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6章2節:東の国の女王

 私たちは《黄泉衆》の手配した馬車に乗り、エストハイン王国への旅を始めた。

 かなり上質かつ《術式》による強化も行われた馬を使用しているようだが、それでも到着するまで一週間は掛かると考えられる。

 東には山脈があり、かなり険しい道を通らねばならないからだ。

 しかも、安全に通行出来るポイントは限られる為、そこを狙って盗賊が出没することがままある。

 そもそも《黄泉衆》が何かしらの罠を用意している可能性も『マスター』とやらに会うまで完全には否定し切れないのもあって、おちおち休んではいられない。

 我ながら警戒心が過剰だとは思うけれど、立場上、そのくらいの方が良いのだ。


 しばらくはつつがなく旅を進められたが、山道では予想通り盗賊に遭遇し、撃退する羽目になった。

 と言っても、別の馬車で先導していた《黄泉衆》が応戦してくれたのでこちらの出る幕はなかった。

 正確には、彼らがどこまで本気かを試しつつ能力や戦法を見極める為に私はあえて仲間たちに手出しをさせなかった。

 まさか盗賊如きに負ける序列入りなんて有り得ないだろうし、特に問題もないだろう。


 しかし、予想に反して彼らは苦戦している。

 存外、盗賊側の練度が高いのだ。リーズが先の旅において《魔王軍》からドロップアウトした者達で構成された盗賊団に遭遇したようで、装備が似ているらしいからこいつらも同類なのだろう。

 クズの中のクズであっても元々はちゃんとした兵士であったというのなら、盗賊の割に強かったとしてもおかしくはない。

 だが問題はそれだけではない。すぐ側に崖があって戦い辛い地形とはいえ、《黄泉衆》の戦力が序列入りにしては低すぎる。

 連携こそ取れているものの、個々の能力はその辺の冒険者と大差ない。

 そうこうしているうちにメンバーの一人が崖から落下しそうになったのを見て、リーズが反射的に助けに行く。

 それを《黄泉衆》の仲間たちは全く気に留めていない。メンバーの入れ替わりが激しいから付き合いが浅いのだと仮定しても異常な無関心さである。

 

「うーん……やっぱ手伝おっか。なんかあいつら頼りないし」

「それが良い」


 私とウォルフガングは短いやり取りをして、勝手に馬車から飛び出したリーズに付いて行く。ライルは周囲を警戒してもらう為に待機させた。

 流石に私たちが加勢すれば盗賊など多少練度が高くとも取るに足らない相手であり、殆ど一瞬で決着が付いた。

 《黄泉衆》のリーダーと思しき男が前にやってきて、軽く頭を下げる。


「お手数をお掛け致しました、《ヴェンデッタ》。しかし、もう少し時間を頂ければ我々だけでも対処出来たのですが……」

「放っておくと誰か死んじゃいそうだったじゃん」

「問題ありません」

「え……?」

「では、先を急ぎましょう」


 男は淡々とそう言い、馬車に戻っていった。

 仲間に対する情どころか感情自体を宿していないかのような振る舞いに少し寒気を覚えながら、私たちも戻る。

 安全が確保されて馬車が動き始める中、私は思案した。

《黄泉衆》も気になるところだが、まさか西にも東にも元《魔王軍》の兵士で構成された盗賊団が出没するとは。

 少なくとも《魔王軍》の中枢は単なる蛮族ではなく、一定の規律が保たれているのかも知れない。

 同時に、彼ら自身も御しきれないほどに「魔族」という存在は数を殖やしてしまっているのだろう。


 墓標荒野での勝利を契機として、ラトリア勢力圏を中心に「ルミナス帝国に侵攻し、魔王を討伐すべき」という気運が高まっている。

 恐らく、決戦の時はそう遠くないだろう。

 無論、魔王を殺すことは大前提だ。《魔王軍》を編成して世界を荒らし、お母様が死ぬ原因を作った者など許せる筈もない。

 だが奴が死んだところでこの世界を取り巻く問題の殆どは解決しないだろうし、だからこそ私は女王を目指さねばならないのだ。

 やれやれ。王道的な物語であれば「ラスボスを倒したらハッピーエンド」だったろうに、私の戦いはそれからも長く続きそうだ。


***


 盗賊を撃滅した後はこれといって面倒事もなく山道を越えられた。

 やがて、開けた大地の向こう側に城壁が見えてくる。

 しばらく進み、城門を潜った先に広がっていたのは、西方とはまるで異なる街並みであった。

 瓦屋根の高層建築物が無秩序に建てられており、街道に沿って鳥居のようなオブジェが設置されている。

 人々は他の地方で一般的に見られる服装をしている者も居れば、和服に似ているゆったりした服装の者も居る。

 そして、至るところに提灯のようなものがある。今は昼だけれど、夜には幻想的な風景が見られそうで少しだけワクワクさせられる。

 東方文化の異質さは噂に聞いていたけれど、こうして実際に見てみると圧倒される。

 要素要素を見ればいわゆる「和風」なのに、全体を見渡してみれば日本とは似ても似つかないのが転生者としては不思議な感覚だ。

 ああ、こんなに凄いのなら依頼とか関係なく、ネルが居る間に一度くらいは遊びに来れば良かったな。きっと喜んでくれただろうな。


 馬車から降りて辺りを見回していると、《黄泉衆》の男が道の向こう側の小高くなっているところにある塔を指差し、淡々と説明した。


「あちらに見えるのがこの国、エストハインの女王『レン』様がいらっしゃる王宮です。では参りましょう」

「ねえ、きみ達の言う『マスター』って、まさか女王様?」

「ええ」


 そう来たか。ラトリアやルミナスほどの規模でないとはいえ一国の主から直接依頼をされるとは、私たちも随分と有名になったものだ。

 そして《黄泉衆》は権力者の子飼いであったと。背後に何かが居ることは予想していたが、組織どころか国家だったとは。

 まあ《神聖騎士団(ハイリヒ・オルデン)》は聖団直属、《シュトラーフェ・ケルン》は実質的に王家の私兵、かの第一位も王家との繋がりが深いことを思えば、別におかしな話でもないか。

 有力なパーティを組織が利用するにせよ、組織が自らの保有する武力を冒険者パーティという体で動かすにせよ、力を持つ者は政治とは無関係で居られないという訳だ。


 私は道すがら露店で肉まん風の料理を幾つか買って仲間と共にかじりつつ、何ら興味なさげにしている《黄泉衆》の後ろを歩いた。

 やがて、和風というよりはどこか中華風の外観をした屋敷に入っていく。

 その内部、謁見の間の手前にある広々とした通路で、私たちは予想外の人物と出会った。

 あちらにとっても同じく予想外だったのか、私と「あいつ」はお互いの顔に指を突きつけあった。


「あ~! なんでフェルディナンドがここに!?」

「それはこちらの台詞だ、リア! ともかく再会出来て嬉しいぞ!」

「私は別に嬉しくないかな~」

「くっ、相変わらず素っ気ない人だ……だからこそ惹かれるんだが……!」


 序列第三位《輝ける黄金(ゴールドライツ)》のリーダーと、その取り巻きである二十人ほどの女たち。

 《黄泉衆》に事情を聞くと、どうやら彼らも一緒に依頼を受けることになっているらしい。

「この人選で良いのか」と思わざるを得ない。

 フェルディナンドは意気揚々と聞いてもいないことを語り始めた。


「いやぁ、実は少し前まで別の依頼を遂行していて、それで東方に来ていたんだ。女王からの直々の依頼に対応出来て幸運だった」

「私たちみたいに今来た訳じゃなくて、こっちに滞在してたんだね」

「そうだ。先の墓標荒野での戦いには参加出来なかったが、あなたが勝利に大きく貢献したというのは聞いているぞ。本当にリアは素晴らしい女性だ!」

「そりゃどうも……あれ、きみって公爵家だよね?」

「ああ、僕は誇り高きドラティア公爵家の長男だ!」

「なんで墓標荒野に来なかったの? そのくらいの位階だと王家から参加要請が行ってそうなもんだし、それを差し置いても『誇り高いラトリア貴族』のきみなら積極的に参加しそうだから意外だなって」


 そんな指摘に対し、フェルディナンドは露骨に焦りだした。

 なんだこいつ、自分から話を振った癖に。

 

「こ、こちらでの仕事がどうしても外せなかったんだ! それに戦費も負担している!」

「ふぅん。そうなんだ」


 適当に話を打ち切ろうとしたが、彼はふと私たち全員を見渡して、触れるべきでないことに何の気なしに触れてしまう。


「そういえばあの獣の姿が見えないようだが、呪血病で死んだのか?」

「……ネルのこと言ってんの?」

「ああ、そのような名前だったか。全く記憶に残っていなかったな。劣った存在が死ぬのは仕方のないことだ、儚い命になど拘泥せず――」


 言い終わる前に、私はこの男の整った顔をぶん殴っていた。

 感情に任せてのことではない。こいつも含め、ラトリアの上流階級の多くがこの程度だというのは分かり切っている。

 単に、後ろでブチ切れているリーズが半殺しにしかねないので先手を打ったまでである。


「痛ぁぁ……リ、リア! なんてことを……」

「きみが空気読めない奴なのは知ってたけど、命が惜しいならもっと気をつけなよ」

「当たり前のことを言っただけなのに、どうしてこんな目に遭わねばならないんだ全く……まあ何かが気に障ったのなら謝っておこう」


 フェルディナンドが私だけに向かって頭を下げた。

 何も理解していないんだな、この男は。

 私は肩をすくめ、仲間たちのもとへ戻った。

 《黄泉衆》の者達が間に割って入る。


「どうぞこちらへ……あぁ、一つ注意点を。レン様は堅苦しいのを嫌う御方なので普段通り接して下さって構いませんが、くれぐれも身長については触れぬように」


 なんだかよく分からない忠告をしつつ、彼らは大きな扉を開けた。

 絨毯の上を歩いていった先には、高く伸びている円形の部屋があった。外から見えていた塔はこの部分だったか。

 異様なことに、壁一面に墓標がある。全方位から墓に囲まれているというのはかなり息苦しい。

 そして、そんな空間の中央の玉座には、狐のような耳と尻尾を持った銀髪の幼い少女が足を組んで座っていた。

「チャイナドレス風のぴっちりした衣装に和服のような袖が付いている」という独特な身なりをしている。

 なるほど、確かに女王というには小さくて可愛らしいな。手下の忠告の意味が理解出来た。

 だが一方で、フェルディナンドは相変わらず空気が読めなかった。


「ふむ。女王が獣人であるというのは聞いていたが、まさかこんな幼子ではあるまい。娘さんが代理をしているのか――」

「このバカぁぁぁ~!!」


 慌てふためくフェルディナンドの仲間たちを差し置いて、私は彼の頭を強引に下げさせた。

 レンの、幼女特有の丸っこい顔が引きつっている。

 私はいつものようにへらへらと愛想笑いをしながら謝った。


「ごめんなさいっ! こいつってばホントにバカで!」

「僕はまた何か間違えたのか!? だってどう考えてもおかしいじゃないか!」

「きみはもう黙ってて!」


 そんなやり取りを見たレンは、呆れたように深い溜息をついた。


「……もうよい。ラトリア貴族など所詮は『自分たちが世界で一番偉い』と思い込んでいる傲慢な輩ばっかりじゃろうしな」

「あはは……にしても凄い部屋だね、レン様」


 興味本位で聞くと、彼女は特に躊躇う様子もなく答えてくれた。


「わらわの力の代償じゃ。『能力を使った死人(あいて)の名前を全て覚える』というな」

「『力』って、もしかして……」

「恐らくはお主も同じじゃろ、リア。わらわは『死人を操る』というものじゃから内容自体はまるで別物じゃが」


 つまり、この女王様も《権限》所有者なのだと。

 確かに《権限》の力ならばこれほど高度に死体を操れてもおかしくはない。《黄泉衆》の面々は「序列入りの冒険者」として考えると違和感があるものの、死人にはとても見えない。

 《術式》でも似たようなことは出来るらしいが飽くまで「目視出来る距離から操り単純な行動をさせる」程度であり、人形を動かすのと変わらないと聞く。このような精度で、しかもこんなに離れたところから操れるというのは凄まじいことなのだ。


「《黄泉衆》は名前通り『黄泉から帰ってた』んだね……そりゃ無感情な訳だ」

「そういうことじゃ。北部平原や盗賊との戦いで役に立てんかったこと、許してくれんかの」

「むしろ、これだけ生きてる人間に近付けられるのが恐ろしいくらい。っていうか北部平原の時は最初からまともに参戦する気もなかったんじゃない? 偵察目的であいつら送り込んできただけでさ」

「かははっ、そんなことはない。お主らの邪魔をせんよう配慮しておっただけじゃ」

「ふ~ん……ま、そういうことにしとくよ」


 私と仲間たちがひとまず納得している中、《権限》というものを知らないフェルディナンドたちはぽかんとしている。

 それにしても、この女王様は堂々と自らの力を明かすんだな。

 協調の意思を見せようとしてくれていると信じて良いのだろうか。

 ともかく、レンは私と仲間たちをじっと見て言った。


「さて。早速じゃが仕事の話をせんとな。今回はこの王国……いや、もしかすると《魔王軍》との戦いの趨勢に関わるかも知れぬ重要な依頼がしたいのじゃ」

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