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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第4章:魔王軍、襲来

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断章:不良の俺が転生したら平凡な村人だった件【前編】

本パートは前後編で終了します。

 時崎黎司(ときさき・れいじ)

 かつて現代世界に生きていた頃の俺は、そんな名前だった。

 これは、一人の愚かな男が死んで第二の人生を得るまでの、救い難い現実の物語である。



 俺は、ある貧しい母子家庭の一人息子として生まれた。

 父親は生まれた時にはもう居なかったようだ。

 いや、そもそも母が正式に結婚していたかも怪しい。

 彼女は身体を売り物にする、いわゆる水商売を営んでいたからである。

 そういう状況だったから、住んでいた団地の隣人たちから煙たがれる毎日だ。

 

 でも不思議と、自分が不幸だとは思わなかった。

 貧しくとも、周りに親しく接してくれる人間が居なくとも、母は誠実に俺と向き合ってくれたから。

 あの人はいつも、こう言っていた――「弱者を守ってやれる、強くてカッコいい男になりなさい」と。

 きつい仕事の中でも懸命に育ててくれている恩に報いる為、俺はその言葉通りの存在になろうとした。

 学校や近所でいじめられている奴を見かける度、加害者を殴ってでも救い出していたのだ。


 結果としてどうなったのかと言うと、中学に上がった頃には世間から「不良」と呼ばれるようになっていた。

 不良と言っても、非行に走り、弱者から金品を巻き上げ、多数で少数に暴行を加えるような情けない連中とはつるんでいない。

 むしろそういったクズ共と同一視されるのが嫌で、こちらから喧嘩を吹っ掛けまくっていたのだが、客観的に見れば一緒くたにされても仕方がなかっただろう。

 

 最初は傷だらけになって帰宅し、母を心配させてばかりだった。

 当然ながら、ガキ一人で群れたチンピラに勝てる筈もなかったのだ。

 だが、バカな俺は愚直に身体を鍛え続け、やがては複数人に囲まれても制圧出来る強さを獲得したのであった。



 さて。

 こんな生き方をしていれば自然と周囲から人は離れていくものだ。

 でも、その日はむしろ、不思議な縁が俺のもとに舞い込んできた。


 中学から帰り、いつものように不良狩りをしていた夕方。

 近所の公園で、小学生くらいの少年と少女が、俺と同年代に見える五人ほどのクズ野郎共に絡まれていた。

 どこか空虚な目をした茶髪の少女を守るように、短い黒髪の少年は手を広げて立ち、「僕がセナちゃんを守る!」と力強く語っていた。

 明らかに無謀だ。不良たちもそう思っているのか、子供二人を見下して下品に笑っている。


「こいつ『守る』とかマジで言ってんのかよウケるわ。カッコいいでちゅね~~僕ちゃん」

「うぜーガキだぜ全く。ホームレスのおっさん共みたいにすぐ泣き喚いて金を出せば良いのに」

「ちょっと親の財布から金盗んで持ってくるだけで許してやるっつってんのにな~こりゃ殴るしかねぇか」

「ヒヒッ……じゃあ徹底的にボコってストレス発散すっか」

「つーことで、くたばれやガキ」


 そうして男の一人が、目を瞑って痛みに耐えようとした少年に拳を振るう。

 俺はすぐに両者の間に割り込み、その拳を掴んだ。


「ゴミ野郎が」


 そう吐き捨て、手首をへし折る。


「うぎゃああああッッッ!!!」


 男は絶叫し、転びそうになりながら走り去っていった。

 残る四人は狼狽していた。同じように逃げるか否か逡巡しているようだ。


「おい! こいつ、まさか……」

「この辺りでヤンキー潰しまくってるっていう、あの!?」

「あ、あんな噂、嘘に決まってんだろ……! たった一人で何が出来るってんだ!」


 いつまでもお互いに顔を見合わせてゴチャゴチャと話しているので、苛立ってきた。

 俺は男たちを睨みつけ、挑発する。


「どうした、来ないのか? さっきの奴みたいに逃げるか?」

「くそっ……舐めやがって! 絶対にぶっ殺すッ!!」


 まんまと煽りに乗った彼らは、懐からナイフを取り出した。

 どうやら武器に頼らねばならない程度の自信しか持ち合わせていないらしい。


 手前の男による刺突をかわし、無防備になった腕を掴んでもう一人の方へ投げ飛ばす。

 斬りかかってきた三人目の男の鳩尾をぶん殴り、無力化する。

 四人目は最初から俺に立ち向かう気などなかったようで、真っ先に少年の方に接近し、後ろからナイフを首に突きつけていた。


「へへ……う、動けばこいつを殺すぞ!」


 人質を取り、勝ち誇った気でいる不良男。あまりにも惨めだ。

 それに引き替え、捕まっている少年の方はどうだ?

 普通ならば恐怖で泣いているであろうこの状況でも、強く前を見据えている。


「下らねえな、お前……そのガキの方がよっぽどカッコいいぞ? 小学生くらいの子供に負けて恥ずかしくないか?」

「て、てめえぇぇぇ! 殺す! 絶対に殺す!」


 男は顔を歪ませて吠えると共に、ナイフを少年ではなく俺に向けた。

 その隙を見逃さず、一気に距離を詰めて顔面に拳を叩きつけるのであった。

 こうして、俺は全員を気絶、もしくは戦意喪失させた。

 今回は簡単だったな。恐らく、弱者ばかり狩っていて対等な喧嘩などしたこともない素人なのだろう。


「えっと……大丈夫か、お前ら。どっか怪我してないか?」


 ぶっ倒れている不良が邪魔なので蹴飛ばした後、少年と少女に声を掛ける。

 きっと怖い思いをしただろうし、俺も無愛想な奴だから逃げられるとは思うが。


 しかし、予想に反して少年は目を輝かせ、俺を見上げた。


「す、凄い! 兄ちゃん、超カッコ良かった……」

「は、はあ?」


 そんなことを言われたのは初めてだ。

 少年が後ろに居た少女の手を引き、二人して俺の前に並ぶ。


「うざ。なんだよ、ユウキ」

「助けてもらったんだからお礼言わなきゃ! 兄ちゃん、ありがとう!」

「別に助けてくれなんて頼んでないし……しかも暴力でヒーロー気取りとか野蛮だし……」

「も~! セナちゃんっていっつもそうだよな! いっつも捻くれたことばっか言って!」

「じゃあ私のこと嫌いだよね? 嫌いだから絶交しよっか」

「しない! セナちゃんのこと嫌いになったりしないし! それはそれとしてちゃんとお礼言おうよ!」


 ユウキと呼ばれた少年が、セナという少女の頭を無理やり下げさせようとする。


「落ち着けって。別に感謝してくれなんて思ってないさ。野蛮なのはその子の言う通りだしな」

「うう……ごめん。でも、僕はカッコいいと思ったから!」

「そりゃどうも。で、怪我とかは?」

「大丈夫! それより兄ちゃん、名前教えてよ! 僕は雨宮勇基って言うんだけど……すぐそこの家に住んでるよ!」

「なんでまた……いいけど。俺は時崎黎司。この辺に住んでるってことなら家は近そうだな」

「ホント!? じゃあ遊ぼうよ! あ、この子は御剣星名って言うんだ。カッコいい名前だよね!」

「私の許可なく勝手に紹介すんなバカユウキ」



 あれ以来、俺は時々ユウキに付き合わされ、彼の家でゲームをしたりアニメを観て感想を言い合ったりするようになった。

 要するに友人関係というやつである。

 最初は「小学生と友人になるなんてバカらしい」と思っていたのだが、あいつの勢いに押されるうちに、「弟みたいで悪くないかもな」と考えるようになった。

 片親だし、兄弟は居ないし、友達なんてものも出来たことがない俺はきっと、無意識に孤独を感じていたのだろう。

 ちなみにセナとの交流は殆ど無かった。どうやら嫌われているらしい。

 まあ、あんな初対面をしたら普通はそうなるだろうな。

 セナは基本的に素っ気ない少女だったが、何だかんだユウキとは上手くいっているらしい。

 正直言って、俺も俺で年下の女の子とどう関わればいいかなんて分からないので、あの二人の仲が良いのならばそれで充分だ。



 俺が高校に上がり、ユウキとセナの二人が中学生になってからも、しばらく関係性が変化することはなかった。

 相変わらず俺はユウキのオタクっぽい趣味に付き合っているし、セナには避けられているし、前々から明らかにセナのことが好きだったユウキは思いを伝えられずにいる。

 だが、いつからだろうか。

 二人と連絡がつかなくなり、外で姿を見かけることもなくなってしまったのである。


 ある日、どうしても心配になった俺はユウキの家を訪ねた。

 彼の母親は俺たちの間に交友があるのを知っていたから、快く招き入れてくれた。

 そして彼女から、事の真相を聞くこととなったのだ。


 セナが、自殺をした。

 あの子は中学でいじめを受けていて、恐らくはそれが原因らしい。

 それで、いじめからも自殺からも救えなかったユウキはひどく落ち込み、鬱病となって殆ど部屋から出ることがなくなったのだと。


 悲しみと悔しさでおかしくなりそうだった。

 弱者を救う為に強くなったというのに、守ってやるどころか、抱えている痛みに気づくことすら出来なかったなんて。

 もう二度とこんな思いをしたくなかったから、俺は定期的にユウキの家に訪問することにした。

 最初は会うことすら許してくれなかったけれど、やがて部屋に入るくらいは出来るようになった。

 今のユウキから以前の面影はすっかり消え失せており、感情の宿っていない目で同じアニメを繰り返し眺めるばかりだった――「死んで異世界でセナちゃんに会いたい」なんて呟きながら。


 それからしばらくして、異変が起きた。

 ユウキの顔に痣が出来ていたのである。

 事情を聞くと彼は「転んだ」とだけ言うが、治るどころか日に日に痣が増えていっている辺り、明らかに暴力を受けている。

 頑なに真実を話してくれないあいつに俺は苛立ち、やがて家に行かなくなった。

 自らの無力感を突きつけられることに耐えられなかったのだ。



 ユウキと会わなくなってから、かれこれ一ヶ月ほど経った。

 ある夜、高校生になっても変わらず続けていた不良狩りに勤しんでいると、なにやら路地裏から悲鳴が聞こえるではないか。

 慌てて向かった俺だが、そこで待ち受けていたのは、複数の男に囲まれて蹴りつけられ、倒れ伏しているユウキだった。

 傍らには怯えて座り込んでいる女子高生が居る。


「ったく、せっかく女の子と仲良く遊ぼうと思ってたのに邪魔しやがって。うぜーわマジで」

「分かるわ。ガキの顔って見てるだけでムカつくよな」

「特にヒーロー気取りのクソバカガキはイラっと来るよな~、おい聞いてんのかテメェのことだよッ!」


 男の一人がユウキを思い切り蹴飛ばそうとしたところで、片足を引っ掛けて転倒させる。


「お、お前は――ぶげぇぇッッ!」


 喋る時間すら与えず、全員を殴り飛ばした。今はこんなゴミ共と遊んでいる暇はないのだ。

 不良たちに襲われたであろう女子高生が逃げていくのを気にも留めず、傷ついたユウキを背負う。

 彼は、俺の背中で泣いていた。


「大丈夫か、おい」

「ぐすっ……なんで僕じゃ駄目なんだよ……なんで誰も助けられないんだよ……」

「まさか、自分から喧嘩を挑んだのか!?」

「僕は戦う勇気すらなかったせいでセナちゃんを助けられなかった。だから、戦って『勇者』になりたいんだ……兄ちゃんみたいに人を守りたいんだ……なのにっ!」

「バカッ! 人には向き不向きってやつがあるんだ。お前は向いてないから、もうこんなことは止めろ!」

「嫌だ……僕は、勇者に……」


 と言いかけて、疲れ果てた彼は寝息を立て始めた。


 勇者。

 ユウキの愛するアニメやゲームの中に登場する存在。善の心でもって人を救う存在。

 空想としては面白いが、それを本気で信じるなど馬鹿げている。

 現実は「良い奴が勝つ」風には出来ていない。「強い奴が勝つ」だけだ。

 そして、その強い奴が勇者のように高潔であるというパターンは恐らく、限りなく少ないだろう。

 俺とて自分のことを正しい人間だとは思っちゃいない。本当の勇者はすぐに手を出し、問答無用で気に入らない奴を黙らせたりはしない筈だ。

 なのにユウキは、俺の良い部分だけを切り取って「英雄性」を見出し、憧れているのである。

 

「どうにかしてやりたいが……俺に出来ることなんて結局、暴力だけなんだよ……」


 一人、そう呟きながらユウキの家へ向かうのであった。

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