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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第5章:希望へ向かう旅路

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断章:勇者になろうとした不良と緑髪の魔女【前編】

 俺――時崎黎司――はかつて、のどかな農村に生まれた普通の少年だった。

 だがある日、村に盗賊団が襲来し、平凡な人生は終わりを告げた。

 故郷が蹂躙され、両親が殺されるという絶望的な光景を目の当たりにしたことを契機に、前世の記憶と共に《絆の誓い》という名の異能を覚醒させたのだ。

 しかし、その異能の使い方どころか効果すら分からず、結局は一人で逃げ出すことしか出来なかった。

 そして俺は、自らの力の本質を見極める為に――ユウキが憧れた「勇者」になる為に、旅を始めるのであった。

 なお、村を出てからは平凡な自分と決別する為に、現世で得た名ではなく「レイジ」と名乗ることにした。

 

 さて。旅を始めてから五年ほど経ち、十八歳になった。

 この頃にはもう「料理や芸術など、前世の文化をこちらの世界で再現する」という商売で安定した収入を得ることが出来るようになっていた。

 無論、経済的に成り上がるのが俺の目標ではないので、人々を襲う魔物や悪漢をぶちのめすことは止めなかったが。

 相変わらずラトリア王国やルミナス帝国内では俺が持ち込んだ文化は異端扱いされたものの、二大勢力よりも文化的に開かれている東方諸国では広く浸透した。

 特に「和風の建築デザイン」は人々の琴線に触れたようで、中世風ファンタジー的な街並みは少しずつ和の雰囲気を帯びていき、どっちつかずな様相を呈するようになった。

 世界的宗教組織である《天神聖団》の荘厳な教会の周囲に瓦屋根の家屋や鳥居なんかが立ち並んでいるというのは、なかなか異様な光景である。


 俺は東方諸国の一つ「エストハイン王国」に家を建て、幾つかある拠点の一つとしていた。

 商売と戦いと鍛錬に忙殺され、いつしか、生まれ変わりを選んだ根本的な理由である「本物の勇者になりたい」という想いを忘れかけていた。

 そんな中。ある日、街を歩いていると、一人の女性が六人ほどの暴漢に絡まれている場面に遭遇する。

 くせ毛混じりなエメラルド色の長髪、グラマーな肉体、医者のような白衣、年は二十代半ばに見えるその女は、男たちに腕を掴まれたり尻や胸を触られたりしている。

 彼女は間違いなく困っている様子ではあるものの、屈強な男たちに囲まれているにしてはどこか余裕ありげだ。


「えっと……私がエロいのは認めるが、軽率に触るのは止めてくれないか? 君たちはハッキリ言って全く好みじゃない」


 物怖じせぬ言い方に男たちは苛立ち、唾を飛ばしながら怒鳴った。


「自分の立場分かってんのかクソ魔女が!」

「皆して私を異端扱いするなぁ。私はただの町医者だというのに」

「おら、来い! たっぷり遊んでから奴隷として売り飛ばしてやるよ!」


 ふむ。事情はよく分からんが、助けたほうが良さそうだな。

 俺は瞬時に距離を詰め、女性の手を引っ張っていた男を背中から蹴り飛ばした。

 突然、攻撃したので当たり前といえば当たり前なのだが、彼の仲間と思しき連中はみな狼狽えている。

 

「な、なんだてめぇ!」

「知ってるぞ……こいつはレイジとかいう商人だ!」

「はぁ!? 商人がなんで邪魔してくるんだよ!?」

「こいつ、ヒーロー気取りのバカな喧嘩屋で――」


 傍らに居た獣人の男が言い終わる前に、その顔に全力の掌底を叩き込む。

 残り四人。

 力任せに飛びかかってきた獣人の腕を掴み、そいつ自身の勢いを利用して投げ飛ばす。

 短剣を突き出して襲いかかってくる男の手を弾き、片手で押し倒して短剣を奪取。

 次に攻撃してきた男に向かってそれを振るう。身を屈めて回避されたが、反応を読んでいた俺は彼の頭を掴んで思い切り膝を打ち込んだ。

 最後の一人は仲間を見捨てて情けなく逃げていった。


「ふう。獣人は身体能力が高いからどうなるかと思ったが、案外なんとかなったな」


 一人で呟いていると、女が拍手をしながらにこやかに話しかけてくる。


「おぉ。誰だか知らないが強いな、少年。それで、私がなぜ襲われていたのか分かってやったのかい?」

「いや……」

「分からないのに助けたのか。なんとも酔狂なことだ」

「よければ事情が聞きたいからウチに来ないか? 助けになれるかも知れん」

「まさか、そう言って私を連れ込んで弄ぶ気か! 君はかなり好みだから良いぞ!」


 頬を赤らめながら身体をよじらせている。

 なんだかあまり関わっちゃいけない人物であるような気がしたが、勢いで助けた手前、アフターケアをしない訳にもいかない。


「別に何もしねえ。で、どうするんだ? 余計なお世話ってんなら来なくてもいいが」

「行くよ。なんならしばらく居候させてくれると助かるよ。診療所兼自宅をならず者どもに壊されてしまったのでな」

「お前、一体なにをしでかしたんだ……」

「恨まれるようなことは何もしていないと、少なくとも自分では思っている」

「お、おう……どうしてそうなったか後でゆっくり教えてくれ」

「ああ……と、まだ自己紹介をしていなかったな。私は『アルケー』。平凡な町医者だ」

「とても平凡な町医者には見えないが。俺はレイジ。一応、商人ってことになってる」

「君こそ商人には見えないよ。その体格で客を脅して押し売りでもしてるのかい?」

「人聞きが悪いぞ。少なくとも商売に関しては真っ当にやってる」


***


 俺はアルケーと共に、街の一角にある屋敷に入っていった。

「外観だけが半端に和風で内部は洋館そのもの」という、自分で広めておいてアレだが不思議な造りの屋敷だ。


「随分と広い自宅に住んでるんだな。レイジはもしかして商人としてかなり成功してるのか?」

「それなりには。この国に新しい文化を持ち込んだんだが、それが受け入れられてな」

「へえ。私は最近ここに来た身だから、元よりこうなのだと思っていたよ」

「ラトリアやルミナス辺りの出身か?」

「まあそんなところだよ。どこに行っても避けられるから各地を渡り歩いてたけどね」

「そうなのか……俺も俺で色々とやることがあるから、常に同じ場所に留まってる訳じゃないんだが。ここも拠点の一つでしかないしな」


 そんなことを話しながら広間に移動し、向かい合うように席に着く。


「……さて、それじゃあ話してもらおうか。居候させてやるかどうかはその内容次第だ」

「ケチだなあ。金を持ってるんだろう? こんなにも広い屋敷を一人で使ってるんだろう? 私一人くらい良いじゃないか」

「お前にその屋敷を台無しにされたりしちゃ困る、って話だよ」

「もう。話さなきゃ世話してくれないって言うなら仕方ないな」


 アルケーは片手で頬杖をつき、面倒くさそうに話を続けた。

 気怠げでありながらもどこか蠱惑的なその姿に、思わず息を呑んでしまう。


「私はわりと普段からああして嫌がらせを受けたり、避けられたりしてるんだ。元々は普通に医者として定住出来てたし、皆から敬意を持たれてたんだがね」

「すると、何かこうなる明確なきっかけがあったと?」

「ああ。私は、歴史上の全ての医者が匙を投げてきた難題に挑戦したんだ。『諦めるしかない命が存在する世界なんて間違ってる』って思ったから」

「医者にとっての難題? それって、まさか……」

「そう。『呪血病』の治療」


 呪血病。有史以来に生まれた全ての生命が宿しているとされる、不治の病。

 そんなものを治してしまえる方法など、神の奇跡以外にあるものか。


「……あり得ない」

「みんなそう言ったよ。でも私は『理屈の外側』の存在がどうしても許せない性分でね。理屈を掴んで治療法を見つける為、必死に研究したさ」

「見つかったのか?」

「だったら私は今頃、女神みたいに崇められていただろうね。でも現実は魔女呼ばわりされて襲われたり家を焼かれたりしている」

「そうか……そうだよな。で、それが何で迫害されるきっかけになったんだよ」

「結局、呪血病が何なのかは分からなかったけれど、かの病がこの世界の最小物質によって抑制されていることは分かった」

「なるほど。それは凄いことだが、とはいえ《天神聖団》の教えでも言われていることだろう? 『マナ』だったか……?」

「ああ。これだけなら、誰もが宗教によって盲目的に信じさせられている『生命を呪血病から守る神の奇跡』たるマナの実在を確かめたに過ぎない」

「お前はそれ以上のことをしたと?」


 アルケーが少しだけ沈黙した。

 もしかしたら俺は、とんでもない女と出会ってしまったのかも知れない。

 そんな予感を抱きながら彼女の口が開かれるのを待ち、そして。


「……私はね、呪血病とマナに関する研究の果てに、『神の奇跡』を人の意思で操る技術を生み出したんだ」

「……え?」

「ほら、エルフ族って居るだろう? 彼らはいわゆる『魔法』を使うことが出来る訳だけれど、それは決してエルフ固有のものではなかったんだ。単に、彼らが本能的にマナの扱い方を理解しているだけでね」

「じゃあつまり、お前のその技術で誰もが魔法を使えるようになるってことかよ……嘘だろ……」

「理解が早くて助かるけど、あんまり信じてはいないみたいだね。じゃあやってみせようか」


 ふと、アルケーは壁に飾られているロングソードに目をやった。

 その後、何やら聞き慣れない文章を長々と唱えると、彼女の手にそれと全く同じものが形成されていったのだ。

 更に続けて詠唱すれば、生み出された剣が空中を一回転した後、手もとに再び戻ってくる。


「マジ……かよ……お前、耳が尖ってないだけで実はエルフだったりしないよな?」

「れっきとした人間族だよ。そもそも本来の魔法は詠唱なんかしなくても使えるものだし。ちなみに、屋敷を吹き飛ばして良いのであればもっと派手なことも出来るぞ」

「勘弁してくれ。魔法の真似事が出来るってのはよく分かったから……それで、その技術は……」

「あ、私はこれを《術式》と名付けたから、君もそう呼んでくれ」

「その《術式》とやらについて誰かに教えたのか?」

「まだ研究段階の未完成品ゆえに公表はしてないよ。ただ、既存の医学よりも負傷や病に対して効果的だから、技術として幾らか纏まってからはこっそり仕事に使い続けてる」

「人体実験をしてたのか!?」

「その側面があるのは否定しないけど、《術式》によってたくさんの人を救ってきたのも事実なんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだ」

「……分かったぞ。さっきの男たちはお前を『魔女』と呼んでいたが、その力のせいか」

「まあ、そういうことになるかな。治療に使ったり実験を繰り返す中で、自然と人から不審に思われるようになった」

「『人間の魔法使い』なんて異端の存在、怖れられるのも無理はないな」

「心の弱い人間ほど新しく未知なものに恐怖するのさ。君はどうだい?」


 今まで少数の特権だった技術が多数に広まる可能性。

 それは「平等」や「発展性」という観点で言えば素晴らしいことだけど、同時に、社会に多大な混乱をもたらす危険性を孕んでいる。

 今、その混乱の火種がこの女一人の手に握られているのだ。

 

「全く怖くないと言えば嘘になる。お前がその力を独占するにしても、公表するにしても危険過ぎるからな」

「素直でよろしい。そういうことなら私はもう行くよ……邪魔して済まなかったね」


 どこか残念そうに席を立ち、去ろうとするアルケー。

 俺は、そんな彼女の手を取った。


「話はまだ終わってない」

「なんだ? 君も他の連中のように私を避けるんじゃないのか?」

「お前が持っている力は間違いなく危険だが、お前自身についてはまだ測りかねている。分からないからこそ野放しには出来ない」


 すなわち「監視」の意図で、こいつを傍に置いておくと。

 こんなものはただの方便だ。本当は「なんとなく放っておけなかった」――それだけなのだ。

 こいつがどれだけ変人でどれだけ危険な力を持っていたとしても、迫害されて孤独に生きている弱者だというのなら、俺はなんとかしてやらねばならないのだ。

 勇者ってのはきっとそういうものだろう、ユウキ。


 俺の言葉を聞いたアルケーの顔が、見る見るうちにほころんでいく。


「おや。ということは?」

「……しばらくここに居ろ。ろくでなしの悪党だと分かったらすぐにでも追い出すからな」

「な、なんてことだ……!」


 アルケーは突然、勢いよく抱きついてきた。

 そんなことをされると肉感的な身体を嫌でも意識させられてしまう。


「ちょ、おい! やめろ!」

「レイジ、君は本当に良い男だ! お礼に私を抱きまくって良いぞ! というか抱いてくれ!」

「待てって! おいこら、服に手を入れるのは止めろ!」

「その反応、まさか君は童貞なのか!? 面も身体付きも良くて金も持ってるんだから女が放っておかないだろう!?」

「うるせえよ! 別にどうだっていいだろ! なんでそんなデレデレしてくるんだ!」


 アルケーの頭を軽く押さえつけて距離を取らせると、彼女は無垢な少女のように可愛らしい笑みを浮かべた。

 自分より少し年上っぽい色気のある女性がそんな顔をしているというギャップに、男心を持っていかれそうだ。


「地元を追い出されてから二十年ほど各地を転々としてきたけれど、こんなにも優しくしてくれたのは君が初めてで、つい嬉しくなってしまったよ」

「なるほど……って、二十年!? にしちゃあ若すぎるし可愛すぎる」

「照れるなあ。童貞のクセにしれっと口説くな。ムラムラするじゃないか」

「率直な感想を言っただけで口説いたつもりはねえ。で、お前……いま何歳なんだ?」

「《術式》を使って肉体の変化を抑制したのが二十くらいの時かな。つまり、永遠の二十歳だ」

「む、無茶苦茶過ぎるぞお前……」


 こうして俺は、運命的な出会いを果たした緑髪の魔女と、奇妙な共同生活を始めることとなったのである。

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