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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第17章:星なき空

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17章4節:星なき空の道標

 レヴィアスで休戦協定を結んでから更に十数日が経った。

 東西戦争が一応の終局を迎え、天上大陸は勢力間の大規模な争いから解放された。

 では世界は平和になったのか? いや、むしろ混乱は際限なく拡大している。

 東西戦争が始まる前、リアは「人類平等宣言」によって人々の心に「独立心」という炎を点けた。虐げられていた者の一部は救済と報復を求め、その炎を以て――しばしば文字通りの意味で――「敵」を燃やし尽くすようになった。

 彼らの行為は虐げていた側や傍観者に憎悪を抱かせ、皮肉にも分断を加速させる。

 そして、弱者にとってのカリスマにして強者にとっての恐怖であったリアが死んだことで、その流れに歯止めがかからなくなってしまったのである。


「この世界はお前たちだけのものじゃない! 独占を許すな!」

「私たちが受けてきた苦しみを知りなさい!」

「そっちが先に奪ったんだ、『平等』ってことは俺たちだって貴様らから奪う権利があるよな?」


 獣人や世俗の中で暮らすエルフ、魔族や半魔はそう主張し、人間族を狩っていった。それどころか社会的地位の高い同族まで「強者におもねる裏切り者」と見なし殺した。


「ここは人間族の土地なんだよ! こっちに合わせるのが嫌なら出ていけばいい!」

「あなた達が大人しくするなら私たちだって受け入れたのに、あなた達は恫喝と暴力でこちらを脅かしてばかり。弾圧されて当然だわ」

「先にやったのは貴様らだろうが! 俺たちは安全のために貴様らのような無法者を『区別』しているだけだ!」


 人間族はそう主張し、ライングリフ派が主流であった時期よりも更に過激な排斥を行うようになった。一例としては――これは事前に察知、阻止できたが――「返却」と称して無辜の魔族と半魔をこの大陸から突き落とす「イベント」が企画されたことがある。


「我々は神の要請に従い、破滅という平等をもたらす!」

「生まれたって辛いだけ。誰も生まれずに済む世界にするため、私たちは全ての生命を殺し尽くす」

「何もかもくだらねえ。バカばっかりだ。全部消えちまえよ」


 俺にとって大切な名を勝手に継承したテロ組織《ヴェンデッタ》を筆頭に、全てに失望し無差別な破壊をもたらすようになった者も目立ち始めた。


 俺に彼らの想いを否定することはできない。社会への復讐心、脅かされる恐怖、生きる苦しみ、無力感、ぜんぶ理解できてしまう。

 一度でも自分に刃を向けたものを受け入れることはとても難しい。「やられた分やり返さないと平等じゃない」「負の連鎖なんて知ったことか、自分を救うのが最優先だ」と思うのは人として当然だろう。

 だが、そういった想いから生じた破滅的な行動は否定する義務がある。俺は大統領で、リアの願いを継いでラトリアを、この世界を救わないといけないから。

 だから共感しても同調はしない。彼らの絶望に引きずられてはならない。その気持ちは俺以外の《アド・アストラ》――今はリアの私兵部隊ではなく、ラトリア新政府幹部を指す言葉である――の面々も持っているはずだ。


 未だ西方勢力による経済制裁は解かれない。リアが破門されたため、あの子に従っていた俺たちも天神聖団とその敬虔な信徒から敵視されている。毎日のように民から「お前たちのせいで情勢が悪化した」という批判を受けている。

 そんな中でも俺たちは決して折れず、努力し続けている。

 破壊された国内秩序と生活基盤の再構築。雇用の創出や外国との交渉などによる経済の改善。リアと新政府の名誉回復。

 そのような現状を立て直す施策だけではなく、長期的な観点で言えば最も重要となる地上開拓計画も進行させている。恐らくはこれが成功しない限り世界は救われないし、リアもそのつもりで新ラトリア法を組んだんだろう。ゆえに、完全に後回しにするわけにもいかない。

 そう、この星なき空の下であっても、俺たちは希望で在り続けなきゃならないんだ。 


***


 ラトリア北東。かつては子爵領であり、最近、元ライングリフ派領主の亡命によって正式に県となった地にて。

 その日、俺は《財団》傘下の奴隷生産組織である《工場》の撲滅活動に参加していた。活動を主導しているのは冒険者パーティ序列第四位――アレスの死亡により一つ繰り上がった――《竜の目》だ。

 これまでも政務の傍ら、こうして幾つかの小規模な《工場》を潰してきた。


 相変わらず《竜の目》は途轍もない強さであり、今回も《工場》関連施設の制圧そのものはすぐに終わった。

 薄汚い牢に囚われていた者たちを解き放ち、施設の外まで案内する。

 後は彼らを連れ帰るだけだが、その人数が想定よりも多いことが問題であった。


「ルルが連れてきたドラゴンは十体。一度じゃ送れねえな」


 ゲオルクが草原に並ぶ人々を見渡しながら話しかけてきた。


「あぁ。かといって『自力で王都まで歩いてくれ』って言うわけにもいかねえ」

「そりゃそうだ。盗賊や魔物だらけだし、そうじゃなかったとしてもロクに動けないほど衰弱してる奴は多い」

「ルルティエとレグスに負担を掛けることにはなっちまうが、何往復かするしかないか。悪いな……本当は俺らが馬車とその護衛を手配できれば良かったんだけど」

「お前らラトリア新政府が色々ギリギリなのはよく分かってる。そこまで求めちゃいないさ」



 俺と《竜の目》の三人はひとまず救出したうちの一部をドラゴンに乗せ、自分たちも銀竜レグスに乗って先導することにした。

 空に飛び立ち、一息ついていると、ルルティエがこちらを見ることもせず呟いた。


「リアの奴……まだ約束を果たしてないのに、なに勝手に死んでるんだよ……」

「……素直じゃないですね、ルルちゃんは」


 儚げに笑うシスティーナに、ルルティエは「うるさい」とだけ返した。

 こいつらとはもう長い付き合いだ。ルルティエが単に愚痴ったのではなく、リアの死を惜しんでくれていることは俺にだって分かる。

 怒られそうだから反応はしないが、少しだけ救われた気分になった。


「にしてもライル、毎回付き合ってくれてありがとな。確かに『《工場》を全滅させる』っていう約束ではあったんだが、正直しんどいだろ」


 ふとゲオルクがそんなことを言った。

 実際、国を建て直さねばならない状況で、しかも政務に追われながらやるようなことじゃない。「優先順位を誤っている」と批判されても何ら反論できない。

 《工場》の壊滅は「これから社会に加わる人間」を救う行為だが、「いま社会に生きる多数派」にとっては何の足しにもならない。

 それどころか奴隷という安価で使い潰せる労働力に自由を与えることは、少なくとも短期的には生産性の低下を招く。

 それでも、やらなきゃならない。


「俺はリアの後継者ってことになってるからな。支持層はリアがやりそうなことを俺にも求めてるんだよ。何より俺自身、苦しんでる奴らを放っておけない」

「なるほどな……あいつがお前を大統領に選ぶわけだ」

「未だに『俺で良かったのか』って思うこともあるけどな。立場に相応しい働きができるよう頑張ってはいるよ」


 と、言い終えた時であった。

 すっかり遠くなった《工場》跡に残された人影が、散り散りになってその場から離れていく。

 一体何が起こったのかと疑問を抱いたのも束の間。逃げなかった人影の一つを中心にして爆発が起こる。

 凄まじい勢いで燃え広がり、全てを抹消していく。


「システィ!」

「はいっ!」


 困惑した様子のゲオルクが叫び、システィーナが慌てて《工場》跡を覆うように防壁を展開する。

 だが抑え切れない。「せめて空に居る者だけは守ろう」と思ったのか、彼女はすぐにドラゴンの一団の周囲に再展開した。


 爆発が終わり、煙が晴れると、そこには焦土が広がっていた。

 《工場》周辺どころではない、県の殆ど全域である。

 システィーナの判断のお陰で俺たちや他のドラゴンに乗っている人々は無事だったが、それだけだった。

 あまりに唐突で、あまりに理不尽な破壊。俺は泣くことも怒ることもできず、ただただ呆然とした。



 後日。その時の出来事は早くも世間を騒がせた。あれだけの爆発が起き、県民の多くが死んだのだから当然だ。

「あれは《ヴェンデッタ》によるテロ行為だ」などという噂がまことしやかに広まっているが、そんなわけがない。

 《工場》は《財団》の所有物である。奴らが何か仕組んだに違いない。

 意図は分からないが、《財団》の考えそうなことだ、恐らくは新兵器のテスト、或いはデモンストレーションといったところだろう。

 金のためなら平気で人の命を犠牲にする、ああいう奴らほど力を持つから世界は良くならないんだ。

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