3章1節:海辺の街での出会い
自ら命を捨てた一度目の生。そして、王女として再誕してからの二度目の生。
合計してもまだ三十年ほどしか生きていない私――アステリア――だけれど、誰しも人生において「運命的な出会い」が何度かはあるものだと思っている。
今から二年前に経験した出会いもまた、その一つであったと言えよう。
王室から除名されて三年。
既に冒険者としてそれなりの経験を積んでいた私たちは、その日も手早く依頼を解決し、依頼遂行の現場であった王都北西――レヴィアス公領で観光を楽しんでいた。
その時は夕日が海を照らす中、四人で浜辺に行って遊んだことをよく覚えている。
と言っても、ウォルフガングは「若者に混じって騒ぐような度胸はない」と語り、少し離れたところに座り込んで見守っていただけだが。
「そうだ……リーズちゃん、『あれ』やりたい!」
「『あれ』って何ですか?」
「海で水掛けあってキャッキャウフフするやつ!」
「いやだから、なんですかそれ」
「えいえいっ! ばしゃばしゃ! ほら、リーズちゃんも私に水掛けてよ!」
「意味が分かりませんが、リア様がお望みなら……」
私とリーズはレンタルしたビキニ風の水着に身を包み、不慣れな感じでじゃれ合っている。
「ほら、ライルもおいでよ~」
「マジ可愛過ぎてエロ過ぎて逆に無理っす!」
「え~、なんだよそれ~」
「つか鼻血出そうなんで休んできます! うお~~天神様! どうか我が欲望をお鎮め下さい!」
私たちの姿を見て興奮し過ぎたライルが、ウォルフガングの隣まで逃げていって神に祈り始めた。
彼は女性に対する欲望を素直に口にすることが多いものの、結局のところ、何かしらの行動には移せないところが可愛くて憎めない。
良い年した男の子な訳だし、特に好意の対象であるリーズに対しては「あの大きな胸に触りたい」くらい思っているだろうに。
それにしても、この世界のことは「中世風ファンタジーのようなもの」だと捉えていたので、まさか元の世界で言うところの現代風な水着が存在するなんて思ってもみなかったな。
前の人生ではスクール水着くらいしか着る機会がなかったから、堂々とキュートな水着を着て外に出られているというのは、なんだか新鮮で楽しい。
というか「海の存在」そのものが衝撃的だ。元の世界の地球とのギャップが凄まじい。
王宮に居た頃にこの世界のことは学んだが、こうして「平面世界の上に形成された海」を実際に見てみると、本当に圧倒される。
そう、ここは板状の浮遊大陸であるが、《中央大海》と呼ばれる海が陸地に囲まれる形で恒常的に存在しているのだ。
水は《神の泉》と名付けられた大海原の幾つかの地点から何らかの力によって不自然に湧き出ており、川を通って大地の端から地上世界へと降り注いでいる。
そして、この街では《神の泉》の一つから空高く噴き上がっている水の柱が観察出来るのだ。
レヴィアス公領はこのような美しい景色や質の良い食材、商業施設などに恵まれており、風光明媚な観光都市として旅行者で賑わっていた――らしい。
しかし私が訪れた時には、メインストリートや浜辺など、本来は旅行者が集まるであろうスポットは「全く人が居ない」という程でないにせよ閑散としていた。
原因は、かの王都占領戦を含む《魔王軍》の大規模な攻勢に在る。
あの一連の戦闘において、王都やその他の「徹底抗戦」を選んだ領地は、惨たらしく蹂躙されていった。
魔族の軍勢は北から迫ってきているので、特に王都以北のラトリア勢力圏は被害が甚大であった。
そんな中、この地の領主であるレヴィアス公爵は、魔族共を受け入れることで戦闘を回避したのだ。
結果として街が破壊されることは避けられたものの、治安が著しく悪化し、魔族や半魔を中心に構成された犯罪組織の巣窟と化してしまった。
旅行先としての人気がガタ落ちしたのはつまり、そういう訳である。
このとき受けていた依頼も、その「治安の悪化」が発端となっているものだ。
依頼主はレヴィアス公爵で、「屋敷に保管していた貴重な宝石が盗賊団に盗み出されてしまったので回収して欲しい」という内容である。
私たちは街の盗賊共を締め上げて宝石の売却先を追跡し、領主の権限でもって商人から没収した。
すんなり依頼が終わったのは良いことだが、「領主の屋敷に賊が忍び込む」などというレベルまで街として落ちぶれているのは、あまりに嘆かわしい。
これでは、この美しい景色が勿体ないではないか。
無論、公爵の選択自体を否定する気はない。世間的には厳しく非難されたが、「勝ち目が薄いのであればいっそ受け入れて耐え抜く」というのも一つの戦略であると私は思う。
耐え抜いた先にいつか、私の知らない「本当のレヴィアス公領」を取り戻して欲しいところである。
それからしばらく、私たちは海辺に滞在していた。
途中、半魔の暴漢がやってきて私とリーズに手を出そうとし、ウォルフガングに追い返される――などという「お約束」を経験しつつも、楽しい時間が過ぎていく。
やがて日が落ち切った辺りで、いったん衣服を着替えて今日の宿に向かう準備をしたが、その後は一人で再び浜辺に向かった。
明日は早朝に王都へ移動する予定になっていたので、あの風景を最後に目に焼き付けておきたかったのだ。
そうして私が戻ってくると、小屋で着替えている間にやって来たのだろうか、可愛らしいベレー帽を被った一人の少女が膝を抱えて砂の上に座っているのであった。
黒と白の上品なドレスを着ており、身なりは良いし顔立ちや体つきも非常に可憐である。
夜空の下で輝く長い青髪は、この世界にも存在している空の月に負けず劣らず綺麗だ。
でも同時に、ひどく寂しげな背中も見せていて。
私はその子が気になって、何となく隣に立った。
そして、何となく声を掛けてしまった。
同い年くらいの女の子の孤独な姿を見て、前世の自分を思い出してしまったからだろうか。
「ねえ、なにか悩みとかあったりするのかな」
「……誰ですか、あなた」
こっちに顔も向けず、か細い声で呟く少女。
私は笑い、冗談めいた調子で言った。
「通りすがりの美少女冒険者だよ」
「自分で言います? それ」
「言う言う。事実だからね」
「仮に、あなたよりも外見的評価が高い女性が世界にたくさん居たとしても?」
「関係ないよ。どんな他人が居ようが私が可愛いことには変わんないし」
「羨ましいくらい図太いですね。それが冒険者ってやつですか」
「なはは、図太くないとやってられないのは確かだね」
少しだけ打ち解けられたと思い、少女と同じように座り込んだ。
二人してお互いを見ないまま空を眺めていると、彼女の方からぽつりぽつりと話しだした。
「あの……冒険者の方から見て、この街ってどう思います?」
「どうって? 綺麗な街だと思うけど。ちょっと危ない連中は多いけれどね」
「その危ない連中のせいで、今はもう……だから、あの頃が戻ってきたら良いなって思います」
「そっか。私は昔のこの街を知らないから本当の意味で共感は出来ないけれど、気持ちは分かるつもりだよ」
「……ありがとうございます」
しばしの沈黙の後。
少女は視線を下に向けて、両手で帽子をぎゅっと押さえながら再び語り始める。
「……私、近いうちにここを離れて王都で生活することになってるんです」
「おお。そりゃまたなんで?」
「それはちょっと、色々と理由が……」
「ふむ……まあ事情は詮索はしないけどさ。王都行くの、嫌なの?」
「王都が嫌というか、最近まで引きこもりだったので人前に出るのが怖くて……」
まさかの引きこもり。こんな世界でもそういった人間が居るとは。
私も私で、前世では通学していたとはいえほぼ引きこもりのようなものだったので親近感が湧いてきた。
「大丈夫、慣れるよ。私もキミみたいなとこあるけど、何とかやっていけてるし」
「全然そんな風には見えないんですけど。私と対極の人柄では?」
「いや~? 根はわりと内気で人見知りかもよ?」
「だったら私なんかに話しかけないですよね」
「そこはほら、同類の気配を感じたんだよ」
「はぁ……」
そんな会話をしている最中、リーズが心配そうに駆け寄ってくるのが見えた。
つい話し込み過ぎてしまったか。
「あ、ごめん。パーティの仲間が来たからそろそろ行かないと」
立ち上がり、砂を払ってからその場を去ろうとすると、少女が私を呼び止めた。
「すみません……よろしければお名前を聞いても? こんな、この場限りの出会いを記憶しても意味なんかないかも知れませんが……」
「そんなことないよ。案外、どっかで再会するかもよ……っと、私は『リア』だよ」
「私は『ルア』と言います。なんだか似た名前ですね」




