6章1節:東の地へ
リーズとライルが王都に戻ってきてから十日ほど経った。
その間に墓標荒野における私とウォルフガングの戦いぶりが評価に反映された。それと同時に、まともに活躍しなかった《黄泉衆》の冒険者パーティ序列が引き下げられ、《ヴェンデッタ》は《竜の目》と共にひとつ繰り上がった。
現在の私たちは序列七位だ。
順調過ぎるくらいに出世しているが、ここから上はリーダーの家柄と資金力しか取り柄がない《輝ける黄金》以外は猛者揃いだ。
社会を揺るがす程に大きな成果を出す――それこそ、魔王の討伐でも成し遂げねば、彼らを抜くことは困難だろうな。
私はリーズたちとの再会から少し時間を置き、彼女らが落ち着いたタイミングを見計らって帰還までの経緯を聞いた。
リーズは時折、言葉を詰まらせながらも、全てを包み隠さず明かしてくれた。
神話に登場する「未練を抱えた善なる者に二度目の生を与えるエルフ」、トロイメライに関する噂を聞いたこと。
彼女にネルを救ってもらうため、聖団領アレセイアまで旅をしたこと。
聖団領では「呪血病発症者狩り」が行われていて、ネルが捕らえられたので聖団の施設に不法侵入したこと。
《神聖騎士団》のリーダーからその罪を赦されたこと。「聖団の闇を公にしないならば」という条件付きではあったが、リーズは私のことを信用して話してくれた。
そして、呪血病発症者が一箇所に集中し過ぎたことによって、《崩壊の空》と呼ばれる神話上の災厄が現実になってしまったこと。
リーズたちは戦場になったアレセイアから逃れる中でトロイメライと出会い、彼女によってネルが救われたこと。
《崩壊の空》の噂は瞬く間に広まった。
どうやら「空から零れ落ちる漆黒の獣によって呪血病発症者が大量に殺された」ことで――真実としては恐らく、聖団が発症者を殺していったことで、アレセイアを襲った災厄についてはひとまず収拾がついたようだ。
だが発症者に対して人々が以前から抱いていた恐怖心は更に強まり、街では彼らの存在を否定するような言葉を聞く機会が増えた。
「聖団はもっと上手くやれなかったのか」と思う。でも、きっと彼らが《崩壊の空》のことを公式発表していれば更に差別が強まっただろうし、かといって《崩壊の空》が話の通りの現象ならば発症者を排除するしかないから、最善でないにせよこれしか選択肢がなかったのだろう。
ところで、この噂と併せて「《魔王軍》が情報操作によって意図的に発症者をアレセイアに集中させ、《崩壊の空》を引き起こした」なんて根も葉もない話も出てきた。
これに関しては王家辺りが状況を上手く利用したのだろう。要するにデマゴギーというやつだ。強硬派の第一王子ライングリフ、差別主義者の第一王女ローラシエル、煽動に長ける第二王女レティシエル、そのうちの最低限一人は関与していてもおかしくない。
さて。この十日間で私は社会情勢だけでなく、ネルについても思いを巡らせていた。
最初は仕方なく彼女を保護したけれど、私とて結局は愛着を持ってしまっていたのだ。
あの子はトロイメライの力によって「転生した」らしい。
私自身が転生している身だからこんなことを考えるのも変だけれど、この世界で信じられている「地上への生まれ変わり」は本当に起こり得ることなのだろうか。
ひとまず真実だと仮定して、じゃあ今、あの子は地上のどこに居るというのだろう?
天神信仰によれば地上は「神の住まう楽園」である一方、魔族共の「自分たちは地上から来た」という主張を信じるのであれば、ろくでもない世界である可能性も高い。
地上世界。分厚い雲海の下にあるそこに何があるのかは分からない。とはいえ、どうせ現段階では確認しようがないことだ。
これまで死によってしか救われぬ者達に祈りを捧げてきたのと同じく、ネルの幸福な来世を信じながら前を向いて生きるしかないか。
「精一杯生きねば。でなければネルに会えませんから」
リーズはそう語っていた。
そんな様子を見て私も一つ、決心をした。
呪血病のことはどうしようもない。でも、もし私が世界を変えられる立場になったなら、せめて発症者が穏やかな終末期を迎えられるようにしたいな。
いつだって愚かな者たちは弱者を哀れむどころか差別するのだ。そして差別された者は怒りを抱き、他者を自分の側に引きずり込もうとする。前世でも飽きるほど見てきた流れだ。
せめてこの世界は私が変えてやる。その為に二度目の生を得たんだから。
ああ、そういえば。
ライルもリーズも自分たちのことについては全く触れなかったけれど、二人の雰囲気は明らかに変化している。
帰ってきてすぐは悲しみが前面に出ていて気づかなかったものの、どこかわざとらしく距離を取っているのだ。
もしかしてライルの奴、告白したのだろうか。
折を見て聞いてみるとしよう。
***
私たちは気を紛らす為にギルドで受けた簡単な依頼をクリアした後、質素な宿に戻ってきた。
上等な宿を借りていたのはネルの為だったので、もうあそこに居る必要はなくなったのだ。
未だにリーズやライルの表情は僅かに翳りが見られるが、仕事に集中出来るだけの気力は回復している。
次は大きな依頼を受けてみようか――と考えていたところで、宿に見覚えのない五人ほどの男女が入ってきた。
装備の種類はバラバラだ。異なる職能を持つ者が集まって行動している様は「典型的な冒険者パーティ」といった感じである。
目が合うと、彼らは店主を無視して真っ直ぐこちらに歩いてきた。
冒険者というものは有名になればなるほど人の恨みを買うものだ。特に、私たちのように「裏社会が関わる依頼」も積極的に受けるようなパーティは。
従って充分に警戒していたのだが、彼らは私たちに敵意を向けるどころか恭しく跪くのであった。
「あなた方が《ヴェンデッタ》ですね」
中央の男が顔を上げる。どこまでも無感情であり、冒険者にしては覇気に欠ける。
私は左右の仲間たちを見て「不審な行動を取ったら即座に攻撃するように」と視線だけで指示しつつ応対した。
「きみたちは何者?」
「我々は《黄泉衆》。パーティ序列第六位……ああ、現在は第八位でしたか」
男はパーティのランクが下がったことに対して何の感慨も無さそうに言った。
なるほど、《黄泉衆》と来たか。
彼らはリーダーも含めて頻繁にパーティの構成員が変わる為、序列入りにしては実態が不透明に過ぎることで知られている。
墓標荒野の戦いではあっさり全滅していたけれど、恐らくは背後にもっと大きな組織があって、そこが新しいメンバーを補充したということだろう。
「……序列入りのわりには殆ど役に立たなかったアイツらの仲間か」
「先の戦いについては貢献できず、申し訳ございません。ですが我々はあなた方のように卓越した技能を有している訳ではありませんので」
「ふぅん。それでどうやって序列入りしてるのか分かんないけど、まぁ今はいいや。で、何の用?」
「『マスター』があなた方と会いたがっています。依頼がしたいと……どうかお話を聞いて頂けませんか?」
同じ依頼を受けて共闘するならともかく、序列入りパーティが他のパーティに依頼をするだと?
こんな状況は初めてで、少し困惑している。
ともかく、私はその男を部屋に招いた。他のメンバーには外で待機してもらい、仲間たちに見張りをさせた。
「さて……『マスター』って何者?」
「今は『我々の上司』とだけ。あの御方は、東の山を越えた先にある地、エストハイン王国にいらっしゃいます」
エストハインは東方諸国の中心的国家だ。
「東方文化」と呼ばれる建造物や物品、食事などの様式が特徴的である。更には《術式》発祥の地でもあるらしい。
多民族国家であり、種族差別がない訳ではないが「ラトリアよりはマシ」なんていう風に言われることが多い。
なお、東方文化は五十年以上前に外国からやってきた「レイジ」とかいう名前の商人がもたらしたものであるようだ。
前世で出会ったあの男と同じ名だが、単なる偶然だろう。私と関わりのある人間が二人とも転生しているなんて都合が良すぎるし、そもそも前世の名を名乗っているのも意味不明だ。
「私たちに『エストハインに来い』と? ギルドは通さないんだ?」
「内容が内容だけに直接依頼をさせて頂きたく……」
「何をして欲しいの? 詳しいことは『マスター』とやらが話すにせよ、概要だけでも教えてよ」
「はい。現在、東方諸国では『政治を司る議員が行方不明になる』という出来事が立て続けに起こっています。そこで、失踪した議員の捜索をお願いしたいのです」
「それはまた厄介そうな……」
「ですので、あなたがた序列入りに依頼したいという訳です」
男はそう言うと、銀貨の詰まった袋を取り出して机の上に置いた。
「前金……或いはエストハインまでお越し頂く手数料としてお受け取り下さい。無論、旅費もこちらで支払います」
「それなりに本気で助けを求めてるってことか……」
「ええ。どうかよろしくお願い致します」
「待って。一応、相談しなきゃだから」
私は男と共に部屋を出て、外に居た仲間たちに事情を要約して伝えた。
「議員の失踪か……となると、小規模な犯罪組織の仕業とは思えないな。確かにこれは序列入りに直接依頼を行うほどの案件かも知れん。そして依頼主は恐らく、かなり上層に居る人物だろうな」
「そういうことだね、ウォルフガング。ギルドの評価点が付かないとはいえ偉い人に恩を売れるなら私は話を聞きに行ってみても良いと思ってるけど、みんなはどう?」
「俺はリアに従うのみだ」
「正直しんどそうな仕事だが、リアと先生がやる気なら俺も構わないぜ。実は前々から東方諸国に行ってみたいと思ってたしな」
「もう、ライルは……観光しに行くんじゃないのよ……ああ、私は言うまでもありませんがリア様に従います!」
「おっけー。んじゃそういうことで案内よろしくね、《黄泉衆》の皆さん」