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6章4節:《輝ける黄金》の少女

 レンの居城を出た私たちは早速、《ドーンライト商会》の動向を調査し始めた。

 《ヴェンデッタ》はそれぞれの担当区域で旅行者を装って単独行動をする形となった。

 この国にも商会の手の者が入り込んでいるだろうから、複数人で集まって街を駆け回るようなことはしたくなかったのだ。

 

 さて。闇雲に聞き込みなどしても商会の秘密になど辿り着ける筈もないので、まずは裏事情に通じている情報屋を探すとしよう。

 そんなことを思っていると、フェルディナンドとその仲間たちが大通りを闊歩しているのが見えた。

 彼は露店を出している女性を見るや否や、気障ったらしく髪をかきあげる仕草をしつつ声を掛けた。

 

「そちらのお嬢さん、少し聞きたいことがあるんだが良いかな?」

「え? は、はい」

「《ドーンライト商会》の下衆共が議員を拉致しているという話は知っているな? 彼らが一体どこに連れて行かれたのか、心当たりが――」

「ありません」

「む、本当に何もないのか――」

「ありませんったら。早くどこかに行ってください」


 素気なくあしらわれ、落胆しているフェルディナンド。

 あのバカ、自分で情報収集とかしたことないのだろうか。

 街を牛耳っている組織の後ろ暗い話なんぞ、こんな町娘が知っている筈もあるまい。もし知っていたとしても、情報を流したことに対する報復を恐れて口を噤むに決まっている。

 彼の様子を遠くから眺めて呆れていると、次は屈強な獣人の男に高圧的な態度で接し始めた。


「おい貴様! どうせ恐らくまともな生き方はしていないんだろう!? ならば商会の闇についても知っているのではないか!?」

「あぁ!? なんだてめぇ! んなもん知る訳ねぇだろボケ」

「社会の底辺層がこの僕になんて口の利き方を……! 僕は冒険者パーティ序列第三位だぞ!?」

「お前、あの『地位と金と女頼りのクソ男』か! 悪いことは言わねえから商会に探りを入れるのなんてやめて、お家に帰って女どもに甘やかされてな。他の序列入りならともかく『偽物』が関わるべきじゃねえ」

「き、貴様ぁぁぁ!!」


 あ~あ。自分から喧嘩を売った癖に、ああも見事に挑発に乗るなんて。

 関係者だと思われたくないので今は助け舟を出さないけれど、後で説教しておくか。

 私はすぐにこの場から離れ、得意の愛想笑いを活かした調査を始めるのであった。


 それから少し経って、道端で一人の少女が途方に暮れているのを見かけた。

 露出の少ないもこもこした服装に、二つ結びにした亜麻色の髪。年齢は私より少し幼いくらいだろうか。

 あの子は確か、フェルディナンドを囲うハーレム――もといパーティメンバーの一人だった筈だ。

 かなり小柄だし存在感も希薄なので記憶に残り辛いけれど、人の顔を覚えるのはわりと得意だから何とか分かった。

 うーん。なにか困っているみたいだし、声を掛けてみるか。悪目立ちしているフェルディナンドはともかく、この子ひとりなら一緒に居ても変に周囲の警戒心を煽ることはないだろう。


「きみ、だいじょぶ?」

「リ、リアさん? 私、フェルディナンド様とはぐれてしまって……ふぇぇ……」

「なんだそんなことかぁ。後で屋敷に戻れば合流出来るでしょ」

「ひぇぇ……土地勘がないので独りで居ると不安で不安で仕方ないんです……」


 なんて情けない子なんだ。仮にも序列三位の冒険者だろうが。

 というか私たちよりも先にエストハイン入りしていたんじゃないのか。少しくらいは街の構造を把握しておけよ。


――などと説教を垂れても時間の無駄なので、助けてやろう。


「ん~、合流出来るまで一緒に居る?」


 そう提案すると、今にも泣き出しそうだったその少女の顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございますっ! リアさんは本当に優しくて頼りになる女性で私とは大違いです。フェルディナンド様がその……好意を抱くのも分かります」

「あいつに好かれても困るけどねぇ。あ、きみ名前は?」

「『エミル』って言います。一応、術師をやってます。他の方々のほうが優秀ですけど……」

「なんではぐれちゃったの? もしかしてイジメられてる?」

「いえいえ、そんなことは! フェルディナンド様の指示で買い物をしているうちに皆居なくなってしまって……私が存在感薄すぎて居ないことに気づいてもらえないのがいけないんです……ふぇぇ……」


 俯いて両手の人差し指を合わせる仕草をするエミル。

 この内気っぷり、王立アカデミーで出会ったルアを思い出すな。

 ただ、彼女みたく根底に強さがあるようには感じられない。今の環境がこの子をこうしているのではなく、もともと自信がない子なのだろう。

 しばらく黙っていたが、何となく気まずくなったのでちょっとした疑問をぶつけてみた。


「……ねえ、エミルちゃん。なんであいつの仲間なんかやってんの?」

「フェルディナンド様のことですか?」

「うん。ぶっちゃけポンコツもいいところでしょ」

「あはは……」

「序列三位だと色々と優遇されるから?」

「う~ん……確かに『どうやって序列を上げたか』を知らない人からは好意的に見てもらえますし、お店でより良いサービスを受けられたり条件の良い仕事を貰えたりと、有り難いことはたくさんありますね」


 フェルディナンドは地位と財力を活かして下級冒険者をかき集め、依頼の下請けをさせることで序列を上げてきた。

 これを知らない者にとってみれば、「序列第三位」という肩書は輝かしいものだろう。


「ああ、やっぱりそうなんだ」

「でも、それが目的で《輝ける黄金(ゴールドライツ)》に居る訳ではないんです。私が加わった時はまだ序列に入ってはいませんでしたし」

「ふぅん。古参メンバーなんだ?」

「ええ。私、こんな性格な上に力量も大したことないですから入れてもらえるパーティがなくて。独りで困り果ててる時、フェルディナンド様は仲間に入れて下さったんです」

「へえ。あいつがねぇ」

「『困っている少女に手を差し伸べるのは貴族の義務だ』と言って。私なんて何の取り柄も経験もない素人冒険者だったのに……」


 そう語るエミルの顔は、完全に恋する乙女だった。

 あんな男に好意を抱くとは変わった子だな。「割れ鍋に綴じ蓋」というやつか?

 まあフェルディナンドは見た目に関しては恵まれているし、人間族の女の子の前ではいい格好をしたがるから、勘違いする奴が居てもおかしくはないのかも知れない。

 とはいえフェルディナンドの方ははぐれた事にすら気づいていないくらいだから、少なくとも今、エミルの想いは一方通行なのだろうが。


***


 それから私とエミルは他愛もない雑談をしつつ街を散策した。無論、情報収集も忘れていない。

 私に対して敵意をむき出しにしている《輝ける黄金(ゴールドライツ)》の他の女たちと違って、この子は随分と心を開いてくれているようだ。

 話してみて分かったが、エミルは別にフェルディナンドを盲信しているという感じでもなく、彼の悪いところもよく理解した上で一緒に居るらしい。

 全く。こんなにも想ってくれる子が居なくなってしまったことに気づかないなんて本当に駄目な男だ。

 

 そうこうしているうちに、相も変わらず大勢で道いっぱいに広がっているフェルディナンドたちと遭遇した。

 

「行ってきなー、エミルちゃん。『出来れば』で良いんだけど、あいつに『もっと目立たないように動け』って言っといて」

「ひぇぇ……フェルディナンド様に忠告なんて恐れ多い……!」

「そんなビビんなくてもいいと思うんだけど……まあいいや。じゃあまた後でね」

「はい……あ、あの、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて去っていくエミル。

 彼女の姿を見たフェルディナンドは、慌てふためきながら許しを請うた。

 自分の失態を素直に認めるとは。やはり仲間のことだけはそれなりに大事に思っているらしい。

 あの感じならば仲間からの忠告を素直に聞いてくれそうだけれど、エミルはきっと嫌われるのが怖いのだろうな。


 ともかく、やっと一人になれた。これから道中にあった酒場で聞いた噂を頼りに情報屋に会いに行く訳だが、エミルのような小心者を怪しげなところに連れて行くのは忍びなかったのだ。

 表通りから外れた陰気な路地裏を突き進んでいくと、そこにはフードを目深に被った男と、数人の客が居た。

 客が求めているのは「犯罪組織に連れ去られた恋人の行方」だとか「敵対する組織の動向」だとか、まともではないものばかりだ。

「ここなら有力な情報が得られるかも知れない」という期待感が高まっていく。


 やがて他の客が居なくなり私の番になった。情報屋の男は私の姿を見るなり鼻で笑った。


「あんたみたいな可愛らしいお嬢さんがこんな場所に来るもんじゃないぜ」


 その言葉を無視し、まず確認しておくべきことを突きつける。

 

「ねえ。情報屋さんはどっち派?」

「というと?」

「保守派か復古派か」

「政治思想なんて腹の足しにもならねえ。金になりそうな情報なら内容も相手も問わず売る、それだけさ」

「良かった。じゃあ《ドーンライト商会》に関する、とある疑惑について聞きたいんだ。お金ならそれなりには出せるよ」


 そう告げると、私を舐め腐っていた男の態度が一気に変化した。「上客」と認識されたようだ。


「疑惑って言うと、もしや……」

「『商会が関わっている』なんて言われてる、復古派議員の連続失踪の件ね。居なくなった奴らがどこに行ったのか、或いは商会が関わっている証拠だとか、何か掴んでない?」

「う~む……掴んだ気もするんだがいまいち記憶にねえなあ。金を見れば何か思い出すかも知れん」

「はいはい、これで良い?」


 銀貨の詰まった袋を手渡す。

 男はその中身を見ると、わざとらしく思案する素振りを見せた。


「んんん、あとちょっと積んでくれれば思い出せそうだなぁ」


 もう一つ手渡す。今度は満足してくれたようだ。


「いや~助かるぜ。かなりのリスクを背負って仕入れた情報なんで、これくらいは出して貰わないとな」

「満足したなら話して」

「ああ、分かった――」


 と言いかけたところで、異変が起きた。

 何の予兆もなく情報屋の男が殺意を発し、懐からナイフを取り出したのだ。

 刺突を回避し、打撃でそのナイフを叩き落とす。

 突如として豹変したことは不気味であるが動きそのものは素人だ。

 だが、これでは終わらない。

 酒場で飲んだくれていた男、道端で店を出していた男、ちょっとすれ違っただけの通行人まで背後から襲いかかってくる。

 彼らもまた、決して戦士らしい動きをしている訳ではない。剣を抜くまでもないだろう。

 私はかつてウォルフガングから叩き込まれた「無剣の剣術」――要するに格闘術を使用し、早急に制圧した。


 とりあえず情報屋を叩き起こす。もちろん渡した金は取り戻させてもらう。

 脅迫する為に剣を突きつけると、男は額からだらだらと汗を流して狼狽しだした。


「ねえ、いきなり襲ってきてどういうつもり?」

「わ、分からない……」

「んな訳ないでしょーが。事情をちゃんと話してくれなきゃ手足ぶった切っちゃうよ? また襲われたら困るからさあ」

「だから分からないって言ってるだろ! 何だかお前を殺さなきゃいけないような気がして……」

「手足だけじゃなくて命も失くす?」

「ひぃぃぃ! ほ、ホントに何も知らないんだ信じてくれぇぇ!」


 男は失禁しながらも必死に「知らない」と叫び続けた。

 攻撃の理由どころか、情報についても「やっぱり何も知らない。金は要らないから帰ってくれ」なんて言い始める始末である。

 他の襲撃者たちも同じように脅してみたけれど、同じような様子であった。

 これ以上はどうにもならないと思い、私は全員を適当に拘束した上でその場を後にした。

 

 彼らは一体なんだったのだろう?

 少なくとも商会の使い捨て戦闘員の類には全く見えなかったな。飽くまで一般人だが、何らかの強烈な暗示をかけられているかのようだった。

 何にせよ、後で合流したら皆にこのことを伝えなければならないな。

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