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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第6章:東方諸国動乱

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6章10節:《魔王軍》幹部

 パーティ会場に乗り込んでから一時間ほど経過し、私は内心、ひどく焦っていた。

 未だに有益な情報を得られていないからだ。

 《黄泉衆》がいつまで持ち堪えられるかは分からないが、流石にそろそろ限界が近いと考えるべきだろう。

 どうせすぐに招かれざる客だと気付かれるのであれば、この辺りで多少強引な手を使っておくか。


――と、交流を楽しむフリをしながら考えていると、リゼリットが急に「疲れたので少し休む」なんて言い出して、会場の奥の扉の向こうへ消えていった。

 この好機、逃す訳にはいかない。

 私は怪訝な顔をしている周囲の参加者を無視し、早足で彼女の後を追った。

 鼻歌交じりに通路を歩くリゼリット。その無警戒な背中に少しずつ近づく。

 そして彼女が角を曲がった瞬間、振り向く時間すら与えずに剣を召喚、後ろから首に押し当てた。

 結局、しらを切らせない為にはこうするに限る。


「えっとぉ……何かな、セナ」


 リゼリットの声色からは動揺を感じない。それなりに修羅場を潜ってきているのだろうか。

 

「復古派の議員らを拉致してるのはきみ達でしょ?」

「だからそれは、あたしらを貶めたい奴らが流した噂だって……」

「本当のことを言ってくれないと殺しちゃうよ? 私、そういうの躊躇わないから」

「……だろーね。剣が全然ブレてないもん」

「分かってるなら早く喋って。議員たちをどこにやったの?」


 そう問い詰めると、リゼリットは鼻で笑った後、飽くまでも余裕ありげに続けた。


「認めるよ。例の事件は確かに商会がやったこと。先に喧嘩を売ってきたのはあっちなんだけどね。露骨に税を上げたり規制を強化したりとかさぁ」

「『本質的にどっちが悪いか』なんて今はどうでもいい。で、どうなの?」

「まだ生きてるよ。場所は……う~ん、そうだなぁ。待って、今から思い出すから……」


 リゼリットの態度に苛立ち始めたその時、会場の方から何人かが来る気配がした。

 私は咄嗟に剣をレンの屋敷に転送し、ただ会話していただけな風を装った。

 やって来た男たちはそんな様子を見て、何の気なしに聞いてくる。


「随分と慌てておりましたがどうかなさったのですか、セナ様?」

「いえ、リゼリット様と少し内密のお話がしたいなと」

「おや、そうでしたか。つい気になって来てしまいましたが、これはお邪魔でしたね」


 身なりの良い男が上品に笑った。

 その時、隣のリゼリットが彼らにこう告げるのであった。


「ねえみんな。この女、殺しちゃってよ」


 あまりにも唐突な発言であり、男たちはただただ困惑するだけだろうと思ったが、そうはならなかった。

 彼らは急に殺意を剥き出しにし、私に掴みかかってくる。

 見覚えのある現象だった。

 

「あははっ! ばーか♪」


 リゼリットは私を挑発すると、会場に走っていった。

 すぐさま剣を飛ばして貫こうとするも、男たちは何の迷いもなく私の前に飛び出して死んでゆく。

 

 そう来たか、クソったれが。

 洗脳術の使い手が護衛の為に会場に紛れ込んでいる可能性は考えていたけれど、リゼリット自身がまさにその人物だったのだ。

 余裕ぶっていられたのも、つまりはそういうことだ。

 私は舌打ちをした後、彼女を追いかけていった。


 パーティ会場に戻ってくると、他の参加者たち――よく見れば全員が男である――も同じように豹変していた。

 そして彼らの中心に立っているリゼリットもまた、姿を変えていた。

 額から角を生やし、背中には小さな羽が片方だけ。尻からは細い尾が出ている。

 淫魔族。またの名をサキュバス。

 男を誑かし、支配することに特化した魔族である。


「全部きみの仕業だったんだね」

「んふふ、そーだよ。改めて自己紹介させてよ。あたし、『リゼッタ』って言うんだぁ」

「きみ、どうかしてるよ。仲間である筈の保守派議員や有力者までこんな風にして」

「別に仲間だなんて思ってないよ。『今の時代の』商会だって、『本当の仲間』を手助けする為に利用してただけで興味はないし。あんたらみたいな邪魔者は全力で潰す……あたしがしたいのはそれだけ」

「『本当の仲間』……?」

「『商会は《魔王軍》と繋がってる』って話があったけどさ。あれってあたしからしたら当たり前の話なんだよねぇ。だって当事者なんだもん」

「当事者? どういうこと?」


 問いかけると、リゼリット改めリゼッタは、冷たく笑って答えた。


「あたし、《魔王軍》の幹部でもあるから。知ってるのは《魔王軍》や商会の偉い人だけだけどね」

「なっ……!?」

「エストハイン近郊で虐殺があったことは知ってるよね? あの事件の生き残りなんだよねぇ。商会を恐れた馬鹿な人間共が襲ってきたんだ。こっちは争う気なんて全くなかったのにさ」

「でもそれは五十年も前の話で……」

「あたし見た目通りの年じゃないよ? いや、ババアって訳じゃなくて永遠の女の子なんだけどね!?」


 レンは「極められた魔法は老化の抑止すら実現する」と言っていたが、まさかその域に到達した者が本当に居るのか?

 仮にそうなのだとしたら、全ての辻褄が合ってしまう。

 つまり、今もどこかで生きている「レイジ」はこいつと同じように命を引き伸ばし、「魔王ダスク」として君臨しているのだと。

 例の事件がきっかけで《魔王軍》を結成し、今に至るまで人類を脅かし続けているのだと。


 有り得ない。だってそれじゃあ、まるでこいつらが被害者みたいじゃないか。


――いや、考えるなアステリア。

 《魔王軍》など存在してはならないのだ。どんな事情を抱えているにせよ、こいつらはお母様が死ぬ原因を作ったクズに過ぎないのだから。

 この女も単なる仇敵の一人だ。すべきことはただ一つ、復讐である。


 私は聖魔剣――絶対防御の《竜鱗剣バルムンク》と生命力を啜る《吸命剣ザッハーク》を呼び出し、「後で弁償しないと」なんて思いつつドレスのスカートを切って動きやすくした。

 そして、目の前の淫魔を強く睨みつける。

 殺してやる。まずはお前からだ、《魔王軍》幹部リゼッタ!


「や~ん怖~い♪ 可愛いお顔が台無しだよ?」

「……ペラペラと素性を喋ってくれてありがと。最後に改めて聞く。議員の人たちはどこ?」

「具体的に案内してやる義理はないけど、商会関連施設、とだけ言っておくよ。でもさ、探しても意味ないんじゃないかなぁ」

「なんでよ?」

「死ぬほど催淫したから、もう盛るしか能のない廃人になってるよん。ま、あんたもあたしの操り人形たちにグチャグチャにされて壊れる運命にあるんだけどね!」

「『だから真実を知っても良い』ってこと? (にんぎょう)が居なきゃ何も出来ないサキュバスの分際で、舐め腐るのも程々にしてよっ!」


 そう叫びながら斬りかかるも、リゼッタに支配された男たちが怪物のように呻きながら立ち塞がる。

 ひとまずは彼らを殺さないように剣で打撃を加えていった。

 この場に居る連中は街で出会った被害者たちよりも更に強力な洗脳を受けているように見えるが、飽くまで精神への干渉である以上、意識を絶ってしまえばそれで終わりだ。

 そうしてパーティの参加者たちを無力化していると、今度は外に続く大扉が開かれ、何十人もの武装した戦士がなだれ込む。

 彼らもまた狂わされており、私を見るや否や、全身の肉と骨を軋ませて理性の限界を超えた速度で迫る。

 素の能力が高い者たちが人形になるとこうも厄介なのか。

 仕方ない。能力の一端を明かすことにはなるけれど、すぐに仕留めよう。

 

 荒れ果てたパーティ会場の中、「剣で武装した」男たちが高級料理をテーブルごと吹き飛ばしながら飛び込んでくる。

 私が彼らの持っている剣を見渡すと、それらは独りでに手を離れて反転、持ち主だった者たちを刺殺した。


「なにそれすご~い♪ どんな《術式》を使ったの? それとも、もっと別の力だったり?」


 会場の端で数人の護衛に囲われているリゼッタがけらけらと笑った。いちいち癪に障る女だな。

 私は質問を無視し、先に操った複数の剣を続けざまにリゼッタに放った。

 だが、それらは彼女が発動した《防壁(バリア)》によって防がれる。


「……さっき『男が居なきゃ何も出来ない』ってあんたは言ったけど、あたし結構強いよ?」


 リゼッタの得意げな顔に苛立ちながらも《静謐剣セレネ》を呼び出した。単純な防御技や攻撃技はこれ一本で破壊してやれる。

 そんな私の前に、体格の良いオーク族の護衛が現れる。武装は斧。ゆえに即殺は不可能。

 周りにはまだまだ他の敵も居るから、そいつらを牽制しながらこのオークを仕留めないといけない。

 間違いなく気絶している議員らにも被害を及ぼすだろうが、この「一対多数」の状況を乗り切るには全ての剣を同時に召喚、操作し、戦場をかき乱すしかないか。


 そう思っていたところで突然、オークの頭部をめがけて会場を裂くように青白い閃光が走る。


「な、なんなのおっ!?」


 リゼッタが初めて動揺を見せた。

 光が消えると、そこには痙攣し血を流しているオークと、雷を纏った赤髪の少女が居た。


「リーズちゃん!」

「リア様! ご無事ですか!?」

「うん。外の方はどうなってる?」

「洗脳を受けていると思しき者が大量に集まってきていますが、団長とライルが抑えてくれています」

「よしっ、じゃあ一緒にそこの女を……黒幕を叩くよ!」


 私とリーズに切っ先を向けられたリゼッタは、憎悪に顔を歪ませた。


「あんたら『人間』はいつもそうやって、化け物を見るような目をしてあたしらを殺すんだよね~。本当はどっちが『魔族』なんだろね?」

「なに自分たちのことを棚に上げてるのさ。きみらだって私利私欲の為に人をたくさん殺してるじゃんか」

「うっさい! あたし達には復讐する権利があるんだ! 先に奪ったのはあんたらの方なんだから、奪われたものを奪い返してるだけだよ……!」


 激昂したリゼッタが手をかざすと、数人の護衛が押し寄せてくる。

 それに対し、リーズが前に出た。

 私は彼女に雑魚共を任せ、《加速(アクセル)》を交えてリゼッタに肉薄する。

 《静謐剣セレネ》による刺突。「殺った」と思いきや、彼女は障壁を展開するのではなくその場で素早く跳躍し、天井をぶち抜いた。


「はぁ……!?」


 思わずそんな声を上げてしまった。人間より肉体が強靭である場合の多い魔族とはいえ、あまりにも常軌を逸した動きだ。

 無詠唱で何かしらの身体強化術でも使ったのだろうか。

 ともかく、私は《術式》によって膂力を強化し、彼女を追いかけた。


 なだらかな屋根の上でリゼッタと相対する。


「あんたって何かクソムカつくし、あたしがこの手で潰したげる」

「来なよ。男に囲われてないサキュバスがどこまでやれるか見ものだね」


 挑発の応酬の後、私たちは互いに駆け出した。

 そして距離が縮まった瞬間、リゼッタは拳打を繰り出してくる。

 あのような細腕だ、《術式》による強化を前提とした攻撃だと考え、《静謐剣セレネ》を盾のように構えた。

 術式破壊の剣がリゼッタの打撃を抑え込む――という予想を裏切り、むしろ剣の方が弾かれ、僅かによろめいてしまった。

 《術式》は適用されていない筈なのにこの衝撃。まさかあの可憐な外見に反してとんでもない膂力の持ち主なのか? 


 それからもリゼッタは「素で身体能力が高い」と考えざるを得ないような動きで剣撃を回避し続け、私を翻弄してみせた。

 近接攻撃だけでなく《術式》による炎弾も織り交ぜ、私の意識がリゼッタに集中すると、今度は屋根までよじ登ってきていた洗脳済みの配下が死角から割り込んでくる。

 こいつ、想像以上のやり手だな。

 ただ、あちらは手数こそ多いものの、圧倒的なパワーを持っているという訳ではないようだ。

 ならば防御よりも攻撃を優先すべきだろう。

 私はリゼッタに対し《静謐剣セレネ》を振り下ろした。


「そんな剣じゃ意味な――」


 ニヤついているリゼッタが僅かに後退したところで、私は《静謐剣セレネ》を転送、瞬時に《変幻剣ベルグフォルク》に切り替えた。

 この剣は刀身のサイズを変えることが出来る。平均的な長さの剣を避けることを意識し過ぎていたであろう彼女を、長大化した黄金の剣が襲う。

 しかし、リゼッタは狼狽えつつも素早く反応してみせた。

 肩に少し傷を与えた程度で、その後は《防壁(バリア)》によって防がれてしまった。

 大きく後ろに跳んだ彼女は、より強い憎悪を露わにする。

 その視線は私が持っている大剣に向いていた。


「なんなのよあんた……なんでその剣を!?」

「ああ、《魔王軍》の幹部ってことはエメラインのことも知ってるんだ?」

「返せッ! それはあたしの大事な仲間のものなんだよぉ……!」

「でも聖魔剣だから、素質がなきゃ持つことも出来ないよ。ま、私は例外だけどね」

「もういい、絶対ぶっ殺す!」


 そう言って、リゼッタは大きく跳び上がった。


「《星墜(アスター)》――!」


 その詠唱と共に、空に一つの小さな光が生まれる。

 高威力の「対・集団用」砲撃《術式》。墓標荒野でアレスが流星のように見える炎の雨を降り注がせる《魔法》――エルフや魔族、半魔が生まれつき持っている力――を使っていたが、あれの《術式》版と言える。

 大量のベヒモスが灰燼に帰したあの時と比べれば随分とスケールが小さいものの、直撃すれば建物一つくらいは簡単に破壊出来るだろう。何にせよこんな街中でぶっ放すようなものではない。

 こいつは本当に「協力者たちのことなどどうでもいい」と思っているのだろう。


 ちらっと地上を見ると、リーズがパーティ会場の外に出てリゼッタの人形たちと戦っていた。これならば砲撃をどこか別の場所に誘導する必要もないだろう。

 光が充填され、こちらに放たれた直後に私は《強健(フォース)》を使って屋根から飛び降りた。地上に着地すると同時、星が会場を派手に爆破した。

 中に居る議員たちを救えなかったのが惜しいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 燃え盛る炎の中からリゼッタが現れる。

 今度こそこの女を討つ。そう意志を固めつつ、私は駆け寄ってきたリーズの様子を見た。

 何だかひどく疲れている様子だ。元々あまり持久力がある方でないとはいえ、普段よりも不調であることは明白だった。

 特に、左腕を力なくだらんと垂らしているのが気になる。


「……リーズちゃん、大丈夫?」

「問題ありません。まだまだ戦えます」

「しんどいならウォルフガングやライルに加勢しても……いや、もう屋敷に戻って休んでいても良いんだよ?」

「そんなこと仰っしゃらないで下さい! さあ、敵が来ています。共に倒しましょう!」

「……分かったよ。無理だけはしないでね」


 私はひとまず彼女を信じてリゼッタの方へと向き直り、剣を構えるのであった。

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