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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第4章:魔王軍、襲来

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4章1節:序列五位《シュトラーフェ・ケルン》

 私たち《ヴェンデッタ》は、珍しく王都の中心街にある上等な宿を借りていた。

 少しでも良い環境でネルを休ませてやりたかったからだ。


 レヴィアス公領で足を喪ってから、日を追うごとにネルの容態は悪くなっていった。

 少し前まで明るく振る舞っていた少女がただひたすらに「痛い」とだけ絶叫している姿を見ていると、胸を抉られるような気持ちになる。

 今は医師から高値で買った強力な鎮痛薬によって幾らか落ち着いているが、これが呪血病患者に対する精一杯だ。

 やがてはそれすらも効かなくなり、「せめてもの救済」をしなければならなくなるだろう。


 ベッドで仰向けになっているネル。片脚は十日で完全に喪われ、次はもう一方の足が崩れ始めている。

 痛みが薬によってマシになろうとも恐怖は抑えられず、天井を見上げて泣き続けている。

 そんな彼女の、残っている方の手を握るリーズ。

 ネルの手前、泣くまいと必死で堪えているのは明らかだ。


 「くそっ……なんとかしてやれねぇのかよ……!」


 ライルはテーブルを囲むように置かれた椅子に座り、頭を抱えている。

 ウォルフガングも殆ど表情には出していないものの、じっと見ていれば苦しんでいることは読み取れる。

 私だって辛い。でも、どうしようもないんだ。 


「……最初から分かってたことでしょ。きっとそう遠くないうちにネルちゃんとは別れることになるって」


 ライルに向かって強がるように言うと、彼は怒りを露わにした。


「リアは辛くないのかよ!?」

「悲しんだら呪血病が治るならそうしてるよ!」

「なんだよその言い方!」

「じゃあどうしろって……」


 私も心に余裕がなかったのでつい感情的になってしまったが、ウォルフガングに「二人とも落ち着け」と言われ、少しだけ冷静さを取り戻した。


「……いや、なんでもない。ごめんライル。ちょっと空気読めてなかったね」

「こっちこそ悪い。喚いても意味ないよな……」


 ため息が出る。リーズとライル、何より自分自身に呆れて。

 結局、私もまたネルに感情移入してしまっていた。軽はずみに仲間として認めてしまった。

 いや、この際ネルを最期まで仲間として扱ったっていいのだ。

 仲間との別れを恐れ、悲しむ私の弱さに問題があるというだけで。

 どうせ、いつかはウォルフガングもリーズもライルも居なくなってしまうのだから。


 私は気分転換の為、冒険者ギルドへ出掛けることにした。

 何もしていないと気持ちがどんどん沈んで、前に進めなくなる。

 私にはやるべきことがたくさんあるのだ。嘆いていられる余裕なんてない。


「……依頼、見に行ってくるね。ウォルフガングも来る?」

「ああ」


 席を立った私たちを、リーズが呼び止める。


「え、えっと、私も一緒に行きます!」

「きみとライルは無理しなくていいから、ネルちゃんを見ててあげて。仕事探しとかそういうのはこっちでやっとくよ」

「でも、それではリア様に申し訳が……」

「……その状態で本当に戦えるの?」


 図星だったのか、彼女はそれ以上、何も言わなかった。

 

***


 王都内で最も規模の大きい、中心街のギルドにやって来た私たち。

 相変わらずここは冒険者で賑わっている。

 何人かは私とウォルフガングが《ヴェンデッタ》のメンバーであることに気づいたのか、怯えたように距離を取り始めたが。


 掲示板に張り出されている依頼に興味を惹くものはない。

 評価値が大して付与されなさそうな、下級冒険者向きのものばかりだ。

 ここ最近はずっとこんな調子である。従来であれば依頼探しの為に拠点とする宿を変更していたのだが、今はネルが居るからそうもいかない。

 いっそ、たまには薬草探しや洞窟に住み着いた魔物の掃討なんかをしてみても良いかも知れない。

 

 依頼を物色しながらあれこれと考えていると、突然、ギルド内の空気が一変した。

 私たちが訪れた時よりも更に多くの冒険者が動揺している。

 振り返って扉の方を見てみると、そこには三人の男女が居た。

 先頭は長いオレンジ色の髪を後ろで纏めている、陽気そうな黒衣の女。

 後ろに居るのは白衣を着た茶髪の男性。柔和な雰囲気であり、一見、とても冒険者などやっているようには見えない。

 そしてもう一人は、全身を白銀の鎧で覆い隠している者。長身であるせいか、凄まじい威圧感を放っている。


 《シュトラーフェ・ケルン》。冒険者パーティ序列第五位。

 王族の命を狙ったことがある暗殺者、危険な薬の製造や人体実験を繰り返していた医師、エルフ族至上主義を掲げて活動していたテロリスト。

 全員が著名な凶悪犯罪者だが、「王家の命令に従うこと」を条件に、彼らから冒険者としての立場と金銭を与えられている。

 つまり、半ば王家の私兵でもあるのだ。


 先頭の女――「《千影》のアルマリカ」は、私たちを見るや否や、馴れ馴れしく話しかけてきた。


「おや~、キミ達はもしかして、かの《ヴェンデッタ》の二人っすか~?」

「さぁ……? それより何しに来たの。きみらがやるような依頼なら今は無いけど?」

「そうなんすねー! そろそろ時期かなと思ってたんすけど……うーん、確かに見た感じでは無さそうっすね」

「時期って、何が?」


 何の気なしに問うと、彼女は人差し指を立ててニヤリとする。


「あ~、まだ街の方では噂になってないんすね。実は今、《魔王軍》とそれに協力しているルミナス帝国の連中が、大規模な軍勢をラトリア北部の更に北に展開しているらしいんすよ」


 あまりにも唐突に、とんでもない情報が舞い込んできた。

 そんな話は聞いたことがないが、事実だとしたら社会情勢が一変しかねないぞ。

 この場に居る他の冒険者にとってもこれは初耳だったようで、私を含む二組の序列入りパーティのメンバーを怖れつつも、黙って会話に耳を傾けている。

 

「……一応聞くけどさ、本気で言ってる?」

「当然っす。信じるか信じないかはキミ達次第っすけど」

「王都占領の時みたいに、帝国と《魔王軍》は本気でラトリアに攻め入る気ってこと?」

「多分そういうことなんじゃないっすか? ウチらって別に休戦した訳じゃないっすから」

「それはそうだけど……」

「あちらさんがどこまでガチでやる気かは分かんないっすけどね。少なくとも、こっちが舐められるような対応をしたらまた王都を奪われるのは確かっすねー」


 王都を解放してから今までの三年間は情勢が比較的落ち着いていたが、いよいよ再攻撃の準備が整ったということなのだろうか。

 

 静かに考え込んでいたら、医師の男――「《蝕毒》のトリスタン」が話題に入ってくる。


「僕たちはこんな立場ですから、色々と噂が入ってくるんですよね」

「だろうね。他にもなんか知ってるなら教えてくれない?」

「そうですねぇ……王家は徹底抗戦を考えているようですが、ラトリア貴族たちの間ではそれに従うか否かで意見が分かれているみたいですよ」

「本気で戦うなら、貴族たちは少なくとも資金提供の義務を課されちゃうからね。それどころか自ら参戦しないといけなくなることもあるし、そりゃ嫌な人も居るだろうね」

「ええ。だから、穏健派の者たちは停戦交渉をしようとしている……なんて話も聞きました」

「ふぅん。なんかややこしいことになってるなぁ……」

「分かるっす~! 政治的なアレコレでゴチャゴチャしてるのは嫌いっすよ!」


 アルマリカは満面の笑みを見せた。

 一言もしゃべらない「歩く甲冑」はともかく、この二人は本当に凶悪犯罪者とは思えないな。

 或いは悪辣な人間だからこそ、上っ面を取り繕うのが上手いのかも知れないが。


「……とまあそういう感じなんすよね。今はまだ無いみたいっすけど、近日中に冒険者向けに依頼が出されると思うっす」

「『敵の軍勢に対する警戒任務、場合によっては殲滅任務に参加しろ』っていう……?」

「そうっす。ウチらは行くつもりっすけど、キミ達もそういう血が見れそうな依頼、好きっしょ? もし一緒に戦うことになったらヨロシクっす!」

「あんまりキミらにヨロシクされたくはないかなぁ……」

「たはは! 言うっすね~! そういうとこ嫌いじゃないっすよ!」


 アルマリカがゲラゲラと笑いながら私の背中を叩こうとしてきたので、つい回避してしまった。

 性別も雰囲気も全然違うし戦闘スタイルもよく知らないが、何となく以前に戦ったヴィンセントのことを思い出して、「こいつに触れられてはいけない」という気がしたのだ。


「も~、つれないっすね~! 《ヴェンデッタ》のお嬢さん!」

「まあまあ。僕らが警戒されるのは仕方のないことですよ」

「同業者とは仲良くしたいからいつもニコニコするようにしてるんすけどねぇ。ん~、ベルタっちが威圧感振り撒いてるのが良くないんすかねぇ」


 冗談めかして言う彼女の背中を、甲冑のエルフ――「《神鎧》のベルタ」が叩く。


「あ痛ぁっ!? 冗談だから怒らないで欲しいっす! ベルタっちに殴られたら死んじゃうっすから!」


 何だかふざけたやり取りをしながら、三人は去っていった。

 ウォルフガングと共に、彼らの背中を見送る。


「話には聞いてたけど、『犯罪者のパーティ』っていうイメージに反して愉快な人たちだったなぁ」

「油断できる相手ではないがな。先の噂を意図的に広める為にここに来た可能性すらある」

「分かってるって……にしても、あれが本当なら大変なことになりそうだね」

「ああ。停戦交渉が上手くいけば良いが、十中八九、難航するだろうな」

「まず王家がヤる気みたいだもんねぇ……」

「リア、どうする? もし参加するなら、俺も行くつもりだが」


 私は少しの間、思案した。

「ラトリアの為に戦う」という仕事をやり遂げれば間違いなく《ヴェンデッタ》の評価は大幅に上がるだろうし、それ以上に、女王を目指す者として戦いの趨勢は間近から見ておきたい。

 戦闘が発生しないまま敵軍が撤退して終わってくれるにせよ、実際に一戦を交えることになるにせよ、これは決して無視できないものだ。

 ネルのことは気になるけれど、あの二人に任せるとしよう。


「参加しようと思ってるよ。ただ、リーズちゃんとライルには休んでてもらおうかなって」

「……お前自身は良いのか?」

「うん。ここで立ち止まったら、今後も動けなくなっちゃう気がするから」

「……そうか。無理だけはするなよ」

「心配してくれてありがと。私は大丈夫だよ」

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