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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第4章:魔王軍、襲来

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4章3節:墓標荒野での再会

 木どころか草の一つも見当たらない、荒れ果てた大地。

 だだっ広い一面の土色を区切るように、ところどころ破損している長大な城壁が築かれている。

 空を完全に覆っている雲からは小雨が降り注いでおり、冷たさと肌寒さ、薄暗さが相まって、ただここに立っているだけで気が滅入ってくる。


――北部平原。またの名を「墓標荒野」。


 ここは、世界の最小物質にして生命を呪血病から守るもの――マナが希薄化しつつある地域である。

 五十年ほど前の時点で希薄化はかなり進行していたようで、当時この辺りに住んでいた者たちは普通に生活しているだけでもマナ欠乏となり、皆が呪血病を発症させて死んでしまったと記録されている。

 こんな場所だから、一応はラトリア王国が領有しているが管理はされておらず、辛うじて人が生きられるギリギリのラインに城壁を建造するに留まっているのである。

「辛うじて生きられる」とは言っても、一ヶ月も滞在していれば《術式》を多用した後のそれにも似た体調不良に見舞われるから、城壁に勤務する者はごく短いスパンで交代しているようだが。

 この性質上、今回の依頼の契約期間も最長で一ヶ月となっている。

 もっとも、一ヶ月間まったく状況が動かず睨み合いが続く――なんて展開にはならないだろうが。

 ちなみに俗称は、かつての居住者たちの墓標が至る所に作られていることに由来する。

 

 さて。この地はそういった特異な性質で有名だが、ラトリア北方戦争の戦場になったことでも知られている。

 これから、十年前の二大国家の衝突が再演されようとしている訳である。


 

《竜の目》のメンバーが馬車を降りていくのを見送った後、私はウォルフガングに小声で話しかけた。


「ローレンスの奴と遭遇したら面倒だから、ここからは目立たないように行動しよっか」

「そうだな。リアはともかく俺は外見も雰囲気もあまり変化していないから、正体を気取られる可能性は充分にある」

「私だって不本意ながら家族として十二年間いっしょに暮らしてたんだし、成長してても気付かれそうだよ」


 荷物を漁って二人分のマントを取り出し、一着をウォルフガングに渡して自らも着用。フードを目深にかぶった状態で《竜の目》に続いた。

 向かう先は城壁の手前にある詰所だ。

 周辺には無数のテントが設営されており、利用者は口々に「扱いが酷い」とぼやいている。

 彼らの視線を潜り抜けながら詰所に入っていき、ゲオルクたちの受付が終わった後、私たちも正規軍の事務担当者の男に契約書を渡した。

 

「ふむ……君たちはさっきの三人組と同じく序列入りか」

「ん、序列入りだと何かあるの?」


 聞いてみると、男は扉が開けっ放しになっている入り口の方を指差した。


「外に傭兵や冒険者共が居ただろう? あの有象無象と違って、君たちには詰所の部屋が割り当てられているんだ。幸運に思ってくれ」

「もしかして部屋が足りてなかったり?」

「仕方ないだろう。想定を遥かに超える数の志願者が来たんだ」

「確かに、王都ではかなりたくさんの人が並んでたね」

「まあ、外に居るのは戦闘経験がない連中が殆どで、どうせ役に立たないんだからあの扱いで充分だと思うがね」

「配達依頼しかこなしたことなさそうな冒険者とか、農民とかも混じってるっぽいしねぇ」

「いざ戦闘が始まった時にみっともなく逃走しないと良いがな。せめて肉の盾くらいにはなってもらわねば」


 振り返って、室内から外を眺めてみる。

 正規軍の方は分からないが、臨時雇用された者たちの士気は見るからに低い。

 報酬は後払いだから逃走する旨みこそ無いけれど、それでも状況が悪くなれば命を守る為に多くの者が逃げ出してしまいかねないな。

 無論、命あっての物種だから、もし逃げたとしてもそれはそれで仕方のないことだと思うが。


「あ、この後はどうしたらいいの?」

「われわれ正規軍の者が、傭兵および冒険者向けに定期説明を実施している。本日十二時にも行われるから参加するように」

「はーい」


 受付を終えたら、今度は入り口からしばらく廊下を進んだ先にある部屋に案内された。

 薄汚れたベッドが四つ置いてあるだけで、質素かつ狭苦しい。

 だが、外で野宿させられるよりはマシなので文句は言えまい。


「さ~て。定期説明まではまだ少し時間があるみたい……どうしようね、ウォルフガング」

「城壁内でも見て回ったらいいんじゃないか?」

「あ~、それが良いね。他の参加パーティも気になるところだし」

「あまり目立たんようにな。俺はここで大人しく待っていることにするよ」


 ゲオルクたちはさっき、すぐ隣に入っていった。

 序列入り冒険者パーティが他にも来ているとしたら、恐らくはこの辺りの部屋を割り当てられているのだろう。

 どれ、適当に探ってみようか。


「うひひ、お邪魔しま~す!」


 わざとらしく笑いながら《竜の目》の部屋の扉を開けるや否や、ナイフが飛んできた。

 それを避けると、今度はシスティーナとルルティエの下着姿が視界に飛び込んでくる。


「何しに来たんだよピンク女! 不審者だと思ってナイフ投げちゃったじゃん!」

「駄目だって! 私じゃなかったら頭にグサリだったよ今の!?」

「そうですよルルちゃん。すぐ手を出しちゃうのは『めっ』です。ところでリアちゃんはどういった用件で?」

「いや、暇だから覗きに来ただけだけど……もしかしてホントにお邪魔だった? これから3ぴ――


 と言いかけ、ゲオルクの冷たい視線に射抜かれる。

 

「ただ着替えてるだけだからな? こいつら、オレの前でも普通に脱ぎやがるんだ」

「あ~、なるほど。でも長いこと一緒に冒険してたらそんなもんじゃない? 私もライルとかの前で着替えたりするし」

「まあそうなんだが……」

「『出てけ』って言われない辺り、信頼されてるってことでしょ」

「はあ……」


 困惑したように頭をポリポリ掻くゲオルクに向かって、システィーナが両手を差し出した。


「私はあなたなら良いと思っていますよ? 勿論、私は聖職者なのでそういう関係になるのであれば結婚して頂かねばなりませんが! なりませんがぁ~!」

「は、はぁ!? 急に何言ってんだお前!」

「そうだよシスティ! こんな戦いしか知らないガサツな男と結婚していいの!?」


 慌てふためく青年と少女。それを見たシスティーナは可愛らしく笑う。


「ふふっ。冗談ですよ……少なくとも、今はそうしておきます」


 うーむ、仲の良い三人だ。割り込むのも申し訳ないので、私は退却するとしよう。


「ありがと、ちょっと癒やされたよ」


 ルルティエが投げたナイフを拾って返してやった後、そう言い残して部屋から立ち去った。


 次は更に隣を見てみよう。

 他の序列入りはおふざけが通じるような間柄でもないので、ちゃんとノックをする。

 それに応じたのは、雰囲気だけは優しげなイカれ医師、トリスタンだ。

 ここを使っているのは《シュトラーフェ・ケルン》か。宣言通り参戦していたようだ。


「おや、《ヴェンデッタ》の方ですか」

「うん。他にどんなパーティが居るのか気になって、ちょっと挨拶して回ってたんだ」

「わ~、やっぱり来てくれたんすね! ウチ、超嬉しいっす!」


 アルマリカがベッドから起き上がり、駆け寄ってくる。手を握られそうになったが、やはり嫌な予感がしたので無視した。


「も~冷たいっす! ま、それでも歓迎するんでゆっくりしてって下さいっす」

「いや、すぐに行くつもりだから大丈夫だよ」


 遠慮しつつ部屋の中を覗き込んでみると、ベッドに見慣れない女性が座っていた。

 艶やかな金の長髪、儚さを感じさせるようなすらりとした身体と美しい顔立ち、そして長い耳――すなわちエルフ族。

 肉体を包んでいるのは、たとえるならば白のスクール水着のようなぴっちりした下着である。

 

 この人、もしや一言も喋らなかったベルタか。鎧の中身はこんな美少女だったとは。

 恵まれた容姿に見惚れていると、彼女は露骨に不快そうな顔をして私を睨んだ。


「#?×I&A、人$コG雨J!」

「え、なんて?」

「人$コG雨J!」


 駄目だ、何を言っているのか全く分からないぞ。

 妙なことに、女神による言語翻訳が機能していないようだ。

 とりあえず肯定的な反応ではないのは察せられるが。


「あ~。ベルタっち、姿を見られてメチャクチャ怒ってるっすね。美人さんなんだから隠してるの勿体ないってウチは常々言ってるんすけど、なんとも内気な子っす……」

「なに喋ってるか分かるの!?」

「いや全然! 付き合いが長いから何となく読み取れるだけっす! ベルタっちは秘境生まれ秘境育ちのエルフ族だから独特な方言を使うんすよね。それが難しくて難しくて……」

「道理で前に会った時は黙ってた訳だ……これ以上怒らせたくないからこの辺で帰ることにするよ」

「そうっすね~、ごめんっす!」


 アルマリカは両手を合わせて謝罪し、扉を閉めた。

 ふむ。転生して十七年、言語の問題で困ったことはなかったのだが、こういうこともあるのか。

 

 さて、次に行ってみよう。

 私は近い部屋から順番に訪問していったが、次の二つは誰も居なかった。

 外の状況を考えると無駄に空室を作る筈もないので、使用者はどこかに出掛けているのだろう。

 気を取り直し、別の扉をノックする。

 その向こうから出てきた人物の姿を見て、私の思考は凍りついた。


「は~い……って、リア!? なんでここに!?」


 序列一位、《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》のリーダー。

 《勇者》レインヴァール。

 私の前世における幼馴染、ユウキ。

 そうだ、この重要な戦場に彼らが来ている可能性は充分にあった筈なのに、想定から外してしまっていた。


「あ、えっと、ゆ……じゃなくて、レインヴァールだよね」

「会えて良かった! ずっと君と話したかったんだ!」


 そんなことを言って、彼は私の手を両手でぎゅっと握った。

 かつて怒りに任せて斬りかかった私を相手に、こいつは何の警戒心もなく触れてくるのだ。

 顔が熱くなる。

 前は「剣を交えるまでこいつがユウキだと気付かなかった」というのもあり頭が憤怒でいっぱいになっていたが、今は色んな感情で思考がグチャグチャになっていてよく分からない。

 手を振り解きたいのに身体が固まってしまっている。

 今、敵に攻撃されたら流石の私でもちょっと危ないかも知れない。

 

「大丈夫? リア」

「えと、うん……」

「ごめん、ちょっと二人きりで話したいから行ってくるよ!」


 レインヴァール、もといユウキが後ろを向いて、三人の仲間たちに伝えた。

 それに対し、緑髪のツンデレっぽい少女アイナは腕を組み、「すぐ戻って来なさいよ」と。

 限界まで露出度を高めた危険な服装をしているエルフの少女レイシャは、クールそうな表情に反してノリが良く、両手でサムズアップしている。

 そしてもう一人、銀髪のエルフの青年アダムは、冷淡な雰囲気に違わず「余計な人間と関わるのは最小限にしておけ」と言い放つ。

 ユウキは彼らに向かって頷いた後、困惑したままで居る私の手を引いて、詰所の外まで移動するのであった。


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