6章9節:商会幹部リゼリット
私は社交パーティ開催の当日まで、ひたすら潜入の準備に専念した。
まずは有り余る貯金を利用して上等なドレスをレンタル。
そうしたら次は、私が勝手に代理をすることになる「コンラート」という議員に関する下調べだ。
その男は《ドーンライト商会》との提携によって財を成した、この地方における典型的な成り上がり商人らしい。
年齢は七十を越えており、寿命を延ばすことを目的として《術式》や呪血病克服に関する研究の為に財産をなげうっているという。
傷を癒やしたり軽い病を治療する為の《術式》があるとはいえ、この世界の医学そのものは発達していない。それで七十歳と来たら、いつ体調を崩してもおかしくないだろう。
つまり、代理を立てる理由付けがしやすいという訳である。
この世界で前世の記憶を取り戻してからインターネットがないのを不便に思ったことは何度もあるけれど、こういう作戦が成立しやすいという意味ではあながち悪いことばかりとも言えないな。
そんなこんなで、パーティ当日。
無事に盗みを成功させた《黄泉衆》から招待状を受け取ると、私はレンの使用人に手伝って貰い、ドレスアップをした。
純白のドレスに、普段とは異なりポニーテールにした桃色の髪。鏡に映る自分の姿は、はっきり言って凄まじく美少女だった。
いや、単なる自惚れとはちょっと違う筈だ。物心ついてから今の私として覚醒したせいか、時折ふと、自分自身すらも創作物のキャラクターであるかのように見てしまうことがあるのだ。
あざとい振る舞いや大胆な決断を躊躇なく出来るのも「生き残る為に必要だった」という以上に、こういった認識のお陰なのかも知れない。
屋敷の玄関に出た私を見て、ライルとリーズが目を輝かせている。ウォルフガングも二人ほどではないがどこか嬉しそうだった。
なおフェルディナンドに関してはこちらの動きが敵側に筒抜けになる可能性を考慮し、街に出て調査してもらっているが、もしこの場に居たら大喜びしただろうな。
「うお~! いつにも増して可愛いな、リア」
「も~、リーズちゃんも居るのにそういうこと言っちゃ駄目だってぇ……えへへ」
「いえいえ、構いませんよ! リア様がお素敵なのは事実ですから! うぅぅ……本来ならばそのような御姿で王女として民衆の前に立っていた筈なのに……」
「あっ、ちょっと泣かないでよ! 別に王宮暮らしに未練なんかないから!」
なんて適当な嘘を言いつつ――本当はどんな手を使ってでもいつか王宮に戻るつもりだ――、話を切り替える。
「じゃあ私は行くから。皆も少し距離を保ちながら付いてきて」
「分かりました、どうかお気を付けて」
「いつも言っていることだが、あまり無茶はするな。特に今回、俺とライルはあまり戦力になれないだろうからな」
「本当に心配性だなぁ、ウォルフガングは。最近こそずっと一緒に行動してくれてるけど、ちょっと前まで放任気味だったじゃんか」
「お前たちからしたら迷惑だろうが、一緒に居るとお節介を焼きたくなるから意識して距離を置いていた。この頃はネルを守らねばならなかったし、それを差し置いても過酷な戦いが増えてきているからそうもいかなくなったがね」
「迷惑だなんて思ってないよ。色々と気にしてくれるのはすっごく嬉しい。でも大丈夫。自分の優秀な弟子を信じて」
「……ああ、そうだな」
そんなやり取りをした後、屋敷を出た私は街の人々の視線を集めながらも馬車を借りて、招待状に書かれた案内図が示す場所へと向かった。
徒歩でも行ける距離ではあるものの、注目されながら街を歩くことを避けたかったのだ。
やがて到着した場所は、一見すると何の変哲もない商業街であった。
さっきまで居た中心街と同様、夜であっても多くの人で賑わっているが、こちらは一般市民というよりは上流階級が集まる街区のように感じられる。
周囲を見てみると、保守派とされる議員らが特に正体を隠したりする様子もなく、幾つかあるパーティ会場のうちの一つに堂々と入っていっている。
「木を隠すなら森の中」――というよりは、そもそもこの辺りの施設全てが商会やその協力者のものであると考えるべきだろう。
少し緊張してくるが、飽くまで自然体を装って馬車を降りる。
パーティ会場の門には、質の良い衣服を着た獣人の衛兵と半魔の受付が居た。
差別意識が希薄なエストハインとはいえ、中心街の方ではあまり見られない光景だ。
《ドーンライト商会》は「実力さえあれば種族を問わず職員として採用する」という理念を持っていると聞いたことがあるが、それがこういうところにも垣間見える。
その先進的な在り方には一定の敬意を払おう。だがそれはそれとして、お前らの悪事を暴かせてもらうぞ。
私は何食わぬ顔で受付の男に招待状を手渡した。
彼が何らかの《術式》を唱えると、招待状に文様が浮かび上がった。
なるほど、あれで真贋を見分けているのか。
「ふむ……あなたはコンラート様の代理の方でしょうか?」
「ええ。あの御方は少々体調を崩しておりまして、安静にしておかねばならない状況ですので、秘書の一人である私が参上した次第です」
「なるほど。お名前は?」
「『セナ』と言います」
「セナ様。失礼ですがボディチェックをしても?」
「どうぞ」
男は私が武器の類を一切携帯していないことを手早く確認した後、門を越えた先にある会場を指し示した。
「それではあちらへ」
私は軽く会釈をした後、会場に入っていった。
よし、ここまでは意外な程にすんなり来られたな。
とはいえ偽造が困難な招待状を持っていて、かつ武装も携帯していないとなれば信用せざるを得ないか。
さて。時間は有限だが、焦りは禁物である。
まずは当たり障りのない会話をしてこの場に溶け込み、隙を見て商会幹部と接触する。もし一対一になれる状況が来れば、その時は手っ取り早く暴力を使って尋問するのも良いだろう。
そう思い、しばらくは私に興味を持って近づいてくる保守派議員や有力貴族、商人相手にひたすらに挨拶を繰り返していった。
こういうことをしていると、まるで王女時代に戻ったかのようだ。
なお政治や商業活動について踏み込んだ質問をされた時には「一介の秘書に過ぎない私の判断では答えられない」などと言って誤魔化した。
適当な嘘を吐いてその場をやり過ごす技術は、これまでの冒険者活動の賜物である。
そんな風に過ごしていると突然、人々の視線が会場の入り口に集中した。
そこに居たのは、真っ黒いドレスに身を包んだ桃色の髪の少女だった。
いわゆる小悪魔的な可愛げを感じさせる容姿をしている。年齢は私と同じくらいだろうか。
彼女は会場をぐるりと見渡してから、このフォーマルな場に相応しくない第一声を上げた。
「みんな~! あたしが来たよ!」
何とも気が抜けるような挨拶だ。上流階級のおっさん共は眉間に皺を寄せるだろう――と思いきや、こぞって拍手で出迎えるのであった。
私も咄嗟に、それに合わせた。
「リゼリット様! お待ちしておりましたよ!」
議員の一人が、女の子のことをそう呼んだ。
この、はっきり言ってアホそうな奴が商会の幹部「リゼリット」だと?
いや、油断は出来ない。私だって話し相手の警戒心を解く為に意識して馴れ馴れしく接することが多いのだ、こいつもきっとその類に違いない。
リゼリットは会場の中央に立ち、手もとにあった酒をグビグビと飲み干した後に言った。
「今日は懇親会ってことで、各国から取り寄せた高級食材を使った料理を作らせたの。難しい話は程々にして、どんどん食べて飲んで親睦を深めよう!」
それからも彼女はお堅い雰囲気だった男たちに躊躇なくウザ絡みを仕掛けていった。
そして、誰もがそれを疎ましく思うどころか態度を軟化させていく。
人々の様子を観察しながら、私は以前に自分で言ったことを思い出していた。
「淫魔は、異性に効く精神操作魔法を持っている」。
リゼリットに対する人々の反応、もしやそういうことなのか? 或いは単に、水商売の人のような「他者を気持ち良くするコミュニケーション能力」を有しているだけなのだろうか?
そんなことを考えていると、彼女はニコニコしながら私のもとにやって来た。
私も敵意を覆い隠して笑顔を返す。
「コンラートさんのところの代理だよね。外で聞いたよ。セナだっけ?」
「ええ。体調が優れないようでしたので、代わりに参りました」
「そっか。もうあんまり長くないんだろーね、あのお爺ちゃん。まぁ辛気臭い話は置いといて、パーティ楽しんでくれてる? お酒に手を付けてないみたいだけど」
「私、お酒は苦手でして……しかし料理の方は堪能させて頂いております。これだけの食材を集めるとは、やはり商会の力は凄まじいですね」
「でしょでしょ!? この力を使ってあたし達が色んなものを流通させているから、世の中はどんどん便利になっていってるんだぁ」
「《術式》を普及させたのもあなた方ですしね」
「おお、ちゃんと勉強してんね。そうなんだよ、今の世の中なんて《術式》がなきゃ成立してないんだ。商会を設立したレイジと《術式》を生み出したアルケーには感謝だね」
歴史上の有名人をまるで友人か何かのように呼び捨てにしていることに違和感を覚えたが、ひとまずそこは置いておき、踏み込んだ質問をしてみることにした。
「仰る通りです。しかしこの頃、その偉大なる商会の名誉を毀損するような流言が広がっていますが……」
「ん、というと?」
「『商会の手の者が反対派の議員を拉致している』などといった話です」
「ふぅん……」
「そしてこんな噂も……『レイジ様は実は魔王なのではないか』、と」
そう問うと、リゼリットは露骨に不機嫌そうな顔をした。
辺りに少し不穏な空気が流れる。
「それがどうかしたの?」
「いえ、対処はなさらないのかなと」
「してるって。でも復古派の連中がしつこくてね……執拗に悪い噂をでっち上げて商会の評判を落とそうとしてるんだ。卑怯な奴らだと思わない?」
「ええ、本当に」
「ハイこの話は終わり。せっかくの懇親会なんだからもっと楽しい話しようよ」
リゼリットが無理やり話題を変える。
本当はもっと探りを入れたかったけれど、これ以上は危険か。
その後、私たちはお互いの容姿を褒め合ったりだとか、そんな感じの他愛もない話を少しして別れた。
ここからは彼女をじっくり観察して、周りに人が居なくなったタイミングで再び接触してみよう。
無論、《黄泉衆》がどれだけ時間を稼げるかが分からないので、あまり悠長にしてもいられないが。




