18章15節:懐かしく、忌々しい故郷
理亜、フィーネと弦義。三人の学校生活を見て分かったのは、彼女たちが同じ道を歩むことは今後もないだろう、ということだけだった。
会長の座が空位になった神話同好会も自然消滅してしまった。
コミュニティとは往々にして、中心的人物が支柱となって持続するものである。
三人の間にだって友情はあれど、やはり真ん中に居たのは真白なんだな。
翌日。ふと思い至ったことがあり、私はあえて理亜ともフィーネたちとも離れていた。
久しぶりの単独行動。向かう先は、この不可思議な世界で目を覚ましたばかりの時に行った駅。
「世界的な緊張状態など知ったことか、自分達には今日の仕事がある」とでも言いたげな群衆をすり抜け、電車に乗り込む。
ああ、やっぱりだ。
私はずっと理亜から離れられないと思っていたが、それなら彼女と別行動しているフィーネや弦義の傍に居ることだってできない筈なのだ。
実際、以前に一人で研究所に帰るフィーネを追おうとした時は不可視の壁に行く手を阻まれた。
でも今は自由に街を出られるようになっている。加えて、前は曖昧になっていた「理亜とは何の縁もないその他大勢」の顔や言葉も認識できている。
長いこと理亜たちやその周辺に意識を集中させていたからか、変化に気付けなかった。
変わったのは私か、それとも世界か? いつからこうなっていたんだろう? ターニングポイントがあるとしたら、やはり真白が死んだあの日か?
相変わらず分からないことだらけだが、とにかく私にとって都合が良いのは確かだ。
そういうわけで、私は西暦2010年、自身が生まれる三年前の故郷へやってきた。
到着した途端、眼前に見覚えのある光景が広がり、記憶の中の現代日本が一気に近づいてきた。
正直、まだ心のどこかで思っていたんだ。「この日本は私の生きたそれとは違う」って。
某国の内戦とそれに起因する第三次世界大戦。リヒト症候群。《秘蹟》と、それを用いる「英雄」や犯罪者たち。そんなの無かった筈だから。
でも、これを見てしまったら。
あてもなく足を動かす。
知っている。レイジに救われたあの公園も。よく独りで食べ物を買いに行ったあのスーパーマーケットも。通学路の途中にあるあの集合住宅も。
街並みにところどころ違いはあるけれど、概ねクソったれな思い出そのままだ。
中学校に行ってみる。
当時よりずっと強くなった今でも、この学校の前では憂鬱になってくる。
休日ということで誰も居ない校舎に入り、屋上に移動する。
ここからの景色も、今から十六年後と大差ないな。
命を捨てたあの日のようにグラウンドを見下ろす。
地面に吸い込まれそうで、怖くなって足がすくんだ。
「当時よりずっと強くなった」? なにを考えているんだ私は。精神面で言えばむしろ弱くなっただろう。
死ぬことをこんなにも「怖い」と感じるようになったんだから。
逃げるように学校を出て、次に向かったのは私の生まれ育った家。
恐怖の代わりに不快に襲われると分かっていても、好奇心を抑えられなかった。
見慣れた窓の外から室内を覗く。私の知らない表情をしている母と、ろくに顔も覚えていない父であろう男が居る。
二人は仲睦まじく笑い合いながら会話している。互いの両親への挨拶がどうとか、結婚式の予定がどうとか、子どもが何人欲しいとか、子どもが出来たら一緒に何がしたいとか、そういう下らない話だ。
悪い未来を少しも想像していない、この能天気な奴らのせいで私が生まれたと思うと、予想通り不愉快になる。
でもそれだけじゃなくて、ひどく虚しい気持ちにもなった。
「そっか……私が生まれる前は幸せだったんだ。私が、幸せを壊したんだね」
また逃げて、今度はユウキのところに行った。
あいつの家庭は子どもが生まれる前でもさほど変わりないようだ。あいつがこの世界に来るようなことがあった時、私と同じ思いをしなくていいのは羨ましい限りである。
次にレイジの家。遊びに行ったことはないけれど、場所を聞いた覚えがある。
確か、あっちの方にある団地の一室だったか。
薄れかけた記憶を頼りに歩き、「時崎」と書かれた部屋の前に到着する。
鍵の掛かっていない扉を開けて入ってみるや否や、ひどい酒の匂いが漂ってきた。
狭い部屋にはゴミが所狭しと溢れており、一人の女性がそれを片付けようともせず壁際に座り込んでいる。
「なんであたしばっかり、こんな……」
酒に溺れながらそう嘆く彼女はレイジの母親なのだろうが、聞いていたのとは随分違う。
あいつは「苦しい生活の中でも優しさと強さを失わない人だ」と言っていたけれど、そんな風には全く見えない。
離婚した後の私の母と同じ、ありふれた社会的弱者だ。
そういえばレイジはどうしたんだろう? 年齢的にはもう生まれているか近いうちに生まれる筈だが、周囲には居ないし母親も妊娠していないようである。
そんな疑問は、彼女の取り留めのない愚痴を聞いているうちに解けてきた。
「どうして……名前だってもう付けてたんだよ……ねえ、『レイジ』」
レイジは、死んでいた。
この人は水商売をしており、仕事により性感染症を患った影響で死産したのだという。
私の母が私を産んだせいで不幸になったのと逆。彼女は子どもを持ったことでレイジの言うような人物になったということだろう。
それは分かったが、もっと大きな疑問が湧いてきた。
レイジがちゃんと産まれなかったのなら、私やユウキの知るあいつはなんなんだ?
この街に来て「ここは私の知る日本かも知れない」と思ったのに、裏切られた気分だ。
もしや、私の一度目の人生は夢だったのか?
いいや、そんな筈はない。確かにずっと昔のことではあるけれど、あの日々は今でも鮮明に思い出せる。
あれは紛れもなくリアルで、夢だと言うならこっちの方が遥かに夢じみている。
ふと「ユウキと御剣星名はどうなるのか」と不安になった。
答えを知れるのは三年後だ。
この世界においては時間が経つのが凄く早く感じられるから、その時は望まずともすぐに訪れてしまうのだろうけど。
自身や他の転生者の出自を辿るのはこの辺りにして、明日からはまた理亜たちの観察に戻ろう。
これを「定められた物語」とするなら、主役はきっと私でもユウキでもレイジでもなく彼女らだ。
結局は理亜たちのことを知らねば私たちがどういう状況にあるかも掴めない、そんな気がする。




