3章7節:アステリア先生の戦闘実習
翌日。
担当講義の時間がやってくると、私は困惑する生徒たちを半ば無理やりグラウンドに連れ出した。
「口だけであれこれ技術や経験を語ってもつまんないでしょ。身体で教えてあげるよ」と言って。
当然ながら教員側は「冒険者なんていう粗暴な連中」が生徒に怪我をさせるという事態を恐れている。
その為、本来は実技をやる予定などなかったのだが、今朝「少しでも生徒を傷つけたら依頼は即終了」という条件で話を通してきた。
私とて「表の仕事」は生徒たちにすり寄って穏便に終わらせようと思っていたのだが、このクラスでいじめが起きているのならば話は別である。
あのような手合いには基本的に対話など通じない。自分がやっていることを「悪」だとは認識していないからだ。
従って、私自身――そして、優れた《術式》の腕を持っているようだがそれを主張しようとしないルアの「力」を見せて、抑えつけねばならない。
結局、何らかの力から身を守る手段として最も意味があるのは、同じく力だ。
あのユウキだって、今でこそ力を得て「勇者」などと持て囃されているようだが、前世では私の代わりにいじめを受ける程度のことしか出来ない無力な少年だったのだ。
「リーズちゃんの凄さは昨日、充分に理解したと思うけれど、私はまだ何もしてないから、みんな内心バカにしてるんじゃないかな?」
「少なくとも、勘違いした正義感を抱く世間知らずなお嬢様だとは思うよ」
昨日、ルアをいじめていた貴族の少年が皮肉たっぷりに笑う。
他の数人の生徒も同じような調子だ。
良いぞ、もっと見下せ。見下せば見下すほど、これから恥ずかしい思いをすることになるだろうから。
私は借りてきた長剣を天に向かって掲げた。
「さて。じゃあ、その『世間知らずなお嬢様』を倒す練習試合をしてみようか」
「なっ……!?」
「こっちは私一人で、そっちの組む人数は自由、武器も技も自由。準備が整った奴から全力で掛かってきて。ちゃんと成績つけるから手抜いたら痛い目見るよ」
「なぜそんなことをしなければならないんだ!」
「きみ達の現状のレベルが測りたいんだよね。あまりにも雑魚かったら難しい剣術や戦場での立ち回りの話とかは出来ないかな~って!」
「くっ、言ってくれるじゃないか。『技も自由』ということは《術式》も有りなんだろう?」
「もちろん。ちなみに私、ちょっとでも触れたら一発で肉片にされちゃう《術式》の使い手を倒したことあるから」
「ひっ……で、デタラメを! 冒険者が僕らに教えられることなど何もないと理解させてやる!」
いじめっ子たちの気合は充分なようだ。
ルアを含む他の者達は「これも授業だから仕方なく」といった具合だが。
フレイナ一人だけはこちらの意図を理解してくれたようであり、憂鬱そうにしているルアに真剣な眼差しを向けている。
まず、ルアをいじめていた男子たちが、適当に持ってきた武器の山から剣やら斧やらを取って構えた。
私の「さあ、来なよ!」という合図と共に、試合が開始される。
あんな連中など烏合の衆だろうと思っていたが、意外にも連携の取れた攻めを見せてくれている。
斧を持った体格の良い少年が先行し、正面から向かってくる。彼を囮にし、他の数人で死角に回って攻撃するという寸法か。
「……ちょっとは考えたと褒めてあげたいけど、『身体がデカい男が一人居れば女一人くらい押さえられる』っていう想定は甘いよ」
斧が振り下ろされる。
人を本気で殺そうと思ったことなんてないだろうから当然とはいえ、力が入っていない。速度も足りない。
攻撃を軽くかわすと、そのまま側面や背後から斬りかかって来ていた者たちの剣を、同じく剣ではなく拳や腕で弾き飛ばした。
そもそも背後を取らせないことも出来たが、調子に乗せる為にあえて泳がせておいたのだ。
しかし、せっかくチャンスを与えたのにこんなものなのか。
「もっと殺すつもりで来ないと! 躊躇いのあるノロマな攻撃なんて、タイミング見極めれば素手でも止められちゃうよ!?」
挑発に対して舌打ちをする少年たちを翻弄する中、何人かが距離を空けて《術式》の全文詠唱を始めた。
辺りの小石や武器が僅かに振動し始める――《変位》だ。
だが、その詠唱も遅すぎる。
私は相手に怪我をさせないよう、片手のロングソードを純粋に防御目的で使いながらもう一方の拳を握り込む。
そして、ありったけの気魄を込め、周囲を囲んでいた者たちに打撃を入れていく。
無論、何ら術的強化がなされていない女の殴りで与えられるダメージなど知れているが、こちらの目的は無力化なので問題ない。
殺意だけが宿った威力のない攻撃に動揺し、まだ武器を持っていた前衛の者たちも、うっかりそれらを手放してしまった。
時間的にはほぼ一瞬の出来事だ。《術式》を使い始めた連中はまだファンクションの一文すらも詠唱出来ていない。
私は彼らとの間の距離を詰め、軽く足払いし、目前に拳を突きつけて詠唱を中断させ、最後の一人には切っ先が絶対に触れないよう注意しながら剣を突きつけた。
「はい終わり。きみ達は無抵抗なルアちゃん相手に《術式》で意気がってたけど、実戦で相手が黙って受けてくれる……ましてや詠唱を待ってくれるなんて思わないこと。分かった?」
剣を地面に突き立てながら説教すると、みっともなく跪いているいじめっ子たちは、首を縦にぶんぶんと振るのであった。
リーズの技を見て唖然としていた時と違い、周囲で試合を眺めていた生徒たちは困惑しながらあれこれ話していた。
「何だあの技?」「《術式》?」「分からん……気がついたらアイツら全員、倒されてたんだが」――などと言っている。
ああ、こちらが正体不明の術技を用いたと思われているようだ。ちゃんと説明しておこう。
「ちなみに《術式》も他の小手先も一切使ってないよ。今のはただの剣技だから。冒険者には私みたいな『素の技量だけでも結構やれる奴』なんてゴロゴロ居るからね」
その言葉を聞いた生徒たちの自信が、見る見るうちに枯れ果てていく。
彼らに混じって観戦していたリーズだけが何故か得意げだ。
そうして誰もが戦意を喪失する中、フレイナがルアの手を引いて私の前に躍り出た。
「そんな連中を倒しただけでいい気にならないで下さる!? あなたはまだ、この学年のトップを相手にしていませんわっ!」
「ふーん。どっちがトップなの?」
目をそらすルア。眉間に皺を寄せるフレイナ。
この反応、たぶん前者だな。
「ど、どど、どっちでも良いでしょうそんなことは!」
「きみが学年トップって言ったんじゃん」
「やかましい! さあ、わたくしたちとも試合をしますわよ!」
ノリノリで長剣を手に取るフレイナだが、ルアは明らかにやる気がない。
彼女は武器を探しに行かず、猫背になって怯えながら私の前にやって来た。
「あの……勝てる訳ないので辞退しても良いですか……」
「やってみなきゃ分かんないって! ほら、ルアちゃんも武器持ってきてよ! それとも素手でやる?」
「え、いや、その……私なんかクソザコなんで……」
「今の私は臨時とはいえ先生だよぉ? ルアちゃんって学年首席なんでしょ? 辞退したら評価に傷がついちゃうねー?」
「リアさん、性格悪いですね……!」
「なはは! よく言われる!」
諦めたルアは、しぶしぶ適当な剣を持ってフレイナと並び立つ。
そして、私を睨みつけて予想外の台詞を吐くのであった。
「……怪我しても怒らないで下さいね。リアさんがやるって言ったんですから」
「おお、そんな自信があるんだ? 意外だなぁ」
「自信じゃないです。事実としてその可能性があるというだけです」
「ふふっ……言うね。怒らないから、普段は隠してる本気をぜんぶ見せてみなよ」
「評価の為に仕方なくですが。それでは、行かせて頂きますっ!」
かくして戦闘が始まり、互いに剣を構えた――が、ルアは動かない。
代わりにフレイナが前進し、発火の《術式》によって炎をまとわせた剣を振るってくる。
「やああッーーーー!!」
真っ直ぐな性格がそのまま表れたかのような勢い任せの攻撃。
だがそれ故に、他の生徒とは比べ物にならないほど速い。
その上、炎のせいで先程までのように打撃で武器を飛ばすことも出来ない。
ロングソードで斬撃を受け止めるも、このまま正面から打ち合っていると炎に巻き込まれかねないと判断し、後ろに退こうとしたが――
「《水流》」
詠唱が聞こえた瞬間、足もとがぐらつくのを感じた。
即座に振り返りつつ横に跳ぶと、さっきまで立っていた場所から水塊が柱のように噴き上がっていた。
戦闘開始の合図を行って自分に意識を引きつけておきながら、豪快な戦闘スタイルのフレイナの影に隠れて水撃が命中するタイミングを窺うとは。
「へぇ、マジでやる気じゃんか。私が素人だったら今ので終わってたよ」
「終わってて下さい!」
「ルアちゃん、大人しげなフリしてドS説?」
「違います! 成績の為です! せっかくお父様が私なんかを学院に入れてくださったのだから、報いないといけないんです!」
そう語りながらも、彼女は警戒を怠らない。
ひどく切迫している表情で、しかしその目はどこまでも冷たく私を見据えている。
「お前が動いたら即座に《術式》を撃つ」とでも言われているかのようだ。
困ったな。この二人、特にルアは思った以上に出来る子だ。
実戦経験なんてない筈なのにあそこまで冷静に状況を観察出来ている辺り、なにか天賦の才があるのだろう。
彼女らに対し、全ての術技を制限するというのはいささか舐め過ぎていたかも知れない。
《術式》くらいは使ってみるとしよう――と言っても、私は《術式》に関しては凡才だから、それすらも読み切られる可能性はあるが。
一歩踏み出すと同時、フレイナが動き始めた。
私はそれより早く一言、唱える。
「《加速》ッ!」
「なっ!?」
動揺するフレイナのすぐ横をすり抜け、ルアに迫る。
だが彼女は驚かない。
いや、違う――余裕なさげに汗を垂らしている。明らかに焦っている。
それなのに、思考と行動を絶対に止めないのである。
戦場に慣れれば恐怖や焦燥の感情を抑える術は幾らか身に付いてくるものだが、一方でルアはそれらの感情を受け止めつつも、理性から完全に切り離しているかのように見えるのだ。
はっきり言って、私を含む大半の戦士よりも数段、異常である。
「……《停滞》」
ルアの《術式》が発動した瞬間、急激に肉体の加速度が低下していった。
身体が重い。減速の術によって加速の術を相殺されるどころか、通常よりも更に動作が低速化していく。
まずい、このままでは嵌め殺される!
あの《術式》は確か、特定の物体一つを対象にとって発動するものだ――ならば!
私は肉体の動作速度が死に切る前に、片手に持っていた剣をルアに向かって投げつけた。
怪我をさせてしまうかも知れないが、彼女ならばこれくらいは対処出来るだろう。
「そう来ましたか……!」
ルアが《停滞》の対象を私からロングソードに変更した隙を見て、再度《加速》を唱え、彼女の背後に回る。
やはりルアは焦りを感じている様子にも関わらず、その焦りに囚われずこちらの動きにすぐ反応。
フレイナと目を合わせて叫んだ。
「お願いします!」
「任せなさいな……《創装》ッ!」
フレイナが武器創造の《術式》を使用し、空中に何本もの長剣を生成した。
「《変位》」
それらをルアが物体移動の《術式》によって操り、雨のように降り注がせる。
「えっ、やばっ!?」
つい、そんな声を上げてしまう。
才能あふれる二人だとは思ったが、ここまでやれるとは。
高度な連携により生み出された剣の雨は、全速力で走り回って回避に徹すればやり過ごせそうだが、周りに他の生徒が居るからそうもいかない。
私はこの場に立ち止まり、意識を集中した。
そして――
「えいっ」
高速で飛来する剣の柄を掴んだ。
一本。二本。これで武器を確保出来た。
それからは、自分に命中する軌道の剣だけを的確に切り払っていった。
やれやれ。王宮時代にウォルフガングのもとで「飛んでくる矢を掴む訓練」をした経験があるが、まさか、あれを剣でやることになるとは。
「は……はぁ!?」
驚愕するフレイナをよそに、すぐに詠唱の準備をするルア。
だが、「多数の剣を操作する」という負荷が大きい行動を取った為か、発動までに僅かな遅延が発生した。
その隙を見逃す筈もなく、私は両手の剣をフレイナの方に投げて牽制しつつ、《加速》でルアに接敵。
怪我をさせない程度に勢いを保ったまま、ルアを押し倒すのであった。
以前に出会った時にも被っていた、お気に入りと思われる帽子が地に落ちる。
「きゃッ……!」
悲鳴を上げたルアに馬乗りになる。
そして、彼女の顔を見下ろした。
「ルアちゃん……!?」
ずっと帽子で隠されていた頭の上。
そこには、可愛らしい猫の耳がついていた。
それに気づくと同時に、ルアはボロボロと泣き出してしまうのであった。
「ぐすっ……私、獣人なんです。貴族の癖に獣人なんです。下等種族なんです! 悪いですか!?」




