿っているのか?

 私が持っている《吸命剣ザッハーク》の能力を思えば、そういったことが出来てもおかしくはない。


 と思い至ったところでとうとう、戦闘前からかなり消耗気味であったリーズが体力の限界を迎えてしまった。

 私はフェルディナンドに指示を出し、リーズを介抱させると共にリゼッタとの交戦が終わったことをウォルフガングらへ伝えに行かせた。

 再びダスクと一対一で戦うこととなる。

 正直、私も私でかなり体力を消耗しているので、もう勝ち目があるとは思えなかった。

 ウォルフガングや《黄泉衆》辺りが駆けつけて来てくれてようやく僅かな可能性が生まれる――といった感じだ。

 

 ならば最後の力を振り絞ってこの男を食い止めるしかあるまい。

 私は洗脳から目覚めた者たちが既に全員逃げ去っているのを確認すると、周囲に転がっている全ての剣を同時に操り、空中に固定。

 そのまま機銃のようにダスクに向かって連射した。


 その時、魔王は初めて、僅かばかりの動揺を見せた。

 彼が黒い方の聖魔剣を掲げると、高速で撃ち出された無数の剣が推進力を失っていき、墜落していく。

 それだけではない。

 私の身体にも体感重力が数倍になったかのような圧が掛かり、とうに疲れ果てているのも相まって立っていることすら不可能になってしまった。


「……ごめんな、セナ」


 地に這いつくばる私を見て、ダスクが小さく呟いた。

 もう再起することも「見下すな」と叫ぶことも出来ない。

「誰か私の代わりにこいつを殺してくれ」と、強く願った時。


 《剣神》が現れた。


 彼は私を抱きかかえて物陰に運んだ後、ダスクに立ち向かっていった。

 普段ならば険しい中にも優しさを内包しているウォルフガングの顔は、私ですらも怖くなるくらいに怒りに満ちていた。


 ああ、そうか。よく考えてみれば当然のことだ。

 あの人は私たちの前ではいつも「頼れる大人」で居たからあまり実感がなかったけれど、きっと誰よりも強く《魔王軍》とダスクを憎んでいる筈なのだ。

 聞いたことがある――彼はかつて、魔族との戦いで妻を喪ったと。

 そればかりか、主であるお母様まで喪っている。

 世界に絶望し、憎しみを糧に生きているのは私だけではないのだ。

 そんなことを思わせる程に、いま起きている戦いは熾烈だった。


「なるほど……ラトリアの《剣神》が生きているという話は本当だったのか」


 そう呟くダスクに、ウォルフガングは剣撃で応える。

 ダスクの身体能力に生身で匹敵し、安価なロングソードで二本の聖魔剣を抑えているその姿は、仲間の私であっても「化け物じみている」と言わざるをえない。

 リゼッタやダスクの強さに驚いてきたが、一番狂っているのはあの人かも知れないな。

 私は気力の残り滓を燃やし、ウォルフガングの前に全ての聖魔剣を転送した。

 彼はその意図をすぐに理解し、ただ純粋な力量だけでそれらを射程や状況ごとに上手く使い分けながらダスクを追い詰めていく。

 もはや疲れ切った私の目では二人の動きを捕捉することなど出来ない。

 でも、「これならば勝てるんじゃないか」なんていう希望を抱き始めていた。


 しかし、現実はそう上手くいかないもので。

 ウォルフガングの刃が届いたかというところでダスクは大きく距離を取り、この場にやってきた時と同じくゲートを空間に創り出す。


「悪いな。《剣神》相手では我とて余裕ぶってもいられんのだ。今はここで退かせてもらう」

「待てッ!」


 ウォルフガングの呼び止めも虚しく、ダスクはゲートを通って消えていった。

 こうして、今回の戦いはひとまず終わりを迎えるのであった。

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