6章3節:ドーンライト商会
玉座に足を組んで座っていたレンは居住まいを正し、話を続けた。
「概要は《黄泉衆》から聞いているかも知れんが、お主らには我が国も含む東方諸国で起きている議員の連続失踪事件について調査し、捜索と救出、対処を行ってもらいたいのじゃ」
そう言いながら、彼女はおもむろに私たちの後ろに指を向ける。
すると背後から《黄泉衆》の一人が現れ、私とフェルディナンドにそれぞれ一枚の紙を寄越した。
それは失踪者の名簿であり、名前と役職などがずらっと並べられている。
既にニ十人ほど犠牲になっているようだ。それも、全員がそれなりの要職に就いている貴族や商人である。
失踪事件と言えばネルと出会うきっかけとなったあの依頼のことを思い出すが、相手がスラム住まいの社会的弱者か政治に関わる有力者かでは状況が大きく異なる。
あちらが命を金に換えることを目的としていたのに対し、これは十中八九、政治的抗争の類だ。
従って、行方不明になった者達がまだ生きている可能性は限りなく低い。敵は単に調査を遅らせるために殺しの痕跡を残さなかっただけだろう。
そう思った私は、顔を上げてレンに確認した。
「全員、既に死んでるかも? その場合は仕事の評価に影響する?」
「心配するな、救出については『可能な限り』じゃ。正直、わらわも生存には期待しておらん」
「そりゃ良かったよ。で、議員たちを『失踪』させた敵勢力に心当たりはある?」
「恐らくは《ドーンライト商会》の手の者じゃ」
その名を聞いて、この場に集っている両パーティの全員が驚きを露わにした。
《ドーンライト商会》と言えば、この世界でも有数の巨大組織である。下手な国家よりも余程に力を持っている連中だ。
東方文化を生み出して広めたのは彼らだが、功績として最も知られているのはそこではなく「《術式》を普及させたこと」だろう。
今から五十年ほど前、「アルケー」という名の女性が《術式》を生み出した。彼女自身は後に行方知れずとなっているけれど、当時まだ設立されたばかりであった商会にその技術を託したという。
商会が力をつけられたのは《術式》の理論、そしてファンクション全文が記述された術式書の販売権を一手に握っているからだ。
私も含め、《術式》の使い手はその背景にある理屈を理解している訳ではなく、単にファンクションを暗記して利用しているに過ぎないのだ。
彼らが居なければ新しい技を生み出すことだって出来やしない。
ふと横を見ると、フェルディナンドの表情は怒りに満ちていた。《術式》を扱えないことが関係しているのだろうか、商会にあまり良い感情を抱いていないようだ。
「成り上がり商人共め、なぜ『要人を襲う』などという蛮行を……! 金を持っているとはいえ所詮は平民だから短絡的な思考しか出来ないのか!?」
なるほど、彼は東方諸国を取り巻く社会情勢に明るくないのか。それならば確かに不思議に思うだろう。
「説明しろ」と言わんばかりにレンが私を見る。仕方ないな。
「えっとね、東方諸国の議員って実は二つの派閥に分かれてるんだ。ああ勿論、表立って『自分はこっちの派閥でーす』なんて名乗ってはいないよ?」
「ふむ……?」
「一方が現状維持を考えている『保守派』。もう一方が《ドーンライト商会》が持ち込んだもの……たとえば東方文化なんかを排除し、かつての東方諸国を取り戻そうとする『復古派』ね」
「『商会に協力的か敵対的か』という話だな」
「そう。で、このリストに書かれてる議員ってみんな復古派なんだよね?」
レンに話を振ると、彼女は頷いた。
「うむ。ちなみにわらわ自身も一応は復古派の立場を取っていて、議員らと共に力を持ち過ぎた商会を抑えようとしてきた」
「つまり商会はもともと敵視されていて、抑圧の果てに極端な行動に出るしかなくなった。私たちがやるのは『報復に対する報復』なんだよ……ってことで合ってるよね、レン様?」
「相違ない」
「へぇ。でも、ちょっと気になったんだけど、レン様って服装も屋敷も東方文化のそれだよね。復古派の旗頭としては変じゃないかな。何か事情があるの?」
「わらわは文化自体は愛しておるからな。それを排除しようなんてのは復古派の中でも過激な連中だけじゃ。そこまでのことはさせん」
「なるほど、『政治と文化は別』と」
「うむ……ところで何か言いたげじゃな、《ヴェンデッタ》」
レンの言う通り、確かに仲間たち――特にリーズが怪訝な顔をしている。
ああ、そうか。今の私は「女王の座に近づく為に地位と名声を得る」という目標を秘めている一方、仲間たちは飽くまで従来通り「弱者を虐げる悪を斬る為に活動している」と考えている筈だ。
「この依頼、私たちが受けるに値するのかなって。単なる政治抗争でしょ?」
私はリーダーとしてリーズたちの気持ちを代弁した。それを聞いてレンが豪快に笑う。
「くはは! そういえばお主らは『そういうパーティ』じゃったか! 安心せい。戦う理由はちゃんとある」
「聞かせてもらおうかな」
「お主ら、例の商会を設立した人物について知っておるか?」
「『レイジ』だっけ? どんな男かは知らないけど、五十年も前の話だしもう死んでるんじゃない?」
「それがな、こんな話があるのじゃ……『レイジは魔王ダスクとなって生きておる』」
レンが告げた言葉を聞いて、つい唖然としてしまった。
天上大陸において多大な影響力を持つ商会の設立者が、実はかの魔王だった?
「本気で言ってる?」
「確信を持っている訳ではないがの」
「根拠は」
「まず寿命に関してじゃが、極められた魔法は老化の抑止すら実現すると聞く。少なくとも天暦1000年以降の45年間、変わらず《魔王軍》の長として君臨している魔王ならばその域に至っておってもおかしくないじゃろう」
「寿命は問題にならないと」
「うむ。それで、レイジが行方をくらます少し前に、街外れの商会の拠点が襲撃される事件があったというのは知っておるか?」
「あ~、聞いたことは。『反人間族思想の温床になっている』ってことで、過激な武装組織が拠点を襲って商会のメンバーを皆殺しにしたんだっけ?」
「そうじゃ。そして実のところ、例の拠点にはどこからかやってきた『最初の魔族たち』が隠れて暮らしていた……なんて話があってのう」
「……その襲撃から生き延びた連中が《魔王軍》を結成したと?」
「そう見る向きが強い。当然、昔のことじゃから連中が本当に魔族だったのかは分からんし、不穏分子だったのか、それとも逆に襲撃事件が引き金となって人類に敵対的になってしまったのかは分からんがの」
「うーん。商会への反感を煽る為の、復古派によるプロパガンダってやつじゃないの?」
率直な意見をぶつける。それに対しレンは特に怒ったり慌てたりする様子もなく続けた。
「この話だけなら確かにそうとも取れるんじゃが、商会がルミナス帝国に対し大規模な資金、人材、武器の供与を行った痕跡も見つかっているんじゃ」
「商売の一環に過ぎないのか、それとも明確な協力関係にあるのか……」
「どうじゃ? そこが繋がっているとしたら放置は出来んじゃろ? なにせ相手は世界の敵かも知れんのじゃぞ?」
「でも、それならもっと反《魔王軍》派を追い詰めることも出来るよね? 人間族って《術式》頼りなことが多いから、たとえば術式書の流通を制限したら相当苦しくなると思うんだけど」
「商会とて一枚岩ではないということじゃろ。純粋な利益追求だけを考えるなら《魔王軍》になんぞ加担せん方が良いのは明らかじゃからな……少なくとも、奴らが世界を支配するまでは」
「むむ……ま、その辺も含めて調査しろってことかぁ」
「話が早くて助かるのじゃ。引き受けてくれるかの?」
レンの部下が報酬額の書かれた契約書を持ってくる。
私はとりあえずそれを受け取って仲間たちと顔を見合わせた。
まさか《ドーンライト商会》を相手取ることになるとは。それも「《魔王軍》と協力関係を結んでいる可能性がある」と来た。
確実にハードな依頼となるだろう。だがそれは、相応のリターンが得られるということも意味している。
リターンと言っても、求めているのは金銭ではない。「一国の女王への貸しがある」という状況そのものだ。
これはラトリアの女王を目指す過程において有効なカードの一枚になってくれる筈。直接の依頼ゆえにギルドの評価値には影響しない仕事だけれど、その点を補って余りある価値が存在するのだ。
無論、内容的にも無視出来るものではない。
《ドーンライト商会》が《魔王軍》と繋がっていることが分かった場合、恐らくレンは議員が消された件と併せてそのことを公表し、商会の立場を危うくさせるだろう。
そうなれば彼らのうち、飽くまで利益を求めて商売をしている側の勢力は《魔王軍》との関係を絶つ方向で動かざるを得なくなる。
何せ、最も彼らに利益をもたらしているのは魔族ではなく、《術式》を欲している人間族なのだから。
要するに、この仕事が上手く行けば《魔王軍》の力を削ぐことが出来るかも知れないのだ。
ならば喜んで引き受けようじゃないか。
仲間たちも同じ想いを抱いたのか、皆で頷き合った。
「《ヴェンデッタ》は受けるよ。確かに《魔王軍》が関わってる可能性があるなら放置は出来ないよね」
「それは有り難い。そちらはどうじゃ?」
レンがフェルディナンドたちの方に目をやる。
彼らはかなり長いこと逡巡していたが、やがて少し躊躇いながらも口を開いた。
「リアが引き受けるというのであれば僕らも参加するぞ。誇り高きラトリア貴族として外道共を裁き、あなた方を守ってみせよう!」
「足引っ張らないでね。きみらが変なことしてこっちまで動き辛くなったら困るんだ」
「いやいや、あなた方こそ観光を楽しんでいるとよい。序列三位である我々が速やかに解決しよう」
「はあ……」
なんとなく嫌な予感がしたけれど、それ以上は何も返さずにレンの顔を見る。
「ねえ、なんで《輝ける黄金》なのさ? もっと他に居なかったの?」
「ああ、たまたまこの国に滞在していたから数合わせとして呼んだんじゃ。今回は冒険者の質だけでなく人数も必要になる仕事かと思うてのう」
「あ~……」
二人してじっとフェルディナンドを眺める。
彼はしばらくしてレンの発言と視線の意味に気付き、怒り出した。
「も、もしかして僕らのことを『数合わせ』と言ったのか!? それが依頼する側の態度かぁ!?」
「くはは、これで先の無礼は帳消しにしてやる! あ~、わらわはなんと寛大なのじゃろう!」
「くっ……随分と舐めてくれるな」
「先に喧嘩売ったのはきみだし自業自得じゃないかな……あ、そういえばレン様。拠点とかって貸してもらえたりする?」
「ああ、この屋敷にある部屋を使ってよいぞ。ほれ、一通り説明は終わったし案内してやれ」
レンの指示に従って《黄泉衆》の者たちがやって来る。
彼らに案内されて向かった先は、女王の居城の客室だけあって非常に豪奢だった。
こんな部屋で寝泊まり出来るのは冒険者になってからだと初めてかも知れない。
とはいえ、それを呑気に楽しんでいる暇もない。
さあ、さっそく仕事に取り掛かろう。