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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第5章:希望へ向かう旅路

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5章6節:騎士と王女の思い出

 宿に戻ってライルが確保した部屋に入るなり、私はベッドに飛び込んだ。

 彼に遠慮する気持ちが無くなった訳ではないけれど、身体が自然とそうしてしまうくらいには疲労が溜まっていたのだ。

 色々な悩みが頭に浮かんでは消えていき、やがて意識が途切れた。


***


 夢を見た。これは、ずっと昔――私が騎士見習いとして王宮入りしてしばらく経った頃の記憶だ。

 当時、私は両親を呪血病によって失ったばかりで、暗い気持ちのまま日々を過ごしていた。


 なお正直なところを言うと、父のことも母のことも好きではなかった。

 私は誇り高きラトリアの貴族の子として、愛するこの国を護りたかったから騎士になろうと思った。

 だが、二人はそれに反対したのである。

「戦いは男の仕事だ。女は結婚して子を産み、血を継ぐのが仕事だ」。それが彼らの主張。

 そして世間――特に上流階級に浸透している社会常識でもある。

 《術式》というものが生まれ、更には特異武装の発掘が進んだことにより男女間の平均的な戦闘能力の差が大きく縮まった現代においても、旧態依然とした価値観は未だに世を支配している。

 私が生まれるだいぶ前に戦死したウォルフガング団長の奥方は有名な騎士であり、夫に比肩する剣の腕の持ち主であったと言われている。

 それでも人々からは「単純に彼女が特別であった」と見られるだけに留まり、一般的な価値観を変えるには至らなかった。

 だから反対されるのは仕方のないことだと分かっていたけれど、どうしても納得出来なくて、半ば勘当されるような形で家を出た。

 両親に比べればまだ仲の良かった兄の口利きや、どのような立場の者であっても見込みがあれば受け入れるウォルフガング団長の推薦がなければ、騎士になることは出来なかっただろう。


 ともかく。私と両親はそういった関係なので、二人が呪血病を発症させたのを耳にしても、忙しい風を装って見舞いに行かなかった。

 そうして気づいたら、この世を去っていた。

 私は最期まで両親と向き合わなかったことをひどく後悔した。

 たとえ相容れない考え方の持ち主であったとしても、間違いなく私を構成していたものの一部なのだから。


 両親の死は後悔だけでなく、もっと直接的な被害を及ぼしてきた。

 まず財政難。騎士見習いになった後は装備も食事も生活用品も支給されていたものの、周りの人々に「没落貴族の娘」と罵られ、自分の境遇を呪ったことがあった。

 もっと苦痛だったのは、両親を呪血病で亡くした為に「発症予定者」のように見られ避けられたことである。

 そういう偏見を持たないウォルフガング団長は私を一人の立派な騎士見習いとして尊重してくれたけれど、多忙な方だからいつも一緒に居てくれる訳ではない。

 私よりも更に苦しい境遇から成り上がったライルもまた傍に居てくれた。でも、少なくとも当時の自分は彼を「内気で頼りない少年」だと認識してしまっていた。

 だから、気丈なフリをしていたけれど本当は怖くて、寂しくて仕方がなかったのだ。


 そうした状況の中で私は、アステリア様とお話する機会を得た。

 初め、騎士団員で彼女を評価している者は一人として存在しなかった。

 外見についてはエルミア様の美しい容姿をしっかりと継いでいるが、なんとも気迫がない。

 確かに彼女を取り巻く状況は厄介だけれど、この国を継承するかも知れない人間なのだから、周囲の者達の偏見や蔑視など撥ねのけてしまうくらいの強さがなくてはならない。

 皆はそう言っていたし、私もまた、言葉や態度には出さないけれどそういった気持ちで居た。

 だから、私が正式に騎士となって間もない頃のある日、アステリア様がウォルフガング団長に剣の指導を願った時は大層驚いたものだ。

 それは奇しくも、私が実力でもって周りの連中に自らを認めさせる為、同じく個人的な指導を受けていた時のことであった。


「ウォルフガング……私は、強くなりたいんです。誰にも必要とされない人間では居たくない。血筋や階級などといったものを超越して私の存在を認めさせるような、絶対的な強さが欲しいんです」


 団長はしばらく悩んだ後にその申し出を引き受けた。

 だが、彼が普段から提供している訓練メニューですらもハードなのだから、私としては王女が――ましてや、あのように気弱な少女が、本気の指導についていける筈がないと思った。

 だから「止めた方がよろしいかと」なんていう風に声を掛けたのだ。

 今考えるとこれは、無意識にアステリア様を見下してしまっていた。

 私自身があれだけ「女が騎士になどなるべきではない」という偏見に苦しんだというのに。

 思い出す度に申し訳ない気持ちになる。


 さて。この進言に対してアステリア様は「どこまでもついていきます」と豪語した。

 それで当時の自分は変にムキになって、ある提案をしたのだ。


「では不敬かも知れませんが、その言葉が嘘ではないか、私がアステリア様を試させて頂きます。よろしいですか、ウォルフガング団長」

「ああ、そうしてくれ。これは殿下だけでなくお前にとっても良い経験になるかも知れんしな……と、そういうことになりました、アステリア殿下」

「はいっ! 私が本気であるということを見せる機会を頂き、ありがとうございます」


 屈託のない笑顔を浮かべて感謝するその姿に、心が少し痛んだことを覚えている。

 かくして私と、後に私の大切な主にして親友になる少女との決闘が始まった。


 と言っても、まともな戦いなど成立する訳もない。

 すぐにアステリア様の剣は私の剣に弾かれ、宙を舞った。

 この時の彼女は、聖魔剣を操る不思議な力がなければ《術式》も使えない。剣術も王族の方々の中で見れば優れているが、それだけだ。

 対して私は剣術だけなら騎士団の若年層の中ではトップクラスだ。

 不得手である《術式》を未だ実戦レベルまで仕上げられていないことを考慮しても、負ける理由が見当たらない。


「申し訳ございませんが、私の勝ちです。アステリア様。どうか御身を大切に……」


 冷たくそう告げた。これで諦めてくれると思った。

 だが、殿下は折れなかった。

 再び剣を拾い、私に向かってくる。

 何度同じ展開になっても。こちらの動きに翻弄されて転び、戦闘用のドレスを泥だらけにしても立ち向かってくる。

 そうして打ち合っている中で、私はこの内気な少女の奥に存在する感情に気づいた。


 それは、圧倒的なまでの怒りと不屈の精神。

「自分は間違った存在だ」と周囲から思い込まされて自尊心を失った少女が、恐らく無自覚に宿している精神的な強さである。


「……失礼しました、アステリア様」


 殿下の想いに触れた私は、気づけば頭を下げていた。


「どうしたのですか、リーズ」

「いえ、あなたのことを誤解していたので。では改めて、全力で行かせて頂きます!」

「はい! お願いします!」


 それから、アステリア様が体力の限界を迎えて立てなくなるまで試合が続いた。

 私は強い意志を見せた彼女を「合格」とした。


 その日以降、私とアステリア様は共に訓練メニュー外における鍛錬を行うようになった。

 無論、予定が合わない場合も多かったが、ウォルフガング団長によれば私が居ない時も一人で頑張っていたらしい。

 凄まじい気力だと思う。

 それに貴重な休み時間を割いて付き合っている団長もまた、本当に尊敬すべき人物だが。

 あの御方はきっと、初めからアステリア様の才覚を見抜いていたのだろう。


 殿下は驚くべき成長速度を見せ、すぐに私を含めた殆どの騎士団員を上回っていった。

 彼女がその出自ゆえに見下されていたのもあって嫉妬する者は多かったが、私は純粋に「嬉しい」と感じた。

 この時点で既に、不遇に負けず努力し続け刃を研ぎ澄ませるその生き様に、希望を見出していたのだ。

 だが、私があの御方に対し忠誠心を抱くようになった最も大きな理由は、この後に起きたちょっとした出来事が関係する。


 ある日、いつも通り正規の訓練が終わった後、王宮の中庭にてウォルフガング団長のもとで更なる修行を積んでいた。

 私がアステリア様と打ち合う様子を団長が観察している。この頃には付き合いが出来ていたライルも、その戦いぶりに目を輝かせていた。

 そんな中、少し離れたところを歩いていた他の騎士団員数人が私の方を見てこう言ったのだ。


「またやってるのか。騎士団長も物好きな御方だよ。あのような没落貴族の娘など相手にせずとも良いだろうに」

「リーズの奴、第三王女を利用して家を立て直そうと必死になっているな。まあ妾腹など大した地位にはなれんだろうから無駄な努力だと思うが」

「騎士など辞めて嫁ぎ、出産した方が余程に家の為になる。いや……血の呪いに殺された両親の娘だから子を産むことすら罪と言えるか」


 もはや聞き飽きた悪口だ。腹立たしいが無視するに限る。

 とはいえ、ここにはウォルフガング団長も居る。彼はあのような物言いを許さないから、注意しに行こうとした――が、それをアステリア様が制止した。

 そして、彼女が代わりに動いた。

 毅然とした態度で、自分より大柄な騎士たちの前に立つ。


「あなた達、訂正して下さい! リーズはそのような打算的な目的で私に付き合って下さっている訳ではありません!」

「アステリア殿下。しかし……」

「あと出産云々もです。それを決めるのは彼女自身であり、あなた方が正しさを勝手に決めることは出来ません」

「何を仰る。それでは秩序というものは成立しません。誰かが……より優れた立場の者が正義を定めねば」

「それは驕りというものではないのですか」

「くっ……どうやら平民の母上は間違った教育をなさっているようだ。これだから誇りを持たぬ下層民を王家に関わらせては駄目なのだ……」


 騎士たちはぶつぶつと恨み言を連ね、逃げるようにその場を去っていった。

 力と自尊心を獲得した後も自らに対する誹謗に反応しなかったアステリア様が、私の為には怒って下さったのだ。

 それが嬉しかったから、決心したのである。

 私はこの御方に一生、ついていこうと。

 

 だからこそ王都占領の際は、それまでの人生の中で最も苦悩した。

 アステリア様を救いに向かえば、私は正式な騎士ではなくなってしまう。

 そうなれば「騎士として国を守る」という夢も潰える。両親と仲違いをしてまで選んだ道を捨てることになる。

 以前から殿下とエルミア陛下以外の王族を憎んでいたライルはともかく、私は敬意を持っていたから罪悪感もあった。

 でも、それでも、最終的にはあの方々を救いに向かうことを選んだ。

 エルミア様をお救いすることが出来なくて深く後悔したけれど、アステリア様の騎士となった私に心を痛めている時間はない。

 次こそは間に合うように。窮地に陥った時に救い出せるように。

 私は《術式》に対する苦手意識を乗り越え、「最速の騎士」を目指し始めるのであった。


***


 懐かしい日々の夢を見て、心が締め付けられるような切なさを感じながら目を覚ました。

 リア様を悲しませない為にも、必ずネルを救って帰ろう。

 そう意志を固め、私とライルは聖団領内の調査を開始した。

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