3章13節【3章完結】:ずっと一緒に居られたなら
オーラフを気絶させてから十分ほど経った。
王族の護衛だけでなく王都の警護も担当している近衛騎士団の面々がやってくる。
私が状況を説明すると、彼らは感謝を述べ、オーラフを捕らえて去っていった。
それから少し時間を空けて、ウォルフガングとライルが来た。
結界で足止めを食っている間に近衛騎士団の連中が現れたので、正体を知られるリスクを回避する為にわざと間を置いてここに来たのだという。
ともかく。
これで戦いは無事に終わった。
言ってしまえば、この一連の事件は王家の「テロリストは野放しにしませんよ」というアピールに協力した形となり、半分くらいは茶番なのだ。
恐らく、王家にとって「思想を共有する仲間」とも解釈出来るオーラフや《北ラトリア解放騎士団》の残党が厳しい処分を下されることはないだろう。
それでも、この「ラトリアからの公的な依頼」の達成によって《ヴェンデッタ》に大きな内部評価値が付与されるのは間違いない。
これで少しは目標に近づけた筈だ。
そしてなにより、ルアを脅威の一つから解放することが出来た。
腑に落ちない部分もあるけれど、この依頼をやり遂げた意義はあったと思っている。
「あ~辛い戦いだったぁ~! 今までも危ない場面は結構あったけれど、今回はホントに焦ったよ……」
そんな台詞が口をついて出る。
結局のところ、私一人で出来ることには限りがある。
そもそも私が持っている《権限》だって、他者と連携して初めて真価を発揮出来るものなのだ。
だから、自分が完全な存在ではないことなんて前々からよく理解しているのだけれど、改めて実感させられた。
特に、ルア。
彼女が土壇場で《権限》に覚醒するという奇跡が起こらなければ勝利はなかっただろう。
「あの~……リアさん」
少し前まで抱きかかえていたルアが、足もとから話しかけてくる。
《権限》を酷使したせいかぐったりしていて、土の上に座り込んでいる。
本当はベッドで休ませてやりたいのだが、他の生徒のこともあって今は寮に戻りたくない気分らしい。
「どうしたの?」
「あなた達ってもしかして、最初からこの為に学院に来たんですか?」
「察しが良いね。実はそうなんだ……《北ラトリア解放騎士団》って組織のメンバーを見つけて捕らえる依頼を受けててさ。臨時講師の依頼は、アカデミーに入る口実作りの為に受けた感じ」
「ふむ……じゃあ、本当は私なんかに構ってる暇なかったんですね」
「そんなことないって! ほら、結果的にはきみが事件の中心に居た訳だし……それに、どうしても放っておけなかったんだ」
「ふふっ。やっぱり、あなたって優しいですね」
「優しい」、か。以前にルアを慰めた時にも同じようなことを言われたな。
あの時は否定しなかったけれど、今はもう、無理して彼女との距離を詰める必要もなくなった。
私は自嘲気味に笑い、口を開く。
「そんなことないよ。多分、根はきみの嫌いなタイプだと思う」
「そうでしょうか?」
「自分の都合や自分の感情で救うヤツと救わないヤツを選んでる、嫌な人間の一人だよ」
「もし私があなたにとって都合の悪い存在だったら? 共感の余地がない存在だったら?」
「……きっと見捨ててた。今まで仕事の中で何度もそうしてきたみたいに」
「そうですか」
ルアが寂しげな笑みを浮かべた。
すぐ近くで今回の事件について話し合っている仲間たち。
野次馬根性を働かせて校舎や寮から出てきた生徒。彼らに対して大きな声で「自分で考えず他人にまんまと乗せられるなんて貴族として情けない」と説教するフレイナ。
皆の様子を見渡した後、私はルアの隣に座った。
「もう無理して仲良くする必要なんてない」と思ったばかりだけれど、最後に一つ、これからも生き辛そうに生きていくであろう彼女にお節介を焼きたかった。
「……ねえルア。別に、敷かれた道の上を歩き続ける必要はないんだよ?」
「どうしたんですか、急に」
「きみは頭も良いし《術式》の才能もある……んで、さっきの能力だよ? それだけ揃ってれば生き方なんて選びたい放題って話。たとえば冒険者とかさ」
「私が? 絶対に向いてないですって」
「なんなら、私たちの仲間として始めてみてもいいんだよ? それで、冒険者のことが分かってきたら独立すればいい」
私の提案に対し、ルアは少しだけ考える素振りを見せたが、やがて首を横に振った。
「それもアリかも知れませんが、やっぱり私は学生として……やがてはレヴィアス公爵の立場を継ぐ者として生きていきたいんです」
「お父さんへの義理?」
「ええ。でも、それ以上に、私は自由が怖いんですよ」
「不遇な環境よりも?」
「はい。自由っていうのはつまり、無限の選択肢をそれぞれ検討した上で生き方を選択するってことでしょう。そんなの、それこそ時間を無制限に止められたとしても不可能な話ですよ」
「その……色んな生き方を考慮するとかじゃなくてさ。単純にやりたいこととか、いつか実現したい夢とかはないんだ?」
「考えたこともありません。いつだって目先の問題で頭がいっぱいなんです……だから、ごめんなさい」
「……そっか。余計なお世話だったね」
まあ実際、この子の性格を考えれば今の道を歩むのが最善なのかも知れない。
政治的に何かと困難な立場だ、きっと凄く苦労するとは思うけれど。
私と似た境遇でありながら、真逆の価値観を持つルア。
優秀な彼女のことだから、何だかんだ私が心配しているような困難も乗り越えてレヴィアス公爵となり、世にも珍しい「獣人の貴族」として領地を運営する立場になるのだろう。
その時、対立するようなことにならなければ嬉しいな――と、そんな風に思う私であった。
***
あれから、事後処理の為に王立アカデミーは五日ほど休校することになった。
これにより臨時講師の依頼は中止となったのだが、ギルドの方も私たちに落ち度がないことは理解しているようで、当初の予定通りの報酬を受け取ることが出来た。
ルアはこの休校期間を利用して実家に帰省することを決め、私たち《ヴェンデッタ》もそれに同行した。
疲れた身体を癒すため、まとまった休暇が欲しかったのだ。
そういう訳で、私たちはビーチを借り切って昼間から遊んでいた。
今から二年前、ここに訪れた時には居なかった者たちも加えて。
ウォルフガングは相変わらず「年だから」と老人アピールをして、混ざろうとしないが。
「わ~! わ~! 見ないで下さいなんですかこれ恥ずかしいんですけど……!」
私が無理やり押し付けたピンク色のフリル付き水着を着たルアは、顔を真っ赤にして自分自身を抱きしめている。
この場に私の知り合いしか居ないからか、珍しく帽子を外してキュートな猫耳を露わにしている。
そんな彼女の、比較的慎ましやかな胸を突っつくフレイナ。
リーズに負けず劣らず肉感的な体を持つ彼女は、水着であっても変わらず堂々としている。
「全く……胸が小さければ心も小さいですわね! ここはいずれあなたの領地になるのでしょう!? 何を恥じらっていますの!?」
「はぁ? 公爵の仕事で水着になる機会なんてないんだから問題ないですぅ~!」
「あら、その程度の度胸でやっていけるのか心配して差し上げているのですけれど!?」
「成績が私より下の癖に、なんて上から目線……乳がデカければ態度もデカいんですね……!」
口喧嘩を繰り広げる学生組。
フレイナと話している時のルアは妙に辛辣だが、やはり、これが素の彼女なのかも知れないな。
とりあえず、何だかんだ二人は仲が良いということは間違いない。
彼女たちの様子を見ていたライルが、小声で話しかけてくる。
「いや~、『アカデミーで知り合った生徒を休暇に連れて行きたい』って言い出すからどんな奴が来るのかと思いきや、こんな超絶美少女二人組とは……リア様最高っす!」
「二人とも公爵家のお嬢様だから手を出しちゃ駄目だよ?」
「分かってるつーの! 眺めて楽しんでるだけだって! 大体、俺には本命が居るし~?」
彼は、ネルと楽しげに遊んでいるリーズの方に視線を向けた。
「知ってるよ。好きなら早く伝えればいいじゃん。変な風に手出して泣かしたりしたら八つ裂きにするけど、あの子のこと本気で幸せにしてあげるつもりなら別に文句言わないって」
「もちろん、そのつもりさ……ただなぁ、なんつーかなぁ……」
「も~! チャラそうなフリして純情なとこは結構好きだけど、押す時は押さないと!」
「だよな……一ヶ月後、勇気出してみることにするよ……」
「駄目だこりゃ」
それから少しして、私は遊び疲れたネルと共に日陰で休んでいた。
ネルが肩にもたれかかってきているので、猫耳が素肌に触れて少しだけくすぐったい。
このまま静かに海と友人たちを眺めていても良かったが、ふと、気になることを思いついたので声を掛けてみる。
「ネルちゃん、今は仲間として一緒に居るじゃん? ほら、私が『助けてあげるから、そのぶん役に立て』みたいなこと言ったから」
「うん。私、役に立ってる?」
「物凄く、ね。王都の事件ではきみのお陰で敵の拠点に辿り着けたし、今回だって連絡係として大活躍。聞けば、作戦計画書を手に入れたのもきみらしいし」
「えへへ」
照れながら笑うネルの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「……でさ。きみには将来やりたいこととか、ある? 最初はともかく、今はもう対等な仲間だと思ってるから、きみにもし夢があるなら内容次第だけど少しは手伝うことも出来るんだよ」
ネルは少しだけきょとんとした後、仲間たちを順番に見て、最後に私の目を見て言った。
「みんなは?」
私の願望は「王位に就くこと」だが、これは仲間にすら言えないことだし、たぶん言ってもネルは分からないだろうから適当に誤魔化すことにした。
「私は……特に無いかな。しばらくはこのまま悪いヤツをぶっ倒して、たまにこうして皆で遊ぶ。それで良いや」
「そうなんだ! ライルお兄ちゃんとリーズお姉ちゃんは? ウォルフガング先生は?」
「うーん……多分、私と同じじゃないかな」
これも嘘だ。
ネルには事情を話していないが、彼らは「王女と近衛騎士」という昔の関係を今も引きずっているから付き合ってくれているのであって、本当は戦いたくない筈なのだ。
ライルなんかは「他に居場所がない」とか言うけれど、それだって単に最初から諦めてしまっているだけだ。彼ほど優秀な男ならばどこに行っても生きていけるだろう。
そう、みんなは私に振り回されているに過ぎないのである。
そんな秘められた危うさをこの子には悟られたくなかったから、真実を告げなかった。
ネルは私の嘘を信じて、柔らかな笑みをこぼした。
「そっか、なら良かったぁ……私もみんなとずっと一緒に居られたら一番嬉しい。だって、今が夢みたいだから」
「知らないうちにきみの夢を叶えてたんだね」
頷くネル。
きっと、周りが敵だらけの環境で生きてきたこの子だ。言われてみれば確かに、こうして笑い合えるだけで夢のような話なのだろうな。
「……充分休めただろうし、みんなのとこに行っておいで。髪の毛ぐるぐるのお姉ちゃんはちょっと怖いかもだけど、あっちの猫のお姉ちゃんは遊んでくれると思うよ」
「うん、分かった!」
そう言ってネルは立ち上がり、駆け出していく――筈だった。
突然、彼女は何もないところで転んでしまった。
「だ、大丈夫っ!?」
慌てて傍に寄る。皆も異変を感じて、こちらにやって来た。
転んだ原因は、一目で分かってしまった。
ネルの片足が黒く変色し、崩れていたのだ。
今は。今だけは「そのこと」を忘れていたのに。
そんな甘さを指摘するかのような救いのない現実に、ただ絶望するのであった――。
*****
ルミナス帝国、帝城。
その内部にある、赤い絨毯が敷かれた豪奢な休憩室で、銀の髪を少しだけ伸ばした青年は物思いに耽っていた。
大げさな黒いマントが目立つ、いかにも「ファンタジー作品の悪役」然とした服装をしている。
「悩み事ですか、魔王様」
そう言うのは、隣り合ってソファに座っている長い金髪の少女。
髪の一部を左右で束ねているのと、顔立ちが幼いのが可愛らしい印象を与える一方、白と青のドレスに包まれた身体はどこか色気を感じさせる。
何より特徴的なのは、額の両端に小さな角があることだ。
「チャペル、二人で居る時は『魔王』と呼ばないでくれ。何度も言ってるだろう」
「ふふっ。ごめんなさい、ダスク様」
チャペル・ルミナス。
彼女は、ラトリア王国にとっての敵国――ルミナス帝国の皇女である。
人と魔から生まれた混血、つまり半魔である彼女は、しかし民からの絶大な支持を得ている。
「獣人が公爵家を継ごうとしている」というだけで迫害を受け、半魔などはただそこに存在しているだけで殺されることすらあるラトリア王国勢力圏からすれば、有り得ない話だ。
そしてもう一人の青年こそ、世界中から「魔王」と呼ばれ怖れられている存在である。
《魔王軍》を率いて天上大陸に混乱を招いた、世界の敵そのものだ。
そんな大悪党は、チャペルに向かって優しく微笑んだ。
「無理、してないか?」
「もしかして、チャペルのことで悩んで下さっていたのですか?」
「お前を気にかけるのは当然だろう」
「う~……照れちゃいます……」
顔を赤くして、膝の上で両手を合わせるチャペル。
しばらく黙った後、彼女は真剣な表情で魔王――ダスクを見つめた。
「正直に言ってしまうと、本当は戦いなんて嫌なんです。人も魔族も話し合って、分かり合えれば良いのにって思います」
「……悪いな」
「いえ、ダスク様のせいではありません! ただ、この世界にはどうしても平和に生きられない人が居るのです。チャペルは世間知らずですが、それくらいは理解しているつもりです。だから『力』を戦の為に使う覚悟だって、ずっと前から済ませています」
「そうか……ありがとう」
「感謝なんてしないで下さい。チャペルは皇女……あなたと共にこの国を、世界の未来を背負う立場なのですから!」
これにて第三章は完結です。次章「魔王軍、襲来」編、お楽しみに。
楽しんで頂けましたら是非、ご感想を書いて頂ければと思います!




