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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第3章:王立アカデミーに潜む闇

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3章12節:新たなる《権限》所有者

「自分から来てくれたことに感謝する、ルア。どうやら最低限の責任感は持っているらしいな」


 オーラフ先生が、文字通り私を見下している。

 目を合わせるのが怖くて俯いてしまった。


 私が王立アカデミーに入学したばかりの頃、先生はこうではなかった。

 偏屈で厳格だし、貴族家の出身だからか獣人に対する差別意識がかなり強い。すごく苦手な性格だ。

 でも、授業において理解し切れない部分があって教えを乞えば、彼は面倒くさそうな顔をしながらも懇切丁寧に解説してくれた。

 同期の中で最高の成績を叩き出せば、無感情な声色ではあるが称賛してくれた。

 厄介な出自ゆえに劣等感を抱えている私にとって、「好き嫌いで態度をころころと変えるような人」よりも、「嫌いなのに平等に接してくれる人」の方が余程に信用出来るのだ。


 その筈だったのに、彼はいつからか過激な思想に染まり始め、私を無視するようになった。

 生徒たちにその思想を教え込み、差別に対する罪悪感を拭い去ることで、結果的に私がいじめを受ける原因を作った。

 今でもこの現実を受け止めきれていない。

 オーラフ先生が私を処刑する為、拘束しようとしている今この期に及んでも。

 全てを諦め、目を閉じる。

 傍でフレイナが喚いているが、もうどうでも良かった。処刑でも何でもされて、苦悩に塗れた人生を終わらせたかった。


 それなのに。こんなにも絶望している筈なのに。もう生きたくないのに。

 私の理性は潰えておらず、「こんな理不尽は間違っている」と叫び続け、生き残れる理屈を探し続けている。


 ああ、そういえば、私は幼い頃からそういう存在だった。

 弱いから、臆病だから、考えて考えて考えて、恐怖に満ちた未来に備える。

 怖くてもいい。絶望的でもいい。泣きたくなってもいい。たくさんの弱い気持ちを抱えながらも、目先の現実に対処する為、常に考え続けるのだ。

 そして、そんな猶予すらも与えられないというのなら。


――時間よ、止まれ。



 そう願った瞬間、目の前に真っ白な空間が広がった。

 そこに居たのは、真っ黒なドレスを着た、長い金髪の女性。

 母性を感じさせるような優しい笑みを湛えている。


「あの……どなたですか? ここは一体……?」

「私は、あなたがた天上の民が《水浄天(すいじょうてん)》と呼んでいる存在ですよ」


 《水浄天》。十二の神のうちの一柱であり、水と理性を司る女神。

 神話上の存在が実在していたというのも驚きだが、それ以上に、私の前に居るということに理解が追いつかない。


「か、神様が何故ここに?」

「ルア。あなたが十人目の《権限》所有者に相応しいと判断されたからです」

「《権限》? 十人目? なにがなんだか……」

「《権限》とは、私たち天神が人に与えし特別な異能。あなたの世界には、これを有している者が既に九人居るということ」


 そんな話は聞いたことがない。

 武術とも《術式》とも魔法とも違う「異能」? 訳が分からない。

 だが、混乱している私の感情をよそに、理性はこう考えた。


「もしそのような力が本当にあるのならば、行き詰まった現状を打破出来るかも知れない」と。


「……それで、何が出来るんですか」

「あなたは『時間よ止まれ』と望みました。『現実に対処する方法を考え、備える為の時間が欲しい』と」

「まさか、本当にそれが叶うと!?」

「ええ。これから与える《権限》……《熟考の誓い》は、あなたやあなたが許可した人間以外の時間を遅らせることが出来ます。全力で使えば完全停止させることだって不可能ではありません」


 夢みたいだ。

「時」は、悩み続ける私をいつでも置き去りにしてきた。

 それに対するせめてもの精神的抵抗として《停滞(スタグネイション)》を習得したけれど、一つの物体どころか全てを遅らせてしまえるこの力は、本物だ。


「……ただ、《権限》には常に代償が伴います。定められたルールに違反すれば、力は没収することになってしまいます」

「《熟考の誓い》の代償は?」

「人を殺さないこと。人間族だけでなく、獣人やエルフ、魔族もです。『深く考える』とはそういうことです」

「なるほど。『殺し』という安直な手に逃げず、問題を解決してみせろと……」

「優れた理性と知性を持つあなたならば、この制限を守り通せるでしょう」

「買いかぶり過ぎですが、神様が『守れ』と仰るのであれば、努力してみます」

「良いでしょう、目を閉じて下さい。これからあなたに《権限》を与えます。使い方は実践してみて学んで下さい」


 女神が、なにかよく分からない言葉を呟いた。きっとこの世界のものではない、神々が住む地上の言語だろう。



 そして再び現実に戻ってくると、静止した世界が私を出迎えた。

 オーラフ先生も、フレイナも、リアさん達も、生徒たちも、何もかもがその場で固まっている。

 

「はは……有りですか、こんなの」


 我ながら、あまりにも無茶苦茶だ。「時間を止める」なんて技、最高位の《術式》使いでも実現出来ないだろう。

 時を止め続けるには集中力が必要であり、かなり疲れるが、《術式》の多用による消耗――マナ欠乏のように危険なものではなく、単なる肉体と脳の疲労といった感覚だ。


 私は試しにその場から離れ、フレイナの恵まれた胸を掌で思い切り叩いてみた。

 さっき殴られたというのもあるが、こいつは度々「わたくしと違って貧相なお胸ですこと」などと罵ってくるので、その仕返しをしてやろうと思ったのだ。

 だが、時の止まったフレイナは鋼鉄にでも包まれているかのように硬い。

 どうやら静止させているものにはこちらからも干渉出来ないらしい。

 まさしく「準備をする為の時間」を生み出す力ということか。


 さあ、これを用いて、何とかこの場を切り抜けてみよう。



******



 さっきまで絶望し、全てを諦めていた筈のルアは、まるで《術式》を回避したかのように私の傍に転移してきていた。

 表情を見ると、先ほどまでとは異なり、どこか力強さを感じさせる。


 そうだ、実習で見たじゃないか。

 この子は「無理」だの何だの言っていても、実際に困難な状況に追い込まれた時には決して諦めないのだ。


「ルア! 君は一体、何をしたのだ……!?」

「何でも教えてもらえると思わないことです、オーラフ先生」


 らしくもない挑発的な台詞を吐くルア。

 いや、小心者なイメージが強いだけで、こういう皮肉っぽい部分もまた本質の一端なのかも知れないが。


 オーラフは余裕なさげに顔を歪め、ルアに手をかざした。

 私は《術式》の発動を妨げる為に攻撃しようとしたが、その瞬間、目を疑うような光景が広がった。


「止まって下さいッ!」


 ルアがそう叫ぶと、彼女と私、リーズ、フレイナ除いた全ての物体が静止したのだ。

 《停滞(スタグネイション)》なんてもんじゃない。これは、時そのものの停滞。


「ね、ねえ! ルアちゃん、なにこれ!?」

「えっと……どうやら私、時を止める《権限》とやらに目覚めたみたいで。天神様が下さった力らしいんですが」


 そう来たか。

 新たなる《権限》所有者の誕生に立ち会っただけでも奇跡的なのに、それがルアになるとは。

 しかも「時間停止」などという、彼女らしくはあるがとんでもない力だ。

 味方に居れば頼れるが、敵には回したくないな。


 同じく《権限》を持つ私や、私の力について教えてあるリーズは幾らか平静を保って事態を受け止められているが、フレイナは完全に困惑し、「どういうことか説明なさい!」と喚いている。

 なお、私が《権限》を持っていることについてはルアたちには教えないでおく。

 信用していない訳ではないけれど、わざわざ切り札を晒す必要もあるまい。


「……あの、リアさん。もしかして何かご存知で?」

「いや、びっくりし過ぎて逆に認識が追いついてないっていうか」

「私だって驚いてますよ。でも、この力があれば状況を打破出来るかも知れません。今はそれだけで充分です」

「うん、きみの言う通りだ……あ、実は今、仲間が学校に来てるから動かしてやって欲しいんだけど」


 私たちは止まった世界の中を駆け、ネルを発見する。


「この子、獣人ですか……その、腕が……」

「色々とあってね。そこには触れないであげて」

「え、ええ。分かりました」


 ルアが人差し指で軽く触れると、彼女は動き出した。


「……わっ! なにこれ、みんな止まってる!?」

「このお姉ちゃんの魔法だよ」

「わ~凄い!」


 ネルに手を握られたルアは少し照れつつも、軽く咳払いをした後に話し始めた。


「さて。いつまでも時間を止めていられる訳ではないので、迅速に行動しましょう。リアさん、意見を下さい。私には戦闘経験がないのでどうすればいいか見当がつかず……」

「そうだなぁ……オーラフは幾らなんでも《術式》を使い過ぎてるのに消耗する気配がない。きっと、どこかに《術式》をサポートする類の特異武装か何かがある筈」

「素質のある人が使うと特殊な能力をもたらす物品、でしたっけ?」

「うん。アカデミーを取り囲んでる結界、最初に見た時は《術式》だと思ったけど、実はその能力によるものじゃないかなって」

「なるほど……では、その特異武装を破壊すれば何とかなるんですね」

「そういうこと。あの転移の技も《術式》じゃなくて特異武装の効果だとしたら、無詠唱な上にあれだけ連続使用出来るのも納得だよ」

「でも、場所は分かるんですか?」

「確かなことは言えないけれど、結界はアカデミーの四方を囲うように形成されてる……ってことは頂点の四箇所になにかあるかも知れない」

「そうですか……すみませんが、私はここで《権限》を維持しているので行ってきて頂いてもいいですか。これを使ってるだけでもすごく疲れてしまうので……」

「おっけー。四人で手分けして確認してみるよ」


 私はリーズとネル、未だに混乱しているフレイナを傍に呼んで指示を出した。


「ただでさえオーラフが突然こんなことをして訳が分からないというのに、ルアに何が起きたかもさっっっぱり分かりませんけれど、わたくしは怪しい物品を探し出して壊せば良いんですのよね!?」

「うん、今はそれだけ考えてくれたらいいよ」

「分かりましたわ! さっさと終わらせてしまいましょう!」

「では行って参ります、リア様」

「私もっ!」


 皆がそれぞれの方向に走っていくのを見届けた後、自分も《加速(アクセル)》を全力で使用し、ポイントの一つに移動した。

 生垣に沿って形成された結界が折れ曲がっている地点を見つけ、土を掘り返してみると、目的のものはすぐに見つかった。

 結界と同じように青白く輝く、握りこぶし程度の大きさの宝石。

 ご丁寧なことに、この世界の最小物質であるマナで形成された半透明の箱で保護されていた。

 《術式》によって直接マナを操作することにより創られた物質は自然発生したものと異なり、創造主から離れれば《術式》を使用して再構成しない限りは時間経過により霧散してしまう。

 つまり、オーラフの奴はわざわざ今日に備え、計画実行の直前にこれを用意しておいたのだろう。

 

「も~! こんなの結界が出てなきゃどうせ気づける訳ないのに、どれだけ用心深いんだよ……!」


 私は愚痴をこぼしながら《静謐剣セレネ》でぶっ叩く。

 すると、特異武装であろう宝石が箱ごと砕け散った。

 それにより結界が頂点の一つを失い、崩壊していく。


「これで応援は呼べるようになったけど、ルアちゃんがいつまで持つか分からないし、私たちで片付けた方が良いよなぁ……」


 急いでルアのもとへ戻る。

 他のポイントにある特異武装も同じように保護されているとしたら、他の三人は破壊する術を持たない。

 かといって《権限》を用いて適当に《静謐剣セレネ》を投下しても、私の能力と剣の能力の両方をよく知っているリーズはともかく、他の二人は意図を理解出来ないだろう。

 どうしたものかと悩んでいる最中に、止まっていた風景が再び動き始めてしまった。


 グラウンドでは息を荒くして今にも崩れ落ちそうなルアが、オーラフの《術式》により拘束されそうになっていた。

 

「ほんっと忙しいなぁ~! 《強健(フォース)》、《加速(アクセル)》ッ!」


 私は剣を放って両手を自由にした後、続けざまに二つの《術式》を詠唱する。

 そしてルアに向かって全速力でダッシュ。

 いわゆる「お姫様だっこ」の姿勢で彼女を確保した。


「はぁ……はぁ……り、リアさん!?」

「後は任せて、お姫様。どうせ安全な場所なんかないし、このまま守ってあげる!」

「いやこれ恥ずかし……じゃなくて、両手を塞いだままで戦うつもりですか!?」

「ほら、さっきもやってたけど、私って手を使わなくても剣なら操れるんだよね」

「そういう問題じゃなくて、こんなお荷物を抱えたままじゃ……」

「しっかり掴まっててね!」


 拘束を妨害した私を見て、オーラフは腹立たしげに顔をしかめた。


「まさか、あれを破壊したのか!?」

「うん。怒らないでね?」

「ふ、ふざけるな……! もういい、君たちと本気で戦うなど時間と体力の無駄だと思っていたが、どうやら捻り潰さねばならんようだな!」


 彼が空に手を掲げると、先ほどまでとは比べ物にならない量の炎弾が降り注いでくる。

 それだけではなく、周囲に散乱している石も弾丸のように高速で飛来する。

 流石に危険だと思ったのか、周囲の生徒たちはオーラフに積極的に協力していた者も含めて建物内に避難していった。


 私は攻撃の回避を優先しながらも、《権限》によって聖魔剣を操り、牽制攻撃を行った。

 結界が消えてもなお、オーラフの転移能力は失われていない。

 だが、その使用間隔や転移距離は明らかに低下している。

 やはりあの技は特異武装の力であり、全てを破壊すれば完全に封印出来るだろう。


 そんなことを考えながら戦っていると、リーズが慌てて戻ってくる。


「リア様っ! 特異武装と思われるものを見つけたのですが――」


 やはりそっちもそうなっていたか。

 リーズの報告を最後まで聞かず、彼女の手もとに《静謐剣セレネ》を転移させた。


「こっちは任せて、きっと他の二人も見つけてる筈だから、行って全部ぶっ壊してやって!」

「了解です!」


 リーズは《迅雷剣バアル》をこちらに返してすぐに去っていった。

 長いこと仲間として共に戦っていると、細かく説明せずともある程度の思惑は互いに伝わるものだ。


 私は四本の聖魔剣を地面に突き刺し、構えた。


「君は一体、なんなのだ……! それだけの特異武装を同時に操るなど……」

「ふふっ。単なる美少女冒険者兼、臨時講師だよ」


 挑発的な笑みを浮かべながら、畳み掛けるように剣を放ち続ける。

 私に意識を向かせ、転移によって特異武装の破壊を阻止しに行く隙を与えない。

「僅かでも私以外のことを考えたらその瞬間に死ぬ」――そう思わせるような猛攻を仕掛ける。


 二つ目。三つ目。四つ目。

 恐らく特異武装が破壊されたと思しきタイミングで、オーラフの転移能力の性能がガクンと落ちる。

 そして最終的には一切、転移が出来なくなった。

 それでも彼は諦めない。

 額から汗を流しながら、炎弾、水流、物体操作、そして物質停滞――習得している《術式》を多重に使用し抵抗する。

 特異武装など無くとも、この男は優れた《術式》の使い手だ。並の冒険者が相手ならば一蹴してしまえるだろう。

 

 とはいえ、決着はすぐについた。

 《迅雷剣バアル》によって軽い電撃を放つ。もはやオーラフにそれを避ける術はなく、全身を痺れさせて気を失うのであった。

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