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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第4章:魔王軍、襲来

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断章:不良の俺が転生したら平凡な村人だった件【後編】

 その日は最悪の事態になる前に辛うじてユウキを救い出すことが出来たものの、それ以降、俺の心は常に不安に苛まれるようになった。

 いつかまた、こんな日が来るんじゃないかと危惧していた。

 あいつを空想から解放してやらねば、また無茶をしでかすだろう。

 かといって、その気持ちを軽率に否定すると自殺に追い込んでしまう危険性もある。

 まさに八方塞がりである。


 そして、嫌な予感は的中することとなった。


 夜の繁華街。物陰にはスーツを着た大人たちが居て、薬を取引しているようだった。

 一目で「絶対に喧嘩を売ってはいけない相手」だと分かる。

 それなのに。

 その場に、ユウキが居たのだ。

 たった一人で、自分より体格の良い男たちを真っ直ぐ見上げて、生まれる世界を間違えた勇者みたいに、「犯罪を止めろ」と叫ぶのだ。


「くそっ、あのバカ野郎!」


 目撃者を葬る為、男の一人が刃物を出し、ユウキに襲いかかる。

 俺はすぐに距離を詰め、ナイフを弾き飛ばす。そして腹に拳を叩き込もうとするが、後方に跳んで回避される。


――ユウキ、逃げろ!


 と叫び、追撃しようとした。

 だが、胸に激痛が走り、声が出ない。

 いつの間にか別の男が、消音器付きの拳銃を持っていた。

 視界がぼやけていく。手が生温かいもので染まっていく。

 ああ、俺、死ぬんだな。

 

 俺は今まで何をしてきたんだ?

 怒りのままに暴れ回って、弱者を守った気になって。

 でも、本当に大事な時は何も出来なくて。

 友達すら守り切れなくて、こうして訳の分からない死に方をして母にも迷惑を掛けて。

 

――嫌だ。このまま終わりたくない!


 最期にそんな、現実感の欠片もない願いを抱いた。

 俺すらも、空想に縋ってしまったのだ。

 


 そうして気がつくと、俺は真っ白な世界に居た。

 そこには俺以外にもう一人、女の子が立っている。

 現代風の服装とはまるで異なる身なり。美しい銀の長髪。


「……マジかよ。死後の世界なんて妄想だと思ってたんだが」


 そう呟く俺を、感情の薄い目で見つめてくる少女。

 やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。


「時崎黎司。あなたは『世界を変えたい』と本気で願う?」


 世界を変える、か。考えたこともなかった。

 だけど、確かに世界がもっとマシだったなら、こんな結末にはならなかっただろう。

 俺がもっと強かったなら、ユウキもセナも、それ以外の全ての弱者も、まとめて守ってやれただろう。

 だから、もし二度目の人生があるっていうのなら、今度こそ本物に――「弱者を守ってやれる、強くてカッコいい男」とやらになってみたい。

 

 しばらく考えて、俺は縦に首を振った。


「……ああ。世界にはどうしたって他人を傷つけるクズが現れる。だから俺はそういう連中を消し去って、弱い奴を……戦いなんか向いてない奴らを守ってやりたい」

「あなたが幾ら傷ついたとしても?」

「傷ついてもいい。怖がられてもいい。憎まれてもいい。そういうの、慣れてるからな」

「……分かったわ、時崎黎司。それならば、あなたに遠い世界での二度目の人生を与えましょう」

「嘘だろ? それ、もしかして『異世界転生』ってやつか?」

「ええ。あなたの世界ではそう呼ばれている現象ね」

「はは、まるで現実味がない話だと思ってたが……ユウキに謝らないといけないな……」

「あなたはこれから『現代なんてまだ優しかった』と思うくらいの地獄に向かうことになる……後悔に打ち勝つ為の力と共にね」

「……ああ。今度こそ、頑張ってみるさ」

「これから辛いこと、苦しいこともたくさんあるとは思うけれど、どうか自分を信じて生き抜いてみて……それじゃあ、行ってらっしゃい」


***


 天暦970年。

 ルミナス帝国領の片田舎にて、俺は農家の息子として生まれ変わった。

 最初は前世の記憶など持っていなかったから、平凡な子供として親の仕事を手伝う日々を送っていた。

 現代日本のことを思うと、子供が学校に行くことも出来ずに辛い仕事をして生きていくというのは不幸極まりない境遇だと言えるが、それは飽くまで前世の価値観で見た印象だ。

 この中世的な世界じゃ、まともな仕事に就けているだけで恵まれている部類なのだ。

 それに領主から課せられた税もそこまで重くない。

 大規模な不作に見舞われることがなかったという幸運もあるけれど、食事に困ることはなかったのである。

 そして何より、両親が愛をもって接してくれたのだから、もう何も言うことはない。


 このままずっと辺境の狭い世界で普通の人間として生き続け、死ぬことになるのだろうと思っていたし、別にそれで良かったのだ。

 だが、そんな人生を変える、最悪な出来事が起きた。


 ある日の深夜。俺は両親から叩き起こされた。

 二人揃って「村から逃げろ」などと言うのだ。

 事情が分からず家の外に飛び出てみると、村中から火の手が上がっていた。

 それだけではなく、武装した者たちが村の男を容赦なく斬り殺している。

 女の足を切り、逃げられなくした上で犯している。

 何人かは恐らく人身売買に出す目的で、生きたまま拘束されている。

 

「な、なんだよ、これ……」

「盗賊団が略奪しに来たんだ! お前は早く逃げてくれ!」


 父が俺の両肩を掴み、血相を変えて訴える。


「に、逃げろって言われても! 父さんと母さんは!?」

「あいつの身体が強くないのは分かっているだろう! 一緒に逃げていたらまとめて捕まってしまう!」


 確かに父の言う通りだ。俺一人なら逃げられるが、母まで連れて行くのは無理だろう。

 家族全員で犠牲になるより、言う通りにした方が良いというのはすぐに分かった。

 でも、見捨てられる筈がない。


「母さんを守る為に戦うつもりなんだよな? 俺も一緒に……」

「バカ野郎、無理に決まってるだろ! 早く行け! や、奴らが来るぞ……!」


 揺らめく炎の向こう側から、剣を持った男たちがやって来る。

 そんな様子を見て、情けないことだが、俺は恐怖に支配されてしまった。

 数秒前まで意気がっていた筈なのに、いざ脅威がすぐそこまで迫ってきたらこれだ。

 そして父と母が、まるで今生の別れを告げるみたいに「愛している」と言うものだから、もはやこの場に立っていることが出来なくなった。

 二人の覚悟を蔑ろにしたくはなかったのだ。


 涙を流しながら逃げ出した。

 後ろを振り返らず走った――つもりだった。

 俺は振り返らない勇気すらも保てなくて、つい、農具小屋の陰に隠れつつ村の方を見てしまった。

 

 腕を切り落とされ、脚を切り落とされ、口に剣をねじ込まれている父が、そこには居た。

 盗賊共は父をバラバラにした後、母が居る家の内に押し入っていく。

 

「あ……あぁ……」


 声にもならない声が口から漏れる。

 憎悪。後悔。無力感。

 様々な負の感情でグチャグチャになって。



 気がつけば、真っ白な世界に意識が飛んでいた。

 頭の中に知らない記憶が流れ込んでくる。

 今とは違う世界で、今とは違う人生を歩んだ男の記憶が。

 これにより時崎黎司は――俺は、真に再誕したのである。


 記憶の統合を果たした直後、目の前にあの女神が再び姿を現した。

 彼女によると、俺は前世の記憶と共に《権限》と呼ばれる力を得たらしい。

 《絆の誓い》。それが、俺に宿った異能の名。

 この力さえあれば戦えると、そう信じた。信じたかった。


 だが、あろうことか女神はこれを「他者との愛を力に変える異能であり、他者を愛することをやめればこれは喪失する」とだけ説明し、「後は自分で学べ」と告げて去っていったのだ。



「……っざけんな!」


 意識が現実に戻った瞬間、怒りで頭がいっぱいになった。

 強力な異能を得て、あのクズ共を倒せると思ったのに。

 父は救えなかったけれど、母や他の生き残りは救えたかもしれないのに。

「後は自分で学べ」だと? 期待させておいてそんなのってないだろう。


 何とかしてすぐにでも能力を発動させようと、がむしゃらに空想をした。

 剣や斧、銃のイメージを抱く――出てこない。

 炎や水、雷、風のイメージを抱く――出てこない。

 身体が強靭化する、或いは素早くなるイメージを抱く――何も変わらない。

 変わらない。変わらない。変わらない。変わらない。変わらない。


「クソったれ! 何なら出来るって言うんだよ……!」


 結局、何を祈ろうとも、俺に宿ったらしい異能が何らかの恩恵を与えてくれることはなかった。

 そうこうしているうちに、何人かの盗賊がこちらへ向かってくる。

 何が「弱者を守ってやれる、強くてカッコいい男」だ、バカバカしい。

 俺はなんて平凡で無力な男なのだろう。

 もはや、惨めに逃げ去ることしか出来なかった。



 かくして故郷を喪った俺は、二度の絶望だけを頼りにして、当てのない旅を始めた。

 自分の力の本質を見極め、「本物」になる為の旅を。

 不思議なことに、この世界で使われている言葉は殆ど現代日本語そのままだったので、前世の記憶を取り戻してからも特に違和感なく各地で生活することが出来た。

 恐らく、俺を転生させた女神が感覚と思考に干渉して勝手に変換してくれているだけであって、実際に日本語が使われている訳ではないとは思うが。


 さて、旅の中でしたことと言えば、主に肉体と戦技の鍛錬だ。

 その上で、各地で起こる揉め事に自ら首を突っ込み、力任せに解決する。

 しばしば謝礼が貰えることもあるが、飽くまで自分を高めるのと、一人でも多くの弱者を救ってやることが主目的である。

 つまり、前世とまるで変わっていない。


 無論、戦いに明け暮れていただけではない。それでは生活が行き詰まってしまう。

 俺は日銭を稼ぐ為、現代で見た料理や工芸品などを何とかこの世界で再現しようとした。

 それで、上手くいった場合は生産物を売ったり、あるいは手法そのものを売却するなどした。

 もっとも、ラトリア王国やルミナス帝国の勢力圏においては大抵、「異端の文化」と見做されたのだが。

 このような商売が幾らか上手くいったのは、二大勢力の更に東側を支配している東方諸国に居る間だけだった。


 戦いを繰り返し、その合間にこの世界の様々な文化を知り、そして前世の文化を持ち込む。

 何年かそういった生活を送ったが、結局、《絆の誓い》については何も分からなかった。

 それもその筈であり、俺は誰とも深い「絆」を結ばなかったのだ。

「どうせ俺のことなんて誰も分かってくれない」と諦め、いつでも、無意識に人を避けながら生きていた。

 その辺りも前世から進歩していないが、今は「別世界において自分だけが現代世界の記憶を持っている」という異常な状態なのだから、他者を怖れても仕方がない面もあるだろう。

 


 だが、そんな閉塞した状況が、「あの女」との出会いによって変化した。

 長いエメラルド色の髪を持つ、風変わりな女性。

 後に、この天上大陸全域に広まることになる「誰もが魔法を操れるようになる技術」――《術式》を生み出した人物。

 名を「アルケー」と言う。


 この出会いの果てに俺は、自らの力を理解しただけでなく、隠された世界の真相の一端に辿り着くことになったのである。

断章はこれにて終わりで、次回から本編(アステリアの物語)に入っていきます。

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