断章:勇者になろうとした不良と緑髪の魔女【中編】
アルケーを空き部屋まで案内した後は、生活用品を一通り揃える為にかなり慌ただしく動くことになった。
あいつは「市場に行くと絶対に因縁をつけられる」と言い、ベッドでごろごろし始めたものだから、居候させてやる立場の俺が買い物に行かされたのだ。
そうこうしているうちに夜になったので俺は夕食を作り、目を輝かせながら座って待っているアルケーと共に食べ始めた。
ちなみに料理は、専門教育を受けていない一般人としてはそこそこ出来る方であるつもりだ。
俺が「時崎黎司」だった頃、母が朝まで帰ってこないことが時々あったので、自然と自炊が出来るようになっていたのである。
勿論、この世界に前世と同じ調理器具や食材が存在する訳でもないから、そこは似たようなものを代用して妥協するしかないのだが。
「お~~、これは『パンケーキ』とやらか! 前に市場の出店で見かけたことがあるぞ! もしかしてこれも君が流行らせたのか?」
「ああ。俺の前せ……じゃなくて地元では『お好み焼き』とか呼ばれてた食い物だ。材料の都合でソースの味が違いすぎるから別物っちゃ別物だが、これはこれで悪くない」
「ふぇぇ……ふぃみのこひょうのきょうろろうりなんなな(へぇ……君の故郷の郷土料理なんだな)」
「こら。がっつくのは良いが、食いながら喋るな」
「もぐもぐ、ごくっ……あ~すまん。昨日から何も食べてない状態で街を彷徨っていたのでな。にしてもこれ、凄まじく旨いな?」
「そんな状態だったら何食っても旨いだろうよ」
「そうでもないぞ。ゴブリンの屍肉焼きは三日ぶりの食事だったが吐くほど不味かった」
「なんてもん食ってんだ……まあ、ここに居る間は少なくとも食うには困らせないから安心してくれ」
「本当か! あ~、カッコ良すぎて妻になりたいッ! 毎晩楽しませてやるぞ!」
「だからそういうのはいいっつの」
「むう……だが現実問題、どうやって恩を返したら良いものか……」
アルケーはお好み焼きもどきをフォークで口にかき込んだ後、人差し指をピンと立てた。
「そうだ。君について気になってたことがある」
「なんだ? どうせろくでもないことだろうが」
「ちゃんとした質問だ。君は喧嘩好きとして知られてるそうじゃないか。商人として一定の成功を収めてるんだから普通に暮せばいいのに、何故そんなことを?」
「そういや、お前の事情を一方的に聞いただけでこっちの話はしてなかったな……別に好きで揉め事に首突っ込んでる訳じゃないさ」
「ほうほう、なんだか悩みの気配がするなあ」
妙にワクワクしている様子のアルケー。
どうにかして俺の役に立とうと思ってくれているのだろうか。
まあ「転生者であること」以外は隠すようなことでもないし、話して構わないか。
「俺、故郷を盗賊団に滅ぼされたんだ。一人で逃げたから分からんが、住人は俺以外皆殺しにされたと思う」
「それは痛ましいな……」
「あと、周りから迫害されてた知り合いの女の子を救えなかったりとかもしてさ……とにかく無力な人間だったんだ」
「カッコよく私を救い出してくれた今とは大違いだったと?」
「いや、今だってまだまださ。だからもっともっと強くなって、困ってる奴を守ってやれるような男にならなきゃいけない」
「すると、君の認識的にはむしろそっちの方が『本業』という感じか」
「ああ。商売に関しては、文無しの状態で故郷を出てきたんで生活基盤を整える為に始めたのさ。そこそこ成功したりもしたけど、俺が目指してるのはそういうことじゃないんだ」
「なるほどな……商人のクセにやたらと強い訳だ」
俺は少しの間、続きを語るべきか否か逡巡した。
だが、気づけば自然と口を開いてしまっていた。
今まで「あのこと」は誰にも話さなかったのに、俺はこんな胡散臭い女を何故だか信じてしまったのだ。
「……これから話す事情は他の誰にも言わないでくれよ」
「ふふっ。承知したよ」
「俺は……この世界の神と会ったことがあるんだ」
アルケーはまず、驚いて目を見開いた。
そして、その表情は次第に笑みへと変わっていく。
美しさと可愛らしさを併せ持つその顔の向こうにある感情は、「嘲笑」ではなく「期待」のように思えた。
「一応聞くが、冗談ではないんだよな!?」
「あ、ああ」
「神と言うと、十二柱の天神のうちの一柱か!?」
「その筈だ。どの神かは分からんが……」
この辺りは「俺が転生していること」に繋がりかねない話なので、誤魔化すことにした。
本当はあの女神が天神の一柱、《救世天》であることを俺は何となく察している。
彼女は自ら名乗りはしなかったが、聖団の教会などに飾られている偶像と似た外見をしていたし、神話においても《救世天》は「救世主をもたらす存在」とされているのだ。
もっとも、飽くまで推測であって、もしかしたら「救世主」と「転生者」は別の概念なのかも知れないが。
「村が襲われた時、俺はその神に《絆の誓い》とかいう力を与えられた。でも、それがどんなもので、どうやって使うのかが今でも分からないんだ」
「なるほど……なるほどなるほどなるほど! レイジ、君はその未知の力の本質を見極めて強くなる為に、戦ったり旅をしたりしていたということか!」
「ああ。なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「私はずっと天神という未知なる存在に興味があったのだよ! 会えるものなら会ってみたいとね! まさかまさか、会うどころか力を与えられた人間が居るとは!」
「お、おう……」
「よし決めたぞ! どこまでも付き合ってやるから、一緒にその力を研究しようじゃないか!」
「お前、マジで言ってんのか!? 追い求めた先には何もないかもしれないんだぞ!?」
「おいおい、私は『呪血病の治療』とかいう無理難題を諦めなかった女だぞ? 途方もないことに向き合うのには慣れてるよ」
アルケーが立ち上がり、机越しに手を差し出してくる。
変人で、天才で、危険で、だらしなくて、面倒くさくて。
でも、だからこそこんなイカれた旅には最適な仲間だと、そう感じた。
だから俺は、その手を取った。
前世の記憶を取り戻して以来、ずっと人を避けていた俺が、初めて他者と「絆」を結んだ瞬間であった。
***
それからの日々は、ユウキとセナが二人とも生きていた頃と同じくらい、満たされていたと思う。
アルケーは「医者をやってもどうせならず者が襲撃しに来るから仕事にならない」ということで、引きこもって研究に没頭するようになった。
とはいえ気は遣ってくれているようで、積極的に家事全般に挑んでもいる。
あいつは鈍くさすぎてそういうのがとことん向いていない女だ。
料理はすぐ炭にするし掃除をすれば物を壊すしで駄目駄目だったけれど、俺の為に苦手なことに挑戦してくれるその気持ちは間違いなく嬉しいものだった。
俺は自らの能力を見極める為の取っ掛かりとして、アルケーから《術式》を学んだ。
その《術式》自体も彼女の研究が進むに従って、より洗練されたものになっていく。
初めは詠唱文が長ったらしくて使用するまでが大変だったし、唱え終わっても精度が安定していないから想定通りの結果が得られないことばかりだった。
その上、マナ消費の効率が悪すぎて少し使用しただけで頭痛や倦怠感といった拒絶反応に襲われてしまうという、扱いづらい代物だった。
でも、共同生活から一年経った頃にはそれらの欠点がかなり抑えられ、実用レベルの技術として完成されていた。
そんな中、アルケーが「《術式》をより実用的なものにする為の手法を開発した」というので、その披露に付き合うこととなった。
メモだらけで足の踏み場もなくなっている彼女の部屋に呼ばれ、来客用の椅子もないからベッドに座らせられる。
「これから君に新手法……『圧縮詠唱』をお見せしよう」
「どんなものなんだ、それは」
「今までの詠唱って、はっきり言ってかなり面倒だろう?」
「一年前よりはだいぶ詠唱文が短くなったとはいえ、確かに面倒だな。日常生活で使うなら充分かも知れんが、戦闘のことも考えると……」
「だから、一言で詠唱を完了させられる方法を編み出した」
「そんなことが可能なのか!?」
「出来るから呼んだんだ。では早速、やってみようか」
そう言うと、アルケーは席を立って部屋中を見渡した。
そして、たった一言だけ呟くのであった。
「《変位》」
その言葉に反応するかのように、床に散乱している紙の一部が浮遊し、自らアルケーのデスクの上に移動して積み重なっていく。
「とまあこんな感じだ」
「すげえな……メチャクチャ使い勝手良くなってるじゃねえか。これは他の《術式》にも応用出来るのか?」
「ああ、もちろん」
「戦闘に革命が起きるぞ、これは……武術によるまともな攻防は廃れちまうかもな」
「ここまで仕上げるのはかなり大変だから通常の武術も使われ続けるだろうけどね。まず普通に《術式》を覚えないといけない上、《術式》ごとに圧縮詠唱を使えるようにする練習も必要だ」
「一朝一夕で出来るテクニックではないと」
「うむ。私は開発者かつ天才だからどうにでもなるがね」
どうやら真似をするにはしっかりと準備をしないといけないようであった。
だが、不思議と今の俺には「自分にもすぐ出来る」という確信があった。
「なあ。俺も試しにやってみていいか?」
「おいおい。試すも何も、まだ方法を教えてすらいないんだが?」
「いや単なる直感なんだけど、何となくやり方は分かるんだよな」
「はあ。確かに君は想定よりもかなり早く、深く《術式》を吸収していったが、いくらなんでもこれは無理――」
「……《変位》」
アルケーの言葉を遮るように詠唱。
まだまだ床に残っているメモを全て片付けるようなイメージを抱く。
するとそのイメージ通り、全てのメモがデスクの上に置かれ、部屋が綺麗に片付いた。
その様子を見て、アルケーが目をぱちくりさせている。
飄々としていることが多いこの女にこういう顔をさせるのは、正直言って悪くない気分だ。




