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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第5章:希望へ向かう旅路

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5章8節:《加速》の向こう側へ

 地下室の床に倒れていたネル。

 ライルが彼女のもとに駆け寄って抱きかかえた瞬間、聖団の騎士や修道士たちが一斉に彼の方を見た。

 私はすぐさま《迅雷剣バアル》に電撃をまとわせ、人々の視線を誘導する。

 狙い通り、彼らの意識は薄暗い部屋の中で青白く輝く剣、そして、その持ち主である私に引き付けられた。

 この隙を利用し、ライルは再び《隠匿(コンシール)》を唱えて身を隠した。

 斧を持った聖団騎士たちが、私を警戒しつつにじり寄ってくる。


「貴様ら、何者だ!?」

「ただ大事な人を助けに来ただけ。あなた達に用事はないわ」

「ここに立ち入ったことを許す訳にはいかんのだ……お前たち、まずはあの者を無力化しろ! 消えたもう一人の方は後だ!」


 私は迫り来る騎士たちの鎧に電撃を飛ばした。

 出力をかなり抑えているので、少し身体を痺れさせて動きを止める程度の効果しかない。

 だがこちらの目的は彼らを倒すことではないのだから、これで充分だ。

 敵意を見せた者達を一通り麻痺させた後、先に地下室の出口に向かっていったライルを追いかけた。


 地上階には既に、混乱の気配を察知して駆けつけてきたであろう聖団騎士たちが待ち構えていた。


「む……貴様、まさか《ヴェンデッタ》の……!」


 流石に聖団騎士ともなれば、序列入りのメンバーがどのような容姿であるかは把握しているか。

 とはいえ、正直に打ち明けて良いことなど一つもないので、黙って剣を掲げた。

 私を全方位から取り囲んでいる騎士たちに向かって雷撃を放つが、何人かは《加速(アクセル)》を唱えて回避しつつこちらに踏み込んでくる。

 発動速度、加速力共に申し分ない。間違いなく彼らは相当な使い手だ――が、こちらの方がもっと速い。

 私は無詠唱で《加速(アクセル)》を行使。

 前進してきた騎士のすぐ横をすり抜け、包囲網を突破した。

 長い通路を全速力で駆け抜けていき、宿泊施設の方を目指す。

 ライルと別れる前、あそこを合流地点として伝えていたのだ。

 彼の気配は付き合いの長い私ですらも感知出来ないくらい巧妙に隠匿されているが、必ず合流出来ると信じよう。


 だが、しばらく通路を進んだ先の大広間で、その望みは絶たれた。

 端にネルを抱えたライルが座り込んでいる。彼は《隠匿(コンシール)》を解除され、二人の聖団騎士に剣を向けられていた。

 そしてもう一人、ヘルムをしていない金髪の青年が中央に立ち、こちらを見据えている。

 その手には、潔癖さを思わせる白い色をした十字型の大剣。

 まさか、このレベルの相手が出てきてしまうとは。

 

――聖団騎士の団長、アルフォンス・グラムベイン。

 まだ二十代であるものの「近衛騎士時代のウォルフガング団長にも匹敵する強さを持つ」と言われている男だ。

 冒険者界隈においては、序列第四位のパーティである《神聖騎士団(ハイリヒ・オルデン)》のリーダーとしても知られている。彼らが国外で活動する際には「冒険者パーティである」という体裁を取っているのだ。


「なるほど……伊達に序列八位ではないということか」


 そう呟くアルフォンスからは戦意を全く感じないが、それなのに不自然なほど隙を見出だせない。

 そもそも、もっと大軍勢で私を包囲しても良い筈なのに、ライルが逃げないよう見張っている二人以外に部下を全く連れていないのも妙だ。

 内心を探るようにアルフォンスの顔を睨みつけると、彼は微かに苦笑いをした。


「実を言うと、私はあなた達と戦いたくなどないんだ」

「では見逃してくれると? 聖団騎士の長ともあろう御方が?」

「地下で見たものを口外しないと約束してくれるのであれば、今回の罪……ここに無断で侵入したことを不問にするよう働きかけるつもりで居るよ」

「何故そのようなことを……」

「私は規則の守護者である以上に、秩序と正義の守護者だ。より大きな秩序を守る為、規則を破ることを黙認せねばならない場面もある」

「何が言いたいの!?」

「この世界にはあなた達が必要なんだよ、《ヴェンデッタ》」

「そう言う割にはライルを解放してはくれないし、そこを退いてもくれないのね」

「そうしたいのは山々だが、立場上は何もしない訳にもいかなくてね。そうだな……ここは『試験』だと思って全力で来てくれないか? あなた達を許す価値があるかどうか、実力でもって示してくれ」


 アルフォンスが剣を構えた。

 だが、やはり敵意は抱いていないように見える。

 ならば、恐らくは全てを知っているであろうこの男に聞いておきたいことがある。


「ねえ……今、アレセイアでは何が起きているの!? トロイメライ様のこととか、《崩壊の空》の噂とか、呪血病のこととか……!」


 目を見て問うと、アルフォンスは苦々しい顔をしつつも答えた。


「……地下室を見てしまった以上、あなた達には説明せねばならないか。まず呪血病患者の件について。卑怯な言い方にはなるが、あれは必要なことなんだ」

「本人や親しい人の意思を無視して死なせることが……!?」

「無論、『彼らにとっては死こそ唯一の救済である』なんて偽善を語るつもりはないよ。これは飽くまで《崩壊の空》を避ける為に行っていることだ」

「《崩壊の空》は現実ではなく飽くまで神話でしょ!?」

「いいや。過去に一度、実際に起きたんだよ……数多くの呪血病発症者が一つの場所に集まってしまったせいでね。厄介な話だけれど、これは彼らの意思とは関係なく起こることなんだ」


 それでは、街に広がっているあの噂は真実だったというのか?

 困惑している私をよそに、アルフォンスは続けた。


「保守的な傾向の強い聖団上層部は、社会全体に混乱を招くのを恐れて《崩壊の空》が本当に起こることも、呪血病発症者が原因であることも隠蔽した。代わりに噂を流し、これ以上の発症者がこの場に集まらないようにした」

「そんな……」

「それでも既に発症者は増加し過ぎていたから、こうするしかなかった。過去の経験から、彼らを死なせていけば《崩壊の空》が収まることは分かっていたからな」


 私が《崩壊の空》を神話として知っているだけでこの目で見たことがないからかも知れないが、いまいち実感が湧かなかった。

 どんな事情であれ、意識を奪って親しい人どころか本人ですらも気づかないうちに殺してしまうということに正義はあるのか。

 納得出来ないが、状況を理解する為にひとまずそこは飲み込むとして、他の疑問点もある。


「発症者の増加は間違いなくトロイメライ様に関する噂のせいよね。あの御方は本当にアレセイアに居るの?」

「ああ……困ったことにね。トロイメライ様は良くも悪くも超然とし過ぎていて、俗世において自分がいかに影響力のある存在かを理解出来ていないんだ。我々は『ここに滞在するべきではない』と進言したんだが……」

「『呪血病患者が過剰に集まるのを避ける為に』、ということ?」

「そうだ。でも聞き入れてはくれなかった。理不尽だと思ったが、『この天上大陸が創られた時から生きている』などと言い伝えられているあの御方の想いを人間の尺度で捉えること自体が誤りなんだろうな」

「今はアレセイアのどこに?」

「さっきまではこの施設でお休みになっていた。今は出掛けているが、ここからそう離れてはいないだろう」

「……そう」


 正直、あの地下室からネルを救い出すことを決断した時点で私の希望は殆ど潰えていた。

「聖団に背いてしまった以上はトロイメライ様を探し求めることも出来ないけれど、ほんの少しでもあの子を生かしてやりたい」――そんな気持ちで居たのだ。

 でも、ここにいらっしゃるのであれば。

 聖団騎士に私たちを裁くつもりがないのであれば。

 話を聞く限り一筋縄ではいかない人物のようだけれど、だからといって説得を試みない道理はない。

 私が「トロイメライ様に会わせて欲しい」と言いかけたところで、アルフォンスはそれを遮った。

 

「トロイメライ様が誰と会い、誰を救うか。それを決めるのはあの御方自身だ。そこにあなた達は関与出来ない……無論、我々も高位聖職者も」

「『祈って待て』とでも言うの!?」

「信仰とは本来、そういうものだろう? 神話に縋って不安を解消するのは人々の自由だが、神話を自分勝手に利用することは出来ない」

「自分勝手でも、ズルくても……それでも私は仲間を救いたいのよ!」

「ならばまずは私を越えてみせてくれ。少なくともそれが出来ないようでは、あの方はあなた達を認めはしないだろうからな!」


 その言葉に応えるかのように、私は雷剣をアルフォンスに向けた。

 こんな戦いには何の意味も感じないけれど、立ち塞がると言うのであればやるしかない。


 相手はどう考えても私より格上だ。上回れる可能性がある要素と言えば「速さ」だけである。

 従って、私は即座に無詠唱で《加速(アクセル)》を使用して先手を取ろうとしたが、その時、ライルが叫んだ。


「気をつけろリーズ! そいつ、《術式》を打ち消しやがる!」

「……え!?」


 彼が言い終わる頃にはもう《術式》の発動が完了し、私はアルフォンスに接敵している――予定だった。

 だが、何も起こらない。本当に《術式》が無効化されたとでもいうのか?

 ライルが《隠匿(コンシール)》を解除されて捕まったのは、この謎の力が原因なのだろうか。

 一瞬だけ狼狽したが、すぐに切り替え、勢いよく飛び込んできたアルフォンスに意識を向ける。

 そして、彼の繰り出す斬撃を切り払う。ライルの忠告がなければ恐らくは混乱したまま初撃で斬り伏せられてしまっていただろう。

 銀の大剣と雷剣が何度も衝突する。

 今は何とか対応出来ているが、しかし、アルフォンスの剣は重さ、精密さ共にこちらを遥かに凌駕している。

 この男の純粋な剣士としての才は、確かにウォルフガング団長に匹敵し得るものだとすぐに分かった。

 そう遠くないうちに防御し切れなくなるのは目に見えていた。


 ふと、アルフォンスが攻撃の手を休めないままに問いかけてくる。


「その剣術、冒険者のものとは思えない程に研ぎ澄まされているな。誰に学んだんだ?」

「独学よ……!」

「そうか。どこかラトリアの近衛騎士に通じるものがあると感じていたが、気のせいだったなら謝るよ」


 私は正式な騎士であった頃に学んだ剣術を殆どアレンジせずに使っている。

 そこから素性を察せられてしまったのではないかと少し焦ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 考えるべきは勝ち筋だ。

「純粋な剣士」としてやり合っているうちは勝ち目がない。剣の力を使った不意打ちしかあるまい。

 体力を一気に注いで剣を振り、アルフォンスの斬撃を弾く。

 そうして出来た僅かな時間を利用して距離を取り、雷撃を放った。


――放とうとした。


「……嘘よ。聖魔剣の力も無効化するなんて!」


 こちらのアドバンテージの一切が封じられている状況は、はっきり言って絶望的だった。

 そんな私に対し、アルフォンスは語る。


「済まない。この能力は《公正の誓い》と言うんだが、力の差を覆す為のあらゆる努力……つまりは《術式》や魔法、特殊能力の類を粉砕してしまうのだから、公正ではあっても平等ではないかも知れないな」

「《術式》……とは違うのよね」

「神の加護だよ。あなたのところのリーダーも同じではないのか? 五本もの聖魔剣に適合し、それを他人にも貸与出来るというのは普通ではない」


 神の加護、すなわち《権限》。リア様やルアが覚醒させた、《術式》とも魔法とも異なる特別な能力だ。

 アルフォンスはあの領域の存在だとでも言うのか。

 そうなると「単に努力をしてきただけの凡人」である私にはどうしようもない相手なのではないか。

 心が折れそうになる。剣を放り投げて膝をつきたくなる。

 だけど諦めている暇などないのだ。私とライル、ネルの三人でラトリアに帰らねばならないのだから。


 再び攻撃を開始したアルフォンス。

 襲来する剣を辛うじて回避しながらも、私はひたすらに唱え続けた。


加速(アクセル)》。《加速(アクセル)》。《加速(アクセル)》。《加速(アクセル)》。


 私にはウォルフガング団長やリア様ほどの剣の腕はない。

 ライルのように器用な訳でもない。

 異能もなく、状況を上手く利用して立ち回るような技術もない。

 ただただ、どこまでも愚直なだけだ。

 ならば結局、出来ることは意志を貫くだけなのだ。

 その意志が神の加護すらも突破することを信じて。


 何度目かの切り合いの果て、ついに押し負けて雷剣が弾き飛ばされた。

 体勢を崩した私のもとに銀の大剣が迫る。

 それでも私は全力で唱えた。


「《加速(アクセル)》ーーッ!!」


 そして、奇跡が起きた。

 私の身体が一瞬にしてアルフォンスの背後に移動したのだ。


「なにッ……!?」


 アルフォンスも私自身も、たった今起こったことに対して戸惑っていた。

 《術式》の無効を本当に突破してしまったこともそうだが、これ程の加速を実現出来たのも初めてなのだ。

 いや、これは「加速」なんて次元の話じゃない。「瞬間移動」そのものだ。

 なかなか理解が追いついてこない。だけど今は目の前の現実をそのまま受け止め、好機を最大限に利用する。

 私はアルフォンスの背中をめがけて打撃を放った。

 二度目の奇跡が起こるかは分からないが、もし《衝破(インパクト)》も通れば勝てる。


 そう思ったのだが、私とアルフォンスの戦いは唐突に中断されることとなった。

 大広間の外から随分と慌てた様子の聖団騎士がやって来て、こんなことを言ったのだ。


「アルフォンス様、《崩壊の空》が発生しました……!」

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