6章5節:憧れと無力感の狭間で
情報屋と市民の攻撃を受けてからもしばらく調査を続けたものの、議員の居場所や商会の疑惑に繋がるような情報は得られなかった。
ただ気になったこともある。三日後、街のどこかにある会場で商会によって招待制の社交パーティが開かれるようだ。
主催は「リゼリット」とかいう女幹部らしい。
恐らく、商会のメンバーと保守派の有力者の間で情報交換を行うことを目的とした催しだろう。
何とかその場に潜り込めればスムーズに事が進みそうだ。
とはいえ、流石にたった三日で準備をするのは難しいだろうか。
日が沈んだ後、私たち《ヴェンデッタ》とフェルディナンドらはレンの屋敷にある広々とした応接室に集まり、互いに報告をした。
すると、フェルディナンドやリーズ、ウォルフガングが私と同じく襲撃を受けていたことが分かった。
状況に関しても私の時と同様に、突如として一般市民が敵意をむき出しにして襲ってきたらしい。
やはり誰一人として「自分が何故そんなことをしたのか」を理解していなかったというから困ったものだ。
「くそっ……なんて治安の悪さだ! 所詮は獣人が治める国ということか!」
今、その「獣人」が所有する王宮の一室を借りていることも忘れたかのように苛立っているフェルディナンド。
ウォルフガングは彼を無視し、私に向かって意見を述べる。
「洗脳の類かも知れん」
「私もそう思う。ただ、かなり高度な洗脳ってことになるけどね。なんせ攻撃の直前まで全く違和感を抱かせなかったんだから」
「これは《狩人の刃》の時以上に厄介そうだな……」
「本当にねぇ……」
軽くため息をつくと、何かを思いついたらしいライルが笑って口を開いた。
「なあ、さっき言ってた社交パーティとやらに潜入してみるのが一番手っ取り早いんじゃないか?」
「いや~、三日後だよ? 幾らなんでも無理があるって。それともライルが招待状を盗んできてくれるの?」
「別に俺がやる必要はないさ。ほら、今回の俺たちの雇い主って女王様だろ? で、招待客は十中八九、保守派の有力者なんだろ?」
「あっ……!」
思わず膝を打ってしまった。なんでそんな簡単な発想が出てこなかったんだろう。
今回が「一国の主からの直接依頼」というかなり珍しい状況だからだろうか。
ギルドを介さないのであれば今すぐにでも協力を要請出来るし、その相手が女王であれば「特定の政治家、つまり保守派議員の家宅に部下を送り込んで探らせる」ことも不可能ではない。
無論、大きなリスクを伴う行為であるのは確かだから、平時であれば出来てもやらないことだ。
だが、レンとしては此度の抗争に必ず勝利したい筈。その為ならば少々危ない橋でも共に渡ってくれるだろう。
私は勢いよくソファから立ち上がり、皆を見渡した。
「よしっ! それで行こう! 早速レン様と交渉してくる!」
***
あの後、私はレンに対し状況を説明した上で「社交パーティの招待状を最低一つは確保すること」を求めたが、予想通り彼女はあまり乗り気でなかった。
自ら作戦に加担してしまえば、私たちが目標を無事に達成出来なかった時に切り捨てられなくなる。だから正直なところ、出来るだけ丸投げして終わらせたい――といったことを包み隠さず主張していた。
しかし、思惑を正直に打ち明けているというのはむしろ、冒険者として私たちをある程度は評価していると見ることも出来る。
だから私は敗北のリスク、すなわち「議会を政敵である保守派に支配され、やがて東方諸国が《魔王軍》に掌握される危険性」を指摘すると共に、《ヴェンデッタ》が信頼に足る冒険者パーティであることを強く訴えた。
前者についてはレン自身もよく分かっているだろうから、ここで大事なのはこちらを信じてもらうことだ。
私とレンはしばらく問答を続け、最終的に彼女は「仕方なく」と言った風であったが首を縦に振ってくれた。
手筈としては、まず《黄泉衆》が保守派議員の家に忍び込んで招待状を探す。もし発見に至り、なおかつ複製が可能であれば複製する。
何らかの偽造防止加工がなされているなら本物を盗んでくることになる。この場合、実際に動くタイミングとしてはパーティ開催の直前となる。
招待状が紛失すれば当然、議員は商会側にそのことを伝えようとする筈だ。
こうなった際の足止めも《黄泉衆》が担当してくれるようだが、いつまでも引き留めておくことは出来ないだろう。
彼らの足止めを潜り抜け、議員やその部下が商会側とコンタクトを取ってしまえばその段階でタイムリミットとなる。
その為、「余裕を持って招待状を奪取しておく」というのは不可能なのである。
さて、何とか話はまとまった。
やれやれ、相手が「のじゃロリ女王」だったせいで随分と苦戦してしまったな。その辺の男だったなら、ラトリアの王を落としたお母様譲りの外見と愛想でゴリ押し出来たのだが。
まあ、上手くいったから良しとするか。
こういった交渉事は冒険者になってから頻繁に経験してきたので、それが生きたという訳だ。
「あ~、つっかれたぁ~」
伸びをしながら屋敷の廊下を歩く。
何となく夜風に当たりたくなったのでバルコニーに向かうと、そこには先客が居た。
フェルディナンドが、らしくもない物憂げな表情で空を眺めている。
「……ああ、リアか」
彼はこちらを振り向いて力なく笑った。
「情報収集の仕方について説教をしてやる良い機会ではないか」などと一瞬考えたものの、あまりにもしょぼくれているのでそんな気も失せてしまった。
「どうしたの?」
「少々、考え事をしていてな」
「きみみたいな奴でも何かに思い悩むことってあるんだ!?」
「なんだその言い方は! 僕にだって色々あるんだが!?」
隣に立ち冗談めかして言うと、彼は声を荒らげた。だがそれでも、いつもほどの気力は感じない。
「仲間に相談したりはしないの? きみの話ならみんな聞いてくれるでしょ」
「彼女たちは、頼れる僕を求めているんだ。情けなく内心を打ち明けるなんて僕らしくない」
フェルディナンドは俯き、そう言った。
本当に意外だ。こいつは良くも悪くも――いや、どちらかと言えば悪い意味で堂々としている男だと思っていた。
どれだけ冒険者としての在り方を批難されても自分を曲げず、どれだけ命を狙われようとも冒険者を引退しない胆力の持ち主だから、素で「そういう男」なのだと思っていた。
だが、心の内側はそうではないと。
もしやこの男、実のところは己の弱さをよく理解していたりするのか?
「……僕は貴族らしく、リーダーらしく在らねばならないんだ」
「ふぅん。エミルちゃん置き去りにしちゃったけどね」
「あの件についてはちゃんと謝ったぞ! というか、何故それをリアが知っているんだ!?」
「一緒に行動してたから。『リーダーらしく』って言うならもっと仲間に気配りしなよ」
「相変わらず痛いところを突くのが上手いな、あなたという人は……」
「他の女は分かんないけどさ、少なくともあの子は本心からきみのことを大切に思ってるみたいだから、ね?」
「わ、分かっている……耳が痛いからもうその辺にしておいてくれ!」
「しょーがないなー」
ああ、こいつは少しだけ、ほんの少しだけ、私と共通点があるのかも知れないな。
私も本当の気持ちを隠しながら《ヴェンデッタ》のリーダーとして、アステリア王女として仲間たちと接しているから。
そんなことを考えているうちに、自然と言葉が出てきた。
「仲間には悩みを打ち明けにくいんだよね?」
「あ、ああ」
「……だったら、私に話しなよ。すご~く暇な時なら少しくらいは付き合ってあげるから」
はあ。何を言っているんだろう。
こんな奴に気を遣うことなんてないのに。
私って実はかなり甘い?
フェルディナンドは少しだけ唖然とした後、たちまち元気を取り戻していった。取り戻しすぎて泣きながら笑っている。
私に優しくされたことがそんなに嬉しかったのだろうか。
「リアっ……! あなたはなんて素晴らしい女性なんだぁ……!」
勢いで手を握られそうになったので回避。そこまで心を許した覚えはない。
「おさわり厳禁」
「や、やっぱり冷たい……そういう貞淑なところも素敵だが!」
「はいはい。で、今なら話を聞いてあげられるけど、どうする? やめとく?」
私の問いに対し、フェルディナンドはしばらく悩んだ後に答えた。
「済まない。これを話すのはあなたが相手であっても少々、心の準備が必要というか……」
「あっそ……んじゃ戻るね」
「来たばかりなのにもう行ってしまうのか?」
「ホントは一人で静かに過ごしたい気分だったんだよ。ここに居るときみに気を遣わせられちゃう」
「そうだったのか、済まない。ならば僕が去ろう」
「それは助かるよ。また明日ね」
私は部屋に戻っていくフェルディナンドを見送ることなく、欄干に肘をついて街を見下ろした。
予想していた通り、この街は夜であっても活気と光に満ちていて美しいな。
「余計なことは何も気にせず、ただ親しい人と観光していたかった」などと生ぬるいことを考えてしまう。
私は世界に復讐する為に転生したのだから、平穏など求めている暇はないというのに。
*****
フェルディナンドはアステリアの居るバルコニーから離れた後、《輝ける黄金》に割り当てられた部屋に戻らず、誰にも気づかれないようにこっそり街に出ていた。
アステリアの気遣いを受けてもなお、彼の心は焦りに支配されたままだった。
見かけ上、傲岸不遜な態度を取り続けているフェルディナンドだが、本当はずっと前から自覚していたのだ――自分は、特別でも何でもないと。
剣の腕は大したことないし、《術式》の才能などは欠片もない。学業に関しては王立アカデミーの中においてもそれなりに上位だったが、群を抜いているという程でもない。
家柄こそ本物だし財力もあるものの、逆に言えばそれ以外には何もない。
そして、彼は「家柄が良く、金を持っているのだから自分は人間として優れている」と盲信しない程度には理知的で、それゆえに不幸だった。
その為、自分の価値を証明してくれるものが他に欲しくて、冒険者となりパーティを結成したのだ。
やがて序列第三位となり、多くの人々が「名門貴族家の息子」というだけでなく「序列入り冒険者パーティのリーダー」として彼に対する敬意を抱くようになった。
それでも結局は家柄と財力への依存から逃れられていないから、フェルディナンドを苛む無力感が消えることはなかった。
生まれつき持っているものであるがゆえに、それに頼るのが当たり前になっているのだ。自分自身の力で困難を乗り越えて成長する機会を逸し続けているのだ。
そういった状態だから、名誉を得れば得るほどに自らが凡才であることを理解させられている。
凡庸なのを認めたくないから不遜な態度を取って自身の心を守っている。
真に実力を問われる状況に足を踏み入れないようにしている。
本来は名門貴族の次期後継者としてラトリアを守る為に墓標荒野の戦いに参加すべきだったのに、逃げるようにしてエストハインでの仕事を引き受けてしまったのもその為だ。
このような弱さに悩まされているフェルディナンドだからこそ、弱者を守る為に毅然とした態度で自分に立ち向かい、圧倒的な力で自分をねじ伏せたアステリアに憧れを抱いたのだ。
彼女のように強さと優しさと併せ持った人間になりたい。
彼女に本当の自分を見抜いて、変えて欲しい。
それこそが、フェルディナンドのアステリアに対する好意の本質。
先の対話を経て、その好意はより強まった。
彼女に失望されたくない。役立たずの凡才だと思われたくない。
そう思ったから、彼は逸る気持ちを抑えられず、一人で情報収集を始めたのだ。
アステリアに気付かれて恥を掻くのを恐れている今のフェルディナンドは、夜の街において騒ぎを起こさないように行動することが出来ていた。
とはいえ、聞き込みが下手なのは変わらないから特に成果を得られず、更なる焦燥感を募らせていった。
そんな中、ふと路地裏を見ると、向こう側にアステリアのような人影が立っていた。
「彼女は屋敷内に居る筈。これは別人だ」――などという冷静な思考が出来なくなっていた彼は、殆ど無意識にそれを追ってしまっていたのだった。