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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第6章:東方諸国動乱

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6章8節:《輝ける黄金》の新生

「レン様からの報告です。例の社交パーティの件ですが『招待状を一つは確実に確保出来るであろう』とのこと」


 男はまずそう告げた後、軽く状況を説明してくれた。

 どうやら複数の保守派議員を見張り、そのうち警戒心に欠けていた一人の屋敷に潜入、下見を行ったらしい。私の頼みとはいえご苦労なことだ。

 調査の結果、会場の場所が書かれた招待状を発見出来たものの、やはり偽造は困難であったので、パーティが始まる少し前に再び忍び込んで奪取することに決まったという。

 何にせよ、一枚でも招待状が手に入るというのは有り難い。

 これで洗脳済みの男たちに狙われながら街を歩き回る必要もなくなる。

 

 私は《黄泉衆》の男を下がらせ、応接室を出ようとしていた仲間たちを手招きしつつ再びソファに座り込んだ。


「さて。そういうことになった訳だけれど、誰が乗り込む?」

「つっても、例の洗脳術の使い手がもしパーティ会場に居たら……って考えると、俺やウォルフガング先生が行くのはマズいから実質二択だろ」

「確かにライルの言う通り、そこは警戒すべきか。で、私かリーズちゃんか……ってなったら私になるんだよね」

「そんな! 敵地への潜入ともなればかなりの危険が伴うのですから、リア様でなく私が向かっても……」


 妙に焦った様子でそう反論するリーズを、ウォルフガングが冷静に制止する。


「落ち着け。これに関しては間違いなくお前よりもリアが適任だろう」

「一貴族の娘に過ぎない私などよりも、リア様の方がそういった社交場に馴染みがある……ということでしょうか?」

「ああ。加えて性格の向き不向きもある。更に、リアにはあの能力があるからな。武器を持ち込めない場所において『いつでも手もとに剣を呼び出せる』というのは無視できない強みだ」

「むう……全面的に仰る通りです。先の旅の間、リア様のお傍を離れておりましたからその分お役に立ちたかったのですが……残念です」


 リーズがしゅんとしている。

 なるほど、従者なのに別行動していたことについて、未だに引け目を感じているのか。

 まあ、この子の性格的にはそうだろうな。

 私は隣に座っているリーズの頭を優しく撫でた。


「心配しないで。これからも私の大事な仲間の一人としていっぱい頑張ってもらうから」

「……はい!」


 リーズは力強く答えた。何か少しだけ返答することに対する躊躇のようなものが見えた気がしたが、たぶん気のせいだろう。


「んじゃ私が行くってことで、皆は会場の外で隠れて状況を窺ってて。商会幹部と接触した後、場合によっては力づくで色々と聞くことになるかも知れない。もし騒ぎになったら助けに来て欲しいんだ」

「承知した……が、俺とライルは恐らく、あまり前に出るべきではないのだろうな」

「敵が持ってるかも知れない能力を考えるとね」

「女である私ならば大丈夫なんですよね? 何か異変があればすぐに駆けつけます!」

「うん。頼りにしてるよリーズちゃん」


 さあ、作戦は定まった。しかし当日までにやっておくべきことはまだある。

 一つはドレスの用意。もう一つは奪取することになる招待状の本来の持ち主に関する下調べだ。

 現地には代理人として乗り込むことになる訳だが、幾ら本物の招待状を持っていても言動が不適切だとすぐに「偽の代理人なのではないか」と疑われてしまうだろう。

 プロフィールや大まかな政治思想くらいは把握しておき、話を合わせられるようにしなければ。


 そんなことを考えていると、今度は《黄泉衆》とは別の人物が部屋に入ってきた。

 ひどく落ち込んだ様子のフェルディナンドと、いつもながら不安そうなエミルだ。

 リーズとライルが警戒心を露わにする。


「……ごめん、皆はちょっと外して欲しいかな」


 私は両手を合わせて仲間たちに謝り、応接室から出てもらった。

「なんでフェルディナンドなんかに気を遣ってるんだろうな」と思いながらも、フェルディナンドとエミルを座らせる。


「どうしたの? 何となく察しはついてるけどさ」

「やっぱり誰も許してはくれなかった。実のところ、以前の冒険者襲撃事件に巻き込まれた辺りで皆はもう僕に愛想を尽かしていたらしくてな。パーティを抜ける理由を探していたみたいなんだ」

「そっか……正直、自業自得だから『なんて酷い女たちだ~』とは言えないかな」

「構わない。とにかく、そういう訳で皆は戻ってこなかった。彼女たちは僕抜きで別のパーティを組むらしい」

「ふぅん。そこそこ実力者が揃ってるし、きっとすぐにランクを上げるだろうね」

「……ああ」


 フェルディナンドは弱々しく頷き、頭を抱えた。

 そうしてしばらく経った後、彼はずっと前から抱えていた苦悩をゆっくりと語り始めるのであった。

 周囲の期待が生む焦燥感。

 才能が欠如しているため、家柄と富に頼ることでしか成果を出せないという無力感。

 自らの弱さを誤魔化す為に不遜な――彼が「貴族らしい」と思う振る舞いを続けてきたが、それが結果的に人を遠ざけてしまっていること。

 自分が何も持たないことを直視するのが怖いから、そういった振る舞いを止められなかったこと。

 

 どうやらこの男は意識的に、愚かで傲慢で差別的な態度を取っていたらしい。

 無論、素でそういう価値観を持っている面も大きいのだろうが。

 ある意味、こいつもまたルアのような「貴族社会における犠牲者」なのかも知れないな。

 鍛錬によって弱い自分を乗り越えたアステリア王女(わたし)や、勉学と《術式》の才覚を発揮することで自らを確立しようとしていたルアと比べたら、なんとも情けないことだが。

 でも、気持ちは幾らか分かる。


「リア。これからどうしたらいいのだろうか」

「自分で考えなよ。自分自身や、大事な人としっかり向き合ってさ」

「『大事な人』って……僕はずっと上手くやってきたと思っていた仲間たち全員から距離を置かれて、もうどうしていいか……!」

「も~、よく見ろ!」


 私はそう言ってフェルディナンドの頭を上から掴み、無理やり隣を――気まずそうにしているエミルの方を向かせる。


「『全員』じゃないでしょうが。この子はきみのこと、許したでしょ?」

「あっ……エミル……だが君だって本当は僕に失望していて、もう仲間で居ることを止めたいと……」

「そ、そんなことありませんっ!」


 エミルは精一杯声を張り上げて、力強く否定した。


「君はこれからも僕の仲間で居てくれるのか?」

「当然です!」

「どうして……僕なんて本当は何もないんだぞ? 戦いの才能もないし、交渉だっていつも失敗してるし……」

「知ってました!」

「権威や財力、そして君たちにいつも頼ってばかり。自分一人じゃ何も出来やしない」

「し、知ってましたぁ!」

「そ、そうか……」


 エミルが自虐を全く否定してくれないからか、更に落ち込むフェルディナンド。


「あっ、ごめんなさい……でも……それでもあなたの傍に居たいんです」

「何故だ?」

「私、自分に全く自信が持てないんです。駄目だと思いつつ、いつもオドオドしてしまって……だけど、あなたは私と違ってすごく堂々としています。そんなあなたと一緒に居たら不思議と『頑張らなきゃ』って思えるんです」

「……僕など単に虚勢を張っているに過ぎないぞ?」

「分かっています! 『本当は自信なんてないのに虚勢を張れる』ということ自体が私にとっては凄いんです!」

「そ、それは褒められてるのか?」

「はい、心の底から凄いと思っています。だから、これからも偉そうなあなたで居てください!」


 そう言い切って、エミルは照れているのを隠すかのように頭を下げた。

 何というか、これは一種の告白ではないだろうか。

 フェルディナンドは少しのあいだ面食らっていたが、やがて僅かに嬉し涙を零しながら笑い声を上げた。


「はは……そうか。自分を守る為にやってきたことこそが、僕の唯一の才能だったのかも知れないな……」


 彼はエミルの手を握って、真剣な表情で彼女の目を見つめた。


「情けないところを見せて済まない。これからもよろしく頼む、エミル。その……迷惑をたくさん掛けるかも知れないが、虚勢を本物に変える為の努力は怠らないつもりだ」

「はいっ!」


「やれやれ」といった風に肩をすくめながら二人の様子を見守っていると、フェルディナンドが私の方に声を掛けてくる。


「ありがとう、リア」

「私、なんかした? エミルちゃんだけ居ればよかったんじゃない?」

「こうして彼女の正直な気持ちを聞く機会を与えてくれたのはあなただ」

「私が何もしなくても、遅かれ早かれこうなってたと思うけど……ま、どうしても感謝したいって言うなら受け止めておくよ。じゃあ私はやることがあるから行くね」

「何か協力出来ることはないか?」

「無い。今のきみはまたおかしくなるかも知れないんだから、全部終わるまで大人しくしてて」

「あ、ああ……確かにそうだな……面目ない」


 フェルディナンドとのやり取りを終えた私はすぐに部屋を出た。

 もしかしたら以前の襲撃事件みたく敵は洗脳した者を通じて周囲の様子を窺っているかも知れないから、彼の居るところで作戦について触れる訳にはいかない。


 しかし、エミルが居て本当に良かったな。

 今回の出来事はフェルディナンドが自らの生き方を見直す為の荒療治とも言えるものだが、あの子という「飴」が存在しなければ潰れてしまっていたかも知れない。

 私だって王家から追放された後、仮にたった独りだったとしたら恐らくは生きていけなかっただろう。

 戦う恐怖。不特定多数の人間と上手くコミュニケーションを取らねばならないという苦痛。血と臓物の臭い。宿のベッドの寝心地の悪さ。「寝ている間に襲撃されるかも知れない」という不安。ご飯の不味さ。辛いことばかりだった。

 それでも、仲間たちに守られながら経験を積んでいったことで、ようやく王女は冒険者になれたのだ。

 そう思うと、自然とこのポンコツクソバカ貴族の今後を応援したいという心情が芽生えていた。

 ネルのことを散々侮辱してきたのを許すつもりはない。でも、今の価値観を改められた時には――「ラトリアの貴族らしさ」という馬鹿げたしがらみを断ち、自らの確固たる考えを持つことが出来た時には、もう少し仲良くしてやっても良いかも知れない。

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