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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第18章:昔日のジュブナイル

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18章19節:世界が終わった日

 闇から黒い雨が降り注いでくる。

 その雫の一つ一つが、よく見れば様々な姿をした怪物だ。

 《崩壊の空》から現れし漆黒の獣。

 天上大陸の神話の中で語られる世界の終末、そして実際にリーズたちを襲った災害が、いま目の前に訪れている。


「何だ、あの気色悪いのは。貴様たちの仕業か?」


 レーナフェルトが横目で理亜を見て、不愉快そうに言う。


「違う。アレーティア、あなた達も知らないのね?」

「困ったことにね」


 それからすぐに雨はこの戦場にまで及んだ。

 アレーティアは僅かに困惑を滲ませながらも、穏やかな声色で理亜に語りかける。


「どうやら私たちで争っている場合ではなくなったようだ。ここは一旦、共闘すべきだと思わないか?」

「……そうね。エレナ、他の皆も。今はあの化物共を掃討しましょう」

「こちらも同様にお願いするよ。あぁ、くれぐれも理亜たちに不意打ちしないように。そんな余裕、なさそうだからね」


 理亜、アレーティアがそれぞれの配下に命ずる。

 レーナフェルト、ハウラス辺りは決戦を先送りにせねばならないことに苛立っているようだが、それでも指示に逆らおうとはしなかった。


 全方位から漆黒の波が押し寄せる。あらゆるものを飲み込み塵に変えていく。

 理亜たちはさっきまで敵だったアレーティア陣営と巧みに連携し、それに抗う。


 最強の《秘蹟》使い達はたった一度の攻撃で数百、数千の獣を消し飛ばしている。

 だが、どれだけ倒しても襲来が止む気配はない。

 一体一体は大したことがなくとも、その絶望的なまでの物量は徐々に彼らを消耗させていった。


「クソッ……おい! これはいつ終わるんだ!」

「も~! クラム疲れたよぉ~!」

「喚く暇があったら一体でも多く潰せ!」


 弱音を吐くハウラスとクラムメルクを叱るレーナフェルト。そんな彼女の顔からも疲労が窺える。

「いつ終わるのか」――これがもし《崩壊の空》と全く同じものなら、私には見当がつく。

 あの現象は多くの呪血病発症者が集まった結果として生じる、とされている。つまりは発症者が分散するか大勢死ぬことによってしか収まらない。

 そして、この世界に呪血病があるとしたら、それは間違いなくリヒト症候群のことだ。

 必死に獣を倒したところでその場しのぎにしかならないのである。むしろ抵抗して死人の増加を遅らせれば遅らせるほどこの地獄は長続きする。


 やがて、理亜とエレナ以外の理亜陣営の能力者たちが力尽きた。

 ある者は頭を喰われ、ある者は四肢だけになり、またある者は全身が真っ黒な塵と化し死んでいく。

 生き残っている神域の能力者たちも、どこか死を悟ったような表情を見せ始めた。


 だが、彼らまで全滅する結末にはならなかった。

 依然として《崩壊の空》は開いているものの、人死が増えた為か獣の攻勢が弱まったのだ。


「……収まりましたので?」


 ニーナがアレーティアに声を掛ける。


「そうだと良いんだけど、たぶん一時的なものだろうね。あの黒い空が消えていないから」

「ではどうしますので? いつまでも戦い続けることはできませんので」

「それは……」


 と、その時。

 大通りの先から、ひどく慌てた様子の人影が近づいてきた。

 テレビで見たことがある、短い茶髪の青年だ。

 クラーク・リヒト。リヒト症候群を発見した医者である。

 《秘蹟》を得たということなのか、外見は昔のままだ。

 もっと優しげな雰囲気だった覚えがあるが、状況が状況だからか血相を変えている。

 彼は豪胆にもアレーティアの目の前まで迫り、息を切らしながらもこう言った。


「君たちはこれ以上戦っちゃいけない!」

「……なるほど、前々から君が『《秘蹟》を使い過ぎるな』と警告していたのはこういうことか」


 なんだそれは? そんな話、聞いたことがない。

 理亜も同じなようで、闖入者に疑問をぶつける。


「あなた、クラーク・リヒトよね? 何を知っているの? こんなところで何をしているの?」

「この国にはリヒト症候群発症者がたくさん居るから、研究の為に滞在していたんだよ。その過程で、僕は一つの予想を立てた」

「予想?」

「あまりに形而上的で信じ難いと思うだろうけどね……《秘蹟》は物理法則を超越した奇跡を起こす代償として、世界構造を蝕んでいくんだ」


 クラークの語った説は、事前に聞いていたであろうアレーティア以外の全員を驚愕させた。


「《秘蹟》の多用がこの現象を招いたと、あなたはそう言いたいの?」

「それだけじゃない、リヒト症候群……いや、『存在崩壊』もだ。世界構造に巣食った『癌』が空間に及べばこういった災害が起こる。人間に及べば肉体の崩壊が起こる。この崩壊は連鎖的に拡大していく」


 存在崩壊。それは確か「天上大陸から見た地上世界における呪血病の呼び名」だったか。

 呪血病発症者によって《崩壊の空》が引き起こされるというのは飽くまで二次的な災害であり、どちらも真の原因は《秘蹟》にあると?

 天上大陸に《秘蹟》なんてものは無かったから当然なのだが、私の知っている話とは異なっている。


「それを公表しなかったのは、《秘蹟》使いからの報復を恐れて?」

「予想に過ぎない、説得力に欠ける主張を広めるのは無駄に混乱と分断を招くだけだと思ったんだ。だからアレーティアに個人的に伝えるに留めたんだけど……失敗だったよ」


 肩を落とすクラーク。

 アレーティアは自嘲気味に笑った。


「君が正しかったよ。どんなリスクがあろうとも退けない戦いではあった……でも、ここまでのことになってしまっては意味がない」

「いや。君を、世界を納得させられなかった僕の力不足だ」

「これからどうすればいいか、意見をお聞かせ願えるかい?」

「まずはここを離れよう。この現象は世界中で起きてるけれど、発症者数から考えるに日本は比較的マシな筈だ」


 クラークの提案に、レーナフェルトが怒りを露わにする。


「貴様は『国を捨てろ』と言うか!?」

「落ち着いて、レーナフェルト。私たちがこの国で出来ることは、もう何もない」

「アレーティア! 貴様たちは余所者だから安易にそんなことが言えるのだ!」

「だったらここで死ぬかい? 埋める骨も残らないだろうけれど、それもまた一つの選択だ」

「……チッ」


 アレーティアに現実を突きつけられると、レーナフェルトは何も言わなくなった。

 その後、アレーティアは理亜の前に歩み寄った。

 理亜は平静を装っているが、身体は震えている。

 完全に想定外の結末を迎え、どうすべきか分からなくなっているのだろう。


「理亜、エレナ。君たちも一緒に来るといい」

「……何を言っているの」

「私も君も『世界の存続を前提としている』という意味で目的にそう違いはない。そして、その前提は崩れ去ろうとしている。この場限りじゃなく、継続的に協力していくべきじゃないか?」

「他の連中はそれで納得するの?」

「私から言い聞かせておくよ」

「……分かったわ。エレナもそれでいい?」

「やむを得ません」


 理亜とエレナが不承不承ながらも合意すると、アレーティアは仲間たちの説得を始めた。


 ふとスマートフォンを取り出す理亜。何かを検索しようとするも通信できない。

 そんな彼女にクラークが声を掛ける。


「通信インフラが破壊されたみたいだ。さっきまでは繋がってたんだけど」

「……そう」

「世界の状況が気になる? 保存済みのデータで良ければ見せてあげられるよ」


 理亜は差し出されたスマートフォンを受け取る。

 そこには各国の報道機関の速報や、一般人が撮影し投稿した動画が収められていた。

 クラークの言っていたことを証明するかのように、世界中で黒い空と漆黒の獣による被害が話題となっている。

 先進国の中では特に日本に関する報告が多いが、これは「被害が多い」のではなく「報告ができる程度の余裕があった」と考えるのが妥当だろう。


 理亜が一通りデータを確認し終えると、話し合いを済ませたアレーティアが《秘蹟》を用いて日本へ繋がる転送ゲートを生成した。

 彼の仲間たちがその中に入っていく。

 

「さあ、そちらの三人も早く。いつ次の波が来るか分からないからね」


 アレーティアに言われ、理亜とエレナ、クラーク、それから私も彼らに続いてゲートに入るのであった。



 その日、世界は終末を迎えた。


――この世が罪深き生命で溢れたとき、漆黒の獣が天より現れ裁きを下す。


 これは天神信仰の一節だ。

 こんなもの、人々の道徳心を保つための方便に過ぎないと考えていた。

 だがクラークの論が正しいと仮定するなら、少なくともこちらの世界においては不気味なほどに的を射ている。

 《秘蹟》は世界を救う奇跡どころか天罰を招くほどの大罪だった、ということになる。

 私はこの力に希望を見出した真白やフィーネに思いを馳せた。あの子たちも、人類も、どうしてこうも救われないのだろう。

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