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断章【断章完結】:地上世界の真実、黎司の決意④

 天上大陸に戻ってきた俺たちはしばらくの間、リゼッタとヴォルガスにこちらの世界を知ってもらう為、地上に居た頃と同じように旅をした。

 無論、往来を堂々と歩いていた訳ではない。二人の姿を見られれば間違いなく騒ぎになるだろうから、人前に出る時は常に気配遮断を使わせた。

 なお、彼らはすぐに気配遮断を含む幾つかの《術式》を習得することが出来た。

 《絆の誓い》の恩恵もあるとは思うが、そもそも地上人はエルフと同じく先天的にマナ操作の適性を持っているらしい。


 天上大陸の全てを見て回っていく。

 俺が拠点を構えているエストハイン王国を中心とする東方諸国。

 人間族が支配的な覇権国家、ラトリア王国。

 その北を支配するニ番手、ルミナス帝国。

 天上人の殆どに信じられている「天神信仰」の総本山、アレセイア。

 アレセイアと同じく西方大陸に存在し、多数の小規模な共和国や公国などが繋がっている「西方連合」。

 リゼッタはこれから自分が住むことになるこの世界に希望を抱き、いつでも目を輝かせていた。

 ヴォルガスはこれまで犠牲になってきた地上人がこの世界に生まれなかったことに絶望を抱き、いつでも目を怒らせていた。

 こちら側とて決して楽園と呼べるようなものではないが、それでも地獄に生きてきた二人からすれば羨望、或いは嫉妬心を抱かざるを得ないだろう。


 さて。最終的に俺たちは東方の地、エストハインに戻ってきた。

 これからこの辺りを起点にして、自らの設立した《ドーンライト商会》の力を利用し「地上人が居てもいい社会」を少しずつ作っていこうと決めた。

 ラトリアは「人間族至上主義」な気風が強い。これが変わらない限り、あそこに地上人の居場所は生まれ得ないだろう。

 それに比べればルミナスは平等だ。とはいえ当然ながら「地上人」という異質に過ぎる民族を受け入れるほど無警戒ではない。あまり考えたくないことだが、現在は落ち着いているラトリアとの関係が悪化し、戦争に発展すれば協力者として取り入ることが出来るかも知れないな。

 そして西方大陸は俺の力が全く及ばない範囲である。

 従って、少なくとも現状はこの地しか選択肢がないのだ。まあリゼッタもヴォルガスも「比較的自由な気風のここならば何とかやっていけそうだ」と感じたみたいだから問題ないだろう。

 

 俺は資金力を活かし、エストハインの近くにある森を切り拓いて小さな村を作り始めた。

 後々問題になっては面倒なので、議員らには「商会関係者向けの物流拠点を作る」と説明しておく。

 この森は俺たちが開拓するまで凶暴な野生動物や野盗が住み着いていた。それらの脅威を殲滅し、これから商業利用しようという話なのだから、政治家たちにとっても決して悪い話ではない。

 彼らの多くは東方諸国、特にエストハインの経済を発展させた俺のことを以前からそれなりに好意的に見てくれているのもあって、一連の行動は概ね歓迎された。

 

 やがて村作りがひとまず終わった。

 リゼッタやヴォルガスほか、天上に救いを求めた十数の地上人が移住。

 俺は何人かの商会繋がりの協力者と共に彼らに読み書きや計算、農業技術などを教えた。

 地上と違い、ここには清潔な水があるし作物も育つ。社会がある。まともな仕事がある。

 ちゃんとした環境を与えさえすれば、誰だって得意なことを見つけられる。それを生業にして健全に生きていくことが出来るのだ。

 たとえば、リゼッタは計算が得意なのが分かってきた。加えて、試しに認識阻害の《術式》を使って地上人の特徴を隠した状態で商談に同行させてみたら、彼女は優れた交渉力を発揮してくれた。

 もしここが地上人もありのままに生きられる世界になったなら、間違いなく良い商人になるだろう。

 ヴォルガスは地上に居た頃から知識欲が強かった為か、教えられたこと全てをすぐに吸収していった。

 この地頭があればどんな仕事も上手くやれるだろうが、たとえば教師などは向いているかも知れないな。


 それから時が経ち、天暦996年。

 村は少しずつだが発展し、地上人の数は百を超えた。

 俺は、屋敷を出て村で医者として暮らしているアルケーの診療所で休憩していた。

 小さなテーブルを挟んで座り、開けっぱなしの扉の外を二人して眺める。

 そこでは、少し前まで地上に居た子供たちが元気に遊んでいた。


「随分と賑やかになったな、レイジ」

「ああ。最終的には救いを求める地上人全員を連れてこなきゃならないから、まだ始まったばかりだけどな」

「そうかも知れないが君は少し休んだ方が良い。商会の仕事だけじゃなく、地上の視察も自分でやってるんだろう?」

「今この瞬間も地上では人々が飢餓や病、暴力で死んでいってる以上、ゆっくりしてる暇なんか俺にはないさ」

「……そうか。でも無理はするなよ?」

「珍しく真っ当な医者っぽいことを言うもんだ」

「失礼な。私は真っ当な医者だぞ? ちょっと実験が好きなだけだ」

「はは……まあ大丈夫さ。昔っから人に頼られればどれだけでも動けるタチでな」


 俺は外で遊ぶ少年少女に、前世で出会った二人を重ねた。

 ユウキは俺に憧れてくれたけれど、その心を守ることは出来なかった。セナは俺を嫌っていたけれど、それでも救いたかった。

「今度こそ守りたい」と、そう強く思う。


 俺はここに、ヴォルガスが求めたもの――未来を築いた。

 後はゆっくりとその未来を、平和な世界を「現在」に変えていけばいい。

 まだ彼らが地上から来たことを公表するのは早い。現段階では間違いなく俺ごと社会から消されるだろう。

 でもいずれ、俺やこの村がもっと大きな存在になった時に公表すれば、人々は反感を抱いたとしても大々的に排斥することは出来なくなる。

 そうしたら、最初は地上人を異質なものと見なすだろうが、いつかは「当たり前」になる筈だ。

 地上人の中にはヴォルガスのように「自分たちの為の国の成立」を最終的到達点とする者も居る。しかし俺はいつしかその先のことを、「全ての種族が平等に生きられる世界」を思い描くようになったのだ。

 


――だが、そんな甘い夢から俺を目覚めさせる事件が起きた。



 ある日、俺はアルケーと共に街で買い物をしていた。

 必要なものを一通り集め、街を出たところで俺たちの目に飛び込んできたのは、血まみれのリゼッタだった。

 体の至るところに切り傷があるし、背中を見てみれば翼の一方が失われているではないか。

 彼女は激痛に顔を歪め、涙と鼻水にまみれながら「助けて」と泣き叫んでいた。

 だが、道を行き交う人々は不気味なものでも見たかのように目をそらすばかり。

 それもその筈。リゼッタは苦しみゆえか正体を隠匿することを完全に忘れていたのだ。

 俺たちは慌てて傍に駆け寄った。

 アルケーが治療の《術式》を唱えている傍らでリゼッタに声を掛ける。


「おい、どうしたんだ!?」

「レイジぃ……だすけでぇ……しにたくない……」

「いま治してるから安心しろ! 何があったか教えてくれ!」

「村が襲われて……人質を取られて、あたし、守れなくて……みんな殺されちゃった……」

「くっ……アルケー、リゼッタを任せても大丈夫か!?」

「分かった、君は村へ!」


 俺はアルケーにリゼッタを託し、ワープの《術式》を使用。

 この街道から少しそれたところにある村に移動した。

 そこで俺を待っていたのは、静寂と血の臭いだけだった。


「あ……あぁ……」


 嗚咽をもらしながらも現実をしっかりと見据える。

 村を守っていた戦士たちが頭をかち割られ、腹に穴を空けて死んでいた。

 少し前まで元気に遊んでいた少年が首を斬られて死んでいた。少女が臓物を出して死んでいた。

 畑仕事をしていた男性が滅多刺しにされて死んでいた。子供たちの教育を担当していた女性が死んでいた。

 そして、村の中央には血まみれになった頭のない巨体があった。

 すぐ傍には、剣で串刺しにされたヴォルガスの頭だけがあった。

 みんな死んだ。

 死んだ。死んだ。死んだ。死。死。死。死死死死死死死死死。


 絶望して、崩れ落ちて、嘔吐する。

 ひとしきり泣き叫んだら、次にこみ上げてくるのは怒りだ。

 誰がこんなことをした!?

 理性が「ひとまずアルケーに報告しよう」と語りかけてくるが、俺はそれを無視して村中を探し回った。

 やがて僅かに残っていた足跡を発見、高速移動と視覚強化の《術式》を使って森の中を追跡する。

 その先に居たのは身なりの良い戦士たちだった。

 単なる野盗には見えないし、もしそうであったならリゼッタやヴォルガスが負ける筈もないだろう。


「追いついたぞ、クズ共」


 俺は冷たくそう言い放った。

 ああ、そういえば、これまでは誰かを救う為にしか力を使ってこなかったんだな。

 今初めて、俺はただ殺す為だけに力を振りかざすのだ。

 

 一瞬で距離を詰め、神速の打撃で頭部を千切り飛ばして一人殺した。悪くない反応だったが、俺のほうが強い。

 更に一人殺した。殺した。殺した。殺した。一人を残して全員殺した。

 死体が持っている剣を拾うと、俺は腰を抜かして座り込んでいる最後の一人のもとへにじり寄っていく。


「お前ら、何者だ?」

「こ、殺さないでくれ……!」

「素性を正直に答えたらお前だけは生かしてやる」

「駄目だっ! そんなことしたら――」


 俺は剣を振るって、その男の片手を斬り飛ばした。

 

「うぎゃあああああッ! は、話すッ! 話すからぁ……!」


 男は泣きながら自らの素性をベラベラと喋ってくれた。

 彼らはラトリア王国に本部を置く人間族至上主義系テロ組織のメンバーらしい。

 それも、俺たちの村については独自調査で知った訳ではないようだ。エストハインの議員が「『反・人間族』を掲げるならず者の拠点になっている村がある」などという嘘を伝えたのだと。

 なるほど、俺や《ドーンライト商会》が力を持ち過ぎて政治に影響を及ぼすようになることを危惧する輩は以前から居たが、表立って動くことは出来ないだろうと高を括っていた。

 でも、こうして外部組織を煽動してやればいざという時に「自分は何も命じていない、連中が勝手にやったことだ」と主張することが出来る。

 人間の愚かな本質は充分に見てきたつもりでいたが、まだまだ甘かったようだ。


 俺は最後に残った男を殺し、この場を去った。


***


 あの後、アルケーや片翼を失いつつも一命を取り留めたリゼッタに全てを伝えた。

 泣きわめくリゼッタと、泣きはしないまでも珍しく悲痛な面持ちを見せたアルケー。

 俺は二人を慰めるため、「村を再建しよう」などと語り続けた。

 裏で反対派の議員や組織を始末しながら、表向きは以前と同じく地上世界の調査や資金調達を行っていった。

 でも実際のところ、襲撃事件が話題になり人々の間で「あの男は異形を匿っている」なんて語られるようになったから前のようにいかないのは明白だったし、そもそも村を作り直すつもりなんて本当はなかった。

 俺のそんな気持ちに、リゼッタはともかくアルケーはすぐに気づいただろうけれど。


 結局、俺は人を信じ過ぎていた。

 二度の人生で飽きるほど愚か者を見てきた筈なのに、「いつか誰もが分かり合える世界が来る」などと夢見ていた。

 だが所詮、人は分かり合えない。他者を否定し、虐げる下衆は幾らでも湧いてくるのである。

 だったら――地道に、正しく居場所を創っていくことが許されないのなら、こちらも力と恐怖によって居場所を切り拓くまでだ。

 俺の夢を、リゼッタの夢を、ヴォルガスの夢を、救いを求める全ての地上人の夢を、どんな手を使ってでも叶えよう。

 そうだ、もうこんな世界に遠慮などすることはない。

 侵略し、蹂躙し、制圧する。この世界が築いてきたものを強制的に明け渡させる。そうすればいずれ、嫌でも天上人と地上人は混じり合って一つになるだろう。



――そう。これは、かつて勇者を目指した男が「魔王」になるまでの物語。

 始まりから終わり(ダスク)に至る物語。


 なあ、セナ。お前は今の俺を見て「どうせその程度の奴だと思っていた」と言うだろうか。

 それでも良いさ。何も救えなかった俺を好きなだけ笑ってくれ。

 なあ、ユウキ。お前は今の俺を見て「そんなのはレイジ兄ちゃんらしくない」と言うだろうか。

 お前の憧れに応えられなくて、ごめんな。

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