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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第18章:昔日のジュブナイル

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18章17節:西暦2030年

 何度も何度も季節が巡り、世の中は激しく移り変わって。

 時は、西暦2030年。

 この世界における御剣星名(わたし)の死を知ってから十七年だ。

 確かにここでは時間の流れを早く感じられるが、これほどの年月を「あっという間だった」と言える程じゃない。

 私はいつからか「自分がどういう状況に置かれているのか」を考えなくなっていた。

 ただ人々の歩みを見守るだけの、本当の幽霊のようになった。

 この世界に降り立った瞬間から数えて二十二年。この間、自分自身には全く変化が無かった。故に、変えようとすることを諦め、割り切ってしまったのかも知れない。

 何にも干渉できず干渉されない人生というのは、あれこれ思い悩まなければ楽ではあるんだ。何かに脅かされることも、駆り立てられることもないんだから。



 情勢を整理しよう。

 まず、世界は戦乱とリヒト症候群の拡大によって確実に滅びつつある。

 秩序は既に崩壊寸前であり、どこの国も今や自力救済が当たり前となっている。

 こんな時代となれば、有利なのは言うまでもなく《秘蹟》使いだが、他の人々も負けてはいない。

 民衆は異能の代わりに武器を取り、軍は大量破壊兵器を使用し、国が幾つか焦土と化した。


 それだけではない。奇跡に恵まれなかった人々は《秘蹟》使いに対抗するため、非人道的な研究を重ねた。

 そして無数の被験者――人身売買組織に拉致されたか、金銭目的で志願した社会的弱者が殆どである――と実験動物の犠牲の果てに「強化体」と呼ばれる存在を生み出した。

 強化体とは、肉体への直接的な加工および遺伝子編集により、戦闘に有利な特徴と「通常の人間への従順さ」を植え付けられた人間や動物である。

 同族すら家畜扱いするようなクソったれは人類史を俯瞰すれば別に珍しいものではないが、秩序と倫理が失われつつある今、それを咎める者もまた居なくなったというわけである。

 強化体は異世界で言うところの獣人や魔族、魔物のような姿をしている。

 現代世界に獣耳や尻尾、角が生えた人間、魔犬やスライムに似た生物まで居るというのは異様な光景だ。

 異世界でこういったものに見慣れている私ならともかく、この世界の人間は強烈な異物感と嫌悪感を覚えるようで、強化体は奉仕対象である普通の人間から苛烈な迫害を受けている。

 無抵抗で殴られている彼らを見かける度、少なくとも抗おうとすることはできた異世界の亜人種はまだマシな境遇だったと錯覚してしまう。



 理亜について。

 あの子は日本だけでなく世界中を渡り歩き、各地の紛争に介入していった。

 狙いとしてはアレーティア討伐に向けた仲間集めと、某国を支配した新政府軍を支える補給路の遮断だ。

 慎重な理亜は、十分な勝算を得る為に決戦を引き伸ばしている。

 思えば昔、真白たちとゲームをしていた時のあの子もそうだった。

 勝利条件を真っ直ぐ見据え、使える手札は全て使い、必要なコストは躊躇いなく支払い、それでいて決して焦らない。だから、勝てる。

「世界を救う」と言いながらその実、戦乱を泥沼化させていること。たくさんの仲間が死んでいったこと。彼女はこれらも「結果の為なら仕方ない」と受け入れ、迷わず囚われず前に進み続ける。

 一度は女王になった私なんかよりもずっと冷静で、リーダーに向いている人間性だと思った。

 まあ仲間の死に関してはそもそも、本心では誰のことも「仲間」と捉えていないのかも知れないけれど。


 そんな理亜だが、西暦2030年、ついに某国への侵攻を決意した。


***


 某国へ渡る直前、理亜は久しぶりに地元に帰り、思い出の研究所に一人で行った。

 設備はかなり綺麗に保たれている。十七年間、幾度となく襲撃を受けてきたが、後悔と使命感、愛を糧に強くなった弦義を突破できる者は今のところ現れていない。


 会議室に理亜が来るなり、フィーネは嬉しそうに駆け寄り、両手で彼女の手を握る。

 長い時が経っても三人の容姿はあの頃のまま。こうしていると昔に戻ったみたいだ。


「理亜ちゃん! 会えて嬉しいな。でも急にどうしたの?」

「アレーティアとの決戦を始めるから、挨拶くらいはしておこうかと思って」


 その言葉を聞いたフィーネと弦義は息を呑んだ後、心配するように理亜の目を見た。


「……そっか。ついに、なんだね」

「勝てるのか? いや、あんたのことだから、やれること全部やった上で言ってるんだろうが」

「そのつもり。でも、私だって全てを制御できるわけじゃない。だから……」


 理亜とフィーネの視線が交わる。


「最悪の場合、世界を救うのはあなたに任せることになる」

「……うん」


 フィーネがおもむろに頷いた。

「最悪の場合」というのはアレーティアの勝利――ではなく、共倒れだ。

 実のところ、理亜とアレーティアの望みはそれほど遠くない。どちらも世界を支配し、新秩序を構築しようとしている。その新秩序において《秘蹟》使いとそれ以外のバランスを取るか、それとも《秘蹟》使いを最上位に置くか。違いはそれだけなのである。

 理亜にとっても、恐らくアレーティアにとっても、最も避けたいのは「有力者が居なくなり、このまま世界中が衰退していく展開」だろう。

 そうなってしまったら、頼みの綱はバックアップを維持しているフィーネだけだ。

 未だ人体合成技術と人格転写技術は未完成だが、開発は着実に進んでいる。時間さえあれば、フィーネは文明を蘇らせることができる。


「……《トロイメライ》はちゃんと動いてるのよね?」


 フィーネがどこか不安げなのが気になったのか、理亜が問うた。


「それは大丈夫。でも、理亜ちゃんが思ってるのとは違うかも」

「どういうこと?」

「まず、《トロイメライ》が世界記録として保持できる情報量には限りがあるんだ。無限の容量があるわけじゃないからね」

「どこまで保存できる?」

「今年……西暦2030年が『繰り返し』の終端になる。この先を記録するなら昔の記録を消さなきゃいけなくなっちゃうけど、それはやりたくないなって」


 フィーネと弦義がこの件――二人は「2030年問題」と呼んでいた――について話していたのを何度か耳にしたことがある。

 どうやら《トロイメライ》内部の時間の進みは現実世界よりもずっと速いようで、最新の記録に追いついた場合、西暦2010年に巻き戻るようになっているらしい。

 要するにバックアップ世界はループしているのだが、これが最長でも2010年から2030年までの期間に限定されてしまう。

 コンピュータの中に住む人々は、2030年より未来には永遠に辿り着けないのだ。 


 そんな《トロイメライ》の限界を聞かされても、理亜は平然としていた。


「そう。私としては何も問題はないわ。私かアレーティアが勝てば記録を使う必要はなくなるし、どちらも死んだ先に待っているのは、記録する価値もない荒廃した世界だけなんだから」

「……そっか。あと、もう一つ。あっちの世界では《秘蹟》が使えないから、歴史が結構変わってるんだ」


 これも知っていた。《トロイメライ》の内部では「《秘蹟》が無かった場合」の可能世界が紡がれているようだ。


 もし《秘蹟》が無かったのなら、この世界における母や私が、《秘蹟》使いの戦いに巻き込まれて死ぬこともなかっただろう。

 ああ、私だって馬鹿じゃない。これが何を意味するのか、ちょっと考えれば分かる。分かってしまう。

 だから、考えたくない。一歩先にある答えに至りたくない。


 私が心を乱されそうになっている一方、理亜は相変わらずだ。


「あなたがそうしたの?」

「うん。正確には管理人格のトロイメライちゃんが、だけど。何千かのループを経て、『《秘蹟》は無くしたほうが良い』っていう考えになったみたい」

「あの子、《秘蹟》に失望したのね。昔は『人類を救う希望だ』って言ってたのに」

「失望とまでは言わないけど、怖くなった……のは確かかな。人類には過ぎた力だったんじゃないか、って」

「なるほどね。それも構わないわ。《秘蹟》なんて、無くて良い」


 理亜が淡々と告げる。

 一瞬、《秘蹟》を適切に運用することで世界を救おうとしている理亜にしてはおかしな返答だと思ったが、すぐに彼女の心情を理解した。

 そうだ、「《秘蹟》を以て英雄となり、世界を救う」というのは飽くまで真白から託された願いであり、呪いなんだ。

 理亜は本来、特別への憧れも世界への不安や憎悪も持たない、退屈だけど平穏な日常を愛する少女だ。

 彼女自身はきっと、心の底ではこう思っているんだろう――「最初から何もかも無かったことになればいいのに」って。


「他に《トロイメライ》について話しておきたいことはある?」

「ううん。この仕様で問題ないなら、理亜ちゃんを裏切るような結果にはならないはず。フィーたち、頑張るよ」

「それは良かった。じゃあ、お願いね。早いけど私はもう行くわ」


 そう言って、理亜は背を向けた。

 そこに弦義が声を掛ける。


「死ぬなよ、理亜。世界がどうとか以前に……今でもあんたのことは友人だと思ってるんだ」

「私もよ」

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