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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第5章:希望へ向かう旅路

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5章4節:リーズの隠し事

 私とライルは怯える群衆をかき分け、突き進んでいく。

 そこでは、二十ほどの魔族や半魔で構成された盗賊団が、人々を捕らえて金品や衣服を奪い取っていた。

 武器や防具を見ると、幾らか年季が入っているものの盗賊の割にはかなり充実しているようだ。

 

 群衆の殆どが何故か逃げようとせずに立ち尽くしているのが気になっていたが、その理由はすぐに分かった。

 彼らの中から一人、恐怖に耐え切れずに逃げ出した者が居た。

 それを見た盗賊の男たちが、下卑た笑みを浮かべながら言う。


「……ああ、今、逃げ出した奴が見えたなァ。仕方ねえから一人殺すか」

「『回収が終わるまで一人逃げる度に一人殺す』って言っただろ!」

「お前らの責任だからな! おい、やれ」


 持ち物も衣服も剥ぎ取られ、下着だけになった状態で盗賊に捕まっている男。

 彼の首が短剣によって斬り裂かれそうになった――が、それに反応出来ない私ではない。

 かつて守るべき主であるエルミア様を喪った私は、今度こそ絶望を追い越す為、ひたすらに加速の《術式》を極めてきたのだ。


「《加速(アクセル)》」


 詠唱すると同時、身体の動作速度が急激に上昇する。

 私は一瞬のうちに男を羽交い締めにしていた盗賊に接敵、人質の身体で隠れていない頭部を狙い澄ます。

 そして続けざまに《衝破(インパクト)》を使用。顔面に速度を乗せた打撃を叩き込み、その威力を増幅する。

 この一連の攻撃によってハーフオークと思しき盗賊の男の首がへし折れた。

 本来、人間族の女の拳によって倒せるような相手ではないが、この二つの合せ技はどれほど屈強な相手に対してもダメージを通せるのだ。


 ライルを除いて、この場の誰もが唖然としていた。

 彼らの動揺をよそに、私は盗賊共に向かって語りかける。

 さっさと倒してしまっても良かったが、怒りを抑え切れなかったのだ。


「いい加減にしてよ……こっちには救わなきゃならない命があるの。本当はあなた達なんかに構ってる暇はないのよ」


 そうしてリア様から預かった雷剣を抜き、盗賊たちに突きつけた。

 狼狽える彼らであったが、とはいえ「相手は人間族の非力な女と、決して体格に恵まれている訳でもない男に過ぎない」とでも思ったのだろうか。

 動揺はやがて収まり、盗賊らしからぬ鎧を着た男たちは威勢を取り戻していく。


「俺たちも救ってくれよ、お嬢ちゃん。こっちだって別に好きでこんなことやってる訳じゃねえんだ」

「言い訳を……!」

「俺らは元々、《魔王軍》の兵士だったんだ。だが偽善者のクソ魔王が『略奪を働いた罪』として俺たちを追放しやがった!」


 大げさな身振りをしながらそう語るオークの男は、怒りに震えていた。

 なるほど。元から盗賊だったのではなく《魔王軍》から落ちぶれた身であったから、装備に恵まれていたのか。

 しかし、魔王がそのような真っ当な判断をするとは意外だ。

 無論、だからといって人類を脅かしている大悪党を許す訳ではないが。


「略奪に対する処罰なんて、規律を守るべき軍として当然のことじゃない。何を被害者ぶっているの」

「攻め落とした村や街の金品や食料を奪う! 男は労働奴隷として売り飛ばし、女は玩具にする! そんなもの、命を懸けて戦う兵士に与えられるべき当然の権利だろうが!」

「それは違うわ! 戦いとは大切なものを守る為に行うことよ! 下衆な欲望の充足を目当てにするなんて戦士として失格なのよ!」

「お嬢ちゃん、その可愛い顔と身体を見るにどうせお貴族様の騎士か何かなんだろう? 生活に困って仕方なく戦いの道を選んだ奴らの気持ちなんか分かんねえだろうな」

「気持ちなんて関係ないのよ。どんな理由があろうが弱者を虐げるのは下衆の行いよ。反省なさい!」

「やれやれ、話の通じねえ女だなぁ。こりゃあ、ぶっ倒して囲んで死ぬまで――ぐぎゃぁぁぁッ!!」


 もう我慢の限界だ。少しは罪悪感を覚えてほしかったが、やはりこのような連中は根っこから腐っているらしい。

 男が下品な言葉を吐き終わる前に、私は既に疾走していた。

 加速して踏み込み、腹部に《迅雷剣バアル》をねじ込む。

 男は全身を雷撃で焼かれ、倒れていった。

 周囲の盗賊たちはそんな光景を見て、恐怖と憤怒が入り混じったような顔をしつつも襲いかかってくる。

 だがどいつもこいつも遅い。遅すぎる。

 加速、加速、加速。一人としてまともに反応出来ずに私の接近を許し、雷剣に斬り伏せられていく。

 そんな中、少し離れた位置でハーフゴブリンと思しき男が群衆の中に居た少女をひっ捕らえ、短剣を構えた。


「う、動くな貴様! 動いたらこいつを殺すぞ!」


 奴はハーフゴブリンゆえの小柄さを活かし、少女の身体に完全に隠れていた。

 人質を傷つけずに攻撃するのは難しそうだ。

 卑劣さに怒りを覚えながらもどうしたものか考えていると、突然、男が頭を横からナイフで抉られて即死した。


「クズ野郎が、調子乗ってんじゃねえ」


 ライルが死体に向かってそう吐き捨てた。

 私が立ち回っている間、彼は気配遮断をして敵の動きに備えていてくれたのだ。


「ありがとう、助かったわライル」

「『サポートしてくれ』っつったのはあんただろ。さあ、手早く殲滅しようぜ」

「ええ」


 私とライルは残りの盗賊共を睨みつけた。

 こちらの実力を見た彼らは既に戦意を喪失しかけており、仲間同士で顔を見合わせて何やら話している。


「な、なあ! あの強さに戦闘スタイル……もしかして《ヴェンデッタ》じゃないか!?」

「嘘だろ!? なんでこんなところに!?」

「進んで危険な依頼を受けたがるイカレた連中の考えることなんか分かるか! というか、もしそれが本当だったら勝ち目ねえだろ……」

「だよな……ボスも殺されちまったし流石に……」


 そして、生き残った連中は略奪した物品を放り投げて一目散に逃げていくのであった。

 周りの人々が歓声を上げて私たちに感謝する中、ライルは溜息をついて私の顔を見た。


「行かせていいのか? あいつら、あの様子じゃいつかまた同じことするぜ?」

「今はネルの方が大事よ。それとも戦って欲しいの?」

「いやいや、いつもなら熱くなり過ぎて全滅させるまで暴れてただろうから、気になってな。むしろ俺としては冷静で居てくれて嬉しい」

「何よ、いつもは冷静じゃないみたいな言い方して……さあ、早く戻りましょ」


 踵を返し、馬車に戻ろうした――が、急に酷いめまいに襲われた。

 頭痛や吐き気もある。

 剣を支えにして何とか立っているが、今にも倒されてしまいそうだ。

 ライルが慌てて肩を貸してくれたので、彼を頼りにゆっくりと歩いていく。

 

「お、おい! 大丈夫なのかよ!?」

「何よ……いつものことじゃない」

「いやでも、あれだけしか《術式》を使ってないのにこんな状態になるなんて……」

「知ってるでしょ。私はもともと《術式》が得意じゃないのよ」

「そりゃ知ってるけど、そうじゃなくてさ……」

「まだ何かある?」

「……いや、なんでもねえ」


 ライルは口をつぐんだが、まだ何か言いたげだ。

 もしや、彼は私の状態に勘付いているのか?

 そんな不安と肉体的苦痛に苛まれながらも辛うじて馬車に戻り、御者の称賛には特に何も返さず横になる。

 今は少しでも体力を回復しなければ。

 大丈夫。休めばまだ戦える。


 実のところ、今の私は誰にも伝えていない問題を抱えている。

 時が経つにつれ、《術式》に回せる余剰マナの量が減少しているのだ。

 つまり、《術式》を少し使うだけで負荷が発生する身体になっている。

 その為、元《魔王軍》所属とはいっても盗賊団如きが相手であるのに、このような状態になってしまった。

 これはつい最近始まったことではなく、奴隷狩り問題の解決依頼を受けた日には既に違和感があった。

 私はあの時、喧嘩を売ってきたハーフオークのならず者を《術式》と体術で倒したのだが、その程度の戦闘でも疲れを感じていた。

 幾ら《術式》が不得手とはいえ、昔はもっと多用出来た筈である。

 

 実際のところは分からないが、私は考えた。

 ずっと恐れていたことが、ついに起きてしまったのではないかと。


 すなわち、呪血病の発症。


 呪血病を早期に発症させた者の子供は同じ運命を辿りやすいと言われているが、私はそれに該当しているから、ずっと不可避の死への恐怖を胸に抱えていたのだ。

 だからこそ、《術式》の多用が出来なくなっていることを誰にも伝えなかったし、悟られないように気をつけてきた。

 自分の人生がそう長くないかも知れないのが怖くて、本当に呪血病だった時に他者から距離を置かれて孤独になるのが怖くて、何もかも気のせいだと思いたかったのだ。

 でも今回のことでライルは気づいてしまったかも知れない。

 いや。もしかしたらずっと前からその可能性を考えていたのか?

 彼は、「前々から私のことを心配していた」と語っていたから。 

 そうだったら嫌だな。変に配慮をされると、かえって寂しくなってしまうから。

 ああ、暗くなっている私とライルに対してネルが「前みたいな風が良い」と言っていたのはきっと、これと同じ心情なのだろうな。


 

 辛い現実から逃げるように瞼を閉じる。

 そして再び開くと、いつの間にかすぐそこまで城壁が迫っていた。

 どうやら寝てしまっていたらしい。

 私が寝ぼけ眼を擦っている間に、御者とライルが衛兵との事務的なやり取りを終える。

 そうして城門を通り抜け、目に飛び込んでくるのは、真っ白い建物が並ぶ荘厳な街並み。

 この辺りで最も高い建造物である大聖堂を中心として、各種宗教施設や旅人向けの宿、定住者――その殆どが聖団関係者である――の生活に必要な最低限の住宅と店が広がっている。


 聖団領アレセイア。

 ついに私たちは、旅の目的地に辿り着いた。

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