3章4節:学院生活
「いやぁ、冒険者が来ると聞いて『どうせ粗野な男だろう』と思いきや、こんな可憐な少女たちだったとは!」
「出身領地は? 家柄は?」
「事情があって冒険者などやっているだけで、本当は貴族家の生まれなのだろう?」
挨拶を終えて昼休みに入るや否や、私たちは質問攻めに遭った。
貴族の学生たちは基本的に、冒険者のことを「社会的底辺層が行き着く仕事であり、みすぼらしい連中ばかり」だと思っているようだ。
その為、予想に反する外見をしていた私たちを見てギャップに驚いている。
「酔狂な貴人が趣味で冒険者をやっているのではないか」なんていう風に捉えている者も居る。
まあ実際、私は王女だしリーズも貴族家の娘だからその辺りは間違っていないのだが。
とはいえ、まさか「王室に背いて国を出た第三王女と近衛騎士です」などと言う訳にもいかず、「私は地方の下級貴族の娘でリーズはその使用人」といった感じに、嘘のプロフィールを話してやり過ごすのであった。
ふと周りを見ると、声を掛けようと思っていたルアがいつの間にか教室から居なくなっていた。
追いかけて近況を尋ねたかったが、「学院内で動きやすくしたい」という都合上、他の生徒を無下に扱いたくもないので、今は我慢だ。
昼食を取るため、カフェテリアに移動した私たち。
立食ではないがビュッフェ形式に近いものになっており、各々が好き好きに料理を取って食べている。
《術式》を使って料理を温めたり、デザートを冷やしたりしている生徒も居る。
恐らくは授業で習った、簡単かつ低コストな――つまりは使用時の消耗が少ない――技だろう。
食事中も、私たちはコミュニケーションに積極的な学生に絡まれ続けた。
その様子を離れた席から見ているルア。
前世の学校生活においてユウキ以外との接点がなく、殆ど「ぼっち」だった私には分かる。
あれは「知り合いに話しかけたいけど、自分とは仲良くない『その他大勢』に囲まれてるから行き辛い」という目だ。
いかにも内気な性格らしい彼女は、どうやらアカデミーでもあまり上手く行っていないように見える。
そういえば、あの失礼なお嬢様もルアと同じように一人ぼっちでご飯を食べているな。
「貴族という社交性を問われる立場なのに不器用な子たちだ」と思うけれど、私も本質はそっち寄りだから、むしろ親近感が湧いてくる。
さて、昼休み後の予定は歴史の講義、神学の講義と来て、最後に《術式》の実習を終えたら解散だ。
初日ゆえに、今日は私たちが担当する特別講義はない。
まずは歴史。四十歳ほどに見える細身の偏屈そうな男性教師がやって来て、淡々と話し続ける。
この世界には、いわゆる「プリント」や学習用ノートなどというものは存在しないので、必然的に「教師がただひたすら書物の解説をするのでそれを一方的に聞き続ける」という形になってしまう。
前世の私ならば、こんな退屈な授業は寝てやり過ごしていただろう。
だが、今は王位簒奪を目論む王女である。歴史や世情のことをしっかり学んでおいて損はない。
そう思って真剣に話を聞いていると、唐突に教師が私を指差した。
「今から十年前の天暦1035年。ラトリア王国と敵国『ルミナス帝国』との間で『ラトリア北方戦争』が起きたというのは皆、知っているだろう……それでは、そこの君」
周囲の学生たちの間に緊張が走る。
「かの北方戦争について、そこに至るまでの経緯と、原因に対する自身の考えを述べてみなさい」
なるほど、最初の印象では「学生への関心が薄い教師」だと思っていたが、こういった議論を持ちかけてくることもあるらしい。
上等だ。私とてあんな境遇だったが一応は王女、それなりの教育を受けてきているのだ。
私は椅子から立ち上がり、この世界について学んできた内容を脳内でまとめながら語り始めた。
「ルミナス帝国」。ラトリアと双璧をなす巨大帝国であり、「敵国である」という認識はラトリアの民ならば誰でも持っているものだろう。
しかし、かつては今ほど明確な形で敵対してはいなかったと学んでいる。
「えっと……今から四十年前、我が国で王の代替わりが行われました。それに付随した政変は混乱をもたらし、『《魔王軍》と戦う人間社会のリーダー』としてのラトリア王国に不安を感じたルミナス帝国は《魔王軍》との融和路線を公表」
「……ほう」
「それ以降、《魔王軍》が後ろ盾を得たことでラトリアの勢力圏は魔族共に少しずつ奪われていきました。侵攻を抑止するため、我が国は前線となっていた北ラトリアに大規模な王国正規軍の部隊を展開」
「事実だな」
「しばらくは睨み合いが続きましたが、1035年に軍を構成していた部隊の一つが暴走。ルミナス帝国南の辺境の村で平和に暮らしていた魔族たちを虐殺しました。この一件が直接的原因となり苛烈な正面衝突に至ったと考えます」
「我が国の部隊に原因があったと?」
「ええ。指導者の統率力不足が問題だったかと。更にはモラル教育も足りていません。あの事件がなければ講話の余地、或いはこちらがより戦力を整える為の時間稼ぎが出来たでしょう」
「……五十点だ。冒険者の若造にしては歴史をよく学んでいるのは評価に値するが、肝心の原因に関しては理解が浅い」
おや。周りの生徒たちの多くは私を見て感心している様子だが、先生的には物足りなかったらしい。
「『一部の者が暴走して魔族を虐殺した』と言ったが、そんな事実は存在しないのだよ。全ては敵国ルミナスが攻撃する大義名分を得て士気を高める為の自作自演だ」
「でも、当時は他でもない、我が国の騎士が『あれは事実だ』と証言したという話がありますけれど……」
ちなみに、この「証言をした騎士」とはウォルフガングのことであり、王室時代に歴史の学習をした際、彼にラトリア北方戦争について色々と質問したことがある。
彼はこの頃にはもう近衛騎士団長であり、北の領地に遠征して参戦するような立場ではなかったが、正規軍の幹部との繋がりがあったので、その筋から真実を聞いていたのだ。
幹部の貴族も、そして関係ない立場である筈のウォルフガングも、一部の兵士が国益を損なうような暴走をしたことに随分と思い悩んだらしい。
彼らの行動について善だの悪だのと倫理を語る気はない。そもそも最初にこの天上大陸に侵略をしたのは魔族側なのだから、魔族という種そのものに怒る気持ちは分からなくもない。
だが少なくとも、ラトリア北方戦争という「我が国が負けた戦争」を引き起こし、《魔王軍》を勢い付かせて最終的には王都占領に至ってしまったという点で彼らに非があるのは確かだろう。
だが、この先生は飽くまで「何もなかった、全てはルミナス帝国が悪い」と語り続けるのだ。
「騎士とは国に忠義を尽くすものだ、敵の流したデタラメなど信じ込んでどうする。いいか、魔族や帝国人は外道だ。攻撃を正当化する為なら自国民も平気で犠牲にするのだ」
「しかし、自作自演にしては些か過激かと。真実が広まれば大幅に士気を損なうような嘘はリスクが高すぎるように感じますが」
「……ふむ、君は幾らか敵国の史観に囚われてしまっているようだな。幸いなことに学習意欲はあるようだから、しっかり学び直すように」
それだけ言って、彼は議論を強引に打ち切ってしまった。
やれやれ、冷淡そうに見えて随分とラトリアに対する愛が強い御方のようだ。
まあ知識階級においては別段、珍しいことでもないか。
食い下がっても私の立場が危うくなるだけで何も良いことはないので、適当にヘラヘラ笑って「ごめんなさい~勉強し直します」とだけ言って席に座った。
一波乱あった歴史の授業が終わると、私の傍に生徒たちが集まってきた。
「オーラフ先生から五十点も貰えるとは、冒険者だというのにやるじゃないか」
「え、あれで高評価な部類だったんだ!?」
「先生は本学院の中でも特に厳しいことで有名だからな。だが、それは『ラトリアの未来を担う僕らを真剣に教育してくれている』とも言える」
「あ~、なるほどねぇ」
あの先生は「オーラフ」というのか。どうやら厳しいなりに敬意を持たれているタイプのようだ。
とはいえ、彼の歴史解釈は「ラトリア王国絶対主義」とでも言うべきものであり、そんな偏った見方を若者に教えるのはどうかと思う。
まあ、私は元・現代人だからそんな気がするのであって、激しい混乱が巻き起こっているこの世において国を無理やりにでもまとめていくなら、方便も必要ということかも知れない。
そんなことを考えていると、隣の座席からリーズが心配そうに話しかけてきた。
もしかして、私が落ち込んでいると思っているのだろうか?
「あの……私はリア様の意見が正しいと思いますからね! 私はこの国に忠誠を誓っておりますが、この国が問題を一切抱えていないとは思いません!」
「なはは、気にしないで。あんまり話通じなさそうな先生だったからテキトーに終わらせただけで、本心から納得してる訳じゃないよ」
「あ、そうでしたか。いつも通り、やり過ごした訳ですね」
「そうそう。私の得意なやつ」
「気分を害したんじゃないかと思って心配して損しました」
不満そうに口を尖らせるリーズ。
もう、いつもながら可愛いなあ。
リーズと雑談しながら短い休憩時間を過ごした後は、神学の講義が行われた。
担当教員は《竜の目》のシスティーナを彷彿とさせる、柔和な雰囲気の女性だ。
実際、この人も彼女と同様に、世界的宗教――《天神聖団》の修道士でありつつ別の仕事、つまり教員もしているらしい。
「我らの主である十二柱の天神様。彼らが生み出した『世界を構成する最小単位』であるマナが火、水、風、土、光、闇の六つの属性に分かれていることは皆様ご存知ですね。それでは――」
今回の講義の内容は、一定以上の学がある者ならば誰しも知っている基礎的な宗教観の解説が主体だった。
だが冒険者はその「一定以上の学」がなく、雰囲気で天神を信仰しているような者も多い。
その為、冒険者である私たちに配慮をしたということなのだろう。
この世界に生まれ変わって「馴染みがない」と思ったことは何度もあるが、現代日本で育った私からすると「殆どの人間が明確に信仰心を抱いている」という点もその一つだ。
彼らは法や社会常識、倫理、哲学というよりは宗教上の教えによって道徳の基本的なところを学んでいるのである。
たとえば「戦場において戦士以外の人間、エルフ、獣人を殺害すれば、争いを司る天神である《戦帝天》の怒りを買い、死後に地上で裁きを受ける」といった具合に。
これも一つの道徳教育の方法として有効だとは思うけれど、権威者による神話や教義の解釈次第で幾らでも「正しさ」を捻じ曲げられるのは少々危険だ。
私が生まれるよりだいぶ前の話だが、「かつて《天神聖団》の教義上では禁忌であった《術式》が、いつの間にか公認され始めた」という変化があったそうだ。
《術式》とは「天神が生んだ奇跡であるマナの不自然的利用」だから、神々を尊重する聖団が禁忌扱いしていたというのは納得である。
しかし、魔族たちがこの浮遊大陸に現れたことで状況は一変した。
彼らはこう語ったとされている――「自分たちは地上からやってきた」と。
実際のところはどうなのか、私にも分からない。
少なくとも、「地上は神の住まう楽園」と考える天神信仰からしたら、その地上より魔族が現れたというのは認めがたい話であるし、当然「魔族共は冒涜的な嘘を言っている」と主張した。
しかし、魔族の言葉を信じるにせよ無視するにせよ社会が混迷したのは事実であり、《術式》が使えないがゆえに魔族との戦いが劣勢続きであることへの不満も相まって、不信感を抱く者も現れ始めた。
そんな不満を抑えるため、「禁忌ではあるが便利な技術」であった《術式》を急に認めるようになったのだ。
要は、彼らの主張する正義など所詮、権力や権威の都合に依存するものでしかないのである。
信仰自体は乱世において人の心を救っている面もあるから否定しないが、私がもし女王になった暁には、「天神信仰への依存」というリスクは減らしていかねばならないな。




