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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第3章:王立アカデミーに潜む闇

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3章10節:十年前の亡霊

「……以上だ、ネル。このことを急いでアステリアに伝えてくれ」

「分かった!」

「あ~、その……頼りにしてるぞ」

「うんっ! 頑張るよ!」


 仲間として信頼されたことに喜んだネルは、すぐに駆け出していった。


 ウォルフガングはまずネルを先行させ、一刻も早くアステリアたちのもとへ向かわせることにしたのだ。

 そして、《北ラトリア解放騎士団》による王立アカデミー占拠作戦の件と、アカデミー側の協力者が「オーラフ」という名の人間であることを伝えさせる。

 彼は自分とライルも早急にアカデミーへ移動することを考えはしたが、戦力を分散させてでも敵の計画を挫く方が効果的だと思い、集結する部隊を遊撃しながら合流に向かうことにした。

 必然的に、学院の方で何か動きがあったとしても、アステリアたちに任せることになる。

 あちらに居る二人の少女とネルに対する信頼なくしては成立しない選択だった。


 路地裏に隠れているウォルフガングとライルは、先ほど潜入した屋敷――すなわち、敵の拠点の一つを観察していた。

 さっきまでは裏口の近くに居たが、現在は正面玄関が見える位置まで移動している。

 作戦決行の時が迫っていること、そして計画書が紛失したことで、内部は非常に慌ただしくなっている。

 とはいえ、もはや計画書など不要ということなのか、戦闘準備を終えた騎士たちが一人、二人と外に出てきた。


「さて、先生。こっからどうします?」

「まずはここを潰すか。決行まで時間が無いということは、逆に、予想外の襲撃に対応する余裕が無いということでもある」

「まぁ、ですよね。いや~、こうなるなら潜入なんてせずにサクっと殲滅しといた方が良かったっすね……なんつって」

「言うなライル。それは結果論というやつだ。計画書が見つかるまでは不安要素が多すぎたからな」

「はは、分かってますよ。冗談ですって」


 軽口を叩き終えると、まずはウォルフガングが路地裏から屋敷の正面に躍り出て、庭に展開していた重武装の騎士たちの注意を引き付けた。

 すかさずライルが得意技――《隠匿(コンシール)》を詠唱し、彼らの脇をすり抜けて開けっ放しになっていた扉から内部に侵入する。


 ライルという男は体格が良い訳でもなければ、体術や剣術に優れている訳でもない。

 近衛騎士時代はあまりに武芸のセンスが無いものだから、「スラムの浮浪者の子」という出自もあいまって周囲から常に見下され続けてきた。

 事実、戦闘においての彼はウォルフガングにも、アステリアにも、リーズにも遠く及ばない。


 だが、それは真剣勝負に限定した話である。

 臆病で自分が弱いことも理解している彼は、「仲間の援護」と「閉所での奇襲」だけをひたすらに極めてきた。

 ゆえに、正々堂々と敵に立ち向かったりなどしない。

 隠密の《術式》によって姿を消す。或いは発光の《術式》によって目眩ましをする。

 対応する間も与えず背後を取り、首筋にナイフをねじ込む――それで、「戦闘」などせずとも人は死ぬのだ。


 先の潜入によって既に内部構造を把握していることを活かし、戦闘準備が整ってない組織構成員を次々と暗殺していき、手早く屋敷を制圧したライル。

 彼が外に出てくる頃にはもう、ウォルフガングが外で待機していた騎士たちを完全に無力化していた。

 二人はそれを一瞥した後、アカデミーの時計塔を目指して走り出した。


「いや~相変わらず凄いっすね……不殺なんてのも楽じゃないでしょう」

「まあな。実際、敵の親玉がこの国に来ているとしたら、そんなことをやっている余裕は無くなるだろう」

「え、解放騎士団のリーダーのこと知ってるんですか? 『ファビアン』とかいう名前の男だって話は聞いたことがありますけど、逆にそれくらいしか掴んでませんよ」

「奴はラトリア正規軍に所属していた騎士だ。十年前にルミナス帝国領で部下と共に虐殺を行い、除隊させられている……あの事件自体が記録から抹消されているから、知らない奴も多いだろうがな」

「なっ……! 虐殺事件のことは知ってましたけど、そう繋がるとは……!」

「愛国心が暴走して間違った道を選んだ愚かな男だが、実力は本物だ。油断は出来ん」

「どうせ俺は誰が相手だろうとガチのバトルなんか出来ませんよ。そういうのは《剣神》殿にお任せします」

「なんだ、俺は過保護じゃなかったのか?」

「いやいや、適材適所ってやつですよ」

「分かってる、冗談だ。さて、向こうに次の部隊の気配がする。殲滅するぞ」

「了解。やれやれ……依頼を受けた時は『こっちは戦わずに済むぜラッキー』って思ってたのに、こんな大事になっちまうなんて。リアの奴、運が良いのか悪いのか……」


***


 幾つかの小規模な部隊を壊滅させたウォルフガングとライルは、やがてアカデミーの正門へと繋がる大通りに辿り着いた。

「このまま合流しよう」と、二人がそう考えたところで、目の前に立ち塞がるように五人ほどの騎士が現れた。

 その中心――頭部を除いて全身を鎧で守っている四十代ほどの金髪の男が、怒りと驚きの入り混じった顔をウォルフガングに向ける。


「待て、お前……まさかとは思うが……有り得ないとは思うが……近衛騎士団長ウォルフガングかッ!?」

「……今は一介の冒険者に過ぎんよ、ファビアン」

「『王都占領から生き延びていた』などというほら話を聞いたことがあるが、あれが真実だったとは!」

「正規軍を追放されたお前と同じく、こちらも色々あってな」

「部隊の集合が妙に遅れていると思ったが、お前たちのせいか……こんな大事な時に《剣神》と相対することになるとは、天が我々に試練をお与え下さったようだな」

「本来の依頼は『《北ラトリア解放騎士団》の壊滅』ではないのだが、計画を知った以上は無視する訳にもいかないだろう」

「これは我々の崇高なる理想の為だ。邪魔をしないでもらおうか……いや、違うな。こうしよう」


 ファビアンは持っている槍を地面に突き立て、片手を差し出した。


「ウォルフガング。同志を討ったことはこの際、許してやる。だがその代わり、我が組織に加われ」

「間接的とはいえ王都占領の原因を作った男が何を言う?」

「全ては正しい世界を取り戻す為だ! お前なら分かるだろう……知っているのだぞ、『お前は妻を魔族に奪われた』と!」


 その言葉を聞いた時、ウォルフガングはいつになく動揺を見せた。

 どれだけ取り繕っても決して忘れられない、この男の抱える二つのトラウマのうちの一つを掘り返されたのだ。無理もない話である。


 ウォルフガングが今よりずっと若かった頃の話。

 彼はかつて、近衛騎士団の同僚の女性と恋仲になり、結婚した。

 アステリアの母エルミアにも似た、優しさと芯の強さを併せ持った女性だ。

 彼女は「魔族の脅威から国を守りたい」と語り、妻となっても前線で戦い続けた。

 その強さに惚れ込んだウォルフガングは、内心「大切な人には安全な場所に居て欲しい」などと思っても、止められなかったのだ。


 そして、今から三十五年ほど前の戦いにおいて彼らは敗北することとなった。

 重傷を負いながらも奇跡的に生き残ったウォルフガングだったが、妻が野蛮な魔族共に犯されて惨たらしく殺される光景は、彼の心を怒りと後悔で染め上げた。

 「愛する女」と「主として敬意を持って仕えていた女」――この男は、守りたかったものを二度も喪っているのである。


「不器用ながらも子供思いな『頼れる大人』」。それもまた、ウォルフガングの一面だろう。

 だが、彼の本質はもっと別のところにある。

 深い絶望と、魔族に対する圧倒的な敵意。

 それは、「差別心」と言い換えても良いものだ。


「……ファビアン、お前の言う通りだ。確かに俺は魔族が憎い。そっちに加担する理由があると言えばあるだろう」

「ウォルフガング先生っ!?」


 ライルが不安そうにウォルフガングを見た。

 ファビアンが笑みを浮かべる。


「そうだろう!? まずは強かった頃のラトリアを取り戻し、それが成されればすぐに魔族共を一人残らず抹殺するッ! これで貴様の復讐は果たされ、悪夢が晴れるのだ!」

「『復讐(ヴェンデッタ)』か……惹かれる言葉だな」

「ならば、この手を――」

「だが、悪いな。俺にはまだ仕えるべき人が居るんだよ。今は自分の復讐の為じゃなく、あの子の復讐の為に生きている」

「報酬さえ貰えれば何だってする冒険者風情が『仕えるべき人』だと!? 騎士を気取るな!」

「仕事は選んでるさ。うちのリーダーはお前たちのような存在を駆逐することに執心しているからな。そういう訳で、倒させてもらう」

「愚かな老いぼれめ。ならば後悔しながら死んでゆけッ!」


 先ほどまでと一転し、激昂したファビアンは、白銀の槍を構えた。


「ライル。あの見たこともない武器……恐らくは『疑似特異武装』だろう、注意しろ」

「分かってますって! 回避を最優先するんで前衛はお願いします!」


 ウォルフガングが「頼れる大人」のままで居てくれたことに安堵したライルが、《隠匿(コンシール)》を使用して夜闇に紛れる。


 疑似特異武装とは、いわゆる聖魔剣などの異能力を持つ装備――「特異武装」を、《術式》によって再現したものだ。

「本物」と異なり同調は必要ないものの、使い手のマナを喰らって能力を発動させ続けている為、持ち主自身が《術式》をまともに使用出来なくなるという欠点が存在する。

 《術式》によって翻弄されることがないという点で、疑似特異武装の使い手は真なる特異武装の同調者よりは幾らか戦いやすい相手だろう。

 とはいえ、それでも異能を用いることには違いないから、決して楽観視は出来ないのだが。


 ファビアンが踏み込んでくるのと同時、仲間の騎士たちが散開する。

 ウォルフガングは槍による一撃を跳んでかわし、勢いを殺さないままに、横から斬りかかってきていた騎士をプレートアーマーごと真正面からロングソードで貫いた。

 瞬間的な発力と精密なコントロール、両方が出来て初めて成立する、神速の剣技である。

 彼は胴にねじ込んだ刃を引き抜くと、ファビアンの追撃を切り払った。

 衝突する剣と槍。

 穂先が逸れ、攻撃はウォルフガングに命中しない――筈だった。


 切り払った筈の槍が、ウォルフガングの頬を掠めていたのだ。

 脅威に対する天才的な直感によって咄嗟に身体を傾けていなければ、そのまま顔面を貫かれて即死していただろう。

 

「これも捌くか! 正直、さっきまでお前があの《剣神》であるかどうか確信までは持てていなかったが、本物であると理解したよ」

「別に偽者だと思ってくれて構わんがね……で、これは一体、どんな手品だ?」

「教える訳がないだろう!」


 後ろに引いて距離を取ったウォルフガングに再び迫る、不可解な槍。

 それだけでなく後方から別の騎士がやってくる。

 だが、そちらはライルが水流の《術式》によって体勢を崩させた上で、ナイフを鎧の隙間に突き入れて仕留めた。

 ウォルフガングは心の中で彼の技術に感心しつつ、 再び槍による突きに刃を合わせる。

 無論、回避に徹した方が安全ではあるのだが、特別な異能も《術式》も持たないウォルフガングにその選択肢は無かった。

 ライルとて、マナの残量――つまり《術式》を使用出来る時間には限りがある。

 従って、命の危険を顧みている暇などなく、積極的に攻めて敵の持つ力を素早く攻略せなばならないのである。


 ウォルフガングが剣によって退けた筈の槍はやはり、防御されなかったかのように肉薄してくる。

 それも、槍自体が不自然に移動している訳ではなく、槍のない位置に「攻撃だけが発生している」。

 彼はもう何度か打ち合って能力を読み切りたいと思ったが、当然、敵も黙ってそうさせる訳がなく、他の騎士二人が左右から飛びかかってくる。


「《衝破(インパクト)》ォ!!」


 そう唱えながら振り下ろされた剣撃を、前に跳んで回避する。

 相手の練度にもよるが、《術式》によって威力強化がなされた攻撃を真正面から受け止めるのは流石にリスクが高いと彼は判断した。

 とはいえ単に避けるだけに留まらず、すぐに反転して背後からファビアンに斬りかかった。

 だが、彼が振り返ってウォルフガングに視線を向けるや否や、槍を構えて迎撃するだけの時間は無かったのにも関わらず、まるで剣が真横から見えない何かに打たれたかのように逸れてしまう。


 ウォルフガングはつい、武器を手放しそうになった――フリをした。

 それを好機と捉え、騎士の一人が《加速(アクセル)》を唱えた。

 詠唱を聞いたファビアンが、味方の攻撃に巻き込まれないように少しだけ離れる。

「基本的には直進しか出来ない」という、あの《術式》の弱点をウォルフガングはよく知っている。自らは使用出来ないが、弟子の一人が得意技としているのだ。

 だから、迎撃方法も分かっている。

 彼は予測進路から少しだけ位置をずらし、刺し違えないように調整した上で軽く剣を構えた。

 すると、凄まじい速度で移動している騎士は突き立てられた刃に自ら進む形となり、腹を穿たれたまま勢いで遥か後方に吹き飛んでいった。

 リーズならば繊細な制御によって急停止したり方向を捻じ曲げたりすることが出来ただろうが、並の使い手ではそうはいかないだろう。


 後ろで転がっている死体に武器を持っていかれたウォルフガングが、吊るしていた予備のロングソードを取り出す。

 それとほぼ同時に、ライルがもう一方の騎士を始末する。

 そこで体力、或いはマナの限界が来たのか、彼は《隠匿(コンシール)》を解いてしまった。

 ファビアンの意識がそちらに向く。


「姿を隠して隙を狙うしか出来ん卑怯者め、もらったぞ……!」

「させるかッ!」


 彼がライルを刺し殺すより早く、ウォルフガングは距離を詰めて再び斬撃を加えた。

 だが、あと少しで刃が触れるというところで、またしても見えない何かに打ち返される。

 とはいえ、ファビアンは何故か槍を静止させてライルを貫くことを止めた為、彼を守ることには成功した。

 そして何より、今の動きでウォルフガングは大方、その槍の性質を掴んでいたのだった。


「なるほど……『攻撃そのものの位置を変える槍』か。それで、槍を向けていない場所を攻撃することが出来るという訳か」

「ふん、だったら何だと言うのだ! 《術式》を使用せず、武器も安物の長剣であるお前が不利なのは変わらん!」

「だが、それも有効なのはせいぜい槍そのものが届く範囲だけだろう? そして『幻の穂先』を出している瞬間は本体で同時に攻撃することが出来ない。仕掛けが分かれば通常の槍とそう大差はないな」

「舐めたことを……!」


 挑発の為にあえて自らの予測を声に出して語ったウォルフガング。

 既に仲間が全員死んでいることもあって焦っているのか、まんまとそれに乗ったファビアンは、彼に向かって突撃した。

 宙を斬り裂き、顔面めがけて迫ってくる白銀の槍。

 だが、それはブラフであり、ファビアンが彼の足もとを見ると、真なる攻撃――「幻の穂先」も視線に沿って脚を狙う形で出現する。


「お前、『癖』が出ているぞ」


 視線の意味に気づいた彼は、先ほどまでのように「間一髪で辛うじて回避する」のではなく、明確な意図を持って足もとの何もない空間を切り払い、攻撃を捌いてみせた。

 対応されたことで明らかに動揺しているファビアンだが、彼とて歴戦の強者。決して攻めの手は緩めない。

 白銀の槍そのものによる突きと不可視の突き。その両方を織り交ぜ、巧みに翻弄していく。

 ウォルフガングほどの戦士でなければ、どこかで必ず一撃を貰い、そのまま立て続けに全身を貫かれて死んでいただろう。


「流石に強いな……だが、お前は焦り過ぎて肝心なことを忘れているよ。俺は、一人で戦っていない」


 不敵に笑ったウォルフガング。

 彼は不可視の槍を回避すると同時に、ファビアンの背後に向かって目で合図を出した。

 疲れ切ったライルが、残った力を振り絞ってナイフを突き出す。

 すぐに振り返ってそちらを見たファビアンだったが、二度目の不可視の攻撃は間に合わない。

 そして、刃は彼の喉を引き裂いた。


 狂った愛国心と執念に全てを捧げた男の人生は終わりを告げた。

 だが、彼の戦いはまだ終わらない。

「ラトリアを変える」という意志を抱く者が残っている限りは。


「はぁ~、シンドかったけど何とかなりましたね……」

「ああ。よくやってくれた、ライル。今はどこか安全なところで休め」

「そうします……いや~、何度やってもこの緊張感は慣れません。マジ疲れる……」

「戦いになんて慣れるもんじゃないさ……さて、俺はリアを援護しに行ってくる」

「リーダーを倒したし、もう勝ちなんじゃないですか?」

「いや、奴らは強い覚悟を持って作戦に参加しているに違いない。ファビアンが死のうが戦いを続行するだろうよ」


 と、ウォルフガングが語ったその時、異変が起きた。


 王立アカデミーから空に向かって、青白く輝く光の壁のようなものが形成されたのだ。

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