4章11節【4章完結】:二人の英雄
私とユウキがエメラインを討ったことにより今回の戦いは終わりを迎えるかと思いきや、残された魔族らは決死の抵抗を続けた。
ローレンスの指揮のもと王国正規軍が帝国側の城壁やその向こう側に築かれた陣地になだれ込み、最後の戦闘が行われる。
敵の残存戦力は精鋭揃いだったけれど、それでも人数においてあちらは圧倒的に不利だったし、何より優れた指揮官を喪っている以上は持ちこたえるにしても限界がある。
実際、エメラインの死から五日後には城壁周辺の制圧はほぼ完了していた。
なお、軍は魔族たちを一人残らず滅殺するつもりであったようだが、ユウキが止めに入ったことで多くの者がひとまず捕虜として生かされることとなった。
序列一位のメンバーにして《勇者》、そして今回の戦いにおける勝利を決定付けた英雄である彼を軍は尊重し、その要求を素直に聞き入れたという。
ちなみに私はエメラインとの決戦でマナを殆ど使い果たしてしまい、酷い頭痛と倦怠感に見舞われていた。
その為、五日間ほとんど何もせず、陣地で負傷者の手当を行っていたシスティーナに世話を焼かれていたのであった。
休んでいる間、たくさんの冒険者や傭兵、そして正規軍人が見舞いに来てくれた。
彼らはユウキだけでなく私も「人々を鼓舞し、悪を討ち倒し、ラトリアを勝利に導いた英雄」と称えた。
私は昔も今も変わらず、社会の闇に蔓延る悪を狩る「外道」だ。
それが大規模な戦場で表立って活躍しただけで「英雄」になるなんて、人生なにがあるか分からないものだ。
だが「女王になる」という願いを思えば、こうして私の存在が肯定的な形で広まっていくことには意味がある。
いつか真の名を明かしたとき、これはきっと、人を味方につけるための武器になるだろうから。
とにもかくにも、二度目のラトリア北方戦争は我々の勝利で終わった。
たくさんの冒険者や傭兵が死んだ。序列入りに関して言うと、《黄泉衆》は全滅してしまったようだ。
後詰めを担当していた正規軍についても、エメラインの攻撃や最後の攻城戦でそれなりに犠牲が出た。
それでも、負ける可能性が充分にあったことを思えば充分過ぎる結果だろう。
***
帰りは国が豪華な馬車を手配してくれたので、それを利用して皆で王都に帰還することになった。
私とウォルフガングが乗り合わせたのは《夜明けをもたらす光》の面々。
今回の戦いにおける一番の功労者ということで、共に馬車の列の先頭に乗せられた。
王都には既に戦勝の報告が広まっていたようで、到着するや否や人々は盛大に私たちを迎えた。
凱旋ということで馬車に乗ったまま街の中央広場に向かっている私たちに、皆が手を振ってくれる。
「ラトリアを守って下さりありがとうございます! 勇者様たちがいらっしゃればこの国は安泰です……!」
「あちらのお二人は《ヴェンデッタ》といったかしら? よく知らないパーティだけど、勇者様と一緒に居るってことはきっと凄いのね!」
照れくさそうにしつつも、声援に応えるように手を振り返すユウキ。
一方で私は嘘をつくのに慣れているから、堂々と作り笑顔を振り撒いた。
「せなちゃ……じゃなくて、リアか。意外とこういうのに慣れてるんだね。君のことだから『衆愚どもめ』とか言うと思ってたんだけど」
「む。私のこと何だと思ってんの、レインヴァール」
「はは、ごめんって。怒らないで」
ふと、私の向かい側に居るユウキに寄り添うように座っている緑髪の少女、アイナが軽く頭を下げた。
非常に分かりやすい愛想笑いを浮かべている。うちのリーズと同じで、あまり器用なタイプではないようだ。
「あの……レインのこと、気にして下さってありがとう。きっと色々と迷惑を掛けたでしょう?」
「こっちも手伝ってもらった身だから別にいいよ。『仲間たちは苦労してそうだな~』と思ったけど」
そう言った途端、アイナは腕を組んで饒舌になった。
「分かってくれるの!? そうなのよ、レインは何かあるとすぐに独断で行動するの! いつも結果的にはより多くの人々を救っちゃうからあんまり強く否定は出来ないけど、振り回されるこっちの身にもなって欲しいわ!」
そんな様子を見て、ユウキを挟むようにアイナと逆側に座っていたエルフの少女、レイシャが両手の親指を立てた。
相変わらず無表情であり、冷淡なのか陽気なのかよく分からない子だ。
「気にしないで。これは『つんでれ』ってやつだから、アイナは怒ってないよ」
「そんな言葉どこで覚えたのレイシャちゃん!? 確かにアイナちゃんにはツンデレの気配を感じてたけど!」
異世界人の口から翻訳出来そうにない言葉が出てきたので驚いてしまった。
「前にレインが言ってた。好きだけど素直になれない……ってことなんだって。よく分かんないけどアイナは多分そう」
「こら、余計なこと言わないの」
レイシャの額を軽く小突くアイナ。
可愛らしいやり取りが自分越しに繰り広げられているのを見て苦笑いするユウキ。
なに笑ってんだバカ。「ヒロイン」二人に愛されやがって。私は苛々してるぞ。
横に目をそらすと、ウォルフガングとアダムが会話していた。
こちらは少々、剣呑な雰囲気だ。
「ウォルフガングだったか? 既に終わったことについて言うのは詮無きことだが、出来ればそちらの女を止めて欲しかったものだ」
「ふむ。リアがエメラインを討伐したのは不都合だったか?」
「あれはレインヴァール一人でも問題なくやれただろう。英雄は二人も要らん」
「ならば、お前の大切な《勇者》殿に聞いてみたらどうだ?」
急に話を振られてユウキは少しだけ驚いたが、その後はどこか嬉しそうな顔をして語り始めた。
「あの女の人は凄く強かったから、僕だけじゃ勝てなかった筈だ。リアが居てくれて良かったし、『リアだったからこそ』勝てたと僕は思うよ」
その答えを聞いたアダムは、特に表情を変えず黙りこくるのであった。
さっきまでは私みずから反論しようと思っていたけれど、ユウキの発言によって不思議とモヤモヤが消えていったから、何も言わなくていいか。
広場に到着してからも人々の歓声に包まれて動けなくなっていたが、しばらくして少し状況が落ち着いてきたので、私たちはこの場を離れることにした。
誰にも気づかれないよう、ウォルフガングと共にささっと路地裏に移動したつもりだったけれど、どうやらユウキには気付かれていたようだ。
彼に背後から呼び止められる。「別れるのが寂しい」なんてふざけた感情を抱いたら嫌だから、振り返らない。
「……リア」
「どうしたの」
「えっと、その……なんて言えばいいのか分かんないけど……パーティが違ったって手を取り合うことは出来るよな」
「仕事内容が合致したらね」
「《ヴェンデッタ》の噂は聞いてたんだ。『手段を選ばず悪を滅ぼす』なんてやり方はどうかと思うけど、人を救う為に戦ってるという点では僕らと同じ。敵対する理由なんてない」
「こっちは別に人を救う為にやってる訳じゃない」
「相変わらず素直じゃないな。まあ、その方が『らしい』か」
「で、何が言いたいの?」
「また会えたら嬉しい……それだけだよ。君は『嫌だ』って言うだろうけど」
「よく分かってんじゃん。じゃあ、もう行くね」
「うん」
そうして、私はユウキと別れた。
妙に心がざわついているのを見透かされたのか、ウォルフガングが声を掛けてきた。
「もう良いのか、リア。随分と親しげだったが」
「なんでもないって。ずっと一緒に居たウォルフガングなら、私と《勇者》が関わる機会なんて今まで数回しか無かったってこと知ってるでしょ」
「それはそうだが」
「あいつは多分、誰に対してもああなんだよ……さ、宿に戻ろう」
「……ああ。リーズたちも待っているだろうしな」
王都の中心街にある宿。
その一室――リーズとライル、まだ生きていればネルも居る筈の部屋に戻ってきた私たちを出迎える者は誰も居なかった。
なんだか胸騒ぎがする。
確かにリーズとライルには「呪血病からネルを救う方法を探してくれ」と言ったから、二人が居ないのは分かる。
だが、何故ネルも居ない?
疑問に思っていると、ウォルフガングが置き手紙を発見してこちらに持ってきた。
「『ネルを救う為、三人で聖団領アレセイアに行きます。ご迷惑をお掛けします、リア様』……だそうだ」
聖団領アレセイア。
ラトリア勢力圏から海を越えた西側の大陸にある、《天神聖団》の総本山。
リーズとライルはネルを連れて、あれほど遠くまで行ったというのか?
いや、本当にネルが救えるのならば行く価値もあるだろうが、「聖団であれば呪血病患者を救える」なんて話は聞いたことがないし、それが出来るのならば彼らは人々の支持を集める為にそのことをもっと広める筈だ。
きっと二人は私の想定以上に思い詰めてしまって、信憑性の低い噂を頼りにアレセイアに向かったのだろう。
「藁にもすがる思い」というやつだ。
その強い思いが奇跡を呼べば良いが、生憎と現実はそう都合良く出来ていない。
むしろ、必死になればなるほど泥沼に沈んでいくものだ。
「バカッ……なんでそこまでしちゃうんだよ! 『二人で』帰ってきた時、どんな顔して出迎えれば良いんだよ……」
心が不安でいっぱいになって、立ち尽くすことしか出来ない私であった――。
*****
ルミナス帝国、帝城。
その内部にある休憩室で、銀の髪を少しだけ伸ばした少年――魔王ダスクは、泣きじゃくる皇女チャペルを抱きしめていた。
「うう……ぐすっ……エメラインが……」
「……ああ」
二人は先ほど、エメラインが戦死した報せを受けた。
そして、本人が死ぬ前に予想していた通りの結果となったのである。
チャペルが幼い頃からエメラインは皇女お付きの近衛騎士であり、良き姉貴分でもあった。
彼女が近衛騎士団から《魔王軍》――密接な協力関係にある帝国にとっての「他国を攻める為の主力部隊」――に転属した後は少しだけ会う機会が減ってしまったが、関係性についてはずっと変わらなかった。
そんなエメラインが死亡したのだから、心根が優しく穏やかなチャペルが悲しまない筈がない。
「チャペルはずっと前から、この日が来るのが不安で仕方がなかったのです。エメラインがいつか、どこか遠くに行ってしまうのではないかって!」
「……そうか」
「いえ、彼女だけではなくダスク様や他の方々も同じです! こんなことになるならば初めから戦いなんてしなければ……!」
「俺だってその方が良いとは思っていても、避けられないんだよ。だからせめて、あいつの想いに報いる為に戦い続けて勝つしかないんだ」
「……そうですよね、ごめんなさい。ダスク様も辛いでしょうに」
「エメラインには世話になったからな……だが、自分の死に引きずられることをあいつは望まないだろうよ。『戦いに生きてきた以上は戦いで死ぬこともある』なんて思ってる筈さ」
「……はい。この悲しみを忘れるのはきっと無理でしょうけれど、頑張って、前を向いてみます」
「ああ。この戦いに勝ったら、今まで喪ってきたもの全てを想って泣こう。それまでは、ただひたすらに走り続けるだけだ」
チャペルはハンカチで涙を拭ったが、魔王の傍から離れようとはしない。
「……あなただけは、ずっと傍に居てくれますか?」
「それは保証出来ない。俺は『大悪党』だからな」
「いえ、あなたはチャペルにとって……いえ、この国の民、そして全ての魔族と半魔にとっての英雄です! だから嘘でも『ずっと一緒に居る』って英雄らしく格好良く言って下さい……!」
「悪いな、嘘をつくのは苦手なんだ。ずっと昔から不器用な性格なんでな」
「そんなの、酷い……」
「すまん。だが、これだけは言える。俺は何があっても……たとえ自分が死ぬことになっても、お前を守るよ」
さて。そのような会話を、遥か遠く離れた地上世界から見ている者が居た。
銀の髪の女神。
傍らにはマナによって構成された映像。そこにダスクとチャペルのやり取りが映し出されていたのだ。
女神は、真っ白な部屋の中央にある円卓に座る、十一の人影に向かって語った。
「――という状況よ。今回の勝利はラトリア勢力を勢い付けることになるでしょうね」
「なるほど。良い傾向だな」
「……ただ、現段階で彼らが魔王に勝てるかはまだ分からない」
「知っている。現在、《権限》を覚醒させる対象を検討中だ」
女神が人影の一つ――真っ黒なドレスを着た、長い金髪の女性の方を見て話しかける。
「あなたは選定を済ませたばかりよね?」
「はい。レヴィアス公爵の娘であるルアという半獣人の少女です。あなたもご存知ではないですか?」
「ええ。御剣星名を通して観察していたわ。でも、彼女は戦いに向いている性格とは思えないけれど」
「あの子は戦いますよ。レヴィアス公爵が暗殺されたことで、それは更に確実となりました。『時が進まない』ことを望む彼女にとって、魔に冒されて悪い方向に変化した今の社会は耐え難いものなのです」
「……そう。では、後は《戦帝天》、《輝焔天》、《堅岩天》、《創命天》かしら」
その発言に、別の人影――炎のような赤髪を伸ばした、いかにも気性の荒そうな女性が反応した。
「気に入った女が二人居る。一人はアステリアの傍に居るリーズだが……こいつは『使えん』な」
「……でしょうね」
「二人目は、ルアの友であるフレイナという女。興味があるだけでまだ決心はついていないがね。まあ、選ぶ価値がある人間かどうかはすぐに分かることだろう」
「あの子ね。確かに《輝焔天》に相応しい直情径行さを持っているように見えるわ」
「随分と言ってくれるな。ともあれ、近いうちに私も、他の三人も選定することになる筈だ」
「……《魔王軍》との決戦の時が迫っているものね」
「ああ。長きにわたる魔王戦争にも、これでようやく終結の目処が立った。お前の『罪』がやっと償われるという訳だ。今回の戦いを勝利に導いたアステリアとレインヴァールには感謝しておけよ」
これにて第四章は完結です。次章「希望へ向かう旅路」編、お楽しみに。
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