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6章6節:フェルディナンドの罪

 夜が明けると、私たちはあえて昨日と同じく街を駆け回って調査をする形となった。

 敵側から動きを見せてくれるかも知れないと思ってのことだが、実際のところ、成果はそこまで期待していない。

 どちらかと言えば本命となる作戦は「パーティへの潜入」であり、今はひとまずレンの対応待ちという訳である。

 

 なお、朝になってからフェルディナンドにはちゃんと説教をしておいた。

「群れて行動すると目立つから止めろ」「相手から情報を引き出したいなら少しは下手に出ることを覚えろ」と。

 悩みすぎて寝不足なのか、上の空な様子だったが。

 全く困ったものだ。私だって苦悩はたくさんあって、特に冒険者になったばかりの頃は一日中それに囚われていたりもした。

 でも、そんな状態じゃ仕事が上手くいかないどころか命の危険にすら繋がるから、前を向き続ける努力をしてきた。

 これは冒険者を続けるにあたって必要な心構えだ。仮にも「序列第三位のリーダー」であるならば尚更に。


 王宮の門を出てから、私の忠告を即座に忘れたかのようにまとまって街道を歩いていくフェルディナンドたち。

 その様子を見て「やれやれ」と肩をすくめていると、ウォルフガングが隣から声を掛けてくる。


「……リア。あの男について伝えておきたいことがある」

「ん、フェルディナンドのこと?」

「ああ。昨夜、彼は一人で屋敷を抜け出していた」

「へえ、気付かなかったよ。でも単なる散歩でしょ? 悩んでたみたいだから気晴らしがしたかったんじゃないかな」

「俺も同じことを考えたが、どうしても気になったから後をつけたんだ」

「むむ……ウォルフガングがそう言う時って大抵、本当に何かあるんだよね。その後どうなったの?」

「済まん、昼間と同じく襲撃を受けて見失ってしまった。相手が一般人かつ街中だから全力で戦う訳にはいかなかったというのも大きいが、どうも足止めが執拗でな……」

「まるで、尾行を妨害しようとする明確な意思を持ってるみたいに?」

「そうだ。翻って考えると『後をつけられてはまずかった』ということじゃないか?」


 ウォルフガングの意見を聞いて、ライルとリーズが驚きを露わにした。


「おい先生、それってもしかして、昨日言ってた『洗脳』にあのバカ貴族が掛かってる可能性がある……って話か!?」

「いま確かに言えることは何もない。だからこそ警戒しておいた方が良いと思ってな」

「なるほど……! では、誰かが監視を行いますか?」


 リーズがそう言った後、私はほんの少しだけ考えてから口を開く。


「じゃあ私が行くよ。フェルディナンドに気に入られてるっぽいから、うっかり接触しちゃってもあいつの警戒心を変に煽ることはないだろうし。皆は調査を優先して」

「了解です、リア様!」



 そういう訳で、私は少し離れたところからフェルディナンドを見張り続けた。

 相変わらず彼は高圧的な態度のせいで街の人々のひんしゅくを買っている。

 仲間の女たちの殆どは呆れた様子である。私も同じ気持ちだ。


 しばらくの間、良い意味でも悪い意味でもフェルディナンドの様子にこれといった変化はなかった。

 やはり生まれ育った環境で得た価値観となると一朝一夕では改善されないか。

 そう思いながら歩いていると、たくさんの人が行き交う大通りの真っ只中で、何の前触れもなく異変は起きた。

 

 フェルディナンドが剣を抜き、仲間の女の一人に斬りかかったのだ。

 彼自身の腕の悪さと女の方の反応速度が幸いしてか掠り傷程度で済んだが、《輝ける黄金(ゴールドライツ)》も周囲の人々も完全なる混乱状態に陥っている。

 あまりに急な出来事であったから、警戒していた筈の私ですら即座に対応出来なかった。

 とはいえ、今は悔しがっている場合ではない。


「くっ……やっぱりウォルフガングの勘は当たってたんだ……!」


 独り言ちながら、私は物陰から出て彼らのもとへ駆け寄った。

 殆どの仲間が恐怖して距離を置く中、エミルだけは怯えながらも事情を聞こうとフェルディナンドの傍に少しずつ近寄っている。


「ふ、ふぇ……どうしちゃったんですかぁ……!」


 そんなあの子を、フェルディナンドは容赦なく襲った。

 無抵抗のエミルが頭をかち割られる寸前、私はフェルディナンドに飛び蹴りを食らわした。

 彼は地面を転がりながら僅かに動揺を見せたが、再び立ち上がるとすぐに正体不明の殺意をむき出しにして私に剣を振るった。

 明らかに先日の情報屋らと同じ状態である。

 私はすぐさま格闘術によってフェルディナンドを制圧、気絶させ、とりあえず人けのない路地裏へと連れ込んだ。

 未適合ゆえに無用の長物と化している聖剣や懐に隠していた護身用の短剣を回収し、手首を拘束してある。これならば、またおかしくなっても大したことは出来ないだろう。


 数分後、フェルディナンドが目を覚ました。

 

「なぜリアがここに……他にはエミルしか居ないのか? 皆はどこへ? どうして縛られているんだ……」


 状況が分かっていない様子であり、立ち上がりつつ周囲をキョロキョロと見回している。

 だが、やがて自分がした凶行のことを思い出してきたようだ。


「……な、なあ。僕はまさか、仲間に剣を向けて……!?」

「うん。一応、軽い怪我だけで済んだみたいだけどね。きみが弱すぎたお陰で」


 冷たく言い放つと、たちまちフェルディナンドの顔が青ざめていく。

 傲慢ではあってもパーティメンバーは大事に思っている彼にとって、「訳も分からず彼女らに斬りかかった」というのは相当にショッキングな出来事だろう。


「僕は一体どうしてしまったんだ……ふと彼女達を殺してしまいたくなって、気がついたら身体が勝手に動いていて……!」

「昨日、街で急に襲われたでしょ? んで、襲った奴らは『自分がなぜそうしたのか』を全く理解してなかったよね? 同じことがきみにも起きたんだと思う」

「あ、ああぁぁ……僕はなんてことを……」


 フェルディナンドはひどく動揺してしまっている。

 そして何を思ったのか突然、頭を壁にぶつけようとしたので慌てて制止した。


「リア、剣を返してくれ! 僕は仲間を傷つけてしまった……貴族の恥さらしだ……死でもって償わねば!」

「落ち着きなって! きみが死んでも誰も得しないよ!」

「損得の話ではない! 僕は貴族の誇りを汚したんだ!」

「だーかーらー! 今はそういう下らないことに固執してる場合じゃないの! きみは自分の意思でエミルちゃん達を襲ったんじゃないでしょ!?」

「そ、その筈だ……」

「もしかしたらそれは敵の仕業かも知れないの。だから、きみがすべきことはまず状況を説明して、仲間に謝って、そんで次に敵を追い詰める! 分かった!?」


 そう強く叱りつける。

 すると、フェルディナンドは僅かではあるが落ち着きを取り戻した。

 それに伴い、彼の表情は焦りではなく悲しみを帯びてくる。

 こんな奴であっても、流石に見ていて哀れになってくるな。


「分かった……けれど、誰も許してくれないかも知れない……」

「なんでよ」

「本当は気づいてたんだ。結局、皆が僕に求めているのは地位と財力だけだって。『無害な金づる』が居ればそれで良かったのに、そいつが害を及ぼしたとなればもう……」

「あ~もう面倒くさいな! このくらいで離れるようならそこまでの仲間だったってことだよ!」


 イライラしたのでつい勢いで言ってしまったが、少し胸が痛くなった。

 私とて仲間たちから離れられることを恐れて、本当の気持ちを打ち明けることが出来ないで居るではないか。

 今のこいつを見て腹立たしく思うのは、自己嫌悪でもあるのかも知れない。


「そんな言い方はないだろう、リア」

「仲間を信じてるなら、ゴチャゴチャ考える前にまずは話してみなよ」

「……ああ、そうだな」

「と、その前に。多少は気持ちが落ち着いてきたみたいだから聞くけれど、一体何があったの? 昨日の夜、こっそり街に出てたみたいだけれど」

「気付いてたのか」

「私の師匠がね」

「もしや、あの老いぼれか?」

「年寄りは敬いなよ。特に、自分よりも遥かに実力を持ってる人はね……で、どうなの?」

「……確かに出掛けていたよ。いま思えば迂闊だった」

「その点に関してはホントにね。自分の実力の無さにちゃんと向き合っていればこうはならなかったんじゃないかな」

「返す言葉もない。それで、街に出た後のことだが、正直よく覚えてないんだ」

「本当に?」

「ああ。路地裏であなたに似た女性を見かけて、つい追いかけてしまって……それからのことは何も分からない。気付いたら大通りに戻ってきていた」

「どこかに連れて行かれた?」

「分からないと言っているだろう」


 先日と同様、「おかしくなった原因である何か」に関する記憶は奪われているという訳か。

 こいつが何かを掴んでいてくれれば黒幕に近付けたのだけれど、まあ「たられば」の話などしても仕方がないか。


「……ごめん、そうだよね。何か思い出せそうだったらまた言って」

「承知した。あと言いそびれていたが、僕を止めてくれたこと、感謝する」

「別にいいよ。というか私のことより、その子のことを気にしてあげて」


 フェルディナンドは軽く頷くと、すぐ傍で心配そうにしているエミルの方を向き、深々と頭を下げた。


「本当に済まない。僕にも何が起こったのかよく分からないとはいえ、君の命を奪いかけたのは事実だ」

「ひぇぇ……! お止め下さいフェルディナンド様! あなたが謝ることなんて何も……」

「エミル、君は怒っていないのか? だって、リアが居なかったら死んでいたかも知れないんだぞ?」

「でも、これはきっとあなたのせいじゃないって分かっていますから……どうか自分を責めないで下さい」

「う、うぅぅ……エミル……」


 小さな少女の笑みを見て、フェルディナンドはみっともなく泣き出した。

 エミルが居て良かったな。こいつには勿体ないくらい良い子だ。

 そう、私にとっての《ヴェンデッタ》のような存在なのである。三人とも、こちらの心が痛むくらいに優しいから。


 エミルはフェルディナンドを慰めるように手を握りながら、私を見た。


「あの……拘束を解いて剣を返して頂いてもよろしいでしょうか? 何かあったら私が止めますので」

「え、大丈夫なの? エミルちゃん、自分で『力量も大したことないですから~』って言ってたじゃん」

「大丈夫……だと思います。その聖剣の力が急に発現したりしない限りは」

「『急におかしくなるかも知れない』という可能性さえ頭に入っていれば自信のないきみでも何とかなりそうな気がするくらい、そいつは弱いってことか……それなら信じて任せてみるよ」


 私はフェルディナンドの手首を縛っている縄を解き、《威光剣スペルビア》を渡した。

 少々不安だけれど、仲間が「責任を持つ」と言うのであればそれに従うべきだろう。

 無論、こちらの邪魔になるようであれば容赦なく殺す――というのはやり過ぎにしても、《権限》で剣を没収するくらいはさせてもらうが。

 たとえ聖魔剣であっても、まだ適合していないのであればいつだって奪うことが出来るのだ。

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