6章11節:《威光剣スペルビア》
リゼッタが私とリーズを強く睨みつけた。
その怒りに応えるかのように、全方位から事前に彼女に篭絡されていたと思しき男たちが押し寄せてくる。
まるでゾンビ映画みたいだ。
ウォルフガングとライルがリゼッタの能力を受けないよう少し離れたところで戦ってくれている筈だが、これほどに数が多いと広範囲を制圧する術を持たないあの二人では抑え切れないか。
どう攻略したものかと考えていると、リゼッタが何かに気付いたかのように憎たらしい笑みを浮かべた。
「お、ちゃんと『アイツ』も来てくれたんだ。弱そうでバカそうなのに生意気に聖魔剣なんか持ってたりして、妙に印象に残ってたんだよねぇ」
何事かと思い後ろを振り返ったら、そこにはフェルディナンドが立っていた。
「頭の中に響くんだ……リアの命令が……『貴様たちを殺せ』という命令が……!」
彼はそんなうわ言を言って、黄金色の輝きで闇夜を照らす《威光剣スペルビア》を当の本人に向けている。
まさかこいつ、エミルを倒してリゼッタのもとに駆けつけてきたのか?
不安と同時に怒りの感情が湧いてきた。
全く、「何かあったら私がフェルディナンドを止める」とか言っていたじゃないか。ちゃんと責任を果たしてくれよ。
まあいい。相手をするのも面倒だからさっさと剣を奪って黙らせてやる。
――と考えたところでようやく、異変に気付いた。
フェルディナンドに対して《権限》を行使出来ない。
そう、彼はいつの間にか《威光剣スペルビア》との適合を果たしていたのだ。
こうなってしまえば持ち主が死ぬか「私が適合条件を満たす」などという幸運が起こらない限りはあの剣を奪えない。
これは厄介なことになった。幾らこの男が戦士として劣っているとはいえ、剣に秘められている能力次第では状況を大きくかき乱す可能性がある。
「……リーズちゃんは取り巻きを引き付けて。私はリゼッタとフェルディナンドの相手をする」
「御意ッ!」
答えると同時に《術式》を用いて猛スピードで走り出したリーズ。
フェルディナンドがそれを追いかけようとするも、足もとに剣を飛ばして行く手を阻む。
敵意がこちらに向いたのを確認した上で、私は彼の方ではなく、反転してリゼッタの方に駆けた。
飽くまでこちらの勝利条件はこいつを殺す、ないしは無力化することである。そうすれば洗脳されている者たちも解放されるだろう。
強大な力を持つ魔族を相手にしつつ、未知の聖魔剣の能力も見極める。忙しいが、やるしかない。
リゼッタの放つ炎弾を躱しながら肉薄する。
そのまま斬撃を繰り出そうとした――が、思考に「背後に対する恐怖」が割り込んできたことによって中断されてしまった。
見れば、フェルディナンドが私に対して剣を振り下ろしている。
その攻撃自体はなんとも遅く粗雑であり、何ら苦労なく回避出来た。過去に刃を交えた時と何も変わっていない。
問題は「能力不明の聖魔剣を覚醒させている」という事実に意識を引っ張られ過ぎていることだ。
背後からリゼッタの拳打が来ていることに気づき、慌てて《加速》で距離を取る。
そこに追い打ちを掛けようとやってくるフェルディナンド。どうしても彼の剣に注意が持っていかれる。
間違いない。何かは分からないが、あの剣には「何かある」。
私の警戒心が膨れ上がっていくのとは対照的に、リゼッタは随分と楽しそうだ。
「剣の力を引き出せるようになったんだ、すご~い♪ やっちゃえやっちゃえ~!」
フェルディナンドを援護する形で《術式》を放ってくるリゼッタ。
リーズが他の敵を誘導してくれている間にさっさとあいつを仕留めてしまいたいのに、フェルディナンドの「凄まじい力を持っているであろう剣」がそうさせてくれない。
今のところ彼自身の戦闘力は全く変わっていないが、その力が解放されればどうなるかは分からない。
むしろ過剰な警戒のせいで私の剣が鈍っている。
しかしリゼッタもまた、彼が力が読めない為か上手く連携出来ておらず、屋上で戦っていた時よりも攻撃の手が緩まっている。
何にせよフェルディナンドを突破する方法は見つけねばならない。
或いはエミルには悪いけれど、ここで殺してしまうか。正直、その方が話は早い。今までだって敵を討つ為に必要ならば犠牲を出すことも厭わなかったのだから。
そう思っていた時だった。
彼は私と切り結ぶ中で、こんなことを小さく呟いたのだ。
「どうした。リアはその程度じゃないだろう」
ほんの一瞬だけは単なる挑発にも思ったが、すぐに違和感に気付くことが出来た。
フェルディナンドは私の名を呼んだ。「私を正しく私として認識している」のだ。
もしかして、こいつは――。
私はフェルディナンドを信じ、リゼッタに斬りかかる。
「もう、無駄だって。あたしには守ってくれる人が居るんだからぁ」
彼女の言葉通り、フェルディナンドが前に立ち塞がった。
私は彼に向かって全力で攻撃するフリをした。
それを回避しようと後方に跳ぶフェルディナンド。
そして彼はそのまま反転し、リゼッタに斬り掛かるのであった。
「なッ!?」
突然の裏切りに困惑を見せたものの、それでもリゼッタの反応は速く、距離を取られてしまった。
彼女は赤く染まった手で自らの胸を押さえている。どうやら完全に回避することは出来なかったようだ。
「……っざけんな! なんであたしの力が……まさか、その剣!?」
怒りに震えながら問うリゼッタに、フェルディナンドは答える。
「いいや。僕は以前にも『発作』を経験しているから乗り越えられただけだ。浅ましい魔族のまやかしなどに二度も支配される僕ではない!」
そうか、やはりフェルディナンドは実のところ、洗脳によって生じる「命令に従おうとする衝動」を抑え込んでいたのだ。
更には命令に従っているフリをしてリゼッタの隙を窺っていた。
恐らく、リゼッタの洗脳は多くの人間を汚染出来る代わりにマリアンナのように被害者の視覚を盗み見するようなことは出来なくて、それゆえにこの騙し討ちが通用したのだろう。
ともかく嬉しい誤算だ。
無論、先日の事件があったからこそ出来たことだろうが、それにしたって驚嘆に値する。
「なはは、ちょっと見直したよ! ここぞという時の度胸だけは本物みたいだね」
「あなたと、僕を信じてくれたエミルのお陰だ」
「あの子はきみを止めなかったんじゃなくて、わざと送り出したんだね。でも自力で洗脳を乗り越えたとなると、その剣の力は?」
「これは僕を『最強』にしてくれるんだ」
「いや、それじゃ分かんない……っと、来るよ!」
リゼッタが凄まじい脚力で地を蹴り、こちらをめがけて跳んでくる。
それを見たフェルディナンドは叫ぶ。
「こちらに来い! 僕を殺してみろ、魔族め!」
普通ならば、彼のような決して強者とは言えない人物がこんな露骨な誘導をしても、誰も引っかからないだろう。
それなのにリゼッタは私に向けていた筈の敵意を彼に集中させた。
理由は明白。彼の持っている剣には「何かは分からないけれどきっと何かがある」からだ。
――ああ、そういうことか。
ここに至ってようやく《威光剣スペルビア》の特性に気づいた。
きっとあの剣には持ち主を強化する能力も、炎だとか雷だとかそういう特殊な攻撃を放つ能力も、何もない。
ただ「自分には何かが眠っているぞ」と声高に主張するかのように存在感を示し、敵の注意を引く。それだけなのだろう。
つまり「持ち主を『最強』だと思わせる剣」という訳だ。
リゼッタは圧倒的な気迫を宿したフェルディナンドに引き寄せられ、体勢を崩してでも彼に突撃した。
その為、リゼッタの私に対する注意は疎かになっており、完全に背中を見せた状態になっている。
その隙を見逃さず、手持ちの聖魔剣全てを撃ち込む。
リゼッタは咄嗟に振り返って体術と《術式》でそれらを弾いていく。
だが最後の一本がまともに入り、彼女の片腕を斬り飛ばした。
「ひっ……!」
リゼッタが怯えたような声を上げた。今まで笑ったり怒ったりしていたその顔は恐怖に染まっている。
肉体的な痛みだけではない、何かトラウマのようなものに苛まれているようにも見える。
彼女は涙を流しながら慌てて喪った腕を拾い、逃げていくも、酷い出血ゆえか力尽きてその場に倒れ込んだ。
「勝った……のか?」
フェルディナンドと顔を見合わせる。
「多分ね。ほら、洗脳されてた連中の動きが止まってる。きみのお陰だよ」
「そうか……僕でもリアの役に立てたのか!」
「うん。今回ばかりは褒めてあげるよ。でも、いつの間に適合してたのさ?」
「エミルに気持ちを打ち明けられた時だな。この剣の適合条件は『自分の弱さを真っ直ぐ受け止めた上で、それでも自分を信じること』。道理でずっと力を発揮させられなかった訳だ」
なるほど、あらゆる意味でこいつにぴったりの剣だ。伊達に持ち主として剣から選ばれてはいないということか。
「リア様、やりましたね! さて、あの女はどうしましょうか」
かなり消耗した様子で歩いてきたリーズがリゼッタの方を見る。あいつは「息も絶え絶え」といった様子ではあるものの、まだ生きてはいるようだ。
とりあえず回収して、依頼主であるレンに判断を仰ごう。
そう考えてリゼッタに近づいた時であった。
突如として彼女の傍の空間が歪み、その向こう側から衝撃波が放たれる。
少し吹き飛ばされるもすぐに起き上がり、目の前に形成された、空間そのものが穿たれたかのような穴を見据える。
そこを通ってやってきたのは、一人の青年だった。
少し伸ばした銀髪に、わざとらしいほど「ファンタジーの悪役」然とした黒衣。
「まさか……」
そんな言葉が口からこぼれ出た。
この目で直接「そいつ」を見たことはないが、広く知られているその容姿、そして「リゼッタは《魔王軍》の幹部である」ということから、この男が誰かは明らかだった。
魔王ダスク。
人類の、世界の敵が今、この場に居るのだ。




