4章7節:荒野に立つ王女と勇者
現在、ラトリア勢力は最前線から順に「序列入りを中心とする少数の精鋭」、「その他の冒険者パーティおよび傭兵団」、「正規軍の部隊」と並んでいる。
そして地竜に乗った魔族――火器が存在しないこの世界で言うところの「竜騎兵」は最前線を迂回し、真ん中の最も頼りない集団に対して突撃を行った。
彼らが数の利を活かして自力での迎撃に成功することを祈ったが、当然、そう上手くいく筈もなく。
少し前まで農民だったであろう傭兵が、あっけなく騎兵のランスチャージに穿たれる。
薬草集めやスライム狩りの経験しかなさそうな冒険者が、地竜に腹を食い破られる。
《シュトラーフェ・ケルン》の面々が弓や毒薬、格闘術を用いて幾らか抑えてくれているが、広範囲の攻撃手段を持っていない為か封殺には至っていない。
《黄泉衆》に関してはこんな状況になっても、どこで何をしているのかすら分からない。
「ヤバいな……このままじゃどんどん人死が……でも……」
援護に向かいたかったが、私たちがここを離れると今度はベヒモスの群れが後ろの連中に迫りかねない。
こんな化け物、素人の身では竜騎兵よりも対処に困るだろう。
従って、私は正規軍に対応を任せ、自分の仕事をすることにした。
実際、正規軍は有象無象に敵の注意が向いている間に隙を突いて攻撃を仕掛けているから、これが最も合理的な判断である筈だ。
序列入りたちもそう考えたのか、最前線から退こうとしない。
――たった一人、《勇者》を除いては。
「やめろぉぉぉぉぉッ!」
ユウキが怒りをあらわにして、竜騎兵に立ち向かっていく。
彼はご丁寧なことに地竜だけを斬り裂き、そこから落ちた乗り手への追い討ちは行わなかった。
「あのバカッ! そんなことしてる余裕ないでしょーが!」
ベヒモスを斬り刻みながらもユウキの戦いを見ていて、苛立ちと焦りが爆発した。
あいつは魔族ですらも出来るだけ殺さないように無力化することで知られている。
勇者らしくて結構なことだけれど、少なくとも今それを行うのは「状況が読めていない」と言わざるを得ない。
「ウォルフガング、ごめんっ! ちょっとあのバカ勇者を手伝ってくる!」
「承知した! 何とかお前の分まで抑えておくから行ってこい!」
振り返るとすぐに、恐怖で動けなくなっている何人かの冒険者が目に入った。
そこに突撃する竜騎兵。こちらとの距離はそれなりに開いているから、助けようにもこのままでは間に合わない。
貸与していない三本の聖魔剣を放って三人を殺傷するが、それでは足りない。
「もう、仕方ないなぁー!」
打ち出した剣のうちの二本を手もとに呼び戻すと同時、私は渋々、《加速》を詠唱した。
一瞬のうちに冒険者たちに接近し、彼らの盾になるように立ち塞がる。
「ははっ、正気じゃねえな!」
地竜に乗ったオーク族の男が、私を嘲笑しながら突進してくる。
どうやら彼は、こちらがまともに攻撃を受け止めると思っているらしい。
私とてあんなものを喰らったらひとたまりもない。だから、進路をそらしてやればいい。
私は、敵の認識の外にある三本目の剣――《神炎剣アグニ》を遠隔操作し、地竜の頭に横から思い切り叩き込んだ。
脳を貫かれたばかりか内側から焼かれるという苦痛に地竜は断末魔をあげながら、突撃の進路をずらしていく。
そしてすれ違いざまに一閃。吸命の剣によって乗り手の首をはね飛ばした。
休んでいる暇はない。三人、四人、五人――どんどん来る。
「ちょっと借りるよ!」
私は後ろに居る冒険者たちの顔も見ず、無用の長物と化している彼らのロングソードを《権限》によって奪取。
死体と共にその辺に転がっている剣も回収する。
それらを、こちらに疾駆してきている地竜と乗り手の両方に向かって放った。
さながら機銃のように刃の雨が竜騎兵を正面から襲う。
剣の品質自体はどれも劣っており、大半が地竜の硬い鱗や乗り手の鎧に弾かれてしまっている。
だが「下手な鉄砲もなんとやら」で、一部は綺麗に突き刺さって奴らの息の根を止めた。
さあ、何とかこの場は乗り切った。
戦列の逆側に向かったユウキと合流しなければ。
そう思い走り出そうとしたところで、後ろに居る者たちから声を掛けられた。
「助かったよ、感謝する。あんた、可愛い見た目してるのに随分と強いな……」
「ぐすっ……ありがと……正直もう私たち駄目なんじゃないかって……!」
振り返るや否や、初心者のような装備をまとっている冒険者の男女が頭を下げた。
そんな彼らに対し、地竜の体に食い込んだロングソードを呼び戻して渡す。
「後は自力で何とかしなよ。私はもう行くから」
「そ、そうだよな。あんたみたいな子も頑張ってるんだし、みっともなくビビってられないよな……」
「うぅ……私も怖いけどがんばる……」
ユウキと合流したが、彼はもう最後の竜騎兵を剣で殴打し、気絶させたところだった。
明らかに命を奪うような振り方をしていたのにも関わらず、敵が絶命した様子はない。
どうやらあの剣は持ち主の意思で概念的に攻撃力を変えられるようで、望めば非殺傷武器にもなるようだ。
「ありがとうございます《勇者》様!」
「そうだ……我々にはあの《勇者》がついているんだから、負ける筈がないじゃないか!」
ユウキに救われた人々が一斉に彼を持て囃す。
しかし、当の本人は浮かない顔だ。
彼は私を見つけると、逃げるようにこちらへ駆け寄ってきた。
「セナちゃん……来てくれたのか」
「もう! なんで前線を離れたのさ!」
「だって、放置してたらたくさん人が死んでただろ!?」
「自己責任でしょーが……あと、とどめはしっかり刺しなよ」
ユウキの背後に、いつの間にか気絶から復帰していたオークが立っていた。
そいつが剣を振り下ろすより早く、私は《吸命剣ザッハーク》を撃ち出して頭を貫いた。
予期していた反応だが、ユウキは私に感謝するどころか怒りをぶつけてくる。
「な、何も殺すことないじゃないか!」
「何言ってんの、殺さないときみの方が死んでたかもしれないんだよ!?」
「僕なら大丈夫だ。死にはしないよ」
「あっそ……で、きみが抜けたせいでモンスター来ちゃってるんだけど! どうしてくれんの!」
「二人で倒せば良いだろ! セナちゃんは相変わらず捻くれてるみたいだけど、この世界で凄く強くなったのは間違いないみたいだからな!」
「はぁ~。そっちも相変わらずクソムカつくけど、偉そうな肩書の分くらいは期待してあげるよ《勇者》様!」
私とユウキは二人並んで、じりじりと近づいてくるベヒモスを睨みつける。
この日、この時、私たちは初めてすぐ傍で仲間として戦うこととなった。
アニメに出てきた殺し屋の少女。
敵をも赦してしまう、優しい勇者の少年。
かつて憧れた二つの空想は今、現実のものとなって交差したのだ。
戦場を無数の剣と、ユウキの剣から放たれた光が埋め尽くす。
私が敵を弱らせ、そこにユウキが攻撃を叩き込む。図らずも、私の器用さとユウキのパワーを合わせた完璧な連携が成立していた。
同じ作戦に参加したことはあっても実際に共闘したのは初めてだというのに、不思議なものである。
前世の頃から私たちは何もかも相容れない存在である筈なのに、何故だか最期の時までずっと一緒に居た。
生まれ変わって全く違う人生を歩んでも、あの頃の縁は消え去っていないということなのだろう。
ふと後方を見ると、情けなく縮こまっているだけだった下級冒険者や傭兵たちの様子が変化していた。
「かの《勇者》、それに、あの桃色の髪の女の子……二人とも凄まじいな……」
「でも任せっきりじゃ駄目だろ。俺たちだって何かやれるってことを見せてやらねえと」
「だよな……! あんな化け物を相手にしたら死んじまうかも知れないけど」
「大丈夫さ。もしこれで死んだとしても、地上に逝った後で天神様が褒めて下さる死に方だろうからな!」
一人、また一人と武器を取り、怪物を討伐すべく駆けつけてくる。
威勢よく来たは良いものの、すぐに踏み潰されて肉片に変わった者も居たし、ブレスで焼却された者も居た。
神は大半の人間に対し、奇跡をもたらさない。ルアのように「土壇場で特別な力に目覚める」などということ、普通は起こらないのである。
だがそれでも、もはや彼らが怯えて立ち止まることはなくなっていた。
凄いな。これが「人に勇気を与える存在」――《勇者》の力か。
いや、一緒に戦っている私のお陰でもあるのか?
ともかく、皆が一丸となって奮闘した。
それによって生まれた勝機をローレンスは見逃さず、戦列をぐいぐいと押し上げてくる。
やがて、最前列が墓標平野の中央辺りまで到達した段階で、見える範囲から全ての敵が一掃された。
まだ戦いそのものに勝った訳ではないが、ひとまず困難を乗り切った形となる。
気づけば日はすっかり落ちていた。
馬に乗った正規軍の伝令が、今後の動きを伝えにやって来る。
私たちは一旦、ここで進軍を止めて野営することになった。
私もユウキもそれぞれの仲間と合流した。
長く続いた緊張から解放され、息を吐いていると、さっき自分のパーティのところに行った筈のユウキが戻ってきた。
「なに?」
「いや~、アダムとアイナにめちゃめちゃ怒られたよ」
「そりゃそうでしょ。愚痴を言いに来ただけなら帰って」
「そういう訳じゃなくて……セナちゃん!」
ユウキは微笑み、私に向かって掌をかざした。
「……なんだよ」
「ハイタッチしてなかったなって。この世界でもやってる人、よく見かけるだろ?」
「はぁ? 魔族を容赦なく殺す私のやり方、気に入らないんでしょ。良いの?」
「良くないとは思ってるよ。でも、それとこれとは別だ。君のお陰でモンスターの群れを全滅させられた。前に襲いかかってきた時も思ったけど、もしかして君も《権限》の使い手?」
少しだけ黙りこくったが、やがてゆっくりと口を開いた。
どうせ彼の前で派手に力を使ってしまっているし、こいつなら私の能力について知ったところでその知識を悪用したりはしないだろう。
「……そうだよ。『剣の操る力』ってところかな」
「なんだそれ、めちゃくちゃカッコいいじゃないか! やっぱり『転生の特典』ってやつなのかな、これ」
「多分ね。私が転生者であることも含めて、誰にも言わないでね?」
「分かってるよ。僕だって能力のことは仲間にしか話してないし、前世のことは言っても伝わらないだろうから仲間にすら話してない……にしても、ホントに強くてカッコ良かったよ」
「……別に私の力だけで切り抜けられた訳じゃない。最前線の序列入りたちは私よりずっと強かったし、きみは間違いなく《勇者》だったし、あと後ろに居た連中がやる気になってくれたってのもある」
「君も間違いなく人々を勇気付けてたさ。そういう意味では、君だって勇者じゃないか?」
――なんだよこいつ。ずるいな。
やっぱり私はユウキが嫌いだ。
地面を見つめながら、おもむろに彼の手に触れる。
なんだか恥ずかしくなってきたので、すぐに手を引っ込めたが。
「……はい、これで良いでしょ。もう帰って。帰れ」
「ああ。明日も一緒に頑張ろう」
「うん。今度は変なことしないでね」
「自分が行動することで一人でも犠牲を減らせるなら止める訳にはいかないよ。今回だってああしなきゃもっとたくさんの人が死んでたのは間違いない。結果論かもしれないけど必要なことだったんだ」
「それはそうかもしんないけど……」
「だからさ、もし同じことをしたらまた助けに来てくれよ」
「私じゃなくて仲間に言いなよ」
「言ってるよ。実際、普段は気を遣ってくれてるけど、たまに面倒くさそうな顔して放任してくるんだよ」
「仲間としてずっと一緒に居たら私だってそうしただろうね。まあ今回に関しては放任とかじゃなくて『自分たち三人まで後退したら前線が持たないから役割分担しよう』って判断したんだと思うよ」
「そうか。つまりは『信頼してくれてた』ってことなのかな」
「多分ね。勇者なら赤の他人を救おうとするだけじゃなく、傍にいる仲間のことも気にしてあげて」
「転生しても相変わらず厳しいな、セナちゃんは……でも確かにその通りだ、忠告ありがとう。じゃあ、また明日」




